140 / 260
9、裏切りの勇者と妖精王の復活
132、「ここに、英雄物語の英雄がいるよ」
しおりを挟む
公爵令息が旅立つ直前の学院では、歴史教師のエイヴン・フィーリーが窓際に立ち、学生たちが騒いでいるのを覗いていた。
呪術を用いれば、その声はすぐ傍にいるかのようにありありと聞き取れる。
「ユンク先輩は、以前から思っていたのですが――なぜ、そんなに妖精をご支援なさるのでしょうか」
おっとりとした柔らかな微笑は、公爵令息から。
伯爵令息はそれに闊達な笑顔で、当然のように近付いて。
「それは、クレイ様が――「僕は妖精が、あまり」
重ねた声と憂い含みに伏せた睫毛に、取り巻きたちが「ああ」と得心顔をした。
「ここは竜の国ですし、僕自身、守護竜の加護があるわけですから――それに、妖精ってなんだか、少しまだ怖いといいますか。慣れません。急に『仲良くできる』と仰られても……」
いかにも『困ったなあ』という風情で、呟くのだ。
「お爺様も、『ユンク伯爵家は随分と斬新な事業をしているが、当家には相談などをせぬのだな』と仰っていたんです」
「ライン切りしてるね、わかりやすいな」
馬車にさっさと乗っていくクレイを見送り、エイヴンは橙色の眼をネネツィカに移した。
「音を遮断してる、周囲を気にしないでお話できるよ」
屋上に行こうか、とヘラりと笑い、エイヴンは少女を誘った。
リアルな青空が白い雲をゆったり流していて、校庭の紅葉が揺れるさまが遠く俯瞰できる。学生たちが下を歩いていて、上を見る者はいない。
ゲームではモブでしかない彼らひとりひとりに人生があり、家族がいて、過去があって未来がある。エイヴンはひとりひとりの名前と性格を覚えている。彼らが死んだ後も、きっと――忘れてしまうかもしれないけど、時折、最近そうするように思い出すかもしれない。或いは、自分が死んだあとも誰かが「エイヴン・フィーリーはこんな人物だった」と思い出してくれるんじゃないか。そう思って笑った。
エイヴンは少女に微笑んだ。
「ラーフルトン君」
その名前を呼ぶ時は、少し胸が痛くなる。遠い日々が帰ってこないから。希望を胸に、未知を手繰り寄せるみたいに一緒に空に手を伸ばした、友人を懐かしみながら。彼と語らう日は、未来永劫もう来ないのだと思いながら。
「勇者はね、犠牲を好まないんだ……」
勇者は、そう語りはじめた。
「王侯貴族はさ、政治が好きだね。国を治めるってそんなもんだ。最小限の犠牲、最大の利――現実社会って、そんなものさ。御伽噺や英雄物語みたいに、超スゲーチートで無双して全部救ってやるぜ、なんて――なかなか大人は言えないよ」
少女は、困っていた。
エイヴンにはそれがわかった。
――この子も、まだたった13歳じゃないか。
エイヴンは優しく微笑み、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。すると少女もまた合わせるようしゃがんだので、なんだよ格好つかないな、君はお姫様みたいに立って見下ろしてなよ、なんて思ったものだ。
「ここに、英雄物語の英雄がいるよ」
だから、エイヴンは楽しくなってニッコリと笑って立ち上がった。
「俺は、勇者なんだ。神様が作った、チートキャラさ。みんなが諦める場面でも、俺は諦めないんだ。どんなにピンチでも、俺がひっくり返すんだ。そういう設定なんだ……」
少女が、特徴的な髪を揺らして親友に似た瞳にエイヴンを映すのが、誇らしい気持ちにしてくれる。
エイヴンは頭に手を伸ばした。
さらり、とした感触。お日様にあたためられた温度。
守られるべき年頃の気配。
「君はさ、13歳で。子供だよ。お姫様で、勇者でも聖女でもない。大人を頼っていいのさ」
大人になってから先生が困ってたら、逆に助けを求めちゃうかもしれない。
そうしたら、助けてよ。
人と人はそうやって助け合って生きるんだ。
――そうだろ?
「ラーフルトン君、俺に剣をくれるかな」
少女は、こくりと頷いた。そして「現地まで我が家の馬車とゴレ男君で送りますわ」と、言ってくれたのだった。
「俺、あのゴーレムに乗るの? 初体験だな」
勇者はワクワクした。
――それは、未知の体験だったから。
旅は道連れ、とはよく言ったもので、変わる景色を楽しむうちに後ろからは別の馬車もついてくるようになっている。
切っても切れないとはよく言ったものだ、とエイヴンは笑った。
「フランメルク城が見えてきたね」
見通しの良い平原に、とても小さい綺麗な城が見えて、夕陽が城と周辺一帯の全てを呑み込むように沈む視界はとても穏やかで、絵画のようだった。
呪術を用いれば、その声はすぐ傍にいるかのようにありありと聞き取れる。
「ユンク先輩は、以前から思っていたのですが――なぜ、そんなに妖精をご支援なさるのでしょうか」
おっとりとした柔らかな微笑は、公爵令息から。
伯爵令息はそれに闊達な笑顔で、当然のように近付いて。
「それは、クレイ様が――「僕は妖精が、あまり」
重ねた声と憂い含みに伏せた睫毛に、取り巻きたちが「ああ」と得心顔をした。
「ここは竜の国ですし、僕自身、守護竜の加護があるわけですから――それに、妖精ってなんだか、少しまだ怖いといいますか。慣れません。急に『仲良くできる』と仰られても……」
いかにも『困ったなあ』という風情で、呟くのだ。
「お爺様も、『ユンク伯爵家は随分と斬新な事業をしているが、当家には相談などをせぬのだな』と仰っていたんです」
「ライン切りしてるね、わかりやすいな」
馬車にさっさと乗っていくクレイを見送り、エイヴンは橙色の眼をネネツィカに移した。
「音を遮断してる、周囲を気にしないでお話できるよ」
屋上に行こうか、とヘラりと笑い、エイヴンは少女を誘った。
リアルな青空が白い雲をゆったり流していて、校庭の紅葉が揺れるさまが遠く俯瞰できる。学生たちが下を歩いていて、上を見る者はいない。
ゲームではモブでしかない彼らひとりひとりに人生があり、家族がいて、過去があって未来がある。エイヴンはひとりひとりの名前と性格を覚えている。彼らが死んだ後も、きっと――忘れてしまうかもしれないけど、時折、最近そうするように思い出すかもしれない。或いは、自分が死んだあとも誰かが「エイヴン・フィーリーはこんな人物だった」と思い出してくれるんじゃないか。そう思って笑った。
エイヴンは少女に微笑んだ。
「ラーフルトン君」
その名前を呼ぶ時は、少し胸が痛くなる。遠い日々が帰ってこないから。希望を胸に、未知を手繰り寄せるみたいに一緒に空に手を伸ばした、友人を懐かしみながら。彼と語らう日は、未来永劫もう来ないのだと思いながら。
「勇者はね、犠牲を好まないんだ……」
勇者は、そう語りはじめた。
「王侯貴族はさ、政治が好きだね。国を治めるってそんなもんだ。最小限の犠牲、最大の利――現実社会って、そんなものさ。御伽噺や英雄物語みたいに、超スゲーチートで無双して全部救ってやるぜ、なんて――なかなか大人は言えないよ」
少女は、困っていた。
エイヴンにはそれがわかった。
――この子も、まだたった13歳じゃないか。
エイヴンは優しく微笑み、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。すると少女もまた合わせるようしゃがんだので、なんだよ格好つかないな、君はお姫様みたいに立って見下ろしてなよ、なんて思ったものだ。
「ここに、英雄物語の英雄がいるよ」
だから、エイヴンは楽しくなってニッコリと笑って立ち上がった。
「俺は、勇者なんだ。神様が作った、チートキャラさ。みんなが諦める場面でも、俺は諦めないんだ。どんなにピンチでも、俺がひっくり返すんだ。そういう設定なんだ……」
少女が、特徴的な髪を揺らして親友に似た瞳にエイヴンを映すのが、誇らしい気持ちにしてくれる。
エイヴンは頭に手を伸ばした。
さらり、とした感触。お日様にあたためられた温度。
守られるべき年頃の気配。
「君はさ、13歳で。子供だよ。お姫様で、勇者でも聖女でもない。大人を頼っていいのさ」
大人になってから先生が困ってたら、逆に助けを求めちゃうかもしれない。
そうしたら、助けてよ。
人と人はそうやって助け合って生きるんだ。
――そうだろ?
「ラーフルトン君、俺に剣をくれるかな」
少女は、こくりと頷いた。そして「現地まで我が家の馬車とゴレ男君で送りますわ」と、言ってくれたのだった。
「俺、あのゴーレムに乗るの? 初体験だな」
勇者はワクワクした。
――それは、未知の体験だったから。
旅は道連れ、とはよく言ったもので、変わる景色を楽しむうちに後ろからは別の馬車もついてくるようになっている。
切っても切れないとはよく言ったものだ、とエイヴンは笑った。
「フランメルク城が見えてきたね」
見通しの良い平原に、とても小さい綺麗な城が見えて、夕陽が城と周辺一帯の全てを呑み込むように沈む視界はとても穏やかで、絵画のようだった。
0
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
限界オタクだった俺が異世界に転生して王様になったら、何故か聖剣を抜いて勇者にクラスチェンジした元近衛騎士に娶られました。
篠崎笙
BL
限界ヲタクだった来栖翔太はトラックに撥ねられ、肌色の本を撒き散らして無惨に死んだ。だが、異世界で美少年のクリスティアン王子として転生する。ヲタクな自分を捨て、立派な王様になるべく努力した王子だったが。近衛騎士のアルベルトが勇者にクラスチェンジし、竜を退治した褒美として結婚するように脅され……。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる