竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

88、不純じゃない範囲で、適度に好きにしていい

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 賓客として滞在中のユンク邸にて。
「きみが嫌だったら、しなくてもいいよ」
 新聞と本と手紙の山に埋もれるようにして、レネン・スゥームのクレイがメイドのマナに言い含んでいる。
「別に、そんな必要はないのだからね」
 メイドの少女は、ふるふると首を振った。花を大切そうに握りしめて。
「……」
 眉を顰めて、クレイがレネンの黒フードを捲り、顔を窺う。レネンは無言で笑顔を浮かべ、頷いた。
「言っておくけど、本気で惚れたりしない方がいいと思うよ。オスカーは、女の子にはみんなああだし……身分も、違うだろ」
 とても微妙な顔をして、「逆にきみの側が弄んでやるくらいの割り切り具合だと安心なんだけど」なんて言う。メイドは困り顔ながら笑顔を浮かべている。

 クレイが言うので、レネンはオスカー・ユンクを部屋に呼んだ。

「やあやあクレイ様、貴方様の大好きなオスカーが呼ばれて参りましたぞクレイ様。壮観じゃないですかクレイ様。どうやったら一日やそこらで部屋がこうなるんです?」
 オスカーはまるでご主人様に呼ばれて嬉しくて仕方のない大型犬と言った風情でニコニコして部屋を見渡した。
 クレイは無言で適当な笑顔を浮かべて、メイドを示した。
「おや、……そのメイドがどうかしましたか?」
 メイドは純情そうな顔で頬を赤らめ、魔法で貰った時のまま保全した花を握り頭を下げた。オスカーは「これはさては」と言ったしたり顔で、いかにも慣れている様子だったから、その顔を視たクレイは軽蔑しきった目になった。

「きみが軽率に声をかけるから、きみに仕えたいと言い出したんだ」
「ほう」
 オスカーは不機嫌をあらわにしたクレイに申し訳なさそうな顔を向けた。
「いや、それは申し訳ありませんね。俺もあまりに印象的なメイドだったので気になってあの後で家の者に調べさせたんですが、孤児院でわざわざ見染められてご自分好みに教育なさっていたところだとか? クレイ様の将来の妾候補を魅了してしまうとは……俺が魅力的なばかりに、いやあ、申し訳ない話です」
 よくいけしゃあしゃあと言ったものだ――レネンはよっぽど飛び掛かって首を落としてやりたくなったが、クレイがマナに向かって「ほら、こんな男だよ?」と確認するように言うのを耳に自制した。マナは「そんなところも素敵に思えるほど、心を奪われてしまったのです」なんて呟きを返している――。

 どこかで似たような台詞を誰かが言ってたなあ、という感想を抱くクレイにオスカーが意味ありげにニヤニヤした。
「それで、俺にくださるんです?」
 レネンが見守る中、主の少年は器用にも軽蔑の眼差しのまま微笑んだ。
「とりあえず滞在中、貸すから、す、……」
 言いかけて言葉を中断したのは、好きにしていい、という言葉の招く結果を想像したのだろう。
「おお。好きにしていいんですか?」
 目をきらりとさせて食いつくオスカーは、許可を貰ったらそのまま部屋に連れ帰って本当に好き放題しそうな気配があった。
「……ほどほどに、不純じゃない範囲で、適度に好きにしていい」
 歯切れ悪く、わかれとばかりに許可を出せば、オスカーは面白がった。
「ははあん。ほどほどに、不純じゃない範囲で、適度に! 具体的には、それはどんな行為がセーフでどんな行為がアウトなんですかねえ!」
 
 ああ、いけません坊ちゃん。そこで真っ赤になったら相手の思うツボじゃあないですか――レネンは心の中でこっそり嘆いた。
「だ、だから――破廉恥なのはだめだと」
「ほう破廉恥! ふむ破廉恥! どんな行為が破廉恥ですか!?」
 坊ちゃん! 遊ばれてますよ坊ちゃん! レネンの心の声は、届かない。

 オスカーが楽しくて仕方ないといった顔でニヤついている。
「まあ、健全な範囲で連れておきますが。逆に、こっちからもメイドを貸ししましょうか? お気に入りの子が俺に取られて、お寂しいでしょう」
 少年はそれを心から拒絶したので、オスカーは残念そうに笑って新聞をぺらりとめくった。

「おお、エリック殿下はあちらこちらに守護竜を見せて支持率を上げてまわってるんですね。意欲的だなあ」
 レネンはいい加減オスカーという少年に殺意を抱いたが、クレイ本人が手で紅潮した顔を仰ぎながらオスカーの手にある新聞を覗き込むのを見て殺意を抑えた。
「良い事じゃないか」
 心からそう思っている、そんな呟きにオスカーは残念そうに視線を移す。

「俺は残念ですよ、クレイ様はきっと面白いと思っていたのに。いや、さっきの反応は面白かったんですがね」

「いい加減に――」
 レネンはついに我慢を限界を迎えて、立ち上がった。指が呪術を紡ぎ、殺意を形としてオスカーという少年に届けようとして。
「レネンはお座り」
 他でもない主の少年が叱りつければ、レネンはしょんぼりと座り込む。部屋の隅で、のの字を書いて。
「レネンさん……」
 メイドのマナが背中を撫でてくれる。優しい娘だ。
「マナ、あの少年に無体をされそうになったらこれを破ってやりなさい。爆発しますからね」
 レネンはせめてもの思いで、お守り代わりの呪符をマナに渡すのであった。

「物騒なお守りですなあ」
 オスカーは呪術師の殺意に少しだけ蒼褪めたが、喉元を過ぎればなんとやらといった調子ですぐに復調した。
「きみ、……お前は、図太いね」
 クレイはそんなオスカーにある種の尊敬に近い思いまで覚えて、しみじみとした目になる。

「俺に言わせれば、クレイ様はもうちょっと図太くなってもいいと思うんですがね!」
 オスカーは目をギラギラさせた。つまり、色々唆そうとしている――その気配が居合わせた全員にわかった。
「ぼくは、じゅうぶん図太いよ。名乗るたび思うものさ」
 ――なにせ、加護がないのに加護があるみたいにアスライトの名を名乗っている。
 少年にとって、それは途轍もない恥であり、罪なのだ。

 オスカーは、言わんとすることを理解しつつ少年の肩に手をまわして笑った。
「いやあ。でも、名乗ってても竜が怒って名乗るなと言ってきたりしないんでしょう? 利用できるものはなんでも利用するのがよいかと!」

 レネンとマナが眉を寄せてそっと視線を交わし合った。

「可能性を見せて、手を伸ばせば掴めると思わせるのは残酷だ」
 応える彼らの主は、明らかに弁えている。野心がないと言っている。
「勇気でしたか、竜が愛するやつ。案外それを見せたら別の竜が釣れるかもしれませんよっ」
 だというのに、よくぞここまで野心を煽ろうとするものだ。よくここまで大胆な発言を堂々とできたものだ。
「ぼくを唆すな、誘惑するな」
 うんざりとクレイが言ったとき、窓の方から「まあ」と可愛らしい声がした。

「あ」
「おっと」
 少女に気付いた二人の少年が、同時に声をあげた。
 
「お二人は、とても近い距離で……ふふ。アタクシ常々そうじゃないかと思っていました、ええ。誘惑……そう……やっぱりお姫さま……」
 ゴーレムを庭で散歩させていた伯爵令嬢はそう言って幸せそうな顔をした。

「……」
 なんともいえない沈黙の果て、オスカーはこそこそと耳打ちをした。
「ほら、あのお嬢さんだって、気に入ってるんじゃないんですか? ちょっと変わってるけど」

 ――変わってるところも気に入っているから。

 エリックがそう言ったんだ、と懐かしく思い出しながら、クレイは緩く微笑んだ。
「誤解されるだろ、離れてくれないか」
 あの娘の前でひっついていたら、燃料を与え続けてしまう――もう手遅れだろうけど!
 諦念溢れる笑顔に、オスカーがしつこく絡む。
「夏休みに仲睦まじく出掛ければ、『誤解される』じゃないですか?」
 その瞳が意地悪な色を魅せていた。
 婚約破棄したとはいえ、エリックが恋人だと公言している相手なのだから、誤解されるような行為はするべきではないのだ。
「だから、そそのかしたくなるんですよ」

 ――不躾だ。失敬だ。無礼だ。不敬だ。不穏だ。ああ、面倒だ。なんだこれ。こいつは、むかつく。なんかすごく、うざい!
 クレイはゆるゆると首を振った。
 最初から別に、単なる良い奴だなどとは思っていなかったが、親に言われてのありがちな『取り入ろう』という気配を感じさせつつも、オスカー・ユンクは良いお兄さんと言った風情で優しく親切にニコニコしてくれていたのだ。結構気に入っていたのだ。それがなんだかこう不穏な事ばかり囀るようになってくると紅薔薇の連中が可愛く思えてくるではないか。
(王位継承権が上がったから? 加護がないって言ったから? ぼくが令嬢に気があるって隙を見せるから?)

 紅薔薇の大人たちは少なくとも、クレイをからかって面白がったりしないのだ。
 距離はこちらから詰めるもので、あちらからは詰めないのだ。
 おままごとみたいに「ぼく、哀しい」とか言ったらさっさと退くのだ、良い子に戻るのだ――言うか? 言ってみるか?

「ぼくは、哀しい……」
「なんとなんと。では俺はその哀しみを悦びで上書き更新いたしましょう!」
「なんだそれ」

(こいつは、もうだめだ!)
 クレイは匙を投げた。
 間近な体温は以前とそう変わらないし、満面の笑みも親しみのある風情だが。
(この公子は、なんとも妙な奴だなあ。一度紅薔薇の真ん中にポイっと投げ出して痛い目に合わせてやるのが良いかもしれない)
 放り込んでやれば、大人たちはこぞってこの公子を軽侮し、蔑んで苛めるだろう。
 きっといろんなことを言われるに違いない。あんなことやこんなことを言われるのだろう、言われそう。とても言われそう。だって、見た目からして中央のお爺様たちに受けの悪そうなアイザール系なのだもの。
(ぼくは、この特徴が結構すきだけどな。好い色じゃないか。異国情緒だよ、いいじゃない。ちょっと纏う色が違うからといって、差別はよくないのだ……皆それぞれの個性、良さというものがあるのだ)

「その微妙に可哀想なものを見る温度の目はなんですかね」
 想像が目から溢れたようで、オスカーがちょっと驚いている。
「あ、いや……なんでもない」
 クレイは疲労感を覚えてもう一度頭を振った。まったくくだらない妄想をしていた、そう思いながら。
「……もう、出ていってくれる?」
「ここは俺の屋敷なんですがね。あと、俺は呼ばれたから来たんですけどね」
「もう用事は済んだ」
 オスカーを邪険に追い払えば、ネネツィカが「アタクシに遠慮しないでむしろもっとくっついてほしかった」と妄言を吐きながら窓から部屋に入ってくる。

「きみ、伯爵家でどんな令嬢教育を受けてきたの……?」
 呆れ果てて言えば、「あとでゴレ男くんに乗せてあげますわ」と無邪気な笑顔が返される。

「いらないよ」
「もしかして、高い所が苦手でした? クレイはお姫さまですものね」
「ぼくはお姫さまじゃないよ」
 窓の外で小さくなって消えるゴーレムを見送り、部屋の中で落ち着く気配のお嬢様が新聞を王冠みたいに折って頭に乗せてくる。
 
 ふわり、と外に咲く初夏の緑の香りがした。
「君がそうやって近くにくるから、手を伸ばしたくなるじゃないか」
 思わず呟けば、少女は不思議そうに首を傾けてクレイの手を無遠慮に引っ掴んで、ゆらゆらと戯れに揺らす。
「伸ばしたらいいんじゃありませんの」
 おそらく深い意味はないのだろうと思いながら、クレイは困り切った顔をして「きみ、そのまま大人になると、とんでもない悪女になりそうだよ」と忠告をした。

「気を付けた方がいいとおもうよ。本気でそう思うよ……」
 そう言ってレネンを呼びつけて、その背中に隠れてしまった。
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