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11、三国同盟と魔王の時代
162、聖歌隊、混迷の夜照らす暖色に
しおりを挟む「友人であり主君の俺が忠実な臣下の見舞いに来たんだよ~、さー、通してもらおうね!」
アポイントも前触れもなくエリックが堂々と公爵家に押し入り、ずかずかと部屋まで進んでいく。後ろについていくネネツィカは「まあ、強引」と驚きつつも楽しく調子を合わせて扇を広げた。
「おーっほほほ! 観念するのですわ! 道をお通しなさぁい」
「それ悪役っぽい! あははっ」
無邪気に笑み交わし扉を開けて寝所まで踏み込めば、蓑虫のように寝具にくるまった少年が「僕は病気なんだよ、ほんとに迷惑だよ、帰ってよ」とモゾモゾしている。
部屋の入り口でお付きの呪術師と護衛がオロオロと引き止めようとして、エリックに回避された。
「あーっ困りますお客様、あーっ」
「集会に出かけるんだろ。このあと何時に出かけるの? 準備しなくて平気?」
あっさりと寝具を剥ぎ取ってエリックが友人の額に手を当てた。
「病気か~、熱はないねえ! どういう症状かな? 咳も出てないね!」
「あらあら、薄い本……」
「出かける支度するから出てってよ」
君たちは何しに来たんだ、と恨めしく睨むのでエリックは秘密の尻尾をまずチラリと見せた。
「フッ、……見てごらん、クレイ」
ゆらゆら、ぷらぷら。
尻尾が揺れる。
「なにそれ」
興味を惹かれたらしきクレイが尻尾を掴んで引っ張ったり
「いたい、イタイ」
「くっついてるの? 生えてる? 凄いな。どうやったらこれ生えるの?」
少年の目がキラキラしていたので、エリックは調子に乗って羽を広げた。室内に驚きの声があがる。
「羽もある! 実はね、俺はかくかくしかじかで魔王になったのさ!」
きらきらと自慢げにエリックがそれを語れば、少年はポカンとした顔で数秒固まって、そのままふらふらと倒れてしまった。
「あ、やっぱり卒倒した」
「殿下……」
出かける予定は大丈夫なのだろうか。そう心配しながらエリックは「それじゃ、お大事に!」と殺気の生まれ始めた公爵家から退散したのであった。
教会の鐘が鳴っている。
ちらつく白い雪は儚げで、冬の空気は乾燥していて、街角で誰かが手にもつホットココアの香りがした。足元でぺしゃりと柔らかな雪が踏まれて、その下でたくさん踏まれて硬さを増す氷めいた雪の層が体重を受け止める。
エリックとネネツィカは護衛を連れて、雪道をペタペタ歩く。
「ゆっくりね」
「ええ、滑りますからね」
人々が聖書とロザリオを手に集まり、揃いの隊服を纏った少年たちの聖歌隊が並んで声を響かせる。橙色と茶色の間みたいな色合いの教会空間はあったかい感じがした。
あどけない歌声が清らかに伸びる。高く、透き通るように音階をたどり、幾重にも声を重ねて厚みを増して。
華やかなステンドグラスの光の中で、集まる人々がその空間を満たす同じ歌を共に聞いて、共に拍手する。
混迷の世に光を懸命に見つめて、凍える冬に体温を寄り添わせる人々は、拍手する事でその生命の懸命さを主張するようだった。
ユージェニーとララカが手を繋いで現れて、ひときわ大きな喜びと期待の声があがる。
「ファーリズの聖女様!」
「クレストフォレスの妖精姫様!」
ファーリズの国内は、一部地域を除いて長く『妖精は入れない』と言われてきた。それが昨今では無くなったようで、妖精は身近な存在になりつつある。
人々にとって、他国のお姫様であり純血妖精のララカがファーリズの聖女と手を繋いで明るい笑顔を見せている姿は国同士、両種族同士の友好の象徴めいていて、ララカがちょっと気まぐれを起こして悪戯に魔法を使い聖歌隊の衣装を女の子のドレスに変えてしまっても、全然恐れることも怒ることもなかった。
――こんな魔法が使える妖精が、これからは友人なのだ。互いに互いを守る仲なのだ。それは頼もしく素敵な事ではないか!
ドレス姿の聖歌隊が笑いながら歌を紡ぎ、聖女と姫が可愛らしく歌声を添える。それは、人々に希望を思わせて、明るい夜明けを夢みせるショーのようなものだった。
「俺は、ユージェニーも好きなんだ。……って言ったら、君は嫉妬してくれる?」
エリックはそっと繋いだ手を揺らして囁いた。
「わたくしも、ユージェニーの事は好きですわ。とは言え――」
「そうだよね。君はそんな感じだ」
エリックはとろりと笑った。
「俺も、クレイの事は好きではあるんだ」
「――とは言え、わたくし、嫉妬もしますわよ」
チラリとネネツィカが視線を刺せば、エリックはちょっとびっくりしたような顔をした。
馬車が教会前を過ぎていく。家を示す紋章は、名門のもの。
「僕は一夫多妻制を廃止したいのです。おじいさま」
むすっとした顔で渡された名簿を暗記するクレイは、ダメ元で呟いた。
「このご時世だ」
祖父は短い声で事実を返した。
戦争に魔物、時折貴族同士の小競り合いと、人命の損なわれがちな時代である。
ならば貴き血筋を次世代に繋ぐために妃を増やす事は支持されても、減らせとはなるまい。
「現王家も第一王子に第三王子と、王子を二人も失っている……」
――シリル王子は見つかるだろうか。見つかったらどうなるだろうか。
クレイは忙しそうに世界を巡る『鮮血』を想った。
筆マメらしきあの騎士は、細々と自分の足取りや成果、見聞きしたことを手紙として届けてくれる。仮病も信じて心配してくれていた。
(そういえばシリル王子は、幼少時代は病弱だったのだっけ?)
やはり、変に重ねられていたりするのだろうか。
クレイは自分の前髪を軽く引っ張った。
その色は公爵家の祖父や父と同じで、シリルやエリックとは違うのだ。
(エリックがうまくやって懐かせていたらなあ。そっちの方が重ねやすい相手だろうに)
エリックはどうも、人材を放してしまいがちだ。オスカーとて、せっかくぴったりの主君で気にいると思ったのに逃げられてしまった。
(僕はあいつ、割と気に入っていたのにな)
国を出てからの消息はすっかり分からなくなってしまったので、こんな世の中だから何処かで魔物にやられてしまったり、戦争に巻き込まれて死んでしまったのかもしれない。
「浮かぬ顔ではないか」
そんなに集会が嫌なのか、と祖父が問う。
「友人が亡くなったので」
――たぶん。
ロザリオを引っ掴んでそうもっともらしく言ってやれば、祖父は軽く目を見開いてから「そうか」と痛ましそうな目をしてくれた。
「ゲームをする約束をしたと思ったのに、すっぽかして目の届かないところに行って、亡くなってしまった……」
――かもしれない。
寂しそうに呟けば、祖父は珍しく優しい手つきで頭を撫でて「集会は少し顔を出す程度で早めに退席して構わない」と言ってくれた。
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