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7、春の学院生活
60、腐男子先生、バレる。
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「ごきげんよう」
女学生たちが優雅に挨拶を交わしている。いずれも貴族の娘だ。
「ご、ごきげんよう」
そんな部屋に入り、おずおずと小声で言って頭を下げた女学生マリアは、平民の出自。慣れない挨拶にすこし恥じらいと緊張を交えて、見様見真似でスカートの裾をつまんで挨拶する姿はぎこちなく、ここ以外の場所で悪意ある意地悪な令嬢が見れば「平民が貴族の真似事を頑張っているわ」なんてせせら笑ったに違いない。
だが、この部屋でそんな彼女に身分差ゆえの侮蔑の目を向ける者はいない。むしろ――「マリア様よ」「神絵師様……わたくしの推しを描いてください」「この本の挿絵、最高でしたわ」絵師として尊崇の念を向けられ、ちやほやされていた。
「今日はなにを生産なさるの?」
「私、今日はファンアートを描こうかと」
――その部屋は、女学生の耽美なる秘密の花園。
伝統ある王立学院、格式高いエクサスロイデ寮。乙女たちが希望を胸に堂々と訪ねるその部屋の扉には、札が架けられている。
『乙女のための同人図書ルーム』と……。
ごきげんよう、と淑やかに挨拶をして令嬢たちが中に入っていく。中はあたたかみのある内装。令嬢たちの弾む足取りをふんわり柔らかく受け止めてくれる絨毯と、ジャンルごとに札がつけられて整然と並ぶ本棚。
読書コーナーはふかふかの人をダメにする系クッション完備の高級ソファ。ファンアートコーナーもある。絵師文師といった創作者向けの作業コーナーは明るい窓際に。近くに設置されたファンレターボックスやリクエストボックスには時折誰かが書いた作品への感想や作者への励ましのメッセージ、今後書いてほしい作品の希望が投稿されている。
ネネツィとヘレナの二人は最初にミス・ミネルヴァに会いに行った。ミス・ミネルヴァは過去に婚約者を亡くしてから、ずっと未婚のまま彼への愛を貫いているという噂がある未婚の婦人で、真実はわからないが、その瞳は優しかった事。何をしたいかを二人が交互に話すと、ミス・ミネルヴァは笑い皺がくっきりとする笑顔を向けて、二人の話に頷いてくれた。そして、色々な令嬢に声をかけて同志を発掘したのだ――。
爽やかな日差し注ぐ昼が過ぎ、夕方を経て夜が更けていく。
就寝時刻を迎えて、無人の空間となり――しん、と静まり返る暗い室内に、人の気配が紛れ込んだ。
「お邪魔しまぁす、と」
こそこそと女学生の耽美なる秘密の花園に侵入する男の影、ひとつ。
くすんだ緑の髪に橙色の瞳の24歳――歴史のフィーリー先生こと、腐男子先生のエイヴン・フィーリーである。
――前々から気になっていた『乙女のための同人図書ルーム』へ、今日は勇気を出して忍び込んでみたのだ。
(すごいな、ここは……この世の楽園か)
「おお。ファンアートが。愛を感じる」
イラストを見つけて拝んでから、エイヴンは本棚から未読の本を選んで床にあぐらをかいて座り込む。
「これだよこれ。この世界にひとつだけの掘り出し物感……」
読んだことのない未知の本がいっぱいだ。しかも、毎日少しずつ増える宝の山である。
(全部読んでやるぜ……)
エイヴンはマジな顔をして未読の本の数を概算した。
日々の仕事はしんどいことも多いが、これがあれば1日頑張れる気がする。1日何冊ペースで読もうか――そう心の中でワクワク計画してから、エイヴンは眉を寄せて立ち上がった。
ひた、ひた、ひた……、扉の外から近付く足音。
(誰か、来る……!)
仮にも24歳男性教師が、夜中に貴族たちの寮に侵入して『乙女のための同人図書ルーム』でBL本を読んでいたと知られては一大事。エイヴンはかつてない緊張をみなぎらせて、入り口から見えない本棚の影に隠れた。
キィ、イ。
蝶番の音が忍びやかに響いて、そぉっと中に入り込む気配。
(だれだ? こんな時間に)
エイヴンは自分の事を棚に上げて、本棚の影からコソコソと侵入者を盗み見た。侵入者は、女学生だ。足音を忍ばせて本棚の間をそろりそろりとこちらに近付いてくる。
(こっちに来るな。さてはこの辺の本が目当てか?)
本を持ったままそーっと移動するエイヴン。すこし前まであぐらをかいて座っていた場所に、その女学生がやってくる。
緑色の眼が期待をのぞかせ、棚を見て。
「本がない……」
呟いてショックを受けた顔をするのは、ユージェニーだった。
実は彼女は、「あなたたちと一緒になんて」といってネネツィカ&ヘレナの活動同志にならなかったので、他人の眼がある時間帯は「ぜんぜん興味ない」といった顔をして過ごしていた。しかし、本当は興味津々で『乙女のための同人図書ルーム』にコソコソと通っているのだった。
(あ、もしかしてこの本の事を言ってる?)
エイヴンは自分の手におさまる本を見た。
「マッキントンさんの新刊は貸出中? せっかく来たのに」
しょんぼりと呟くユージェニー。エイヴンは申し訳ないと思いつつ「はやく帰ってくれ」と心の中で呟いた。
――大人げないかもしれないが、俺だって楽しみにしてたんだ、のびのびと本を漁りたいんだ。
そんなエイヴンの願いもむなしく、ユージェニーはおもむろに呪術を綴った。
「どこ? マッキントンさんの新刊は」
呪術が発動して、エイヴンの居場所がマーキングされる。
「えっ、近い」
意外な近さにはしゃいだような声をあげて、ユージェニーがシュバッとそこを覗き込んだ。
(アッー)
「あっ?」
本棚の狭間で、二人が見つめ合う。エイヴンは真面目な先生の顔を取り繕った。
「やあ、コルトリッセン君。先生は見回りをしていたんだが、君はこんな夜中に何をしているのかな? 生活指導をしないといけないかな? もうこんな時間だ、さっさと部屋に戻りなさい」
キリッとした顔でまくしたてるエイヴン。だが、ユージェニーはその手に収まる薄い本を見ていた。
「フィーリー先生、ここで何してたんですか?」
「ウッ、……見回りを」
「……フィーリー先生、ここで何してたんですか?」
ジト目で問うユージェニーは、本を指さした。
「先生? もしかして――先生は、そういった本を好まれるんですか?」
自分が同じ目的で隠れてコソコソしていただけあって、ユージェニーは見逃してくれなかった。
聖女の緑色の瞳がにんまりとする。
「先生――夜中にこんなコソコソしてるくらいですし、みんなにバレたくないんですよね……?」
こうしてエイヴンは、ユージェニーに弱みを握られたのだった。
女学生たちが優雅に挨拶を交わしている。いずれも貴族の娘だ。
「ご、ごきげんよう」
そんな部屋に入り、おずおずと小声で言って頭を下げた女学生マリアは、平民の出自。慣れない挨拶にすこし恥じらいと緊張を交えて、見様見真似でスカートの裾をつまんで挨拶する姿はぎこちなく、ここ以外の場所で悪意ある意地悪な令嬢が見れば「平民が貴族の真似事を頑張っているわ」なんてせせら笑ったに違いない。
だが、この部屋でそんな彼女に身分差ゆえの侮蔑の目を向ける者はいない。むしろ――「マリア様よ」「神絵師様……わたくしの推しを描いてください」「この本の挿絵、最高でしたわ」絵師として尊崇の念を向けられ、ちやほやされていた。
「今日はなにを生産なさるの?」
「私、今日はファンアートを描こうかと」
――その部屋は、女学生の耽美なる秘密の花園。
伝統ある王立学院、格式高いエクサスロイデ寮。乙女たちが希望を胸に堂々と訪ねるその部屋の扉には、札が架けられている。
『乙女のための同人図書ルーム』と……。
ごきげんよう、と淑やかに挨拶をして令嬢たちが中に入っていく。中はあたたかみのある内装。令嬢たちの弾む足取りをふんわり柔らかく受け止めてくれる絨毯と、ジャンルごとに札がつけられて整然と並ぶ本棚。
読書コーナーはふかふかの人をダメにする系クッション完備の高級ソファ。ファンアートコーナーもある。絵師文師といった創作者向けの作業コーナーは明るい窓際に。近くに設置されたファンレターボックスやリクエストボックスには時折誰かが書いた作品への感想や作者への励ましのメッセージ、今後書いてほしい作品の希望が投稿されている。
ネネツィとヘレナの二人は最初にミス・ミネルヴァに会いに行った。ミス・ミネルヴァは過去に婚約者を亡くしてから、ずっと未婚のまま彼への愛を貫いているという噂がある未婚の婦人で、真実はわからないが、その瞳は優しかった事。何をしたいかを二人が交互に話すと、ミス・ミネルヴァは笑い皺がくっきりとする笑顔を向けて、二人の話に頷いてくれた。そして、色々な令嬢に声をかけて同志を発掘したのだ――。
爽やかな日差し注ぐ昼が過ぎ、夕方を経て夜が更けていく。
就寝時刻を迎えて、無人の空間となり――しん、と静まり返る暗い室内に、人の気配が紛れ込んだ。
「お邪魔しまぁす、と」
こそこそと女学生の耽美なる秘密の花園に侵入する男の影、ひとつ。
くすんだ緑の髪に橙色の瞳の24歳――歴史のフィーリー先生こと、腐男子先生のエイヴン・フィーリーである。
――前々から気になっていた『乙女のための同人図書ルーム』へ、今日は勇気を出して忍び込んでみたのだ。
(すごいな、ここは……この世の楽園か)
「おお。ファンアートが。愛を感じる」
イラストを見つけて拝んでから、エイヴンは本棚から未読の本を選んで床にあぐらをかいて座り込む。
「これだよこれ。この世界にひとつだけの掘り出し物感……」
読んだことのない未知の本がいっぱいだ。しかも、毎日少しずつ増える宝の山である。
(全部読んでやるぜ……)
エイヴンはマジな顔をして未読の本の数を概算した。
日々の仕事はしんどいことも多いが、これがあれば1日頑張れる気がする。1日何冊ペースで読もうか――そう心の中でワクワク計画してから、エイヴンは眉を寄せて立ち上がった。
ひた、ひた、ひた……、扉の外から近付く足音。
(誰か、来る……!)
仮にも24歳男性教師が、夜中に貴族たちの寮に侵入して『乙女のための同人図書ルーム』でBL本を読んでいたと知られては一大事。エイヴンはかつてない緊張をみなぎらせて、入り口から見えない本棚の影に隠れた。
キィ、イ。
蝶番の音が忍びやかに響いて、そぉっと中に入り込む気配。
(だれだ? こんな時間に)
エイヴンは自分の事を棚に上げて、本棚の影からコソコソと侵入者を盗み見た。侵入者は、女学生だ。足音を忍ばせて本棚の間をそろりそろりとこちらに近付いてくる。
(こっちに来るな。さてはこの辺の本が目当てか?)
本を持ったままそーっと移動するエイヴン。すこし前まであぐらをかいて座っていた場所に、その女学生がやってくる。
緑色の眼が期待をのぞかせ、棚を見て。
「本がない……」
呟いてショックを受けた顔をするのは、ユージェニーだった。
実は彼女は、「あなたたちと一緒になんて」といってネネツィカ&ヘレナの活動同志にならなかったので、他人の眼がある時間帯は「ぜんぜん興味ない」といった顔をして過ごしていた。しかし、本当は興味津々で『乙女のための同人図書ルーム』にコソコソと通っているのだった。
(あ、もしかしてこの本の事を言ってる?)
エイヴンは自分の手におさまる本を見た。
「マッキントンさんの新刊は貸出中? せっかく来たのに」
しょんぼりと呟くユージェニー。エイヴンは申し訳ないと思いつつ「はやく帰ってくれ」と心の中で呟いた。
――大人げないかもしれないが、俺だって楽しみにしてたんだ、のびのびと本を漁りたいんだ。
そんなエイヴンの願いもむなしく、ユージェニーはおもむろに呪術を綴った。
「どこ? マッキントンさんの新刊は」
呪術が発動して、エイヴンの居場所がマーキングされる。
「えっ、近い」
意外な近さにはしゃいだような声をあげて、ユージェニーがシュバッとそこを覗き込んだ。
(アッー)
「あっ?」
本棚の狭間で、二人が見つめ合う。エイヴンは真面目な先生の顔を取り繕った。
「やあ、コルトリッセン君。先生は見回りをしていたんだが、君はこんな夜中に何をしているのかな? 生活指導をしないといけないかな? もうこんな時間だ、さっさと部屋に戻りなさい」
キリッとした顔でまくしたてるエイヴン。だが、ユージェニーはその手に収まる薄い本を見ていた。
「フィーリー先生、ここで何してたんですか?」
「ウッ、……見回りを」
「……フィーリー先生、ここで何してたんですか?」
ジト目で問うユージェニーは、本を指さした。
「先生? もしかして――先生は、そういった本を好まれるんですか?」
自分が同じ目的で隠れてコソコソしていただけあって、ユージェニーは見逃してくれなかった。
聖女の緑色の瞳がにんまりとする。
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