竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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9、裏切りの勇者と妖精王の復活

133、塔の上の『誰か』、騎士ごっこ

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 空気は乾いていて、外はきっと血錆びた臭いがするのだろうと思われた。
 尖塔の階段をのぼると、少し息が切れる。それが生きている証拠でもあるのだな、と思うと不思議と苦にならなかった。

 祖父がくれた城は子供を楽しませるためだけに存在するおもちゃ箱みたいに無防備で、周囲一帯の閑散とした平原は人の社会から隔絶されて別世界めいていて、クレイはとても気に入っていた。

 連れてきた者たちは大半が『拾い物』で、身元ルーツは不確か。それがとても好ましく、安心できた。
 何故なら、いと尊き血筋と名高い自分クレイも『そう』だからだ。

 心神耗弱状態の父アクセルは「自分は間違いなく義務を果たしたのだ、ラーシャはクレイに加護があると言ったのだ」と幼少の我が子に竜を呼ぶよう何度も迫った。時には生命の危機に晒して竜が来ないか試した。ありとあらゆる文言で召喚を試させ、「現れないとラーシャの御子を殺害するぞ」と竜を脅すような狂声をあげて虐待していた。現れなければ、今度は「ならばこれは誰の子なのか」と喚き散らしていた。
 妹が死んだのちは、その現実を認めずによく似た子を身代りにした。死んだ事実さえ無かった事にしてなりすましをさせ、父自身がそれを信じ込んで「自分の子」と疑わなくなってしまったから、これはいよいよ自分とて血のつながりが疑わしいのだなと思ったものだ。

 夜が更けて、加護不在の城を暗殺者が攻めている。暗殺者というよりはちょっとした小隊規模はあるのではなかろうか。
 こちらは『盗賊上がり』と呪術師が数人。本当に最低限の人数に留めていた。うっかり死んでもぜんぜん恨まないってタイプの余程の奇特な者以外は置いてきたのだ。

 ――僕とて犠牲は抑えるつもりでいるんだ。

 塔の上で早速携行した紙を広げる。妹を宥めすかして仕入れた神々の『悪口』だ。創造神を愛するティーリーに刺さるだろう。本当はエリックの悪口も言ってやろうと思ったのだけど、これが出てこなかったので。

「畑はミスが多くて、注意されるとふてくされる。荒木はなんでもOKするけど、後でやっぱNGと言う。沢田はエゴサばかりで、メンヘラをこじらせる。飯島は高尚様で、マウントがすごい。佐藤は……」
 これを唱えていると、神様も人間と変わらないんだなと思えて、面白い。
 これで竜を釣る。釣れたら、僕は死ぬ。

 クレイが思い出すその白竜は、エリックが何度も見せてくれた優しい存在。あたたかくて、柔らかくて、揺り篭みたいだった大きなふわふわの。
 声を交わしたこともある。
 あの綺麗な眼に見つめられたこともある。
 エリックにはマルガリータ妃という御母堂がいるけれど、彼女ティーリーはまるでもうひとりの母といった風情でエリックに無償の愛を注いでいるように思えたものだ。
 
 ――慈悲深かった白竜は、なにやら変わってしまったようだけれど。
 話す事は可能なのだろうか、とクレイは想いを巡らせた。

 怒らせて釣ろうと言う時に都合の良い考えではあるが、もし会話が可能なら、昔何度かエリックと一緒に抱っこしてもらったり背に乗せてもらったり、そんなよしみが通用するなら――お願いするのだ。
 『慈悲深き白竜ティーリー、どうか僕だけをこのまま殺して、争いを終わりにしてください』
 そうすると、公爵家は『加護のない公子』を守らなくてよくなるのだ。虚偽が明るみにならぬよう必死に隠す必要がなくなるのだ。
 陣営所属者たちが王甥を担ぎ上げて王位を狙っているという野心を疑われる事もなくなるのだ。

 ――対抗馬が消えた後、王位はエリックが継いで、白竜は大人しい性質に戻れば良いし、戻らず暴走が続くならデミルに封印してもらえば好い。

 呟く――
「夜になにを恐れたらよいでしょう」
 
 外と建物の内側で、剣戟の音が幾つも響いている。
 悲鳴がきこえて、怒号が重なり、誰かが傷ついている。
 人は、簡単に死ぬ。死んでしまう。
 ――はやく終わらせなければ、と思って声が震えた。

くろがねの矛を? 人の悪意を? この孤独を? それとも、この心が消えてなくなるを恐れたらよい?」
 
 死んだ方がましだ、と思う事が何度あっても、実際に死ぬのは怖い事だった。
 痛いのが怖い。苦しいのが嫌だ。
 何より、死んだら自分という存在が消えてしまうのが怖い。
 それまで生きてきて、記憶があって、何かを考えていて、自分しか知らない自分があって――それが全て無になるのだ。それが、怖いと思った。
 死んでしまえば何も感じなくなるだろうけど、それまでの数秒がとても怖いのだ。想像しただけで、恐ろしくて堪らないのだ。
 耳にとくんとくんと自分の鼓動が脈打つ音が騒がしくきこえていて、ああ、生きているんだと思った。

 この音は、誰もがずっと生きている間鳴らしていて、全員が等しくいつの日か静かになるんだ。

 人は遅かれ早かれ、みんな死ぬ。それは、平等だった。
 僕はたまたま今生きている。ただそれだけの、そのへんのコバエみたいな存在なのだ。
 突然ぺしりと打ち落とされて、くたりと死ぬ――ただそれまでの人生なのだ。どれだけ何かを思い悩んでいても、頑張っていても、所詮はそんなものなのだ、生涯なんて。

 ふわりと空気が揺らいで、息遣いを感じる。何か生き物があらわれたのだと思って、そちらを見た。
 そこに『呼べた』と思ったら、嬉しくて。
「守護竜、ティーリー……」
 神様の悪口を言ったから怒ってるかな? とドキドキしながら見上げて、息を呑む。
 そこにあった瞳は赤かった。
 髪は、夜目にもわかる白。
 褐色の肌は夜陰にいっそう暗く見えて――夏生まれの4つ上、伯爵公子のオスカー・ユンクがそこにいた。

(あれっ? 僕がライン切った人がいるじゃないかぁ……)
 幻かな?
 クレイは瞬きをした。
 幻は一向に消える気配なく、如何にも現実ですって感じで呼吸の気配を見せている。

 血濡れた剣を引っ提げて、よくよく見ればあちらこちらに傷を負い、けれどケロリとして笑って、当たり前みたいにふざけた調子で唆すのだ。
「台詞のつづきを」

 何故ここに、という疑念は城外で蠢く巨影をみれば察せられた。
 ――なんかよくわからないが、呼んでいない客人らが来てくださって居るらしい。

 黙っているのを何と勘違いしたものか、オスカーはというと勝手に劇のつづきを始めてしまった。
「おお、殿下ユア・ハイネス。麗しの夜に輝ける星をおたすけに、貴方様の騎士が確かに参りましたぞ。貴方様の騎士が!」

 なんとも気の抜ける陽気ぶりではないか。要するに、この伯爵公子様は王族相手に騎士ごっこがしたいんだ。
(他の王族とやればいいものを。僕などは、下手するとお前よりも身分が下の出自かも知れぬのだぞ。こっちのほうが膝をついて畏まるべきかも知れないんだぞ)
 ――そう思うと、なんだかとても申し訳ないのだった。
(ああ、もう少し早くこいつのやりたいことに思い至っていれば、エリックに一筆書いて紹介してあげたのになあ!)

「今後の参考までに助言をするけれど……」
 前はそうでもなかったけれど、クレイは突っ込みたくなってしまった。
「以前も思ったものだけれど、夜に輝ける星は沢山あるじゃないか。人によっては機嫌を損ねるんじゃないかな……」

 言えば、伯爵公子は目を輝かせて「では月と申しましょうかな!」と笑ったのだった。
 
 うん――それがいいかもね、と頷きを返した時、夜が震えた。
 空気がすうっと冷めていくような、透明度を増して星天が近くなったような、そんな感覚だった。

 見れば――今度こそ、本物の守護竜ティーリーが姿をあらわしていた。
 
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