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9、裏切りの勇者と妖精王の復活
131、好意的解釈の文通の試み
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夏が過ぎて、秋が訪れる。
秋といえば『あの少年』の誕生日がある季節だけれど、ネネツィカは『妖精の輪』の一件以来微妙な距離感を保っていたので、贈り物をするべきか本気で頭を悩ませていた。勇者が誰なのか、はユージェニーが教えてくれたので、必要であれば剣を渡しにいくつもりでは、ある。
新聞は黒塗りがされなくなっていて、それが竜に寄らない統制であった証左みたいで悲しかった。
一面に出ているのは、コルトリッセン侯爵家が地方の平原に令息の誕生日祝いとして小さな城を建てたというニュース。令息が少数の護衛だけを連れて早速行楽計画を立てている――予定日まではっきりと。
「エリック様、いっしょにお祝いのお手紙を書きませんか? お祝いに行くのも、素敵ですかも」
エリックの自室に呼ばれた日、「こちらから歩み寄って仲直りできれば」――そう思って提案すれば、騎士オーガストとトラン医師が心配そうに視線を交わした。
エリックはすこし考えてから、「いきなり行くと多分誤解されるだろうから、手紙をさきに交わしてみようか」と穏やかに言った。そこには今のところ嫌悪感や反発心が欠片もなかったので、ネネツィカはいそいそと便箋を用意した。
「ふたりで一緒に書きましょうね」
「そうだね」
文面を考えて、騎士と医師に見守られながらひとつの手紙を書き上げる。
――きっと以前、ワイルドな黒歴史レターをしたためた時も、こんな風だったのだろうとネネツィカは思った。
「変に飾った文章だと深読みされますから、素直に簡単なかんじで書くのがいいかしら」
「ワイルド路線ももう恥ずかしいしね」
エリックはくすっと笑って黒歴史を自虐した。
「お誕生日おめでとう――」
エリックは、その少年と初めて会った時を思い出していた。
2歳年下の子は、王位継承権があったけれど、エリックよりもさらに順位は低くて――母姫の希望では、王室との縁は切ってほしいと言われていたのだと今は知っている。理由も、今ならばよくよくわかるというものだ。
思えば、シリル王子がひとり飛びぬけて王位に近かったおかげで、二人は比較的のほほんとしていられたのだった。
脅威になる競争相手ではなかったから、誰が王冠を掴むのかが誰にでもわかったから。
けれど、加護を持たない少年はそれがバレることをいつも恐れていた。
いつまでバレずにいられるのだろうと不安がっていた。怯えていた。それが、エリックにはよく感じられていた。人の感情には敏感なほうで、人にとって理想の自分を演じたいと思っていたエリックはその時から何度も少年を庇ったように記憶していて、ゆえに少年にとってはエリックが命綱だった。
「何を書いても誤解されると思うんだ」
エリックはそう笑った。
――あるいは、誤解されてしまう内容は、誤解ではなくて真実、俺の本心なのかもしれない。
そう、思った。
あの時、あの部屋で淹れたハーブティは毒でもなんでもなかったけれど、周り中が毒だったのだろうと言う気配でいるうちに、段々と自分でも「あれは毒だったのかもしれない」と思えてくる。
エリックの心はその程度の不確かな世界をふらふらとふらついていて、自信がないのだ。
「反省している」
それは、事実だと思う。だから、エリックはそのように書いた。
「仲良くしたい」
それも、たぶん間違いではないと思うんだ――自信は、ないけれど。ちなみに「ゲームをしたい」と書くとうっかり宣戦布告に受け取られそうなので、やめた。
手紙をおくって、箱に入った返事が来る。
「好意的解釈ですよ、殿下」
ネネツィカが囁く。すこし心配そうだ。彼女は、とにかく仲良くしてほしいらしい――。
ネネツィカと騎士と医師が揃って周りに集まって、一緒になって箱を開ける。
そこには、チェスの駒が幾つか転がっていた。黒、白、入り乱れ――「手紙は?」手紙を見ると、白紙だった。
「……これを、どう解釈するんだ?」
エリックは、困惑した。
「これは好意的に解釈すると、どうなるんだい?」
周囲にいた騎士と医師を見ると、二人は困り顔で押し黙ってしまった。
ネネツィカはふむふむと箱を覗き込み、恐々と問いかけた。
「クイーンは、ありますの?」
クイーンを獲りたいと言っていたのだ、という記憶のセリフは伏せたまま。
「あるよ」
エリックは黒のクイーンをつまんで見せた。
「白のクイーンは……」
「ないかな?」
箱の中には、白のクイーンがなかった。
「それで、これにどう返事を出したらいいんだ」
エリックが便箋を広げる。騎士が人の好さそうな顔でアイディアを出してくれた。
「素直に『意図がわからなかったのでわかりやすくもう一度』ってきいてみたらどうですかね」
医師は紙を矯めつ眇めつして、首をかしげた。
「殿下、白紙を炙ってみたらいかがでしょう。炙り出しです」
おお、とオーガストが手をぽんと打って、張り切って炙ってくれた。
「いやあ、なるほど。何か文字が出てきたじゃあ、ありませんか」
どれどれ、とエリックが覗いてみる。そこに書いてあったのは――、
――『馬鹿が見る』。
「……」
室内に沈黙が降りた。
しばらく、誰も喋る事も、顔を上げることもできなかった。
「……これをどう好意的に解釈したらいい?」
エリックはやがてそう言って、手紙をびりびりに破いてしまった。
ネネツィカは残念な気持ちで騎士と医師が王子を宥めるのを見守り、
(これは、素直に剣を持って行ったほうがよいのかしら……)
カレンダーを見つめて、ため息をついた。
秋といえば『あの少年』の誕生日がある季節だけれど、ネネツィカは『妖精の輪』の一件以来微妙な距離感を保っていたので、贈り物をするべきか本気で頭を悩ませていた。勇者が誰なのか、はユージェニーが教えてくれたので、必要であれば剣を渡しにいくつもりでは、ある。
新聞は黒塗りがされなくなっていて、それが竜に寄らない統制であった証左みたいで悲しかった。
一面に出ているのは、コルトリッセン侯爵家が地方の平原に令息の誕生日祝いとして小さな城を建てたというニュース。令息が少数の護衛だけを連れて早速行楽計画を立てている――予定日まではっきりと。
「エリック様、いっしょにお祝いのお手紙を書きませんか? お祝いに行くのも、素敵ですかも」
エリックの自室に呼ばれた日、「こちらから歩み寄って仲直りできれば」――そう思って提案すれば、騎士オーガストとトラン医師が心配そうに視線を交わした。
エリックはすこし考えてから、「いきなり行くと多分誤解されるだろうから、手紙をさきに交わしてみようか」と穏やかに言った。そこには今のところ嫌悪感や反発心が欠片もなかったので、ネネツィカはいそいそと便箋を用意した。
「ふたりで一緒に書きましょうね」
「そうだね」
文面を考えて、騎士と医師に見守られながらひとつの手紙を書き上げる。
――きっと以前、ワイルドな黒歴史レターをしたためた時も、こんな風だったのだろうとネネツィカは思った。
「変に飾った文章だと深読みされますから、素直に簡単なかんじで書くのがいいかしら」
「ワイルド路線ももう恥ずかしいしね」
エリックはくすっと笑って黒歴史を自虐した。
「お誕生日おめでとう――」
エリックは、その少年と初めて会った時を思い出していた。
2歳年下の子は、王位継承権があったけれど、エリックよりもさらに順位は低くて――母姫の希望では、王室との縁は切ってほしいと言われていたのだと今は知っている。理由も、今ならばよくよくわかるというものだ。
思えば、シリル王子がひとり飛びぬけて王位に近かったおかげで、二人は比較的のほほんとしていられたのだった。
脅威になる競争相手ではなかったから、誰が王冠を掴むのかが誰にでもわかったから。
けれど、加護を持たない少年はそれがバレることをいつも恐れていた。
いつまでバレずにいられるのだろうと不安がっていた。怯えていた。それが、エリックにはよく感じられていた。人の感情には敏感なほうで、人にとって理想の自分を演じたいと思っていたエリックはその時から何度も少年を庇ったように記憶していて、ゆえに少年にとってはエリックが命綱だった。
「何を書いても誤解されると思うんだ」
エリックはそう笑った。
――あるいは、誤解されてしまう内容は、誤解ではなくて真実、俺の本心なのかもしれない。
そう、思った。
あの時、あの部屋で淹れたハーブティは毒でもなんでもなかったけれど、周り中が毒だったのだろうと言う気配でいるうちに、段々と自分でも「あれは毒だったのかもしれない」と思えてくる。
エリックの心はその程度の不確かな世界をふらふらとふらついていて、自信がないのだ。
「反省している」
それは、事実だと思う。だから、エリックはそのように書いた。
「仲良くしたい」
それも、たぶん間違いではないと思うんだ――自信は、ないけれど。ちなみに「ゲームをしたい」と書くとうっかり宣戦布告に受け取られそうなので、やめた。
手紙をおくって、箱に入った返事が来る。
「好意的解釈ですよ、殿下」
ネネツィカが囁く。すこし心配そうだ。彼女は、とにかく仲良くしてほしいらしい――。
ネネツィカと騎士と医師が揃って周りに集まって、一緒になって箱を開ける。
そこには、チェスの駒が幾つか転がっていた。黒、白、入り乱れ――「手紙は?」手紙を見ると、白紙だった。
「……これを、どう解釈するんだ?」
エリックは、困惑した。
「これは好意的に解釈すると、どうなるんだい?」
周囲にいた騎士と医師を見ると、二人は困り顔で押し黙ってしまった。
ネネツィカはふむふむと箱を覗き込み、恐々と問いかけた。
「クイーンは、ありますの?」
クイーンを獲りたいと言っていたのだ、という記憶のセリフは伏せたまま。
「あるよ」
エリックは黒のクイーンをつまんで見せた。
「白のクイーンは……」
「ないかな?」
箱の中には、白のクイーンがなかった。
「それで、これにどう返事を出したらいいんだ」
エリックが便箋を広げる。騎士が人の好さそうな顔でアイディアを出してくれた。
「素直に『意図がわからなかったのでわかりやすくもう一度』ってきいてみたらどうですかね」
医師は紙を矯めつ眇めつして、首をかしげた。
「殿下、白紙を炙ってみたらいかがでしょう。炙り出しです」
おお、とオーガストが手をぽんと打って、張り切って炙ってくれた。
「いやあ、なるほど。何か文字が出てきたじゃあ、ありませんか」
どれどれ、とエリックが覗いてみる。そこに書いてあったのは――、
――『馬鹿が見る』。
「……」
室内に沈黙が降りた。
しばらく、誰も喋る事も、顔を上げることもできなかった。
「……これをどう好意的に解釈したらいい?」
エリックはやがてそう言って、手紙をびりびりに破いてしまった。
ネネツィカは残念な気持ちで騎士と医師が王子を宥めるのを見守り、
(これは、素直に剣を持って行ったほうがよいのかしら……)
カレンダーを見つめて、ため息をついた。
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