竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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7、春の学院生活

64、鳥は、羽搏いて、「もう怖くない」

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「あっ。フィーリー君――すみません、俺はちょっと彼を追いますね」
 先生がそう言って走って行く。
 母はそんな先生を「優しそうな先生ね」と言って見送りながら娘の肩をしっかりつかんだ。今にも後を追いかけそうだったので。
「さあネネツィカ、魔術の講義でつかう杖を買いにいくわよ」
「は、はあい……」
 執事ティミオスは『優しそうな先生』が消えた方向を少し気にしている令嬢へとそっと耳打ちした。
「お嬢様、大丈夫ですよ」
 その声がすこし機械的にきこえたから、ネネツィカはどきりとして一瞬、執事の顔を視るのをためらった。
「……ええ、そうね……」
 相槌を打つけれど、それが正しいリアクションなのかよくわからないまま――時間が過ぎていく。


◇◇◇


 そして、週明け。
 新入生たちが意気揚々と新しい一週間を開始する。魔術の講義室に足を踏み入れたネネツィカは、推しの講義で張り切りモードのヘレナに引っ張られて最前席に落ち着いた。

「実技は出来る気がしないから、座学で先生に猛アピールするわ」
 ヘレナはそう言って燃える瞳を教壇に向ける。

 長く、うっそりと伸びた黒髪を背に垂らし、眉間に深いしわを刻んだ表情の魔術の先生が講義室に現れると、室内の照明が数段暗くなったみたいな錯覚を覚えた。
 声は低く、唸るように不機嫌で、いかにも人嫌いな気配を濃く漂わせている。
 着込んだローブは夜に似合いのくらい色で、ゆったりと揺れるさまは悪夢を誘うよう。
「アンドルート先生だ。ネネツィカ、アンドルート先生だよ」
 ヘレナがテンションを上げている。しかし、物凄く小声だ。

 ――先生に嫌われないように、地雷を踏まないようにしたいの。
 講義前にさんざん言い含められたネネツィカは、無言で頷いた。私語をしたくても我慢なのだ――(駄目と言ったヘレナ本人がはしゃいでるのは、気にしないことにした)ネネツィカはヘレナのほうを見ないようにして、行儀よく先生を見た。

 伯爵家に副業でやってきて、母とギスギスしたこともあるその姿。
 薄い本を読もうとして兄やエイヴンと三角関係の夢を魅せてくれた(思い込み)、ヴァルター・アンドルート先生。

「これより講義を始める。私語は慎むように」
 灰色の瞳がじろりと室内を巡り、ひとりの少年のもとで止まる。綿毛みたいにまっしろな髪をしたキュアリアス寮の少年、窓際でノートを破って何かクラフトしようとしている様子の――眼鏡の奥にふしぎな銀色を隠したデミル・マジェスに。
 コツコツと足音を響かせて、アンドルート先生がデミルに近付いた。

「――何をしているのかね?」
 この世の終わりを告げるような底冷えのする声が、靜かな教室に響く。

 ずん、と腹の底に嫌な感じがして、首をすくめてその声に固唾をのむ学生たち。
 彼らが怯える鼓動を胸に持て余しながら彫像のように気配を消そうとする中、デミル少年はあっけらかんとして、まったく悪びれることなく席を立ち。

「鳥をつくった!」
 なにも怖いものがないような伸びやかで遠慮知らずの声でそう笑って、杖を振った。
「そぉれ、ひゅう~ん! とんでけーっ」
 先生が目を見開いた。
 杖に指揮されて、紙きれがふわりと浮く。ぐしゃぐしゃの形のそれが、鳥めいた型になる。羽の部分が羽ばたきをみせて、ぱたぱたと講義室の天井を一周し――、

「きみは自由だ!」
 デミルが笑うと、そのまま窓の外へと飛んで行った。

「――魔法だ」
 誰かが声を零した。

 見紛うことなく、それは彼らが憧れる、使える才能を持つ者がとても少ない――ほんものの魔法だった。



 ――すごい!
 先生にびくびく怯えていたアッシュ・フィーリーが、目をキラキラさせてそれを観ていた。

(デミル・マジェス君は、呼吸するように自然に、当たり前に魔法を使えるんだ)
 まるで妖精だ、とアッシュは同級生を視た。
 白い綿菓子みたいな髪はふわふわで、そういえば耳先がちょっと尖っているかも?

(いいなあ、天才。あんな風に魔法が使えたら、なんでもできちゃうよね。お金を魔法で出したりも、できるのかな? それができたら大変じゃない? ……って、こんなことを考えるから俺は魔法が使えないのか。心が汚れているや……)
 デミルの横顔はとても純粋そうで、アッシュと違ってつまらない事を気にしたりうじうじしたり、絶対にしないだろうと思うのだ。

 デミルは視線に気づいたようにアッシュを見て、にこっと笑った。
「アッシュ!」
「あ、うん……」
 今、講義中だよ。先生めっちゃ見てるし、きいてるよ。
 アッシュはびくびくした。

「魔法は、たのしい!」
 無邪気に笑う顔を見ていると、アッシュはつまらない事が全部飛んでいくような気がした。
「俺はたぶん実技、できないけどね」
 才能がないのだ。でも、興味があった。
 そうアッシュが告げると、デミルはにこにこした。
「オイラがいるよ!」
「あ、ありがと……」
「竜がいじわるしても、もう怖くないよ」

 ――なにをいってるんだろう。

 デミルの言葉はなんだかふわふわしていて、よくわからない。
 けれど、好意みたいなのは凄く感じた。うまく言えないけれど、ちいさな弟が慕ってくれてるみたい。アッシュはそれが嬉しかった。

「うん。デミルがいっしょなら、怖くないよ」
 淡くはにかんで言えば、デミルは嬉しそうに何度も頷くのだった。
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