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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編
106、ゲームに勝つのは好きなんだ。
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「……みじめなんだ。みじめな気分になるんだよ……」
こんな声で、こんな言葉を吐くのがなによりみっともない。
逃げるように背を向ければ、誰もかれもが言葉探しに迷う気遣い満載の気配が周囲に伴って格好悪いやら気まずいやら。クレイはネネツィカの声を思い出した。
『周りの人は、そんなこと言うなって言いたくなったり、言わないといけない気になったりするじゃあ、ありませんか』
ああ、今がまさにそんな感じじゃないか。
ぐすぐすと鼻を啜りあげれば、レネンがおろおろとハンカチを取り出して困り果てているのだ。オスカーもオスカーで、よく喋る口がだんまり状態でそれこそ恋人が死んだみたいな沈痛な顔をしてトボトボついてくるじゃないか。まるで葬儀の列――これはぼくの断罪に向けた行進なのかもしれない。いっそ、死んだほうが楽になるのでは。エリックも悦ぶに違いない――クレイは本気で一瞬、そんなことを考えた。
「エリック様に『竜より妖精持ってきてくださいな』って言って頑張ってたんですのよ」
少女の声がもそもそ、しょんぼりとして何か言っている。
「……なに?」
ハンカチを取って顔を拭えば、周囲を窺えば、他の学生たちもチラチラとこちらを観ている。レネンが傍にいるのだから会話は聞かれていないだろうが、「責任……」「宝が」「ゲームのせい」といった呟きが幾つも意識される。ああ、このあと謝罪をしてまわって、弁償をして――けれど、いくら金額や物で償っても付加価値――誰かの形見や思い出の宝の代わりには、絶対になれないのだ。
そんなことを考えて、クレイは少し笑った。
――ぼくは「もう死んだほうが楽だ」なんて思った直後に、この後も生きるつもりで、このあとどうしよう、なんて考えているのだ。なんて間抜けなお馬鹿さんなのだろう!
「ですから、竜なんて呼ばなくていいから妖精をつれてきなさいってエリック様に言ってたんですのよ」
「うん? ……うん」
また何か変なことを言ってるな、と思ってから、「ああ、助けようとしてくれてたの?」ととても間抜けな声が出た。
「そ、そうですわ」
なのに、楽しそうにあんなことやこんなことをなさっていたではありませんか――、
ネネツィカはなんだか必死な感じで取り留めもない言葉を垂れ流していた。
ご令嬢に囲まれて調子の良いことを言っていた、とか、友人とその姉がポッとなってたとか、エリックみたいに格好つけていた、とか。
「うん――、うん」
ハンカチで口元を覆いながら、クレイは内心で困り果てた。
(悪女だ。悪女だよ……この子、またやってるよ……これだよ)
まるで嫉妬してるみたいなことを言うじゃないか。
「坊ちゃん、だいじょうぶですか」
そわそわとレネンが心配してくれている。うんうん、ごめん、喋るなとクレイは頷いた。今ちょっと――雑音なしで話を聞いていたい気分だったので。
「クレイ、聞いていますの」
「あのう、なんなら俺が部屋まで抱えてお運びしましょうか」
気遣いに申し訳なくなって、クレイはハンカチに顔を埋めた。100%、なんかこの世の終わりみたいに落ち込んでいると勘違いされるだろうけど!
「いや……大丈夫だよ」
「ほんとに?」
「本当に……?」
視線というのは、肌に刺さる。いつも思うのだが、今夜は特にそんな感じがした。
「その、顔がすこしみっともないから。隠したいだけなんだ……それより、んん。話をつづけてほしい……かな……」
隣で肩を支えようとしていたオスカーが「ん?」と顔を覗き込むのがわかった。こいつは気付くんだ、こういうのに。クレイは舌打ちしたくなった。
「ですから、アタクシが言いたいのは、エリック様もきっと嫉妬してしまって大好きなクレイ様に意地悪したくなっちゃったんですわ! ほら、薄い本が厚くなる……あっ、そうそう、ご存じでした? 薄い本の中身が戻ってきたんですの。これでまた本が増えますからね」
ハンカチから顔をそろそろと出して、視線を向けた。
どうしてそっちにいっちゃうんだ。
「あら、なんですかその不満そうな目。ごめんなさいって言って欲しいですの? いいですわよ、ごめんなさい! なんならアタクシが抱っこしてお部屋までエスコートしてもいいですわ」
――ちょっと、エリック。
きみのお気に入りはやっぱり変だよ。この話をしたら、きみだってそう思うだろうに。
でも、もう、きっとぼくたちはそういう話で盛り上がったりはしないんだろうな。
「なんでまたしょんぼりしちゃいますのよ!」
オスカーがちょっと優しい顔をして頭を撫でようとしている。
「オスカーには前から言おうとしていたことがあるんだけど……」
「おお。なんですかなクレイ様! 俺はですね、もう、いつでも忠誠を誓いますよ。そういえば先ほどは失言を大変申し訳なく……」
ようやくいつもの調子でぺらぺらとお喋りを始めるオスカーは陽気で、いかにも気安くて、周囲の明度を数段引き上げるみたいで、悪い気はしなかった。
「オスカーはぼくの三歩以内の距離に入るな」
「えっ……」
妄想されるから、というのは視線で示せばわかるだろう。
「ええ、ええ。当然ですとも! 前から距離が近くてなれなれしいと思っていましたよ!」
レネンが鬼の首を獲ったみたいに喜んでいる。
「この流れでそれっ……? あんまりじゃあ、ありませんか!? 今そういうタイミングです!?」
「あと、声も大きいしお喋りだと思ってた! うるさい、凄くうるさい」
「さっきまでべそべそ泣きじゃくってた方の台詞とは思えませんな!」
ぎゃあぎゃあと吠え合えば、ハウスの入り口でたむろしていた人々が驚いたように視線を向けた。
――きこえてるじゃないか! なんでバラすんだ……!!
「ぼくはべそべそ泣いてない……!」
「ほう、ほう! なら、何だったって仰るんです!」
楽しそうな眼が見下ろす距離が無駄に近いから、クレイは全力でその足を踏んでやった。
「お前なんか一生ぼくの臣下にしてやらない。べーっだ!」
捨て台詞を吐いて『勝ち逃げ』とばかりに走ってやれば、負け犬が遠吠えを響かせている。
「そんなんだから『坊ちゃん』なんですよ!?」
「聴こえないね……」
勝ち逃げは気分がいい。
――そうだ。
ぼくは、ゲームに勝つのは好きなんだ。別に、負けるのが好きなわけじゃないんだ。
『エリックのために、負けてあげていたんだ』
ハウスの階段をのぼりながら、クレイは『このあと』の事を考えていた。
こんな声で、こんな言葉を吐くのがなによりみっともない。
逃げるように背を向ければ、誰もかれもが言葉探しに迷う気遣い満載の気配が周囲に伴って格好悪いやら気まずいやら。クレイはネネツィカの声を思い出した。
『周りの人は、そんなこと言うなって言いたくなったり、言わないといけない気になったりするじゃあ、ありませんか』
ああ、今がまさにそんな感じじゃないか。
ぐすぐすと鼻を啜りあげれば、レネンがおろおろとハンカチを取り出して困り果てているのだ。オスカーもオスカーで、よく喋る口がだんまり状態でそれこそ恋人が死んだみたいな沈痛な顔をしてトボトボついてくるじゃないか。まるで葬儀の列――これはぼくの断罪に向けた行進なのかもしれない。いっそ、死んだほうが楽になるのでは。エリックも悦ぶに違いない――クレイは本気で一瞬、そんなことを考えた。
「エリック様に『竜より妖精持ってきてくださいな』って言って頑張ってたんですのよ」
少女の声がもそもそ、しょんぼりとして何か言っている。
「……なに?」
ハンカチを取って顔を拭えば、周囲を窺えば、他の学生たちもチラチラとこちらを観ている。レネンが傍にいるのだから会話は聞かれていないだろうが、「責任……」「宝が」「ゲームのせい」といった呟きが幾つも意識される。ああ、このあと謝罪をしてまわって、弁償をして――けれど、いくら金額や物で償っても付加価値――誰かの形見や思い出の宝の代わりには、絶対になれないのだ。
そんなことを考えて、クレイは少し笑った。
――ぼくは「もう死んだほうが楽だ」なんて思った直後に、この後も生きるつもりで、このあとどうしよう、なんて考えているのだ。なんて間抜けなお馬鹿さんなのだろう!
「ですから、竜なんて呼ばなくていいから妖精をつれてきなさいってエリック様に言ってたんですのよ」
「うん? ……うん」
また何か変なことを言ってるな、と思ってから、「ああ、助けようとしてくれてたの?」ととても間抜けな声が出た。
「そ、そうですわ」
なのに、楽しそうにあんなことやこんなことをなさっていたではありませんか――、
ネネツィカはなんだか必死な感じで取り留めもない言葉を垂れ流していた。
ご令嬢に囲まれて調子の良いことを言っていた、とか、友人とその姉がポッとなってたとか、エリックみたいに格好つけていた、とか。
「うん――、うん」
ハンカチで口元を覆いながら、クレイは内心で困り果てた。
(悪女だ。悪女だよ……この子、またやってるよ……これだよ)
まるで嫉妬してるみたいなことを言うじゃないか。
「坊ちゃん、だいじょうぶですか」
そわそわとレネンが心配してくれている。うんうん、ごめん、喋るなとクレイは頷いた。今ちょっと――雑音なしで話を聞いていたい気分だったので。
「クレイ、聞いていますの」
「あのう、なんなら俺が部屋まで抱えてお運びしましょうか」
気遣いに申し訳なくなって、クレイはハンカチに顔を埋めた。100%、なんかこの世の終わりみたいに落ち込んでいると勘違いされるだろうけど!
「いや……大丈夫だよ」
「ほんとに?」
「本当に……?」
視線というのは、肌に刺さる。いつも思うのだが、今夜は特にそんな感じがした。
「その、顔がすこしみっともないから。隠したいだけなんだ……それより、んん。話をつづけてほしい……かな……」
隣で肩を支えようとしていたオスカーが「ん?」と顔を覗き込むのがわかった。こいつは気付くんだ、こういうのに。クレイは舌打ちしたくなった。
「ですから、アタクシが言いたいのは、エリック様もきっと嫉妬してしまって大好きなクレイ様に意地悪したくなっちゃったんですわ! ほら、薄い本が厚くなる……あっ、そうそう、ご存じでした? 薄い本の中身が戻ってきたんですの。これでまた本が増えますからね」
ハンカチから顔をそろそろと出して、視線を向けた。
どうしてそっちにいっちゃうんだ。
「あら、なんですかその不満そうな目。ごめんなさいって言って欲しいですの? いいですわよ、ごめんなさい! なんならアタクシが抱っこしてお部屋までエスコートしてもいいですわ」
――ちょっと、エリック。
きみのお気に入りはやっぱり変だよ。この話をしたら、きみだってそう思うだろうに。
でも、もう、きっとぼくたちはそういう話で盛り上がったりはしないんだろうな。
「なんでまたしょんぼりしちゃいますのよ!」
オスカーがちょっと優しい顔をして頭を撫でようとしている。
「オスカーには前から言おうとしていたことがあるんだけど……」
「おお。なんですかなクレイ様! 俺はですね、もう、いつでも忠誠を誓いますよ。そういえば先ほどは失言を大変申し訳なく……」
ようやくいつもの調子でぺらぺらとお喋りを始めるオスカーは陽気で、いかにも気安くて、周囲の明度を数段引き上げるみたいで、悪い気はしなかった。
「オスカーはぼくの三歩以内の距離に入るな」
「えっ……」
妄想されるから、というのは視線で示せばわかるだろう。
「ええ、ええ。当然ですとも! 前から距離が近くてなれなれしいと思っていましたよ!」
レネンが鬼の首を獲ったみたいに喜んでいる。
「この流れでそれっ……? あんまりじゃあ、ありませんか!? 今そういうタイミングです!?」
「あと、声も大きいしお喋りだと思ってた! うるさい、凄くうるさい」
「さっきまでべそべそ泣きじゃくってた方の台詞とは思えませんな!」
ぎゃあぎゃあと吠え合えば、ハウスの入り口でたむろしていた人々が驚いたように視線を向けた。
――きこえてるじゃないか! なんでバラすんだ……!!
「ぼくはべそべそ泣いてない……!」
「ほう、ほう! なら、何だったって仰るんです!」
楽しそうな眼が見下ろす距離が無駄に近いから、クレイは全力でその足を踏んでやった。
「お前なんか一生ぼくの臣下にしてやらない。べーっだ!」
捨て台詞を吐いて『勝ち逃げ』とばかりに走ってやれば、負け犬が遠吠えを響かせている。
「そんなんだから『坊ちゃん』なんですよ!?」
「聴こえないね……」
勝ち逃げは気分がいい。
――そうだ。
ぼくは、ゲームに勝つのは好きなんだ。別に、負けるのが好きなわけじゃないんだ。
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