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11、三国同盟と魔王の時代
168、シュテルンツエレ、『友好の証』とやら
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魔王と目されていた女帝ネスリンが誅罰され、エインヘリアの皇帝が変わったというニュースは大陸中を駆け巡った。魔王が討伐されたという報せにあわせて魔物はすっかり出なくなったので、民衆は『騎士王』を魔王討伐の英雄、救世の英傑と呼んで褒め称えた。戦禍の爪痕深きエインヘリアは数か月かけて尚戦後処理に追われている――その程度の情報しか民間にあまり入ってこないが、クレストフォレスとの縁があった事もあり三国同盟との講和はスムーズに進んでいるようだった。
エリックは青白い顔で胃の辺りを摩る父王に人前で翼や尻尾を出さぬよう言い含められた上で『魔王が討伐されて王子の呪いが解けた』と発表をしてもらい、幽閉を解除された。そして、学院に再び顔を出すようになり、「日常っていいよね」と少し大人びた笑顔を見せるようになっていた。
リーン砦のクレイはそのまま安穏とした追放生活を続けるものかと思っていたが。
「僕は今度はエインヘリアに行くらしい」
帝都シュテルンツエレにお引越しだ、と笑って荷を纏めれば、慣れた様子で歩兵たちもついてくる。リーン砦であれこれと薬剤を活用して過ごすうちに『薬屋』という二つ名がついたテオドールは――本人は「こんな二つ名がついてもなんだと言うのか……」とぼやいていたが――首をかしげた。
「エインヘリアで自由にしていいんですかい?」
クレイは少し困り顔で首を振った。
「自由ではないらしい――ええと……名目は、『友好の証』?」
エインヘリアが戦後の講和協定を他国と調整するにあたって、貴重な竜の加護持ち王族を大使として城に招いて滞在頂き、友好の証にしたいなどと言い出したらしく、ファーリズ側は加護はもうないとは言わず、どうぞどうぞと不要なカードを差し出したわけだ。一応あちらからも交換するように人材を派遣するらしいが。
「坊ちゃん、これは人質というんですよ。国外逃亡しましょう」
レネンがそう言って憤慨している。
「しかし、明らかに武人ではない文官派閥貴族の僕が国境の砦で暇つぶしするのと他国との外交カードになるのとでは、やはり後者のほうが世間の印象的にましに映るのではないかな。お爺さまも外務系だったことだし」
ともあれ、拒否権などあるはずもなかった。
浮草がふらふらと流されるが如く一行はエインヘリアへと招聘され――レネンなどは『連行されてるんです』と言っていたが――復興中の帝都は焼け跡がまだ残っていて生々しく、城も一部が焼け崩れたままだったり、たまに旧臣が暴れていたり、と落ち着かない様子で、「この国は大丈夫なんですかね」とアドルフが呟くほど。
「『騎士王』は武人だから、なあ」
強いという噂はあるものの、政治はわかるのか、礼節を心得ているのか、人となりは――いろいろと不安な要素はある。
かような有様だから、懐事情も苦しく国賓をもてなす余裕もないに違いない。さぞ窮屈で居心地の悪い生活となるのだろう、と思って見れば、案内されたのは小さな城めいた雅やかな風情のある新造の離宮で、意外と住み心地は良さそうだった。少なくとも、砦よりは余程佳い。
「ふうむ。『友好の証』である僕は、ファーリズとエインヘリアが喧嘩をしない限りは、此処でのらくらと過ごしていればいいわけだ」
少年は面白そうに呟いた。
「少なくとも、故国の王都で派閥貴族に囲まれて野心を疑われながら道楽貴族するよりは良いのではないだろうか――どうなのだろう?」
数日様子を見たが、基本的に何かを求められる事はなく一行は単に持て成されるだけのようだった。不自由はないが、空気のような存在感で、軽く放置されていた。レネンなどは「挨拶もないんですね」と憤慨していたが、単に国の立て直しが大変で、構う余裕もないのかもしれないと言えばそれは確かにと返してしまうような外のごたつき具合で、爆発音が響いたり怒号が遠くで聞こえたり、街で火の手があがったりと、なんとも物騒な帝都であった。
新しい住居には、『鮮血』から引き続き身を案じる様子の手紙が届いていた。細々と身辺について語る文の中には控え目ながら『シリル殿下は生きておられるのでしょうか』と不安が綴られていて、クレイは少しだけ返事の文面に思い悩んだけれど、幸い時間はたっぷりあったので、『貴方の気持ちがわかる最近です。愚痴ではありませんが、飼い殺しってこんな気分かな、みたいな』とか『僕の友人も行方不明で生死も定かではないので、シリル殿下を案ずるお気持ちが自分の事のように感じられます』とか、それらしく友人味があって青年が気に入りそうな手紙をしたためることができた。そして、出来栄えに満足しながら浮いた時間でピアノでもと席を立つ――他愛もない、穏やかな日常って感じの昼下がりだ。
すると、そこに風が吹き込むような音が聴覚を騒がせて、レネンが何かを叫んで――窓から飛び込んだのか、異形のエリックがぽとりと落ちてきてふかふかの絨毯の上に泥を付けた。
「遊びに来たよ」
頬に泥をつけたエリックはそう言って、尻尾を振って綺麗な室内を見渡し、「あ、絨毯汚しちゃった。ごめん」と笑ったのだった。
「それ、まだ治らないの? 治らないままで平気なものなの? ティーリーなら治せるものなのかな?」
便利そうだけど、と呟いて首をかしげ、そういえば異母妹が手紙をよこしていた、と思い出しながら――クレイは意趣返しめいて微笑んだ。
「ハーブティーを淹れてあげようか? 僕にお茶を淹れてもらう機会なんて早々ないよ」
城は身内しかいない広々とした空間で、会話を変に飾る必要もないように思われた。
(だって僕、もう実質追放された捨て駒みたいなものだし)
万に一つもエリックを脅かす存在では、もはや無いのだ。誰も担ぎ上げる者もいなくなって、簒奪のしようもない。唆す者も誘惑する者もいない。
――そう思えば国内にいた時よりも不思議と気安く、安心できて、気持ちが和やかに話せる気がして、なんだか幸せだった。
エリックは青白い顔で胃の辺りを摩る父王に人前で翼や尻尾を出さぬよう言い含められた上で『魔王が討伐されて王子の呪いが解けた』と発表をしてもらい、幽閉を解除された。そして、学院に再び顔を出すようになり、「日常っていいよね」と少し大人びた笑顔を見せるようになっていた。
リーン砦のクレイはそのまま安穏とした追放生活を続けるものかと思っていたが。
「僕は今度はエインヘリアに行くらしい」
帝都シュテルンツエレにお引越しだ、と笑って荷を纏めれば、慣れた様子で歩兵たちもついてくる。リーン砦であれこれと薬剤を活用して過ごすうちに『薬屋』という二つ名がついたテオドールは――本人は「こんな二つ名がついてもなんだと言うのか……」とぼやいていたが――首をかしげた。
「エインヘリアで自由にしていいんですかい?」
クレイは少し困り顔で首を振った。
「自由ではないらしい――ええと……名目は、『友好の証』?」
エインヘリアが戦後の講和協定を他国と調整するにあたって、貴重な竜の加護持ち王族を大使として城に招いて滞在頂き、友好の証にしたいなどと言い出したらしく、ファーリズ側は加護はもうないとは言わず、どうぞどうぞと不要なカードを差し出したわけだ。一応あちらからも交換するように人材を派遣するらしいが。
「坊ちゃん、これは人質というんですよ。国外逃亡しましょう」
レネンがそう言って憤慨している。
「しかし、明らかに武人ではない文官派閥貴族の僕が国境の砦で暇つぶしするのと他国との外交カードになるのとでは、やはり後者のほうが世間の印象的にましに映るのではないかな。お爺さまも外務系だったことだし」
ともあれ、拒否権などあるはずもなかった。
浮草がふらふらと流されるが如く一行はエインヘリアへと招聘され――レネンなどは『連行されてるんです』と言っていたが――復興中の帝都は焼け跡がまだ残っていて生々しく、城も一部が焼け崩れたままだったり、たまに旧臣が暴れていたり、と落ち着かない様子で、「この国は大丈夫なんですかね」とアドルフが呟くほど。
「『騎士王』は武人だから、なあ」
強いという噂はあるものの、政治はわかるのか、礼節を心得ているのか、人となりは――いろいろと不安な要素はある。
かような有様だから、懐事情も苦しく国賓をもてなす余裕もないに違いない。さぞ窮屈で居心地の悪い生活となるのだろう、と思って見れば、案内されたのは小さな城めいた雅やかな風情のある新造の離宮で、意外と住み心地は良さそうだった。少なくとも、砦よりは余程佳い。
「ふうむ。『友好の証』である僕は、ファーリズとエインヘリアが喧嘩をしない限りは、此処でのらくらと過ごしていればいいわけだ」
少年は面白そうに呟いた。
「少なくとも、故国の王都で派閥貴族に囲まれて野心を疑われながら道楽貴族するよりは良いのではないだろうか――どうなのだろう?」
数日様子を見たが、基本的に何かを求められる事はなく一行は単に持て成されるだけのようだった。不自由はないが、空気のような存在感で、軽く放置されていた。レネンなどは「挨拶もないんですね」と憤慨していたが、単に国の立て直しが大変で、構う余裕もないのかもしれないと言えばそれは確かにと返してしまうような外のごたつき具合で、爆発音が響いたり怒号が遠くで聞こえたり、街で火の手があがったりと、なんとも物騒な帝都であった。
新しい住居には、『鮮血』から引き続き身を案じる様子の手紙が届いていた。細々と身辺について語る文の中には控え目ながら『シリル殿下は生きておられるのでしょうか』と不安が綴られていて、クレイは少しだけ返事の文面に思い悩んだけれど、幸い時間はたっぷりあったので、『貴方の気持ちがわかる最近です。愚痴ではありませんが、飼い殺しってこんな気分かな、みたいな』とか『僕の友人も行方不明で生死も定かではないので、シリル殿下を案ずるお気持ちが自分の事のように感じられます』とか、それらしく友人味があって青年が気に入りそうな手紙をしたためることができた。そして、出来栄えに満足しながら浮いた時間でピアノでもと席を立つ――他愛もない、穏やかな日常って感じの昼下がりだ。
すると、そこに風が吹き込むような音が聴覚を騒がせて、レネンが何かを叫んで――窓から飛び込んだのか、異形のエリックがぽとりと落ちてきてふかふかの絨毯の上に泥を付けた。
「遊びに来たよ」
頬に泥をつけたエリックはそう言って、尻尾を振って綺麗な室内を見渡し、「あ、絨毯汚しちゃった。ごめん」と笑ったのだった。
「それ、まだ治らないの? 治らないままで平気なものなの? ティーリーなら治せるものなのかな?」
便利そうだけど、と呟いて首をかしげ、そういえば異母妹が手紙をよこしていた、と思い出しながら――クレイは意趣返しめいて微笑んだ。
「ハーブティーを淹れてあげようか? 僕にお茶を淹れてもらう機会なんて早々ないよ」
城は身内しかいない広々とした空間で、会話を変に飾る必要もないように思われた。
(だって僕、もう実質追放された捨て駒みたいなものだし)
万に一つもエリックを脅かす存在では、もはや無いのだ。誰も担ぎ上げる者もいなくなって、簒奪のしようもない。唆す者も誘惑する者もいない。
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