134 / 260
9、裏切りの勇者と妖精王の復活
126、エリックの演奏
しおりを挟む
湖の上に、呪術で紡がれた花火が咲く。一瞬だけパァッと華やかにひらいて彩を弾けて魅せ、瞬きするのも待たず、あっけなく形を崩して落ちていく。
次々と連続であがり、咲いて、散る。
それは賑やかで、
華麗で、
絢爛で、
どうしようもなく虚しくて、寂しくて――綺麗だった。
大きな音を立てて打ちあがる花火の中、少年がこちらに気付いた様子で視線を向けた。
傍らの王子が緊張するような気配を見せて、周囲の敵対する大人たちが「何か仕掛けるなら応じるぞ」と備えるような顔付きになる中、一歩も距離を詰めることなく唇が動いたから、ネネツィカはじっとそれを視た。
声を発する事なく紡がれた言葉は、わからなければいいやと言う潔さを伴う一度きり。
『ドレスを着てくれて、ありがとう』
それだけを唇の形が無音で紡いでから、「どうやら伝わったらしい」と察した様子の少年は少し照れた様子で背を向けた。
――ああ、なんて地雷なの。
扇をぱらりと開いて、ネネツィカは冷たい湖の上でぷかりぷかりと揺蕩う花舟の燈灯に視線を泳がせた。
「今はいらっしゃらなくて結構、そうか」
エリックがぽつり、と零す声が不穏だった。
「今は君と楽しく過ごす時間だものね。そうだ、オレのバイオリンを披露しようか? なにやら、場が冷めてしまったし」
取り巻きたちがいそいそとバイオリンを運んできて、騎士と医師が何か囁きを交わす中、エリックは慣れた様子でバイオリンを奏で始めた。
夜の空気を楽し気で華麗な旋律が震わせる。
夜に誘われて微睡む誰もが目を覚まして陽気に体を揺らしたくなるような、手を繋いでステップを踏みたくなるような、そんな演奏だった。
技量の高さを誰もが感じて目を瞠るような、音の調べ。
心が震えて熱くなるような、表現力。
ただ音階を辿り弾くだけではない、心や温度を伝えるような、感情に訴えるような美しく見事な演奏。
――先ほどの王甥少年の演奏など、これに比べれば如何にも拙い児戯だと誰もが感じてしまうような、そんな時間だった。
第二王妃がとろりと蕩けるような微笑みで、「まあ、素敵な曲ですね」と弟王子の代わりになった茶熊のぬいぐるみに話しかけている。
旋律には、悲しみを乗せた。
楽しい音階に、後悔を乗せた。
くやしさを、やりきれなさを、自己嫌悪を、他者への嫌悪も――色々な感情がどろどろと胸に渦巻き、煮詰まり、沸騰するような熱さをそのまま奏でた。
けれど、奏者の負の感情は全て歪に陽気に変換される。楽しく、華麗で、踊りたくなるような旋律になっていく。それがなんとも自分らしいなとエリックは思った。芸術は、自分という存在の発露なのだと感じた。
だから、技量とか関係なく――あんな楽譜通りにようやく奏でたみたいな稚拙なバイオリンには、負けるはずがないのだと思った。
夜空が頭上に広く神秘的に感じられたから、その冷たさにエリックは心の中で声をかけた。
その劇のラーシャ姫のように。
『お前は今、きいているだろう? オレのティーリー』
――あいつ、呼べもしないのに、台詞をなぞって。
そう思ってから、ふとすぐ傍に大人の体温を感じた。騎士と医師が静かに移動して、寄り添っている。
あたたかい。エリックは、演奏の手を止めて二人を見上げ、微笑んだ。拍手がワッと湧いて褒めてくれるのが、とても気持ちよかった。
そして、パーティが終わって自室に戻り、ぬくりとベッドに横たわってから思った。
ティーリーに、何を言おうとしたのだったか――それを考えて、エリックはぶるりと震えた。言わなくてよかった。そう思った。
次々と連続であがり、咲いて、散る。
それは賑やかで、
華麗で、
絢爛で、
どうしようもなく虚しくて、寂しくて――綺麗だった。
大きな音を立てて打ちあがる花火の中、少年がこちらに気付いた様子で視線を向けた。
傍らの王子が緊張するような気配を見せて、周囲の敵対する大人たちが「何か仕掛けるなら応じるぞ」と備えるような顔付きになる中、一歩も距離を詰めることなく唇が動いたから、ネネツィカはじっとそれを視た。
声を発する事なく紡がれた言葉は、わからなければいいやと言う潔さを伴う一度きり。
『ドレスを着てくれて、ありがとう』
それだけを唇の形が無音で紡いでから、「どうやら伝わったらしい」と察した様子の少年は少し照れた様子で背を向けた。
――ああ、なんて地雷なの。
扇をぱらりと開いて、ネネツィカは冷たい湖の上でぷかりぷかりと揺蕩う花舟の燈灯に視線を泳がせた。
「今はいらっしゃらなくて結構、そうか」
エリックがぽつり、と零す声が不穏だった。
「今は君と楽しく過ごす時間だものね。そうだ、オレのバイオリンを披露しようか? なにやら、場が冷めてしまったし」
取り巻きたちがいそいそとバイオリンを運んできて、騎士と医師が何か囁きを交わす中、エリックは慣れた様子でバイオリンを奏で始めた。
夜の空気を楽し気で華麗な旋律が震わせる。
夜に誘われて微睡む誰もが目を覚まして陽気に体を揺らしたくなるような、手を繋いでステップを踏みたくなるような、そんな演奏だった。
技量の高さを誰もが感じて目を瞠るような、音の調べ。
心が震えて熱くなるような、表現力。
ただ音階を辿り弾くだけではない、心や温度を伝えるような、感情に訴えるような美しく見事な演奏。
――先ほどの王甥少年の演奏など、これに比べれば如何にも拙い児戯だと誰もが感じてしまうような、そんな時間だった。
第二王妃がとろりと蕩けるような微笑みで、「まあ、素敵な曲ですね」と弟王子の代わりになった茶熊のぬいぐるみに話しかけている。
旋律には、悲しみを乗せた。
楽しい音階に、後悔を乗せた。
くやしさを、やりきれなさを、自己嫌悪を、他者への嫌悪も――色々な感情がどろどろと胸に渦巻き、煮詰まり、沸騰するような熱さをそのまま奏でた。
けれど、奏者の負の感情は全て歪に陽気に変換される。楽しく、華麗で、踊りたくなるような旋律になっていく。それがなんとも自分らしいなとエリックは思った。芸術は、自分という存在の発露なのだと感じた。
だから、技量とか関係なく――あんな楽譜通りにようやく奏でたみたいな稚拙なバイオリンには、負けるはずがないのだと思った。
夜空が頭上に広く神秘的に感じられたから、その冷たさにエリックは心の中で声をかけた。
その劇のラーシャ姫のように。
『お前は今、きいているだろう? オレのティーリー』
――あいつ、呼べもしないのに、台詞をなぞって。
そう思ってから、ふとすぐ傍に大人の体温を感じた。騎士と医師が静かに移動して、寄り添っている。
あたたかい。エリックは、演奏の手を止めて二人を見上げ、微笑んだ。拍手がワッと湧いて褒めてくれるのが、とても気持ちよかった。
そして、パーティが終わって自室に戻り、ぬくりとベッドに横たわってから思った。
ティーリーに、何を言おうとしたのだったか――それを考えて、エリックはぶるりと震えた。言わなくてよかった。そう思った。
0
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
限界オタクだった俺が異世界に転生して王様になったら、何故か聖剣を抜いて勇者にクラスチェンジした元近衛騎士に娶られました。
篠崎笙
BL
限界ヲタクだった来栖翔太はトラックに撥ねられ、肌色の本を撒き散らして無惨に死んだ。だが、異世界で美少年のクリスティアン王子として転生する。ヲタクな自分を捨て、立派な王様になるべく努力した王子だったが。近衛騎士のアルベルトが勇者にクラスチェンジし、竜を退治した褒美として結婚するように脅され……。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる