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9、裏切りの勇者と妖精王の復活
134、白竜、封印
しおりを挟む塔の上に竜が降り立つさまは壮観で、まるで演劇の一幕のようだった。
――演劇では黒い竜だったけれど。
「おお。これは守護竜ですな。俺が申した通りではありませんか! 『別の竜が釣れるかもしれませんよ』と!」
オスカーがそんな暢気な事を言っている。
『王子は、我をなぜ挑発するのか』
理性的な声が小さく、塔上にだけ聴こえる風みたいに吹き抜けた。遠くに場違いに立ち上がるゴーレムが視えて、「なんでこんな時にそっちを見てしまうんだ」と自分自身に呆れながら微笑んだ。
ティーリーの声は、エリックが会わせてくれた時みたいにとても優しくて、お母様みたいな慕わしさを感じさせる温度だった。
この守護竜がエリックを愛しているという事実は、とてもよく知っていた。
溺愛しきっていて、なんでも言う事をきいてくれるから、エリックはいつも調子に乗って呼び出していて、その都度「エリックがそんなに気軽に呼びつけるたびに、呼ばない僕の立場が危うくなるんだけどわかってるのかな?」と思ったものだ。
しかし、ティーリーはどうも『王子』と呼んでくれて、加護がない事を隠してくれるようだった。
だから、安心したのだ。
「優しき白竜、ティーリー。貴方と僕を犠牲にした後、僕らの陣営のキングの邪魔になる者はいなくなり、彼は妖精と共存する『エンディング後の王国』で優しく賢き良き王となれるんじゃないかな。僕は、その未来を導きたい――」
夢見るように言えば、青い瞳が幻想的に煌めいている。
その瞳に今、エリックなしで自分だけが映っているという現実が不思議で、奇跡のようだった。
若干、机上の空論と現実との乖離で棋譜は拙くボロボロになってしまったけれど、『君の女王を釣りあげて、獲ってやったよ』と言ってやったら。
エリックは悔しがるかな? その顔が見れないのだけが、この戦術の欠点に思えてならない……。
夜空に、清らかな風が吹く。戦いの音が静まっていくと、ドキドキした。皆が見てる、どうなるかを見守っているんだ――そわそわと思った。
(レネンは生きてるかな?)
死んでたら、もしあの世というものがあるなら、そっちで謝ろうか。
――お前、僕に仕えることになって不運だったね、物凄く働かされて、でも報われなくて、とてもしんどい職場で、大変だったねって言ってやろうか。
『それは聞けぬ。我は、神々の箱庭を守らねばならぬゆえ。犠牲にするならば、其方だけになるだろう』
母のような声が、罪は秘したままに死刑を宣言してくれようとしたところ、視界に黒影が流星めいて天翔けるのが映った。
「――それも、ない!!」
ゴーレムの頭から高く跳躍して、黒いローブ姿の青年が長剣を両腕で天に掲げ。瞬きする暇もなく落ちて、落下の勢いのまま剣を振り下ろして、竜の背に突き立てた。剣閃は鮮やかで、およそ剣を扱う者はもちろん、扱わぬ者とて、その極まりし技巧を感じずにはいられなかった。
夜気に、恐ろしい悲鳴が響き渡る。
この時、人々は竜が悲鳴をあげる生き物だと言う事と、竜の血は紅いのだという事実を知った。
突き立てた剣を頓着なく引き抜き、勇者はすたりと塔の上に着地して、右肘を引き、剣の切っ先を突きの型にして構えてみせた。
風にふわりと黒いフードがほどけて、くすんだ緑色の髪が揺れた。眼差しは、悪戯小僧のようでもあり、くたびれた老人めいてもいて――人々が寒い夜に燈して囲むようなあたたかな瞳の色は、超然としていた。
「勇者ネヴァーフィール、これにあり!」
朗々とした声は、張りのある青年のもので、英雄物語のように周辺に響いた。
その声に誰もが『この青年は本物の勇者なのだ』と確信した。
青年には、そう感じさせるような神性めいた特別なオーラがあった。
「かつての盟友、白竜は魔王に洗脳されて暴走している! ゆえに、勇者がこれを討つ!」
魔王やら洗脳やらは出まかせで、盟友が単なる悪とならぬようにという勇者なりの慈悲であった。
「ファーリズの民よ、聞くがいい。いずれ、世界に魔王が現れる。ゆえに、俺は妖精王の封印を解く! 妖精王は人間との共存を目指すようにその性質を変えていて、その絶大な力をもってファーリズを守ってくれると言うからだ!」
勇者はそう言って、剣を天に掲げた。
光が眩く溢れて、幾重もの『呪術陣』を展開していく。
夜が真昼に染め替えられるような神々しい光が溢れた。
『ネヴァーフィール、裏切ったか……!!』
それは、竜にとって忌々しいとしか言いようのない事態だった。
「……俺の生徒だからさ。助けてやんなきゃ」
勇者はくしゃりと笑って、光の中かつての盟友に手を伸ばした。指先がかるく頬に触れる。小さな声で囁くのは、「俺は先生な気持ちになったものだが、お前はお母さんな気持ちになったんだなあ! ……わかるよ」と。長い付き合いの響きで、微笑ましく痛ましく、共感を捧げるのだ。
――そして、光の中から妖精王があらわれた。
何物にも染められぬような真っ白でふわふわとした長い髪を揺らし、神秘的な銀の瞳をして、傲岸不遜で恐れるものはなにもないといった風情の、青年の姿の『妖精王』が。
「せんせい、ありがと!」
声は青年のものになっていたが、相変わらず稚い風情でそう言って、『呪術陣』を紡ぐ。魔法をあわせ使いながら、効果を高めて。
『呪術陣』の中央に閉じ込められた白竜は逃れようとして、翼を上下に烈しく暴れさせた。首を荒々しく振った。
『だめだ、嫌だ……!』
逃れたいのだと、全身が訴えていた。
自分という存在が、あの繊細で不安定な子どもに必要なのだと叫んだ。
『我が守るのだ、我が傍にいてやらねばならぬのだ……!!』
その声が悲痛で、封印される瞬間まで人々は皆沈痛な表情で目を逸らすこともできず、日が経ってもその話を其処に居ない誰かに武勇伝語りする気すら起きなかったという。
――こうして、守護竜ティーリーは封印された。
「ところで、――」
「――サクリファイス、でしたか」
青年の声が低く笑って、そう言った。腕を掴み、少年の半身を塔の下に吊り下げて。
視界に星空が万華鏡めいて廻る――とても綺麗だと思ったのは、現実逃避かもしれない。
「っ、あ……!?」
呪術で強化でもしているのか、軽々と腕一本で。オスカーが塔の淵にクレイを吊り下げて、哂う。
「落として差し上げましょうか?」
星を背負うようにして、上で凶悪そうに口の端を持ち上げている。
「……」
足元を見下ろせば、高かった。地上が如何にも遠くて、「っうわ!」情けない声が出た。悪戯みたいに揺らされて、死を身近に感じられた。意地悪をされている――そう思った。ちょっと……いや、かなり。
――けれど、いいんじゃないだろうか?
ちょっと、いやかなり怖いのは本音だが、落として貰ったら一瞬で死ねるんじゃないかな?
正直、全身が生存本能めいた衝動でガタガタ情けなく震え切っていたけれど、クレイは頷いた。
「うん。……落として、構わない」
とても残念そうな気配が上から降って来て「……落とせ!」――叫べば、わざとらしい溜め息と共に、手が離された。
(あっ、ほんとに、落とすんだ)
ちょっとびっくりした自分が、自分でも意外だった。落とされて驚くということは、てっきり落とさないと思っていたというわけで。
――落ちていく。
景色が流れる。
夜に落ちていく。
全身が風に逆行するみたいで、千切れそうだと思った。
肝がきゅっと萎縮しきるような感覚で、重力を強く感じて、この勢いの烈しさの分だけ衝撃も大きくて、痛いのだと思われた。
下に地面がある。そこまでが一瞬だと言わんばかりの速度が――急に止まる。ふわり、と。救われる。
「『落とせ』ってなんです……!!」
受け止められた先は、例のゴーレムだった。ゴレ男くん、だったか。
召喚者の『お姫様』は、ちょっと必死な顔をしていた。
とても格好悪い事に、声なんて返す余裕がなかったけれど、なにやら大切そうに一生懸命にぎゅうっと抱きしめて貰う体温はとてもあたたかで、クレイは思わず「これで死ねたら綺麗なエンディングなんじゃないかな」など呟いて、思いっきりビンタされたのだった。
頬は痛かったが、生きている実感みたいなのがあって――「僕がエリックより先に君に出会ってたら、どうなってたかな」と思ったものだった。
――それでもやっぱり、エリックがこの子を見染めてしまって、取られてしまっただろうか?
なんだか、そんな気がしてならないのが、残念だった。
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