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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編
107、オレは悪くない(たぶん)
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「オレは暴君の素質があるのかもしれない」
エリックは爽やかな朝の光を眺めながら、ハウスの外――対戦相手の消えた外を見ていた。
夜が明けて、デミル主催の海底洞窟探検ゲームが始まろうとしている。
宝物を取り戻したい貴族の子弟やその使用人たち、はたまた野次馬の学生たちが海辺に集まっていた。
その中に、クレイの姿はない。体調を崩して寝込んでいるからだ。たぶんオレのせいじゃないと思うんだ――同室で使用人を追い出していたが故にもっとも加害の疑いに近い位置にいると思われるエリックは昨夜を振り返る。振り返ってみれば――部屋に戻って落ち着いた頃、クレイが大分疲れているようだったから、寝る前にハーブティーを淹れてあげようと言ったのだ。仕掛けた側の引け目もあったし。
「オレにお茶を淹れてもらう機会なんて早々ないぞ。喜べ、今夜は特別だ」
エリックはただ思ったのだ。
ハーブティーでも飲みながら、感想戦をして終わりにしようと。
チェスと同じだ。オレのこの手はあんまり良くなかったかな。ついやらかしてしまったよ。君はこの手を打ったけど、こう返したら詰むよね。そんな風に語って、その後でちょっと勇気を出して「実はオレは第三王子が死んでもあまり心が痛まなくて、ちょっと人の心がない感じを自覚してるというか、暴君の素質があるのかもしれないんだ……」と打ち明けた頃にはすっかり相手は顔色を悪くしていて、ふらふらと倒れてしまった。タイミングがタイミングだったので、それはもう大騒ぎになって毒だの粛清だの暗殺だのと物騒な単語が幾つも囁かれた。
(盛ってない、オレは盛ってないぞ……? たぶん)
オレが思うにあれは……ただの風邪なんじゃないだろうか?
(自分で盛っておいて泡食って医者を呼ぶわけないじゃないか。大体、二人きりの部屋で暗殺したらオレが真っ先に疑われるんだから、そんな状況で仕掛けるわけがないじゃないか)
なんだか、「ただの風邪なんじゃ?」なんて到底言えそうもない騒ぎっぷりだったけれど。あれは――風邪だと思うんだが?
ハーブティーのカップと茶葉は調査中だけど、同じものを飲んだオレが平気なのだから毒ではない……と、良いな……!?
エリックは切実に願った。
ぶつぶつと呟く声に、背後に控える騎士オーガスト・ウィンザーが「おれはなんでも話をききますよ! なんでも!」という顔をしているのが窓硝子に映っている。よし、なんでもだな!? エリックは窓に映った顔とひとりで脳内会話する自分の正気を疑いつつ生身の騎士へと振り返った。別に、窓と話したかったわけじゃないんだ――。
「ウィンザー卿」
「は!」
思えば、この騎士は兄貴面して親身にあれこれ相談に乗ってくれる男だった。
この見つめ返してくれる眼差し、絶対的な味方の温度――、エリックは微笑んだ。
「魔が差すことって誰にでもあると思うんだ……」
目の前の瞳が大きく動揺して、「やったんですか!?」って感じの顔をしている。これはダメなやつだ。エリックは冷や汗をかいた。
「オレは悪くない。たぶん」
「たぶん!?」
「……オレが悪いのだろうか?」
「や、やってしまわれましたか……」
「どうなんだろう……」
毒殺未遂の噂がそこら中で囁かれる朝。
ネネツィカとヘレナに「診て来たけど、ただの風邪だよあれ」とユージェニーがネタばらししていた。
「でも、ちょっとびっくり。設定を診てみたら、お兄様が攻略対象に戻っていたよ」
ヘレナがお弁当入りバスケットを手に「ティーリーが戻したの?」と首をかしげる。
「戻す理由がわからないよ」
「それで、クレイのお加減はいかがですの?」
ネネツィカが問えば、ユージェニーは気味の悪いものを見たと言う顔で「なんか、薄い本を読んでた。しかもBL」と打ち明けた。
「えっ、そういうの読むんだ?」
ヘレナが興味津々に掘り下げる。そこは掘り下げていい部分なのかしら、とネネツィカは少年の性癖バレを心配した。興味はあるけれど!
「元々読まなかったし、気持ち悪いとか言って嫌ってたよ。それがなんでかベッドの傍にどんどん新しい本運ばせて片っ端から読んでるの。全然楽しくなさそうに、嫌で仕方ない、最低って感じの眼で読んでた。なら読まなきゃいいのに……熱で頭がおかしくなったのかも」
「それは、重症ですわね……」
「……重症だって」
さわさわと周囲が都合の良い部分だけを拾って広めていく。
「熱で頭が……」
そんな噂を背景に、デミルがゲーム参加者を数えている。
「いい~? ゴールまで探検するだけ。かんたん! ゴールにはみんなの宝物があるからね。ゴールした順番に、ひとり一個、好きな宝物をとっていってね」
噂がどこかに飛んでいくようなどよめきが起きた。
「待って、そのルールだと他人の宝物が取れちゃう」
「自分の宝物だから返してと言って返してもらえなかったらどうするんですの?」
デミルはそんなどよめきに「しらない!」と呟きを返した。
「じゃあ、ゲームスタート!」
海水が巻き上がり、地面が露出する。ぽっかり空いた洞窟の入り口に、学生たちが入っていく――。
エリックは爽やかな朝の光を眺めながら、ハウスの外――対戦相手の消えた外を見ていた。
夜が明けて、デミル主催の海底洞窟探検ゲームが始まろうとしている。
宝物を取り戻したい貴族の子弟やその使用人たち、はたまた野次馬の学生たちが海辺に集まっていた。
その中に、クレイの姿はない。体調を崩して寝込んでいるからだ。たぶんオレのせいじゃないと思うんだ――同室で使用人を追い出していたが故にもっとも加害の疑いに近い位置にいると思われるエリックは昨夜を振り返る。振り返ってみれば――部屋に戻って落ち着いた頃、クレイが大分疲れているようだったから、寝る前にハーブティーを淹れてあげようと言ったのだ。仕掛けた側の引け目もあったし。
「オレにお茶を淹れてもらう機会なんて早々ないぞ。喜べ、今夜は特別だ」
エリックはただ思ったのだ。
ハーブティーでも飲みながら、感想戦をして終わりにしようと。
チェスと同じだ。オレのこの手はあんまり良くなかったかな。ついやらかしてしまったよ。君はこの手を打ったけど、こう返したら詰むよね。そんな風に語って、その後でちょっと勇気を出して「実はオレは第三王子が死んでもあまり心が痛まなくて、ちょっと人の心がない感じを自覚してるというか、暴君の素質があるのかもしれないんだ……」と打ち明けた頃にはすっかり相手は顔色を悪くしていて、ふらふらと倒れてしまった。タイミングがタイミングだったので、それはもう大騒ぎになって毒だの粛清だの暗殺だのと物騒な単語が幾つも囁かれた。
(盛ってない、オレは盛ってないぞ……? たぶん)
オレが思うにあれは……ただの風邪なんじゃないだろうか?
(自分で盛っておいて泡食って医者を呼ぶわけないじゃないか。大体、二人きりの部屋で暗殺したらオレが真っ先に疑われるんだから、そんな状況で仕掛けるわけがないじゃないか)
なんだか、「ただの風邪なんじゃ?」なんて到底言えそうもない騒ぎっぷりだったけれど。あれは――風邪だと思うんだが?
ハーブティーのカップと茶葉は調査中だけど、同じものを飲んだオレが平気なのだから毒ではない……と、良いな……!?
エリックは切実に願った。
ぶつぶつと呟く声に、背後に控える騎士オーガスト・ウィンザーが「おれはなんでも話をききますよ! なんでも!」という顔をしているのが窓硝子に映っている。よし、なんでもだな!? エリックは窓に映った顔とひとりで脳内会話する自分の正気を疑いつつ生身の騎士へと振り返った。別に、窓と話したかったわけじゃないんだ――。
「ウィンザー卿」
「は!」
思えば、この騎士は兄貴面して親身にあれこれ相談に乗ってくれる男だった。
この見つめ返してくれる眼差し、絶対的な味方の温度――、エリックは微笑んだ。
「魔が差すことって誰にでもあると思うんだ……」
目の前の瞳が大きく動揺して、「やったんですか!?」って感じの顔をしている。これはダメなやつだ。エリックは冷や汗をかいた。
「オレは悪くない。たぶん」
「たぶん!?」
「……オレが悪いのだろうか?」
「や、やってしまわれましたか……」
「どうなんだろう……」
毒殺未遂の噂がそこら中で囁かれる朝。
ネネツィカとヘレナに「診て来たけど、ただの風邪だよあれ」とユージェニーがネタばらししていた。
「でも、ちょっとびっくり。設定を診てみたら、お兄様が攻略対象に戻っていたよ」
ヘレナがお弁当入りバスケットを手に「ティーリーが戻したの?」と首をかしげる。
「戻す理由がわからないよ」
「それで、クレイのお加減はいかがですの?」
ネネツィカが問えば、ユージェニーは気味の悪いものを見たと言う顔で「なんか、薄い本を読んでた。しかもBL」と打ち明けた。
「えっ、そういうの読むんだ?」
ヘレナが興味津々に掘り下げる。そこは掘り下げていい部分なのかしら、とネネツィカは少年の性癖バレを心配した。興味はあるけれど!
「元々読まなかったし、気持ち悪いとか言って嫌ってたよ。それがなんでかベッドの傍にどんどん新しい本運ばせて片っ端から読んでるの。全然楽しくなさそうに、嫌で仕方ない、最低って感じの眼で読んでた。なら読まなきゃいいのに……熱で頭がおかしくなったのかも」
「それは、重症ですわね……」
「……重症だって」
さわさわと周囲が都合の良い部分だけを拾って広めていく。
「熱で頭が……」
そんな噂を背景に、デミルがゲーム参加者を数えている。
「いい~? ゴールまで探検するだけ。かんたん! ゴールにはみんなの宝物があるからね。ゴールした順番に、ひとり一個、好きな宝物をとっていってね」
噂がどこかに飛んでいくようなどよめきが起きた。
「待って、そのルールだと他人の宝物が取れちゃう」
「自分の宝物だから返してと言って返してもらえなかったらどうするんですの?」
デミルはそんなどよめきに「しらない!」と呟きを返した。
「じゃあ、ゲームスタート!」
海水が巻き上がり、地面が露出する。ぽっかり空いた洞窟の入り口に、学生たちが入っていく――。
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