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9、裏切りの勇者と妖精王の復活
128、公爵令息、本物の商人貴族をゲットする。
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都市商人のルーファス・ウェザー、26歳は、金で地位を買った男爵である。
というのも、思いを寄せたリリィお嬢さんが貴族の最大派閥に属する男爵家の三女だったのがきっかけであった。
ルーファスは、リリィお嬢さんと自分の貴賤結婚――身分の差のある結婚をお嬢さんに対して引け目を感じていた。ゆえに、せめて男爵位を金で買ってからプロポーズをした。もちろん、由緒ただしき貴族たちからは「成り上がり者」やら「金で地位を買っただけの下賤な血」みたいに思われるのはわかっているが。
――わかっていたが。
(なぜ、こうなった)
ルーファスはこの日、何故かわからないが『公爵家』に招かれていた。
新参貴族のルーファスにとって、それはあまりにも異常な事態と言えた。
一応、リリィお嬢さんの家の次義兄が外務系文官という繋がりはあるにはある。こちらの先代当主は引退済ではあるが、外務大臣を務めた事もあるのだ。
王国には過去幾つか公爵位が創設されており、大半は数代で絶家している。空いた位が叙勲で継がれてはまた廃絶してを繰り返す事もある。例えば、第二王妃の生家であり文官を多数輩出して功績の高さで知られていたクヴェルレ家などは、ウィルネイ地方を名前の元にしたウィルノー公爵位の叙勲が囁かれていた――現在は白紙となったのだが。
さて、ルーファスが招かれたコルトリッセン公爵家は、王族が王から姓を賜り臣下に下る賜姓降下が起源と言われており、臣下の分をよく弁えつつ王室との距離がとても近い事で有名だ。公爵家と王家とは貴賤結婚に当たらぬため、両家は代々積極的に婚姻を交わしている――名門なのだ。
若干、生々しいゴシップはあるが。
例えば――現当主と側室との間に生まれた令息と正妻との間に生まれた令嬢は同年齢。正妻とは身分違いの恋愛結婚で、結婚直後に王家から押し付けられる形で姫が降嫁したという話は有名で、現当主は義務を最低限果たしつつ正妻を大切にしたが結局正妻は自害し、側室の姫も後を追うように……そして現当主が心神喪失に至るという結末の泥沼ぶりである。
泥沼の果てに血筋を繋ぐ二子は第二王子の婚約者候補に返り咲ける立場の聖女に第二王子と王位継承争いができてしまう加護持ち王甥ときて、日々新聞に話題を提供している――昨日今日貴族の仲間入りをしたばかりの新米男爵がおいそれと呼ばれるはずのない家なのは間違いなかった。
しかし、招かれて見るとそこは何やら、色々おかしかった。家令は洗練された気配で、如何にも大貴族に召し抱えられたやり手といった様子だったのだが、何故かいきなりディナーに混ぜられた。そして、最初に入ってきた令嬢ユージェニーは可憐であったが「おなかすいたぁ~! あれっ、なんか知らないひといるじゃあん、やばっ」と町娘みたいながさつさで言って席にひゅんと座った。
家令を手招きして問いかける声は大きく「えらいひと? 令嬢っぽくしたほうがいい?」ときたもんだ。これ、令嬢? これ、聖女? ルーファスはただただ茫然とするばかりであった。
続いて入ってきた当主アクセルは胃の辺りを撫でながら気弱そうに小さな声で挨拶をしたようだったが、よく聞こえなかった。令嬢は「パパ、きこえないよー」とやはり平民みたいな声で言ってルーファスに「ここは……本当に貴族の家か……?」とおおいに戸惑わせる。元外務大臣のブノワがやってきて真っ当な挨拶をしてくれて、リリィお嬢さんの家の次義兄の話を持ち出すとルーファスは心から安堵した。この方は貴族らしい雰囲気だ……、と。
最後にのそのそと令息クレイが入ってくると、令嬢は「お兄様、心苦しいのですけど、本当に誤解しないで頂きたいのですけど、嫌いとかじゃないんですけど、コウカンドが上がったら嫌だから離れて座ってくださる?」とわけのわからないことを言った。令息は慣れた様子で離れた下座を選び、ルーファスの隣に落ち着いた。挨拶はそれなりにまともだったが、ルーファスが自己紹介を返すと異様に好奇心に満ちた目を向けて何かぶつぶつ呟いていた。
「本物の商人貴族だ」
これは上流社会特有の侮蔑ではないか? 覚悟してきたが、やはり言われてしまったか。ところで『本物の』ってなんだ。偽物がいるのか。ルーファスはとても気になった。
ブノワは「無礼な態度は取るまいな?」といった目でそんな孫を牽制してから「こちらのウェザー殿はお前のために呼んだのだ」と話を始めた。
あっ、そうだったんですか――ルーファスはここで初めて自分が招かれた理由を知った。
「僕に本物の商人貴族をくださるんですか?」
令息が微妙に嬉しそうな声をあげた。『本物の』ってなんだ。そして俺は貰われてしまうのか……? ルーファスはびびった。
「ウェザー殿は、物ではない」
ブノワが残念そうに令息を視た。貰われずには済むらしい、とルーファスは胸を撫でおろした。
「お兄様、ゲーム脳ってご存じ? ちゃんと人間と接した方がいいわよ」
妹令嬢がそんなことを言っていた。
「僕は四六時中人間に囲まれてるよ、ユージェニー?」
兄令息は不思議そうに問い返し、その間彼らの父当主はもそもそと居心地悪そうに羊肉を味わっていた。
「こほん。こほん」
ブノワが咳払いすると、室内に静寂が訪れた。この家の力関係はわかりやすい――ルーファスは怯えながら作法に気を付けてワインをひとくち頂いた。ろくに味もわかりゃしないが。
「実は、お前の素行に問題があると、学院教師から当家に連絡があった」
ブノワが重々しく告げると、クレイは首を傾げてユージェニーを視た。
「僕はこの上なく素行が良いと自覚しておりますが……妹ではなく?」
「お兄様? 私がなんですって?」
この兄妹、仲が悪いんじゃないだろうか。ルーファスは確信した。
「金に物を言わせた道楽が過ぎると」
ブノワが渋い顔で言えば、言われた本人は明らかに心当たりのある顔をした。
「……道楽ではありません」
そっと目を逸らして言うさまは、とても子どもっぽかった。
ブノワは具体的に道楽内容を挙げた。薄い本、勇者グッズ、傘下貴族への寄贈、ドレスに装飾品に剣に、なるほど、なかなかの道楽ぶりであった。
「では、ひとつひとつの出費に対してそれがどのように必要なのか説明できるなら、申すように」
「それは申せませんが、遊びではないのです」
妹が白い目で兄を見ている。ブノワがひとつひとつとても具体的に何をしたのかを改めて挙げていくと、少年は涙目になった。
(ご家庭内のとてもアレな話を延々と聞いているが、よいのだろうか)
ルーファスは空気に徹した。俺は何もきいてませんよって顔をして。
「当面の間、公爵家の資金を使う事は禁止する。使う金はウェザー殿を使って工面するように」
「はっ?」
ルーファスはビクッとした。
突然、名を呼ぶではないか――、
「と、仰いますと」
クレイが期待の滲む目でルーファスを見上げた。何かに巻き込まれようとしていると思ってたんだ――ルーファスは汗ばむ手を上品ぶって拭った。
「最近、ハートモア侯爵家がサザン商会を買収したのは存じておろう。我が家は買収は致さぬが、内々に後ろについてウェザー殿に新規商会を立ち上げて頂く」
ブノワが重々しく告げた。
――それは初めて聞きますが、決定事項なのでしょうね? ルーファスは言葉を呑み込み、笑顔をつくった。
「こちらのウェザー殿は商才があり、裸一貫から商売を始めて男爵位を買うまでに至った実力派なのだ」
「こ……光栄です」
そう言うしかないではないか。
「どうせ遊ぶなら偽物ではなく本物で遊びなさい。立ち上げの初期投資ぐらいはしてやろう。失敗しても構わぬが、うまく商会が育ったらお爺様が買い取ってやってもよい」
祖父がそう言うと、孫は目を輝かせた。
「ありがとうございます、お爺様」
――ところで『本物』とは?
ルーファスはよっぽど問いかけたかったが、微笑みを交わす謎の団欒を前にして言葉を飲み下した。
――何故、みんなして「よかったよかった」みたいな雰囲気になっているのだろう。
そしてルーファスは、公爵家を影なる後ろ盾に持つウェザー商会の長となったのだった。
というのも、思いを寄せたリリィお嬢さんが貴族の最大派閥に属する男爵家の三女だったのがきっかけであった。
ルーファスは、リリィお嬢さんと自分の貴賤結婚――身分の差のある結婚をお嬢さんに対して引け目を感じていた。ゆえに、せめて男爵位を金で買ってからプロポーズをした。もちろん、由緒ただしき貴族たちからは「成り上がり者」やら「金で地位を買っただけの下賤な血」みたいに思われるのはわかっているが。
――わかっていたが。
(なぜ、こうなった)
ルーファスはこの日、何故かわからないが『公爵家』に招かれていた。
新参貴族のルーファスにとって、それはあまりにも異常な事態と言えた。
一応、リリィお嬢さんの家の次義兄が外務系文官という繋がりはあるにはある。こちらの先代当主は引退済ではあるが、外務大臣を務めた事もあるのだ。
王国には過去幾つか公爵位が創設されており、大半は数代で絶家している。空いた位が叙勲で継がれてはまた廃絶してを繰り返す事もある。例えば、第二王妃の生家であり文官を多数輩出して功績の高さで知られていたクヴェルレ家などは、ウィルネイ地方を名前の元にしたウィルノー公爵位の叙勲が囁かれていた――現在は白紙となったのだが。
さて、ルーファスが招かれたコルトリッセン公爵家は、王族が王から姓を賜り臣下に下る賜姓降下が起源と言われており、臣下の分をよく弁えつつ王室との距離がとても近い事で有名だ。公爵家と王家とは貴賤結婚に当たらぬため、両家は代々積極的に婚姻を交わしている――名門なのだ。
若干、生々しいゴシップはあるが。
例えば――現当主と側室との間に生まれた令息と正妻との間に生まれた令嬢は同年齢。正妻とは身分違いの恋愛結婚で、結婚直後に王家から押し付けられる形で姫が降嫁したという話は有名で、現当主は義務を最低限果たしつつ正妻を大切にしたが結局正妻は自害し、側室の姫も後を追うように……そして現当主が心神喪失に至るという結末の泥沼ぶりである。
泥沼の果てに血筋を繋ぐ二子は第二王子の婚約者候補に返り咲ける立場の聖女に第二王子と王位継承争いができてしまう加護持ち王甥ときて、日々新聞に話題を提供している――昨日今日貴族の仲間入りをしたばかりの新米男爵がおいそれと呼ばれるはずのない家なのは間違いなかった。
しかし、招かれて見るとそこは何やら、色々おかしかった。家令は洗練された気配で、如何にも大貴族に召し抱えられたやり手といった様子だったのだが、何故かいきなりディナーに混ぜられた。そして、最初に入ってきた令嬢ユージェニーは可憐であったが「おなかすいたぁ~! あれっ、なんか知らないひといるじゃあん、やばっ」と町娘みたいながさつさで言って席にひゅんと座った。
家令を手招きして問いかける声は大きく「えらいひと? 令嬢っぽくしたほうがいい?」ときたもんだ。これ、令嬢? これ、聖女? ルーファスはただただ茫然とするばかりであった。
続いて入ってきた当主アクセルは胃の辺りを撫でながら気弱そうに小さな声で挨拶をしたようだったが、よく聞こえなかった。令嬢は「パパ、きこえないよー」とやはり平民みたいな声で言ってルーファスに「ここは……本当に貴族の家か……?」とおおいに戸惑わせる。元外務大臣のブノワがやってきて真っ当な挨拶をしてくれて、リリィお嬢さんの家の次義兄の話を持ち出すとルーファスは心から安堵した。この方は貴族らしい雰囲気だ……、と。
最後にのそのそと令息クレイが入ってくると、令嬢は「お兄様、心苦しいのですけど、本当に誤解しないで頂きたいのですけど、嫌いとかじゃないんですけど、コウカンドが上がったら嫌だから離れて座ってくださる?」とわけのわからないことを言った。令息は慣れた様子で離れた下座を選び、ルーファスの隣に落ち着いた。挨拶はそれなりにまともだったが、ルーファスが自己紹介を返すと異様に好奇心に満ちた目を向けて何かぶつぶつ呟いていた。
「本物の商人貴族だ」
これは上流社会特有の侮蔑ではないか? 覚悟してきたが、やはり言われてしまったか。ところで『本物の』ってなんだ。偽物がいるのか。ルーファスはとても気になった。
ブノワは「無礼な態度は取るまいな?」といった目でそんな孫を牽制してから「こちらのウェザー殿はお前のために呼んだのだ」と話を始めた。
あっ、そうだったんですか――ルーファスはここで初めて自分が招かれた理由を知った。
「僕に本物の商人貴族をくださるんですか?」
令息が微妙に嬉しそうな声をあげた。『本物の』ってなんだ。そして俺は貰われてしまうのか……? ルーファスはびびった。
「ウェザー殿は、物ではない」
ブノワが残念そうに令息を視た。貰われずには済むらしい、とルーファスは胸を撫でおろした。
「お兄様、ゲーム脳ってご存じ? ちゃんと人間と接した方がいいわよ」
妹令嬢がそんなことを言っていた。
「僕は四六時中人間に囲まれてるよ、ユージェニー?」
兄令息は不思議そうに問い返し、その間彼らの父当主はもそもそと居心地悪そうに羊肉を味わっていた。
「こほん。こほん」
ブノワが咳払いすると、室内に静寂が訪れた。この家の力関係はわかりやすい――ルーファスは怯えながら作法に気を付けてワインをひとくち頂いた。ろくに味もわかりゃしないが。
「実は、お前の素行に問題があると、学院教師から当家に連絡があった」
ブノワが重々しく告げると、クレイは首を傾げてユージェニーを視た。
「僕はこの上なく素行が良いと自覚しておりますが……妹ではなく?」
「お兄様? 私がなんですって?」
この兄妹、仲が悪いんじゃないだろうか。ルーファスは確信した。
「金に物を言わせた道楽が過ぎると」
ブノワが渋い顔で言えば、言われた本人は明らかに心当たりのある顔をした。
「……道楽ではありません」
そっと目を逸らして言うさまは、とても子どもっぽかった。
ブノワは具体的に道楽内容を挙げた。薄い本、勇者グッズ、傘下貴族への寄贈、ドレスに装飾品に剣に、なるほど、なかなかの道楽ぶりであった。
「では、ひとつひとつの出費に対してそれがどのように必要なのか説明できるなら、申すように」
「それは申せませんが、遊びではないのです」
妹が白い目で兄を見ている。ブノワがひとつひとつとても具体的に何をしたのかを改めて挙げていくと、少年は涙目になった。
(ご家庭内のとてもアレな話を延々と聞いているが、よいのだろうか)
ルーファスは空気に徹した。俺は何もきいてませんよって顔をして。
「当面の間、公爵家の資金を使う事は禁止する。使う金はウェザー殿を使って工面するように」
「はっ?」
ルーファスはビクッとした。
突然、名を呼ぶではないか――、
「と、仰いますと」
クレイが期待の滲む目でルーファスを見上げた。何かに巻き込まれようとしていると思ってたんだ――ルーファスは汗ばむ手を上品ぶって拭った。
「最近、ハートモア侯爵家がサザン商会を買収したのは存じておろう。我が家は買収は致さぬが、内々に後ろについてウェザー殿に新規商会を立ち上げて頂く」
ブノワが重々しく告げた。
――それは初めて聞きますが、決定事項なのでしょうね? ルーファスは言葉を呑み込み、笑顔をつくった。
「こちらのウェザー殿は商才があり、裸一貫から商売を始めて男爵位を買うまでに至った実力派なのだ」
「こ……光栄です」
そう言うしかないではないか。
「どうせ遊ぶなら偽物ではなく本物で遊びなさい。立ち上げの初期投資ぐらいはしてやろう。失敗しても構わぬが、うまく商会が育ったらお爺様が買い取ってやってもよい」
祖父がそう言うと、孫は目を輝かせた。
「ありがとうございます、お爺様」
――ところで『本物』とは?
ルーファスはよっぽど問いかけたかったが、微笑みを交わす謎の団欒を前にして言葉を飲み下した。
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