竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

87、だから、君は神じゃないんだよ

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 ぱちぱちと火の粉が弾けて、炎が上がる。黒い煙が濛々と生まれて透明な空気を侵食したり溶け込むように薄くなりながら空に色を添えていた。
「……」
 第二王子付きの騎士として主君の理解度の高さを自負するオーガスト・ウィンザーは、それを見て頭を振った。
「本を燃やすのは、もったいないですよ」
 第二王子のエリックは、散々集めて読み耽っていたリーダーシップやら恋愛指南やらの本を全て燃やしてしまったのだ。

 かしずくオーガストはその心中を思い計る。
 繊細さは感じていたが、癇癪を起こすタイプではなかったが――、よほどの事があったのか。
「学院で何ぞありましたか」
 問いかける声は、近く優しく。
 不敬と言われるかもしれないが、弟のように思っている貴き御方である。
「おれの力が足りずに、申し訳ありません」
 悲しげに言えば、少年は「そんなことはない」とか「実はこんな事で困っている」とか、いつもは言葉を続けてくれる。だから、それを聞いて自分は「それなら一緒に考えましょう」とか「こうしてみたらどうでしょう」と言うのだ。
「……」
「殿下?」
 エリックは顔を上げた。白銀の髪と白皙の肌を、炎に煌々と照らされて、青い瞳は見たこともない幻想的な宝石めいて高貴で美しかった。
 その表情は、少年が生まれながらの王者なのだと肌で感じさせるようなどこか超然とした笑みを浮かべていて、オーガストは唖然とした。

「何を勘違いしてるんだ?」
 王子の声は、落ち込むようでも焦る風でもなかった。癇癪を起こして荒れる様子でもなく、逆に静かで凪いでいた。
「もう、必要がなくなったんだ」
 オーガストが言葉をなくして無言で見つめていると、王子は軽く首を傾げた。それが、何故わからないのだと不思議そうな風情だから、オーガストは訳がわからなくなった。その指がこめかみを指して、トントンとつつく。
「全部頭に入っているから、……ああ、でも。燃やすのは確かに勿体なかったかな。反省しよう」
 素直な声色で言って、炎をとろりとした眼で見た。
「けれど、綺麗に燃えている。感傷的な話だが、ああして別れをする事で自分の中に何かの区切りがつく気がするのだ。……折々につけて勿体ぶって行われる格式高い儀式の本質とは、こんな心理にあるのではないだろうか?」
 王子が詩でも吟じるように唱えて、オーガストを見て眉を寄せる。
「ウィンザー卿、疲れているのか? 顔色が悪いな……」

「はあ、いえ。大丈夫です」
 やっとこさそう答えると、王子は心配そうな顔をして肩に手を置いた。
「卿にはいつも負担をかけてすまない。とても頼りになるものだから……、けれど、無理はしないでおくれ。卿の代わりはいないのだからね」
 休みを増やしてはどうか、と提案される。
「は……」
 オーガストはどう返事をしたものか、よくわからなかった。

 一方で、エリックは心の中で冷や汗を流しつつ、自分の演技力に自信を持ちつつあった。これまで数々のあんな相談やこんな相談をしてきたオーガストが、癇癪を起こして全部燃やしたのを取り繕っただけだと気付いていないのならこれはもう全国民騙せるんじゃないかと、そう思ったぐらいの自信であった。
 オレは意外とイケるのでは――エリック王子は上機嫌になったが、オーガストはそんな変化の理由もわからずに戸惑いを浮かべている。その顔がなんだか間抜けに見えて、エリックはますます楽しくなった。




「わあ、お会いできて光栄です!」
 ユージェニーが華やかな笑い声をあげている。
 白い竜は美しい瞳で聖女を見て、頷いた。

「試験を頑張ったからね」
「私、嬉しいです! エリック様も三学年で一番成績が良かったとお聞きしました」
 ユージェニーは尊敬の念が溢れるキラキラした瞳でエリックを見上げる。
「頑張ったからね」
「殿下は余裕だったじゃないですか」
「あはは」
 いや、本当に。
 エリックは表面的な笑顔を維持しつつ、心の中で血を吐く思いで振り返る。アレで成績を落としたら格好が付かないどころじゃないから、それはもう必死に勉強したのだ。はっきり言って自分でもドン引きするくらい――。
 しかし、学院では余裕のある態度を装ったし、自分の直前復習時間を削って直前に下級生を応援したりもした。
(本当に頑張ったんだよ。君は知るまい。いや、知らない方がいい……)
 ユージェニーは一学年で五番に入ったらしい。優秀ではないか。公爵家の令嬢で、聖女でもある。親しくしてメリットの多い女の子だ。
 
 守護竜付きでのデートとは破格の扱い、と護衛のオーガスト・ウィンザーは王子の変心に頭を振る。公爵令嬢は元々婚約者候補だった。他の令嬢と婚約して、婚約破棄した。……そして、また親しくしている?

「ユージェニー、手を」
 王子が手を差し出し、二人が守護竜の背に乗って――「はっ?」飛び上がる。地上に業風の残滓を残して、護衛を置いて、お前たちなど知らんとばかりに軽快に大空に飛翔し、優雅に華麗に飛んでいく。

「殿下ッ、どちらへ!?」
 遠くなる竜影に声を張るが、届いたかどうかも定かではなかった。

「すごいすごいっ、はや~い」
 ユージェニーがエリックにしがみつき、はしゃいだ声をあげている。
「サラマンダーより、ずっとはやい!」
「妖精?」
 エリックが不思議そうに問えば、少女はくすくすと笑って頷いた。

「何処へ連れて行ってくださるの?」
 青空にキラキラとした声が溶けていく。二人だけが共有する声――本当は、竜の耳にも入っているけれど。
「東部に。実は、聖女である君に少し力を貸して欲しいんだ」
 エリックは優しく温かにユージェニーを抱き寄せて、耳元で甘く声を紡ぐ。
「東部には現状の王制や国教である創造多神教に疑問を抱く不穏分子があってね、父王陛下も頭を悩ませているようなのだ」
 エリックは地上の景色を見下ろした。
 家々は小さく見えて、その一つ一つに民がいる。ひとりひとりがその短く儚く、一度きりの生を必死に生きているだろう……自分のように。
 不安を抱いて、何かを求めて、少しでもましな一生をと、死ぬまでの時間をそれぞれが。

「意外に思われるかも知れないけど、オレはね、兄がいないならオレが一番次代の王に相応しいと思ってる。だって、兄に何かあった時のために備えて、いつでも代わりになれるよう教育を受けてきたしね」
 誰かが治めないといけないのだ。
 兄が放り出したその席は自分以外に相応しい者がいるだろうか?
「空いた席を狙って、国が揺れた隙を突こうと、ここぞとばかりに騒乱を企てる輩を黙らせたい。何故なら、争いが起きて犠牲になるのは民だからだ」
 エリックは清らかに言った。自信満々なのは、昨夜読んだ本にそう書いてあったからだ。丸のみにした本の中身が、実地に触れて「なるほど、その通りだな」とすとんと咀嚼しきれた感覚を得たから、自分の言葉として口に出してみたのだ。

 声を聞きながら、ティーリーは怒りを覚えて強く羽を震わせる。
 ティーリーが愛する神々に疑問を抱くとは……。


「そういうことなら、任せてください。私は本物の聖女ですから」
 ユージェニーはふわふわとした声を風に遊ばせた。
「私、創造神の記憶を持ってます。ウチノカイシャでつくった世界ですからね。こちらに生まれ変わり、魂をこの体に宿してますが、私はいわば世界を作った神の一員なわけで――ここは、私の世界です」

 羽が羽ばたきを一瞬忘れて、王子と聖女が悲鳴をあげた。
「ティーリー?」
「……すまない王子、少し取り乱した」

 エリックはその声が人間みたいに感情に揺れている事に驚き、急にティーリーが生き物のように息づいた生々しい何かに感じられた。

「ふうん? ……ティーリーも、取り乱す事があるんだね」
 この竜を全知全能の神のような存在だと思っていたけど、とエリックは口の端を緩めて、手をその竜肌に滑らせた。

「ユージェニー、オレは思うんだけどね、」
 その言葉は竜にも向けられている。ひそやかに。
「人が想う神っていうのは、なんでもできて『こうあって欲しい』と期待する通りの、とても都合がよい概念だよ。それが誰かの味方をしたり、何かを自主的にしたり、何事かに私情を抱くなら、それは神とはなり得えない」

 ティーリーが聞いている、と思うとエリックの声に熱が篭った。

「だからね、この世界に神様なんていないし、世界は誰のものでもないのだ。それを決めた誰かがいたとするなら、それは神と呼ばれる権利をその瞬間に失ってしまうのだ」

 ユージェニーはその少年を不思議そうに見つめる。
「オレの考えがよくわからないって顔をしてる」
「よくわからないけど」
「ははっ、だから、君は神じゃないんだよ」
 神だったらわかるはずの事がわからないのだからね、と指摘する声はハッキリとしていて、竜は項垂れて羽ばたきをゆるゆると繰り返した。

(神学と哲学の本を読んでおいてよかった)
 そんな本音を胸に仕舞いつつ、エリックは安堵した。竜が怒り出すのではないかと冷や冷やしていたが、竜は怒らなかったのだ。

 ファーリズ王国に加護を与えた竜は、二柱いる。
 守護竜ティーリー以外のもう一柱、守護竜アスライトは、その名だけが長らくティーリーと並び伝えられるものの、ほとんど人前に姿を見せることのない――いないといっていい存在となっている。あまりにも長く加護を与えたり姿を見せることがなかったので、かの竜はもう生きていないとか、加護が王国から失われたと言われた時期があったほどであった。それが、今は亡き王妹ラーシャ姫のもとに度々姿を現したものだから、いないと思われていたもう一柱の守護竜は実在したのだと人々を驚かせた――というのが有名な話だ。

 エリックは考えを巡らせる。
 ラーシャ姫の遺子は形式上アスライトの名を名乗りはするが、実際の加護はない。
 だから、エリックの対抗馬は、せいぜい歳の離れた第三王子や第四王子といったところ――よちよち歩きの赤ん坊や絵本に夢中な幼児より、エリックの方がまだマシなのではないだろうか? 今思えば、きっとシリル王子も、きっとこんな考えで第一王子としてエリックと自分を見比べ、王位に向けての折り合いをつけていったに違いない――エリックは、そう思った。
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