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6、ゲームのスタート
58、夕べに鈴鳴らし、適当なことばかり
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「そういえばきみ、ここに来た理由って……」
楽譜に目を留めた問いかけの声がこぼれる中、ネネツィカはいつの間にかクロが見当たらないことに気づいた。
「クロにピアノを聞かせてあげようと思ったのですわ。……いなくなっちゃいましたけど」
キョロキョロと椅子の下やカーテンの影を探すネネツィカに。その様子にクロが小さな生き物だと察したのだろう、
「クロ? 猫か何か?」
不思議そうにしながらクレイが一緒になって探してくれるが、クロは見つからなかった。
「ごめんね、ぼくがいたから逃げちゃったのかな」
「そんなことはないと思いますわ」
――ピアノを聴きたがっていたのだから、弾いてみたら出てくるかもしれない。
「魔法で隠れてるのかも……」
「魔法を使う生き物なの?」
「ピアノを弾いたら、出てくるかも」
そう思ったネネツィカは、そろそろと鍵盤に指を伸ばした。ポォン、と挨拶するみたいに弾いた一音が小さく響いて、探るように試すようにメロディを辿ると、鍵盤の端で高い音が寄り添うように旋律を加えた。
遊びを仕掛けるように、悪戯をするみたいに少年が音を足している。不思議とそれが不協和音にならずに華やかさな軽やかさを引き立てるので、ネネツィカの指が弾んで先へ先へと曲を弾く。
あの日、公爵邸で聞いた曲。扉を開いたときに再会した曲。その曲の名をネネツィカは知っていた。
――『子犬のワルツ』。無垢な子犬が戯れている光景が思い浮かぶような可愛い曲は、亡き王族の『ラーシャ姫』――亡き公爵夫人がよく奏でたという。その後に繋げた『夜のために』と題された三つの曲のうちのひとつ、『夕べに鈴鳴らし』。
――夕べに鈴鳴らし、あなたを呼ぶ。
伯爵家に招かれた楽師が玲瓏とそんな歌を歌ったのを覚えている。
最後の音を奏でると、どちらからともなく顔を見て、そっと笑う。二人で一つの曲を奏でるなんて、初めてだった。
「ぼくが一緒に弾いたから、来なかったかな。ごめんね」
「そんな事はないと思いますわ」
なんでそんな言い方をするのだろうと首を捻りつつ、ネネツィカは笑った。
「楽しかったですわ。また一緒に演奏しましょう!」
淡い春色の髪が揺れて、晴れ空みたいな瞳がそう言うと、その瞳に映る自分を眩しそうに見つめて少年は頷いた。
「そうだ。手紙に書いていた話なんだけど、夏の長期休みに例の盗賊たちの故郷を見に行こうかと思っていたんだ」
きみ、覚えてる? と揶揄うような目が問いかける。
「ユンク伯爵領の」
「うん」
何かを期待するような色が少年の目の奥で一瞬揺れた。
期待が裏切られるのを恐れるような色がよぎった。
だから、ネネツィカは首を縦にした。
「アタクシも行きますわ」
当たり前みたいに宣言すると、クレイはすこし驚いたように一瞬だけ目を見開いたから、ネネツィカは心がモヤっとした。
(誘っても断られると思っていたのかしら)
「じゃあ、約束だね」
クレイがそう言って小指を差し出す。それがなんなのかネネツィカにはわかったから、頷いて小指を絡めた。
「ええ、約束ですわ」
◇◇◇
王国の南領、ユンク伯爵の邸宅では、エキゾチックなグラデーションカラーのドリンクグラスを手にした16歳――オスカーが父母や姉兄弟といった家族相手にぺらぺらと己がいかに12歳の公爵令息に気に入られているかを語っていた。
「クレイ様はエリック第二王子殿下のご友人ときいていましたが、どうも冷たくされていらっしゃるご様子でたいそうしょんぼりとしていらして。そこでおれが気を利かせて学院の案内から講義の付き添いもいたし、階段でお疲れの気配を感じては抱っこして差し上げて、寮でお過ごしの時には埋もれんばかりのクッションで周りを埋めて、仕上げに赤色の飴を――あの方は甘いものがお好きで、色は赤がお好みのご様子で。赤色の飴を差し入れ申し上げると、それはもう目をキラキラさせてちょっと日に透かして色をお楽しみになる――」
おれの髪を撫でて触り心地を楽しんでいらした、と続ければ、家族も「そこまで気に入られるとは」と驚いたり喜んだりするようだった。
オスカーはそれに気をよくして、満面の笑みで語り続ける。
「おれが帰ろうとすると寂しがられて、今日は寮でいっしょに寝て欲しいとおねだりをなさる。それでおれは仕方なく馬車を帰して、風呂にもお供して……」
それはさすがに嘘だろう、と家族がちょっと疑問の目を向け始める。
「クレイ様は寮に泊まったりはなさってないだろう? いくらなんでも」
「まあ、それはそうとして」
「嘘なんだな」
でも、気に入られたのは本当だ、とオスカーは自分の前髪を引っ張った。
「おれの髪に触れたいと仰られた。クレイ様は色は白がお好みのご様子で、おれの白い髪がたいそうお気に召されたと」
「お前、さっきは『色は赤がお好みのご様子で』と言ってたじゃないか!」
「そこはほら、赤も白もお好みってことで!」
「適当なことばかり言いやがる……」
団欒の陽気な声は何時までも続くようだった。
楽譜に目を留めた問いかけの声がこぼれる中、ネネツィカはいつの間にかクロが見当たらないことに気づいた。
「クロにピアノを聞かせてあげようと思ったのですわ。……いなくなっちゃいましたけど」
キョロキョロと椅子の下やカーテンの影を探すネネツィカに。その様子にクロが小さな生き物だと察したのだろう、
「クロ? 猫か何か?」
不思議そうにしながらクレイが一緒になって探してくれるが、クロは見つからなかった。
「ごめんね、ぼくがいたから逃げちゃったのかな」
「そんなことはないと思いますわ」
――ピアノを聴きたがっていたのだから、弾いてみたら出てくるかもしれない。
「魔法で隠れてるのかも……」
「魔法を使う生き物なの?」
「ピアノを弾いたら、出てくるかも」
そう思ったネネツィカは、そろそろと鍵盤に指を伸ばした。ポォン、と挨拶するみたいに弾いた一音が小さく響いて、探るように試すようにメロディを辿ると、鍵盤の端で高い音が寄り添うように旋律を加えた。
遊びを仕掛けるように、悪戯をするみたいに少年が音を足している。不思議とそれが不協和音にならずに華やかさな軽やかさを引き立てるので、ネネツィカの指が弾んで先へ先へと曲を弾く。
あの日、公爵邸で聞いた曲。扉を開いたときに再会した曲。その曲の名をネネツィカは知っていた。
――『子犬のワルツ』。無垢な子犬が戯れている光景が思い浮かぶような可愛い曲は、亡き王族の『ラーシャ姫』――亡き公爵夫人がよく奏でたという。その後に繋げた『夜のために』と題された三つの曲のうちのひとつ、『夕べに鈴鳴らし』。
――夕べに鈴鳴らし、あなたを呼ぶ。
伯爵家に招かれた楽師が玲瓏とそんな歌を歌ったのを覚えている。
最後の音を奏でると、どちらからともなく顔を見て、そっと笑う。二人で一つの曲を奏でるなんて、初めてだった。
「ぼくが一緒に弾いたから、来なかったかな。ごめんね」
「そんな事はないと思いますわ」
なんでそんな言い方をするのだろうと首を捻りつつ、ネネツィカは笑った。
「楽しかったですわ。また一緒に演奏しましょう!」
淡い春色の髪が揺れて、晴れ空みたいな瞳がそう言うと、その瞳に映る自分を眩しそうに見つめて少年は頷いた。
「そうだ。手紙に書いていた話なんだけど、夏の長期休みに例の盗賊たちの故郷を見に行こうかと思っていたんだ」
きみ、覚えてる? と揶揄うような目が問いかける。
「ユンク伯爵領の」
「うん」
何かを期待するような色が少年の目の奥で一瞬揺れた。
期待が裏切られるのを恐れるような色がよぎった。
だから、ネネツィカは首を縦にした。
「アタクシも行きますわ」
当たり前みたいに宣言すると、クレイはすこし驚いたように一瞬だけ目を見開いたから、ネネツィカは心がモヤっとした。
(誘っても断られると思っていたのかしら)
「じゃあ、約束だね」
クレイがそう言って小指を差し出す。それがなんなのかネネツィカにはわかったから、頷いて小指を絡めた。
「ええ、約束ですわ」
◇◇◇
王国の南領、ユンク伯爵の邸宅では、エキゾチックなグラデーションカラーのドリンクグラスを手にした16歳――オスカーが父母や姉兄弟といった家族相手にぺらぺらと己がいかに12歳の公爵令息に気に入られているかを語っていた。
「クレイ様はエリック第二王子殿下のご友人ときいていましたが、どうも冷たくされていらっしゃるご様子でたいそうしょんぼりとしていらして。そこでおれが気を利かせて学院の案内から講義の付き添いもいたし、階段でお疲れの気配を感じては抱っこして差し上げて、寮でお過ごしの時には埋もれんばかりのクッションで周りを埋めて、仕上げに赤色の飴を――あの方は甘いものがお好きで、色は赤がお好みのご様子で。赤色の飴を差し入れ申し上げると、それはもう目をキラキラさせてちょっと日に透かして色をお楽しみになる――」
おれの髪を撫でて触り心地を楽しんでいらした、と続ければ、家族も「そこまで気に入られるとは」と驚いたり喜んだりするようだった。
オスカーはそれに気をよくして、満面の笑みで語り続ける。
「おれが帰ろうとすると寂しがられて、今日は寮でいっしょに寝て欲しいとおねだりをなさる。それでおれは仕方なく馬車を帰して、風呂にもお供して……」
それはさすがに嘘だろう、と家族がちょっと疑問の目を向け始める。
「クレイ様は寮に泊まったりはなさってないだろう? いくらなんでも」
「まあ、それはそうとして」
「嘘なんだな」
でも、気に入られたのは本当だ、とオスカーは自分の前髪を引っ張った。
「おれの髪に触れたいと仰られた。クレイ様は色は白がお好みのご様子で、おれの白い髪がたいそうお気に召されたと」
「お前、さっきは『色は赤がお好みのご様子で』と言ってたじゃないか!」
「そこはほら、赤も白もお好みってことで!」
「適当なことばかり言いやがる……」
団欒の陽気な声は何時までも続くようだった。
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