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11、三国同盟と魔王の時代
167、落城、エインヘリア
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春の木々はあえかに花を散らし、外は激動の時代でも学院内は平穏な日常が過ぎて行った。毎日、学生たちは新聞を持ち寄って情勢の噂ばかりしていたけれど。お前たちには関係のない事だとばかりに、勉強、勉強、たまに遊んだり、誰かが喧嘩したり、仲直りしたり――あっという間に春学期は終わってしまった。
(そういえば学院の友人たちと学食でたむろする時間って、楽しかったなあ)
群れてる時はたまに「うざったいな」なんて思ったりもしたものだけど――エリックは遠い日を思い出しながらその夜も飛翔してネスリンに会いにいき、上空でぎくりと静止した。
眼下で、帝都が燃えていた。
大量の冒険者が、騎士鎧の小隊のような者たちに指揮されて、魔物を倒し、兵を押し、城を攻めていた。城は炎をあげていて、今にも落城せんとしている。そんな風に視えた。
「――ネスリン!!」
敵の名を呼び、エリックは強く羽を上下させ、空気を叩いて風を生む。羽ばたきと鼓動がシンクロするようで、呼吸が落ち着かなくなっていく。
「おお、王子か」
城の奥――玉座でネスリンが健在のまま、端然と座っていた。
「少し待て」
彼女の目の前には、青年外交官がいた。
「ああ」
エリックは息を吐いて存在感を薄め、その時間を見守った。煙が緩やかに確実に城内を浸している。熱気が凄い。炎が――迫る足音が、まだ遠い。
「ダスティンは――クレストフォレスに降ってはどうか?」
女帝はお使いを頼むみたいにそう言って、傅く臣下に別れを告げた。
「確か、あちらの外交官と親しいだろう。友を頼るといい――落ち着いたら、ここに戻るのも良い。お前は有能だから、何処ででも重用されるだろう」
それを望むのだと微笑んで、女帝は「では、行け」と命令した。
青年はそんな女帝に恭しく礼をして、走って行った。遠ざかる足音と共に爆破音が響いて、建物が崩れる音と衝撃が続いた。
「逃れるついでにここに繋がる通路を一本塞いでいったのかな。余が外の者の手にかかる最期は望まぬらしい」
ネスリンは高揚するように頬を染めて、剣を取った。
「では王子、やろうか」
「そうだね」
外ではどれほどの血が流れて、建物はどれだけ燃えているのだろう。煙が充満する中、剣戟の音が美しく心を揺さぶる高い悲鳴みたいな音を連ねていた。
「余は、先代の末の娘であった。赤子の頃に母と同母の兄は暗殺され、最小限の侍従があてがわれては死んでいった。補充されるたび、どうせこいつもすぐ死ぬのだなと思ったものだ。他の兄弟姉妹には、余が一番無力で、ネスリンは容易く殺せると言われ続けて――だが、育った。戦った。抗った。負けなかった。勝ってきた」
踏み込みの音が苛烈で、ここは地上なのだと思った。足がしっかりと勢い付いて、前に剣を振るう力になる。
「俺は、王位から遠かったから――つまらなくも平凡な日々で、それは恵まれてたけど物足りなくて、不満だったよ」
両腕を大きく振り上げて、袈裟に斬りおろす。体重と勢いを乗せれば、斬線は地上に銀の月を招いたように鮮やかで、翼を断つ手応えと苦痛の声が胸に重い現実を知らしめた。
「負けるものかと思った! 虫ケラのように潰されて終わりの人生など、ごめんだと思ったわ!」
激痛を吐き出すような、硝子が響かれたような声をこぼしながら女帝が全身を独楽のように回転させて剣を薙ぎ払う。血花が咲けば、壮絶な笑みが返り血に美しく愉楽を表した。片腕から半身を負傷の証に濡らしたエリックは、強気に笑みを返した。
「俺の友人などはそこで『僕は潰されて終わります』と言って自害を選ぶ」
「ははっ!」
一閃、赤い光を反射して。
がつりと体当たりする様にぶつかり合う。
「臣下は、どれも個性的な連中ばかりで、騒がしかったな。ヘルマンはなかなか死なないし……あいつは本当にしぶとい」
ネスリンは楽しそうに笑った。刃同士弾きあい、離れて、渾身をこめてまたぶつけ合う。
「余は、それで――それなりに楽しい連中に囲まれて、愉快であった」
血濡れた女帝は荒い息の下そう言って、握力のあやしい手に力を込めて剣を握りなおし――握りなおそうとして。
「そうかい。そりゃなにより――」
低い声が間近に割り込んで、古めかしい全身騎士鎧の男が剣をすぱりと抜き放ち、空間に滑らせた。
ただ、一撃。
抜き、自然な軌道で遊ばせたという風情の剣閃、黑鋼の紫電一閃。
それが、いとも呆気なくネスリンの命を絶命に導いた。
「これが『覇者の指輪』か」
騎士兜の奥で青年の声がそう言って、ネスリンの指にあった指輪を高く翳し、獲得を宣言した。
エリックはエインヘリアの習わしを思い出した。強い者が次の皇帝になる――そんなエインヘリアでは、皇帝が常に身につける『覇者の指輪』を奪い指に嵌める事で新たな皇帝を名乗る資格を得るのだ。それが例えどのような身の上であっても、一切その国の血を持たぬ他国の者であっても。
配下と思しき騎士たち、冒険者たちが続々と玉座の間に入ってくる。いずれも煌びやかな名剣、名刀、妖刀の類を引っ提げて。
「魔王――女帝ネスリンは、この『騎士王』が討ち取った!!」
『騎士王』が勇ましく勝どきをあげると、配下たちが歓声をあげた。
「エインヘリアの皇帝の座は、この『騎士王』が戴いたぞ!!」
エリックは翼を隠し、透明化を呪術で身を潜めて、それを見ていた。漁夫の利を獲った男はエリックが異形の身で女帝と闘っていたことも、女帝が討ち取られてから慌てて身を隠したことも承知しているように思われたが、エリックなど存在しないように戦後処理を指示して、混乱を収めた。
――その日、エインヘリアは国のトップを女帝ネスリンから英雄『騎士王』へと変えたのだった。
(そういえば学院の友人たちと学食でたむろする時間って、楽しかったなあ)
群れてる時はたまに「うざったいな」なんて思ったりもしたものだけど――エリックは遠い日を思い出しながらその夜も飛翔してネスリンに会いにいき、上空でぎくりと静止した。
眼下で、帝都が燃えていた。
大量の冒険者が、騎士鎧の小隊のような者たちに指揮されて、魔物を倒し、兵を押し、城を攻めていた。城は炎をあげていて、今にも落城せんとしている。そんな風に視えた。
「――ネスリン!!」
敵の名を呼び、エリックは強く羽を上下させ、空気を叩いて風を生む。羽ばたきと鼓動がシンクロするようで、呼吸が落ち着かなくなっていく。
「おお、王子か」
城の奥――玉座でネスリンが健在のまま、端然と座っていた。
「少し待て」
彼女の目の前には、青年外交官がいた。
「ああ」
エリックは息を吐いて存在感を薄め、その時間を見守った。煙が緩やかに確実に城内を浸している。熱気が凄い。炎が――迫る足音が、まだ遠い。
「ダスティンは――クレストフォレスに降ってはどうか?」
女帝はお使いを頼むみたいにそう言って、傅く臣下に別れを告げた。
「確か、あちらの外交官と親しいだろう。友を頼るといい――落ち着いたら、ここに戻るのも良い。お前は有能だから、何処ででも重用されるだろう」
それを望むのだと微笑んで、女帝は「では、行け」と命令した。
青年はそんな女帝に恭しく礼をして、走って行った。遠ざかる足音と共に爆破音が響いて、建物が崩れる音と衝撃が続いた。
「逃れるついでにここに繋がる通路を一本塞いでいったのかな。余が外の者の手にかかる最期は望まぬらしい」
ネスリンは高揚するように頬を染めて、剣を取った。
「では王子、やろうか」
「そうだね」
外ではどれほどの血が流れて、建物はどれだけ燃えているのだろう。煙が充満する中、剣戟の音が美しく心を揺さぶる高い悲鳴みたいな音を連ねていた。
「余は、先代の末の娘であった。赤子の頃に母と同母の兄は暗殺され、最小限の侍従があてがわれては死んでいった。補充されるたび、どうせこいつもすぐ死ぬのだなと思ったものだ。他の兄弟姉妹には、余が一番無力で、ネスリンは容易く殺せると言われ続けて――だが、育った。戦った。抗った。負けなかった。勝ってきた」
踏み込みの音が苛烈で、ここは地上なのだと思った。足がしっかりと勢い付いて、前に剣を振るう力になる。
「俺は、王位から遠かったから――つまらなくも平凡な日々で、それは恵まれてたけど物足りなくて、不満だったよ」
両腕を大きく振り上げて、袈裟に斬りおろす。体重と勢いを乗せれば、斬線は地上に銀の月を招いたように鮮やかで、翼を断つ手応えと苦痛の声が胸に重い現実を知らしめた。
「負けるものかと思った! 虫ケラのように潰されて終わりの人生など、ごめんだと思ったわ!」
激痛を吐き出すような、硝子が響かれたような声をこぼしながら女帝が全身を独楽のように回転させて剣を薙ぎ払う。血花が咲けば、壮絶な笑みが返り血に美しく愉楽を表した。片腕から半身を負傷の証に濡らしたエリックは、強気に笑みを返した。
「俺の友人などはそこで『僕は潰されて終わります』と言って自害を選ぶ」
「ははっ!」
一閃、赤い光を反射して。
がつりと体当たりする様にぶつかり合う。
「臣下は、どれも個性的な連中ばかりで、騒がしかったな。ヘルマンはなかなか死なないし……あいつは本当にしぶとい」
ネスリンは楽しそうに笑った。刃同士弾きあい、離れて、渾身をこめてまたぶつけ合う。
「余は、それで――それなりに楽しい連中に囲まれて、愉快であった」
血濡れた女帝は荒い息の下そう言って、握力のあやしい手に力を込めて剣を握りなおし――握りなおそうとして。
「そうかい。そりゃなにより――」
低い声が間近に割り込んで、古めかしい全身騎士鎧の男が剣をすぱりと抜き放ち、空間に滑らせた。
ただ、一撃。
抜き、自然な軌道で遊ばせたという風情の剣閃、黑鋼の紫電一閃。
それが、いとも呆気なくネスリンの命を絶命に導いた。
「これが『覇者の指輪』か」
騎士兜の奥で青年の声がそう言って、ネスリンの指にあった指輪を高く翳し、獲得を宣言した。
エリックはエインヘリアの習わしを思い出した。強い者が次の皇帝になる――そんなエインヘリアでは、皇帝が常に身につける『覇者の指輪』を奪い指に嵌める事で新たな皇帝を名乗る資格を得るのだ。それが例えどのような身の上であっても、一切その国の血を持たぬ他国の者であっても。
配下と思しき騎士たち、冒険者たちが続々と玉座の間に入ってくる。いずれも煌びやかな名剣、名刀、妖刀の類を引っ提げて。
「魔王――女帝ネスリンは、この『騎士王』が討ち取った!!」
『騎士王』が勇ましく勝どきをあげると、配下たちが歓声をあげた。
「エインヘリアの皇帝の座は、この『騎士王』が戴いたぞ!!」
エリックは翼を隠し、透明化を呪術で身を潜めて、それを見ていた。漁夫の利を獲った男はエリックが異形の身で女帝と闘っていたことも、女帝が討ち取られてから慌てて身を隠したことも承知しているように思われたが、エリックなど存在しないように戦後処理を指示して、混乱を収めた。
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