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9、裏切りの勇者と妖精王の復活
129、ブランドリーフティー『ラーフルトン』誕生と妖精の輪観光事業
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季節はいつの間にか移ろい、もう夏だった。今年はハーレムパーティがないが、代わりに北のラーフルトン領が賑わっている。妖精世界に出入りできる『妖精の輪』が領内で発見されたからだ。この一年で妖精という生き物に慣れたファーリズの民は――特に学院の生徒たちは、『デミルって妖精なんじゃ?』という確信めいたものを日々抱いていたから――「妖精世界、行こうぜ」と面白半分で。南領から教育を受けた妖精を借りて人と妖精の橋渡し的観光案内スタッフになってもらい、安全を確保した上で『妖精の輪』を遠目に眺めたりスタッフ付き添いで人数制限をつけてちょっとだけ中に入ってみたり、といった観光地になったのだ。第二王子という後ろ盾もあり、伯爵側が希望して行ったこの観光事業が、おおいに儲かった。
「わたくしたちの時代が来たのですわ、ティミオス」
ラーフルトン伯爵家のネネツィカは執事の淹れた紅茶を飲んでにっこり。この紅茶がまた特別で『ラーフルトン』というブランドリーフティーだ。新興の商会が伯爵家に打診して、由緒正しき伯爵家をイメージした紅茶ブランドを創設し、家紋と名前を紅茶缶にも使って儲けの15%をロイヤリティとして支払ってくれている。これがやはり儲かる――今日飲んでいる紅茶は『フェアリー・プリンセス』といってネネツィカをイメージしたという花茶なのだが、赤いフルーツとヴァニラの薫りが効いたお洒落で可愛らしい紅茶となっていて、このおかげでネネツィカには『フェアリー・プリンセス』という他称がついた。
紅茶のカップを置いて、ぱらりと王子からの手紙を読む。
ちょっと『ずる』だなとやっぱり感じてしまうのは、「俺が自分を外向けに飾っていることを君はわかってくれていて」とか書いてあるからだ。
――殿下。それは、わたくしが『乙女ゲーム』の設定を知ってしまったからですわ。
ネネツィカはしみじみとした。
自力で、貴方と関わるうちに『この人はこうなんだわ』と気づいたり、理解を深めていくのとは少し違った形での『理解』は、やっぱり、『ずる』だと思うのだ。
相手がそう思っていないからこそ、特に。
紅茶を飲み終えたネネツィカは、観光客に混ざって親友ヘレナと一緒に『妖精の輪』を見学する事にしていた。親しい友人とこそこそ話すのは、自然と心配事の話題になってしまうのだけれど。
「あのお二人を仲直りさせたほうがいいと思うんですの」
あのお二人、というのはエリックとクレイだ。
「そうだねえ。エリック様はカウンセリングを受けてるみたいだし、闇墜ち暴君ルートは防げてるのかな……あっ、ゲームじゃないのはわかってるよ」
「ヘレナはちゃんとわかってるって知ってますわ」
二人は執事が買ってくれた携行カップ入りのソフトクリームにスプーンをふわりと差し込んで、一緒にぱくりと口に含んだ。夏の熱気による火照りに染みていくひんやりした心地よさに、同時に「おいしい」と呟いて。
人混みの中に暑苦しい黒ローブがいて妙に目についた。黒は陽光を集めがちだし、ローブは通気性が悪くて蒸れそうだし、見ているだけでなんだか暑い。
「一回嫌いってなっちゃうと、その後ずーっと嫌いってのが固まっちゃうのはあるあるだよ」
ヘレナは「私たちの世界では、合わないなーって人は『ミュート』したり『ブロック』してさくさく関係を切ってた。ネット世界の話だけどね」とまたひとつ異世界の事情を話してくれた。
「嫌いなものや人に注ぐエネルギーを、好きなものや人に注いだほうが有意義って考え方でね。もちろん、『アンチ』っていう、嫌いなものや人を熱心にチェックしては『こいつのこんなところが嫌い』とか『こんなところがだめ』とかネガティブキャンペーンをし続けるっていう生き物もいて、そういうのを『アンチは誰より熱心なファン』とか言ったりもしてね」
それなら、あの二人は互いの『アンチ』なのだろうか。
たぶん、とても熱心に互いの事をチェックしてそう――そしてストレスを溜めてそう……。
未知の概念にネネツィカは悩んだ。
「オーガストさんや、お医者さんが正しいと思う。あんまり関わらない方向がいいかなって」
ネネツィカはその時、『ヘレナは二人が仲直り出来ないと思ってるんだ』と感じた。
「でも、わたくし……」
ネネツィカはそっと懐から、かつてエリックが書いてくれた黒歴史の手紙を取り出した。見るのも辛いワイルドレターだ。
これを届けてくれた時、「僕は止めたんだよ」とクレイが笑っていたのを思い出す。エリックがそれを殴って黙らせてた……。
――『ぼくたちは二人とも』頑張ってもどうしようもないっていう感覚があって……。
「わたくし、『頑張ってもどうしようもない』のころはお二人が確実に仲良しだったと思いますの。それは、絶対なのだわ」
ならば、『頑張ったらどうにかなるかも』という感覚を覚えたのがいけなかったのだろうか。
頑張ったら何がどうなるというのか――なんとなくわかるのが、嫌だった。
「直接会って『嫌いだ』ってなっちゃうなら、お手紙書かせればいいんじゃないかな。好意100%の文でさ」
ヘレナがそう言った時、騒ぎが起きた。
「すこし聞き分けのない妖精がこちらに近付いて来ています! 一帯の観光客は念のため一時避難してください!」
スタッフが呼びかけ、観光客ががやがやと魔法で守られる避難所に退いていく。
「妖精はやっぱり、絶対安全とはいかないのね」
ヘレナが呟いた。そして、「あれ」と声をあげた。
「あの黒ローブたち、『妖精の輪』に飛び込んで行ったよ」
見れば、あの暑苦しい黒ローブたちが騒動に紛れてするりと『妖精の輪』に入っていくのが視えた。
「……」
ネネツィカは軽く目を見開いて、ヘレナの手を引いて駆けだした。だって、フードの隙間に一瞬見知った顔が見えたから。
「わたくしたちの時代が来たのですわ、ティミオス」
ラーフルトン伯爵家のネネツィカは執事の淹れた紅茶を飲んでにっこり。この紅茶がまた特別で『ラーフルトン』というブランドリーフティーだ。新興の商会が伯爵家に打診して、由緒正しき伯爵家をイメージした紅茶ブランドを創設し、家紋と名前を紅茶缶にも使って儲けの15%をロイヤリティとして支払ってくれている。これがやはり儲かる――今日飲んでいる紅茶は『フェアリー・プリンセス』といってネネツィカをイメージしたという花茶なのだが、赤いフルーツとヴァニラの薫りが効いたお洒落で可愛らしい紅茶となっていて、このおかげでネネツィカには『フェアリー・プリンセス』という他称がついた。
紅茶のカップを置いて、ぱらりと王子からの手紙を読む。
ちょっと『ずる』だなとやっぱり感じてしまうのは、「俺が自分を外向けに飾っていることを君はわかってくれていて」とか書いてあるからだ。
――殿下。それは、わたくしが『乙女ゲーム』の設定を知ってしまったからですわ。
ネネツィカはしみじみとした。
自力で、貴方と関わるうちに『この人はこうなんだわ』と気づいたり、理解を深めていくのとは少し違った形での『理解』は、やっぱり、『ずる』だと思うのだ。
相手がそう思っていないからこそ、特に。
紅茶を飲み終えたネネツィカは、観光客に混ざって親友ヘレナと一緒に『妖精の輪』を見学する事にしていた。親しい友人とこそこそ話すのは、自然と心配事の話題になってしまうのだけれど。
「あのお二人を仲直りさせたほうがいいと思うんですの」
あのお二人、というのはエリックとクレイだ。
「そうだねえ。エリック様はカウンセリングを受けてるみたいだし、闇墜ち暴君ルートは防げてるのかな……あっ、ゲームじゃないのはわかってるよ」
「ヘレナはちゃんとわかってるって知ってますわ」
二人は執事が買ってくれた携行カップ入りのソフトクリームにスプーンをふわりと差し込んで、一緒にぱくりと口に含んだ。夏の熱気による火照りに染みていくひんやりした心地よさに、同時に「おいしい」と呟いて。
人混みの中に暑苦しい黒ローブがいて妙に目についた。黒は陽光を集めがちだし、ローブは通気性が悪くて蒸れそうだし、見ているだけでなんだか暑い。
「一回嫌いってなっちゃうと、その後ずーっと嫌いってのが固まっちゃうのはあるあるだよ」
ヘレナは「私たちの世界では、合わないなーって人は『ミュート』したり『ブロック』してさくさく関係を切ってた。ネット世界の話だけどね」とまたひとつ異世界の事情を話してくれた。
「嫌いなものや人に注ぐエネルギーを、好きなものや人に注いだほうが有意義って考え方でね。もちろん、『アンチ』っていう、嫌いなものや人を熱心にチェックしては『こいつのこんなところが嫌い』とか『こんなところがだめ』とかネガティブキャンペーンをし続けるっていう生き物もいて、そういうのを『アンチは誰より熱心なファン』とか言ったりもしてね」
それなら、あの二人は互いの『アンチ』なのだろうか。
たぶん、とても熱心に互いの事をチェックしてそう――そしてストレスを溜めてそう……。
未知の概念にネネツィカは悩んだ。
「オーガストさんや、お医者さんが正しいと思う。あんまり関わらない方向がいいかなって」
ネネツィカはその時、『ヘレナは二人が仲直り出来ないと思ってるんだ』と感じた。
「でも、わたくし……」
ネネツィカはそっと懐から、かつてエリックが書いてくれた黒歴史の手紙を取り出した。見るのも辛いワイルドレターだ。
これを届けてくれた時、「僕は止めたんだよ」とクレイが笑っていたのを思い出す。エリックがそれを殴って黙らせてた……。
――『ぼくたちは二人とも』頑張ってもどうしようもないっていう感覚があって……。
「わたくし、『頑張ってもどうしようもない』のころはお二人が確実に仲良しだったと思いますの。それは、絶対なのだわ」
ならば、『頑張ったらどうにかなるかも』という感覚を覚えたのがいけなかったのだろうか。
頑張ったら何がどうなるというのか――なんとなくわかるのが、嫌だった。
「直接会って『嫌いだ』ってなっちゃうなら、お手紙書かせればいいんじゃないかな。好意100%の文でさ」
ヘレナがそう言った時、騒ぎが起きた。
「すこし聞き分けのない妖精がこちらに近付いて来ています! 一帯の観光客は念のため一時避難してください!」
スタッフが呼びかけ、観光客ががやがやと魔法で守られる避難所に退いていく。
「妖精はやっぱり、絶対安全とはいかないのね」
ヘレナが呟いた。そして、「あれ」と声をあげた。
「あの黒ローブたち、『妖精の輪』に飛び込んで行ったよ」
見れば、あの暑苦しい黒ローブたちが騒動に紛れてするりと『妖精の輪』に入っていくのが視えた。
「……」
ネネツィカは軽く目を見開いて、ヘレナの手を引いて駆けだした。だって、フードの隙間に一瞬見知った顔が見えたから。
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