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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編
89、ケイオスレッグとハニートラップ
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「ティミオスはサバイバルマッチに興味はあって?」
サバイバルマッチの練習場でネネツィカがのんびりと執事を侍らせている。ティミオスは「わたくしの少年時代には、このような遊戯はございませんでしたので」と微笑したので、ネネツィカはこの執事にも少年時代があったのだという事実に気付いてほっこりした。
オスカーはクレイから借りたメイドのマナを隣に座らせて、機嫌の良い肉食獣めいた笑顔でチームメンバーと客人の即席チームが対戦中のフィールドを楽しそうに眺めている。
「オスカー様、どうぞ」
マナが小鳥のさえずりめいて声を寄り添わせ、差し出すのは手作りと思しきサンドイッチだ。
「アタクシも今度、ああいうのをしてみましょうかしら」
ネネツィカが思い付きを口にすれば、ティミオスはちょっと眉を寄せた。
「望まれるならサンドイッチはわたくしがご用意いたしますが――」
あれは惚れ薬入りでございますよ、と囁く青年に、少女は「まあ」と目を丸くした。
森林めいたフィールドをケイオスレッグの選手たちが駆けている。元盗賊団、現在はコルトリッセン家の新兵になっている三人――テオドール、ベルンハルト、そしてマナの兄アドルフが木の幹を盾に、飛んでくる弾を避ける。
「これ、実戦に近いな」
テオドールが木々の間を飛び回り囮として敵を引きながら言えば、ベルンハルトも長距離射程の呪弾を数発纏め、弾速に差をつけながら放り、笑った。
「実戦訓練になりますなあ。生身が怪我をすることがないのがいい」
呪弾が淡い光の尾を引いて木々の間を奔っていく。疾い数弾が着弾して視界が閃く中、気配を消して相手チームとの距離を詰めていたアドルフが大胆な踏み込みから呪斧を豪快に横凪ぎ、ケイオスレッグのショーを狙った。
「指揮役IGL、貰った!」
瞳を間近に睨み、好戦的に笑うのは、ショーという少年がキャッスルファイブとケイオスレッグの試合直前にキャッスルファイブから引き抜かれて元いたチームと戦ったという話を聞いたからだ。
「気に入らねえ。金を貰っても、俺たち盗賊団は仲間は裏切らねえぜ」
伝わっているかわからんが、と呟くのは、多国籍な相手チームがファーリズの言葉に若干不慣れだからだ。
「ッ!」
アバターの体力を大きく削られながら退くショーの前に盾型呪力を展開して追撃から守ったのは、元『アスタリア』のレビエだ。
「シュナ!」
「オーケー」
横合いから呪力弾が雨霰と叩き込まれる。
『フレウランス』出身のシュナが温存していた火力を集中させたのだ。アドルフを削り切り、ポイントゲットと笑むシュナに遅れて到着したベルンハルトの呪力弾が迫り、レビエが盾を切る。
「ベルンハルト、落とせなかったのか! 盗賊団の名折れだぜ」
「アドルフ、俺たちはもう盗賊じゃないぜ」
テオドールが窘めるように言っている声が観戦者にも聞こえている。
「オスカー様のチームは、とても強いのですね」
感激した様子でマナが微笑む。華奢な首を傾けると、薄青色の髪がさらりと流れた。白く透明感のある肌に高揚と好意を示すような朱が差していて、オスカーは見惚れた。
「次は俺の腕も見せてやりましょう」
交代して格好良いところを見せてやろうと微笑めば、するりと胸にマナの手が当てられる。いたいけで嫋やかな手のひらが温かい――そっと身を寄せる少女から、なんともいえない好い香りがした。鼻腔をくすぐるそれに喉を鳴らせば、マナが「あのアドルフという選手は、私の兄なんです」と可憐に囁く。不思議と、その声を聴いていると心が蕩けていく心地がする。
妖精の使う魅了の魔法か何かだろうか。
聞けば、劣悪な環境で苦労しながら生きてきたというではないか。
なんて哀れなのだろう、なんと健気なのだろう――クレイ様は、俺にそう思って欲しいらしい。オスカーは少女を抱き寄せて貴公子めいた微笑みを浮かべた。
「俺は味方ですよ」
降り注ぐ眼差しを受け止めて、マナは嬉しそうに微笑んだ。それが、とても可愛らしい。目の保養とはこのことだ、と素直な声色で紡いで、オスカーは少女の頬に軽く唇を寄せた。こんな小鳥が啄むような挨拶程度の友愛表現なら、初心な少年が言った『健全』な範疇におさまるだろうと思いながら。
(おれを舐めてもらっちゃ困りますね)
魔法や魔術は不得手だが、呪術はそれなりに得意なのだ。
魅了程度、返してやろう――オスカーは笑った。
「それで、俺は流刑地村の環境改善を父に進言すればいいんですね」
赤い瞳が「貴方に首ったけですよ」といった色を浮かべてマナを見つめるから、一瞬だけ最初にあの少年と会った時と同様の感覚がマナの胸を襲う。そっと瞬きのうちにそれを流してしまって、呑み込んでマナは困ったように眉を下げ、愛らしく哀れな生き物といった風情で睫毛を震わせた。
「それで、貴方は したら するんですね?」
オスカーの確かめるような、暴くような囁きが耳を擽った気がして、マナはぼんやりとした。
風がひゅるりと吹いていた。
しばらく心地よく、穏やかな、つまらない時間を過ごしていただろうか。気付いたら、対戦は終わっていて兄が観戦席に迎えに来ていた。
「見応えがある良い対戦を見せてもらいました。次は俺も戦いたいな」
オスカーは人好きのする華やかでカラリとした笑顔を浮かべて、マナを兄の隣に差し出して「日頃忙しくて兄妹の時間が取れないとききましたよ。もしよければ、このあとの時間は水入らずでどうぞ」と言ったのだった。
サバイバルマッチの練習場でネネツィカがのんびりと執事を侍らせている。ティミオスは「わたくしの少年時代には、このような遊戯はございませんでしたので」と微笑したので、ネネツィカはこの執事にも少年時代があったのだという事実に気付いてほっこりした。
オスカーはクレイから借りたメイドのマナを隣に座らせて、機嫌の良い肉食獣めいた笑顔でチームメンバーと客人の即席チームが対戦中のフィールドを楽しそうに眺めている。
「オスカー様、どうぞ」
マナが小鳥のさえずりめいて声を寄り添わせ、差し出すのは手作りと思しきサンドイッチだ。
「アタクシも今度、ああいうのをしてみましょうかしら」
ネネツィカが思い付きを口にすれば、ティミオスはちょっと眉を寄せた。
「望まれるならサンドイッチはわたくしがご用意いたしますが――」
あれは惚れ薬入りでございますよ、と囁く青年に、少女は「まあ」と目を丸くした。
森林めいたフィールドをケイオスレッグの選手たちが駆けている。元盗賊団、現在はコルトリッセン家の新兵になっている三人――テオドール、ベルンハルト、そしてマナの兄アドルフが木の幹を盾に、飛んでくる弾を避ける。
「これ、実戦に近いな」
テオドールが木々の間を飛び回り囮として敵を引きながら言えば、ベルンハルトも長距離射程の呪弾を数発纏め、弾速に差をつけながら放り、笑った。
「実戦訓練になりますなあ。生身が怪我をすることがないのがいい」
呪弾が淡い光の尾を引いて木々の間を奔っていく。疾い数弾が着弾して視界が閃く中、気配を消して相手チームとの距離を詰めていたアドルフが大胆な踏み込みから呪斧を豪快に横凪ぎ、ケイオスレッグのショーを狙った。
「指揮役IGL、貰った!」
瞳を間近に睨み、好戦的に笑うのは、ショーという少年がキャッスルファイブとケイオスレッグの試合直前にキャッスルファイブから引き抜かれて元いたチームと戦ったという話を聞いたからだ。
「気に入らねえ。金を貰っても、俺たち盗賊団は仲間は裏切らねえぜ」
伝わっているかわからんが、と呟くのは、多国籍な相手チームがファーリズの言葉に若干不慣れだからだ。
「ッ!」
アバターの体力を大きく削られながら退くショーの前に盾型呪力を展開して追撃から守ったのは、元『アスタリア』のレビエだ。
「シュナ!」
「オーケー」
横合いから呪力弾が雨霰と叩き込まれる。
『フレウランス』出身のシュナが温存していた火力を集中させたのだ。アドルフを削り切り、ポイントゲットと笑むシュナに遅れて到着したベルンハルトの呪力弾が迫り、レビエが盾を切る。
「ベルンハルト、落とせなかったのか! 盗賊団の名折れだぜ」
「アドルフ、俺たちはもう盗賊じゃないぜ」
テオドールが窘めるように言っている声が観戦者にも聞こえている。
「オスカー様のチームは、とても強いのですね」
感激した様子でマナが微笑む。華奢な首を傾けると、薄青色の髪がさらりと流れた。白く透明感のある肌に高揚と好意を示すような朱が差していて、オスカーは見惚れた。
「次は俺の腕も見せてやりましょう」
交代して格好良いところを見せてやろうと微笑めば、するりと胸にマナの手が当てられる。いたいけで嫋やかな手のひらが温かい――そっと身を寄せる少女から、なんともいえない好い香りがした。鼻腔をくすぐるそれに喉を鳴らせば、マナが「あのアドルフという選手は、私の兄なんです」と可憐に囁く。不思議と、その声を聴いていると心が蕩けていく心地がする。
妖精の使う魅了の魔法か何かだろうか。
聞けば、劣悪な環境で苦労しながら生きてきたというではないか。
なんて哀れなのだろう、なんと健気なのだろう――クレイ様は、俺にそう思って欲しいらしい。オスカーは少女を抱き寄せて貴公子めいた微笑みを浮かべた。
「俺は味方ですよ」
降り注ぐ眼差しを受け止めて、マナは嬉しそうに微笑んだ。それが、とても可愛らしい。目の保養とはこのことだ、と素直な声色で紡いで、オスカーは少女の頬に軽く唇を寄せた。こんな小鳥が啄むような挨拶程度の友愛表現なら、初心な少年が言った『健全』な範疇におさまるだろうと思いながら。
(おれを舐めてもらっちゃ困りますね)
魔法や魔術は不得手だが、呪術はそれなりに得意なのだ。
魅了程度、返してやろう――オスカーは笑った。
「それで、俺は流刑地村の環境改善を父に進言すればいいんですね」
赤い瞳が「貴方に首ったけですよ」といった色を浮かべてマナを見つめるから、一瞬だけ最初にあの少年と会った時と同様の感覚がマナの胸を襲う。そっと瞬きのうちにそれを流してしまって、呑み込んでマナは困ったように眉を下げ、愛らしく哀れな生き物といった風情で睫毛を震わせた。
「それで、貴方は したら するんですね?」
オスカーの確かめるような、暴くような囁きが耳を擽った気がして、マナはぼんやりとした。
風がひゅるりと吹いていた。
しばらく心地よく、穏やかな、つまらない時間を過ごしていただろうか。気付いたら、対戦は終わっていて兄が観戦席に迎えに来ていた。
「見応えがある良い対戦を見せてもらいました。次は俺も戦いたいな」
オスカーは人好きのする華やかでカラリとした笑顔を浮かべて、マナを兄の隣に差し出して「日頃忙しくて兄妹の時間が取れないとききましたよ。もしよければ、このあとの時間は水入らずでどうぞ」と言ったのだった。
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