竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編

104、夜の海の告白

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 人魚がぽいぽいと宝物を捨てていく。学生たちとその使用人たちはその度に悲鳴をあげて、大切な宝を捜した。

「見つからないっ、万一盗まれたら、もう家に帰れない!」
「乱暴に扱わないで! 大切なものなの……!!」
 悲痛な声が夜を騒がせる。

「おおーい、待ってよお」
 デミルはすいすいと夜空を泳ぐように飛んで、人魚をとがめた。
「だめだよ。ゲームのお宝は返すんだよ。それ、オイラが勝ってオイラのものにしてたんだよ。だから、オイラのもの……あれ?」
 途中からわけがわからなくなったデミルは考え込んでしまった。
 人魚はそんなデミルを少し見つめて、何かに気付いたように頭を下げた。そして、宝物をすべてその場で手放した。

「ああっ!!」
 地上で見守っていた学生たちが悲鳴をあげる。下は、浅瀬とはいえ海なのだ――、

「い、急いで探して! お願い……!!」
「流されちゃう!」
 皆が半狂乱で海に入っていく。

「こいつはひどい」
 オスカーは全身ずぶ濡れになりながら宝物を捜していた。夜の海は、真っ黒だった。底知れぬ揺らめきは見通しが効かなくて、吸い込まれそうな気分になる。何より、寒い、冷たい――、
「これは、大半が見つからないでしょうなあ……」
 かく言う自分も、宝物を奪われて落とされている。暗闇の中、若干肩を落として手と脚を動かして、水音と泣き声や怒りの声や、自分が呼吸を繰り返す音を聞く。指先の感覚がもはや無い。この広い海に攫われたちっぽけな安物の指輪ひとつなど、もうどうしようもなく諦めるしかないのだと一秒、一秒過ぎるごとに思いが強くなっていく。海中で流れてきた海草が足に絡んで、うざったくて仕方がない。払っても払っても纏わりつくそれがまるで、少しずつ重苦しい絶望のようなものに囚われていく――そんな感覚だ。
 引き上げ時だろうか。
 付き合わせている使用人も哀れだ。良き主人としては、「もういい」と言ってやるべきだろう――オスカーが息を吸って顔をあげた時。

「ここにいたのか」

 なんでこんなところで必死になってるんだ。そんな調子であの少年から声がかけられたから、オスカーはさすがにイラッとして振り返った。

「誰のせいだと思ってるんです――」
 思いがけず口から出た言葉は明らかに失言だった。
 悪いのは人魚で、しかしゲームを主催したクレイが責任を問われるのは明らかであろう。自分がそれを証明するように苛立ちをぶつけてしまうとは――、
「いや、今のは、すみません、……」
 訂正するより先に鼻先に突き出された手に煌めくそれを見て、言おうとしたあれこれが全部どこかに引っ込んでしまった。
 
「お前の大切な宝物だろう」
「は……」

 そこには、死別した少女と買った約束の指輪があったのだ。
「たまたま見つけたんだ」
 ずぶ濡れのクレイがそう言って手のひらに押し付け、さっさと踵を返してレネンに手を引かれていく。

「ご自分のお宝は?」
 ハッとして問えば、笑う気配に肩が揺れた。
「……本物のお母様の形見を、例えゲームでも人目に晒して賭けるわけないじゃないか?」
 オスカーには、それがはっきりと強がりなのだとわかった。

 ざぶりと背後で水飛沫があがる。大きく、波をうねらせて。

「津波だー!」
「いや、デミルだー!!」
「デミル、何してるんだよー!! 今大変なんだよー!!」

 もう勘弁してくれ、と言う声が幾つもあがる。まったく、散々だ。

 ネネツィカがパシャパシャと水を跳ねて近づいてきて、クレイに「どうして、こんな騒ぎ……」と信じられないといった声色で呟いた。
 それは疑いではなく、確信だった。


 少年は夜目にもはっきりと傷ついた顔を見せた。


「だったら、他にどうすればよかったのさ」
 オスカーは息を呑んだ。
 少年は、この事態を自分が引き起こしたと認めたのだ。

「ぼくは、ちょっと悪戯を誘わせただけだよ。……言っておくけど、どんな悪戯がされるかなんてわからなかったさ。この前みたいなちょっとした変な世界に招かれるのかと思った程度だった。また現実逃避みたいに平和で楽しい世界でゲームして、仲良く挨拶して終わりだと思ったんだよ」
 震える声は、寒さのせいだけではないのだろう。
 レネンが呪術で他の学生たちに声が聞かれないように配慮してくれている。
 
守護竜ティーリーがぼくを嫌っているんだ。守護竜ティーリーに加護を貰ってたはずの第一王子や第三王子まであんなことになったんだ。エリックは、ぼくの罪をみんなの前でバラすって言ったんだ。猶予をつけて、刻限までになんとかしてみろって言ってさ……」
 声は感情の揺らぎで不安定に揺れて、痛々しい響きを夜陰に浸していく。
「それで、ぼくは――どうしたらよかったって言うのさ。ああしなかったら、どうなっていたと思うの」
 夜明けに出会えなかったような彩の瞳が揺れていた。
「殺されていたかもしれないんだ。公爵家が取り潰しになったかもしれないんだ。国外逃亡だって? そんなことしてごらん、残った使用人も家族も連座で、断罪されてしまうよ」
 
 ぼくは、エリックの味方なんだ。
 絶対、裏切ったりしないんだ。
 何をされても、誰に何を言われても、死ねと言われても、笑って「いいよ」って言おうと思ってたんだ。
 ――ちがう。
 ……ぼくは、エリックが自分の味方だと思っていたんだ!

 でも、味方じゃないと言われたんだ。
 あれは、そういう意味じゃないか。
 
「ぼくはチェックを宣言されたんだ。だから精いっぱい詰みチェックメイトを回避したんだ。それだけだよ!」

 遠く、背後で海水が柱みたいになって巻き上がっている。
 デミルが何か叫んでいた。居並ぶ面々にとっては、それどころではなかったが。

「……ほら、また、そんな目でぼくを視る。みんな、……みんなだ」
 ほたりと声が力なく夜の海に垂れた。

「……みじめなんだ。みじめな気分になるんだよ……」
 ほたり、ほたりと雫が零れる。

 透明な水滴が小さく足元の海面に波紋を投じれば、底知れぬ夜の闇に呑み込まれていくようだった。
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