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7、春の学院生活
62、いじめ
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「ああ……!」
アッシュ・フィーリーは踏み躙られる教科書を見て悲鳴をあげた。まだ一度も開いていない、週明けから使う予定だった教科書は、決して安くない。アッシュは平民の少年で、上昇志向の強い親がじゃっかん無理をして学院に通えるように家計をやりくりしてくれている。たくさん勉強して出世してほしいと言われ続けた少年は、唇を噛んだ。
――自分が悪いのはわかっている。
入学式でつい貴族の陰口をたたいてしまったのだ。
あの時、あの日、アッシュは貴族令息を見ているうちに無性に「気に入らない」と感じたのだ。周りにいる貴族階級の少年少女を視て、何かじっとしていられない気分だったのだ。
けれど、冷静になってみれば平民の自分が貴族の陰口をたたくなんてとんでもないことだったと思えて仕方ない。
どうしてあんな事をしたんだろう? 何故あんな言葉を聞えよがしに言って、自分で自分を破滅に追いやるようなことをしたのだろう。
――それが、魔が差したとしか言いようがないのだった。
自分で自分が制御できない。ドロドロとした醜い感情に支配されて、理性が働かなくなる。してはいけないのに、してしまう。
そんな自分を感じて、それがとても怖かった。
せっかく親が応援してくれているのに、この教科書のようにぐしゃぐしゃに汚れた自分という存在――明るい世界の隅に転がるゴミクズみたいな自分が、みじめだった。
アッシュを囲む少年たちがぎらぎらとした目でコールする。辞めろ、辞めろと。
「上級貴族相手にあんな暴言、死罪になっても仕方ないんだぜ!」
「親兄弟も巻き込まれて断罪されてしまえ」
――学院を辞めるなんて、親にどんな顔をして言えばいいだろう。
100%悪意を持って衝動的に大貴族の令息に暴言を吐いたなんて、言えるわけがなかった。
アッシュは自分が追い詰められているのを痛感した。辞めなければ、彼らはずっとアッシュをいじめるだろう。けれど辞められない。だから、ずっと耐えていくしかない――、
と、視界に春色が跳ねて、飛び込んで来た。
「アッシュ。お待たせですわー!」
まるで親しい者にかけるみたいな明るい声。
母親と思われる美しい貴婦人と執事と、揃いの制服を来た貴族の子飼いと思しき騎士たちを背後に見せながら。
――ネネツィカが天真爛漫な笑みを咲かせて、少年たちを押しのけてアッシュの腕を掴む。ひんやりとした指先の体温に、アッシュの心臓がどきっと跳ねる。
これが現実なのだと感じさせてくれる冷たさは、少女の緊張を伝えてくれた。
「あら? こちらの方々は、学院でお会いしましたかしら! ごきげんよう。アタクシは週明けの学院生活に必要なお買い物にきましたの! あなたたちも、そうかしら?」
ネネツィカがニコニコと少年たちに語り掛ける。
「ラーフルトンさん! こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「ネネツィカさん、なんでそいつの腕を掴んでるんです?」
伯爵令嬢には好意的で敬うような声と視線を。
令嬢に声をかけられ、腕を掴まれるアッシュには汚物をみるような目を向けて。
少年たちは、何かを感じ取って汗を浮かべた。ネネツィカはとっておきのスマイルを浮かべ、少年たちが感じた『その可能性』を肯定してやった。
「アタクシとアッシュは、一緒に買い物をする約束をしていましたの! アタクシたち、実はとーっても仲が良いんですのよ!」
アッシュの胸がぐっと苦しくなった。
息苦しさを感じて、アッシュはすこし咽た。
――こいつ、庇ってくれようとしてる!!
助かる、と思う一方でいっそうみじめな気分が足元からせり上がってくる。
「あら? 地面に教科書が落ちていますわ。靴跡がついて……」
ネネツィカが恐ろしいものを見つけたように地面に視線を落とすと、母親や護衛たちがいっせいに厳しい顔をして少年たちを見た。
「アタクシ、まさかと思うんですけれど――これは、あなたたちがなさいましたの?」
「あっ、これは!」
「違うんです、オレたちはたまたまフィーリー君が教科書を落としたところに通りかかって……っ」
少年たちは驚いた顔であれこれと言い訳するみたいなことを言って、しまいには逃げて行った。
(あの子たち――エリック様の取り巻きですわ)
ネネツィカは、彼らの背を見つめながらその事実に気付いた。
アッシュ・フィーリーは踏み躙られる教科書を見て悲鳴をあげた。まだ一度も開いていない、週明けから使う予定だった教科書は、決して安くない。アッシュは平民の少年で、上昇志向の強い親がじゃっかん無理をして学院に通えるように家計をやりくりしてくれている。たくさん勉強して出世してほしいと言われ続けた少年は、唇を噛んだ。
――自分が悪いのはわかっている。
入学式でつい貴族の陰口をたたいてしまったのだ。
あの時、あの日、アッシュは貴族令息を見ているうちに無性に「気に入らない」と感じたのだ。周りにいる貴族階級の少年少女を視て、何かじっとしていられない気分だったのだ。
けれど、冷静になってみれば平民の自分が貴族の陰口をたたくなんてとんでもないことだったと思えて仕方ない。
どうしてあんな事をしたんだろう? 何故あんな言葉を聞えよがしに言って、自分で自分を破滅に追いやるようなことをしたのだろう。
――それが、魔が差したとしか言いようがないのだった。
自分で自分が制御できない。ドロドロとした醜い感情に支配されて、理性が働かなくなる。してはいけないのに、してしまう。
そんな自分を感じて、それがとても怖かった。
せっかく親が応援してくれているのに、この教科書のようにぐしゃぐしゃに汚れた自分という存在――明るい世界の隅に転がるゴミクズみたいな自分が、みじめだった。
アッシュを囲む少年たちがぎらぎらとした目でコールする。辞めろ、辞めろと。
「上級貴族相手にあんな暴言、死罪になっても仕方ないんだぜ!」
「親兄弟も巻き込まれて断罪されてしまえ」
――学院を辞めるなんて、親にどんな顔をして言えばいいだろう。
100%悪意を持って衝動的に大貴族の令息に暴言を吐いたなんて、言えるわけがなかった。
アッシュは自分が追い詰められているのを痛感した。辞めなければ、彼らはずっとアッシュをいじめるだろう。けれど辞められない。だから、ずっと耐えていくしかない――、
と、視界に春色が跳ねて、飛び込んで来た。
「アッシュ。お待たせですわー!」
まるで親しい者にかけるみたいな明るい声。
母親と思われる美しい貴婦人と執事と、揃いの制服を来た貴族の子飼いと思しき騎士たちを背後に見せながら。
――ネネツィカが天真爛漫な笑みを咲かせて、少年たちを押しのけてアッシュの腕を掴む。ひんやりとした指先の体温に、アッシュの心臓がどきっと跳ねる。
これが現実なのだと感じさせてくれる冷たさは、少女の緊張を伝えてくれた。
「あら? こちらの方々は、学院でお会いしましたかしら! ごきげんよう。アタクシは週明けの学院生活に必要なお買い物にきましたの! あなたたちも、そうかしら?」
ネネツィカがニコニコと少年たちに語り掛ける。
「ラーフルトンさん! こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「ネネツィカさん、なんでそいつの腕を掴んでるんです?」
伯爵令嬢には好意的で敬うような声と視線を。
令嬢に声をかけられ、腕を掴まれるアッシュには汚物をみるような目を向けて。
少年たちは、何かを感じ取って汗を浮かべた。ネネツィカはとっておきのスマイルを浮かべ、少年たちが感じた『その可能性』を肯定してやった。
「アタクシとアッシュは、一緒に買い物をする約束をしていましたの! アタクシたち、実はとーっても仲が良いんですのよ!」
アッシュの胸がぐっと苦しくなった。
息苦しさを感じて、アッシュはすこし咽た。
――こいつ、庇ってくれようとしてる!!
助かる、と思う一方でいっそうみじめな気分が足元からせり上がってくる。
「あら? 地面に教科書が落ちていますわ。靴跡がついて……」
ネネツィカが恐ろしいものを見つけたように地面に視線を落とすと、母親や護衛たちがいっせいに厳しい顔をして少年たちを見た。
「アタクシ、まさかと思うんですけれど――これは、あなたたちがなさいましたの?」
「あっ、これは!」
「違うんです、オレたちはたまたまフィーリー君が教科書を落としたところに通りかかって……っ」
少年たちは驚いた顔であれこれと言い訳するみたいなことを言って、しまいには逃げて行った。
(あの子たち――エリック様の取り巻きですわ)
ネネツィカは、彼らの背を見つめながらその事実に気付いた。
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