竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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7、春の学院生活

80、すまないね公子、ぼくは貴方が思っているような貴い者ではないかもしれないのだ

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 取り巻きたちがチラシ制作に勤しんでいるとも知らず、エリック王子は講義をサボって学食で優雅に紅茶を楽しむという名の現実逃避をしていた。
「エリック様、じきに美術講義終了の鐘が鳴ります」
「慌てる事はない。全く。絶対。完璧だ」
「本当にその通りです。エリック様!」
 エリック王子は紅茶を一息に飲み干した。
「何もしないうちに時間だけがどんどん過ぎていく。これはまずいんじゃないだろうか」
「エリック様……?」
「気にするな。ただの本音だ」

 ――キーンコーンカーンコーン♪

 
「行動の時は来た!」
「急げ!」
 講義が終わる鐘が鳴ると、各講義室から『広報班』の学生たちが飛び出して大量のビラが壁という壁に貼られて配られ、ばら撒かれた。
「王子派だ! 放送席を貸したまえ……」
 放送室をジャックした『放送班』が校内全域に響く拡声魔道具で演説をする。

『このたび王子派は夏の長期休校を利用したサマーハーレムパーティを企画することになりました』

「ごふっ!?」
 なんか凄い事になっている――!? エリック王子は飲み掛けの紅茶を吹き出した。
「エリック様! 大丈夫ですかっ?」
 取り巻きが心配そうに大慌てで制服を拭いている。ありがとう、と感謝しつつ、エリック王子は問わずにいられなかった。
「あの放送はいったい……?」
 取り巻きたちは「よくぞ聞いてくれました」といった顔をしていた。
「エリック様のために取り巻き一同、自主的に動いております!」

『参加を希望する学生は、通路に設置した申込用紙に必要事項を記入し、参加希望ボックスに投函してください』
 放送が演説を続けている。
「まだオレは何も決めてなかったのに、君たちが動いてくれたんだな」
「僭越ながら、時間も迫っておりましたゆえ――出過ぎた真似をして、申し訳ございません……!!」
 扇動したらしき数人の上級生が膝をつき、許しを請いている。リアクションに悩むエリック王子は第二王子として習った帝王学を思い出していた。
(皆、良かれと思って動いてくれたのだろう。オレがなかなか行動しなかったからな……)
 エリック王子は紅茶を飲みほした空のカップを笑顔で傾け続けた。
 
(皆、そろそろオレに将来国のトップに立つリーダーとしての資質があるか不安を抱いているのではないかな! 実際その通りで、オレにトップリーダーの資質なんてものは全くない――これっぽっちもない。ふふ、どうだ怖いだろうファーリズの民よ……オレが一番怖い……)

 とはいえ、エリック王子は王室の一員としての振る舞い方を教えられている。
 それは例えば……虚勢。中身は大したことなくともとりあえずドヤ顔だ。
「ふ……」
 次に……別に自分は全部わかってたけど? というなんか上から余裕ぶっこいた感じの超越オーラだ。
「――計算通りだ」
 そして、寛容さだ。慈悲の塊になれ。
「謝る事はない。君たちはよく動いてくれた」
(こんな感じでいいんじゃないか?)
 なんか周りから「さすが王子」って感じの眼が寄せられてるし?
 エリック王子は「オレもやればできるんだ」と自分の演技に満足して、空の紅茶にお代わりを貰った。

 ――ああ、放送がまだ続いている。
『クレイ・アスライト・コルトリッセン君にエリック様からの呼び出しがあります。ただちに学食まで出頭してください』
「……ごっふ」
 エリック王子はもう一度吹きそうになった。
(え、ここに呼び出したの? なんで?)
 危ない、危ない――口元を抑えて微笑を湛え、周囲に視線を巡らせると褒めて欲しそうな顔をした取り巻きのひとりがススッと前に出るではないか。
「エリック様がわざわざ出向かれてお誘いをする必要はないかと思いまして」
「……そうか……うん。なるほど?」
「自ら来させる事でより力関係をはっきり周りに示せるかと」
「……そうか。力関係を」
 頷き、内心で自分に言い聞かせるエリック王子。
 落ち着けエリック、ちょうど自分から行く勇気はなかったんだ。あっちから来てくれるなら、いいじゃないか。
 余裕の態度で出迎えてやれ――、
 そう、目を伏せて余裕の表情で笑みを湛えて……、
『自主的に出頭しない場合は、強制連行させて頂きます。つきましては王子派はコルトリッセン君の目撃情報を募集します。学院内の皆様はどうぞご理解、ご協力を――』
「……、」
 エリック王子は頭上に「?」を浮かべて周囲を見た。
『匿った者は王子派に敵対すると認識します。繰り返します。学院内の皆様は……』
「……」
 ティーカップが音を立ててテーブルに落ちた。
 
「強制連行? 目撃情報? 敵対?」
 ――???

「勝手に何やってんの?」
 思わず、素の声が漏れた。

 
◇◇◇


 学院中がざわめきに包まれている。
 指名手配のクレイを捜して学生たちが走り回り、取り巻き同士が衝突している。
「隠してもためにならないぞ! 何処にいるんだ!?」
「知っていても教えるか! クレイ様が何をなされたと言うんだ!」

「第二王子殿下がご乱心なさったのですよ、間違いございませんとも、ええ!」
 全身を透明にして隠していた呪術がなぜか解除され、一切の呪術が使えなくなったのだと慌てていた公爵家の呪術師団長レネン・スゥームが訴えている。
「この学院中を呪術が使えないように結界を張って、護衛を封じてこの騒ぎです。ええ、もう間違いないですとも。第二王子殿下は王位継承権を持つ坊ちゃんを消そうとしてるんですって」
 同様に透明化が解除された黒ローブ集団が護衛対象の少年を囲み、周囲を警戒していた。レネンの部下だ。

「そうかなあ。ぼくはただ取り巻きが暴走してるんだろうなとしか思わないけど――呪術が使えないなら、護衛はいらないかな。結界外に出て大人しく待ってなよ」
 渦中の少年、クレイは呆れたようにそう言って、目立つ黒ローブ集団に手を振った。
「お前たちが群れて学院内にいるのを見られるほうが火に油を注ぎそうでぼくは心配だよ。目立つし」
 レネンがぐっと拳を握る。
「坊ちゃん! 護衛は絶対に必要ですよ! ほら、頭を低くなさって! どこかから今にも毒矢が飛んでくるかも」
「この雰囲気だと今日はもう講義どころじゃないなあ」
「第二王子殿下はご乱心なさったんですよ! もはや一刻の猶予もありゃしません。今すぐにでも国外に逃亡しましょう!」

「王子殿下がご乱心……?」
「国外、逃亡……?」
 不穏な単語を並べた会話を聞き咎めて呟く声がする。

「あー……」
 クレイはため息をついた。そこには、放送で出頭呼びかけと目撃情報募集が布告されたクレイ本人といかにもあやしい集団を発見し、ドサッと教科書を数冊落とした女学生が。

「誰か! ここに反逆者が!」
「ぼくは反逆者じゃないよ!?」
 すごい。何もしていないのにどんどん立場が悪くなっていく――クレイは内心である種の感動めいたものを覚えた。

 入学式では挨拶中に平民にゴシップをばらまかれた。エリック王子は、同情したり憤慨してくれるのかと思いきや、何故か無視するようになった。王子の婚約者にまで無視された。シリル王子が行方不明になってからは、無い野心を疑われて王子陣営に敵意を向けられるかエリック王子の対抗馬として担ぎ上げられそうになるかのどちらかだ。
 暗殺を仕掛けられる頻度は各段に上がり、学院にいてもぞろぞろと護衛が隠れてついてきて、対抗陣営の護衛やら暗殺者やらとバチバチやっている。

「やっぱり、もう講義どころじゃないな……」
 捕まえられて連行されるより、自主的に行った方が傷が浅いに違いない。クレイは仕方なく学食に向かおうとして――、
「おっと、今そっちに行くと大騒ぎになりますよ。王子派が大量に探し回ってますからね」
 最近取り巻きの筆頭みたいになっているオスカー・ユンクに捕まって無人の音楽室に押し込められた。レネンがぎゃあぎゃあ文句を言っている。とてもうるさい――学院とは、とかく『うるさくなりがち』な場所だった。公爵家は基本的に妹以外靜かなのに、まったく別世界といっていい。

「見つかってもいいよ。自主的に行った方が変な疑いが晴れるだろう?」

 オスカーは何かを期待するような目を向けてくる。どちらかといえば好意的で、味方の温度で、しかし厄介なことに王位への野心を見せてくれないかなーとか、守護竜の加護を披露してくれないかなーとか、そんな期待を押し付けてくる目には、今よりずっと小さな時からうんざりしていた。
(この者は、ぼくに『特別』を期待している)
 王冠への欲とか加護とか、そんなものを見せて欲しいと思っているのだ。
 クレイは短い付き合いの果てに、オスカーをそう判断した。

「小耳に挟んだんですが、エリック王子殿下は元婚約者のお嬢さんにミッションを課せられたのだそうですよ。呪術の講義までにクレイ様をサマーハーレムパーティに誘えと」
 なるほど、とクレイは頷いた。
「もうすぐ講義開始の鐘が鳴るね?」
「その通り」
 エリックは元婚約者からのミッションに失敗するわけだ。クレイはほんの少し胸がすっとする気がして、音楽室の椅子に落ち着いた。

「じゃあ、鐘が鳴ってから出て行こうか」
「はは、そうしてやりましょう」
 頷きを交わし合い、そういえばとクレイは思った。
(ハーレムパーティって、何?)
 ――と。

「鐘が鳴るまでのお時間は、ピアノを弾かれるのですかな?」
 レネンなどは壁際に控えるものだが、この公子は無遠慮に無駄に近づいて椅子の傍の床に膝をつく。それがレネンをピリピリさせている――クレイは手を振ってレネンを外に出してしまった。
「お前は好きな曲などは、あるの?」
 戯れに指を鍵盤に滑らせて問えば、迷いなく「『夜のために』」と答えてくる。
 果たして本当だろうか? クレイは首をかしげた。
 それは劇にも出てくるような母がよく奏でたという曲だから、気を使われている可能性はある。

 けれど、試しに奏でて見れば確かにこれを好む気配が感じ取れたので、少年は公子への理解を深めた気がした。
(この者は、『ラーシャ』が好きらしい――ぼくが『ラーシャ』の子どもという点に価値を感じているのかもしれない)
 そう思うとすこしだけ残念だった。
 だって、自分は『そうではない』可能性があるのだから。
(すまないね公子、ぼくは貴方が思っているような貴い者ではないかもしれないのだ……)
 そう思いながら奏でる音色はしっとりとして、世界に夜を誘うようだった。


 ――講義開始の鐘が鳴る。


「講義を始めようと思いますが」
 無精髭を蓄えた太めの男性教師、マルコ・ペルコ先生が呪術の講義を開始しようとしていた。

『ガッガガ――』
 休憩時間の間、不穏な演説を繰り返していた放送がまた音を立てた。講義中もやるつもりなのか、とマルコ・ペルコ先生はしかめっ面になって言葉を切り、放送を聞いた。


『えー、エリック・ティーリー・ファーリズ殿下からお言葉がありましたので、先ほどの放送を訂正させていただきます』

『エリック殿下は、ただコルトリッセン君を夏の長期休暇中のハーレムパーティになんとかお誘いしたかっただけなのですが、直接お話する機会がなかったので最終手段として放送でお誘いしたいと――え、だめですか? しかし――』
 ぷつっ、と音声が途切れて、講義室は静寂に包まれたのだった。
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