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11、三国同盟と魔王の時代
171、歩く紛争の種とミハイ皇子と『成り上がり』
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夏の長期休暇中、ファーリズの王立学院は日々学生たちでひしめいていた。
歴史教師のエイヴン・フィーリーなどは汗でベタつく前髪をかき分けて、その群れにうんざりしたものだ。
「まるで歩く紛争の種状態じゃないか」
噂を聞きつけて早朝に覗きに来たネネツィカは、ベスとコーデリアが「こちらですわ」と手招きするベンチに腰掛けてそれを見た。
リーン砦や他国へと住処を転々として長く休学してそのまま退学するかと思われていた公爵令息が幻想馬車からひょこりと降りてくる姿を。
幽閉解除された第二王子が当然みたいに手を上げて笑いかけ、つるりと無視されて――気にした様子もなく後をついていく。校舎に進むうち、少しずつ学生たちが声をかけて周りに集まっていく。
(意外にも僕は学院に居ても良いらしい)
最初に登校した時は石でも飛んでこないかと怖かったものだが、とクレイはホクホクと鞄を抱えて歩き、話しかけてくるエリックをガン無視し続けた。
「補講受けて足りない単位補うんだって」
「さっきの馬車に乗って送り出してたの『騎士王』らしいよ」
「機嫌損ねたらエインヘリアが攻めて来るかも」
そんな声が聞こえれば、なにやら面白かった。
(僕は故国に排除されようとして、元敵国に守られているみたい……)
『騎士王』はファーリズから文句を言われても断固として譲らずにこの通学を保持してくれて、送り迎えにもたまにだけど自ら同乗して姿をアピールし、「いじめたら戦争しますよ」みたいな保護者感溢れるオーラを発してくれるのだ。それがなんとも気持ちが良いものだから、クレイはとても機嫌がよかった。
(エインヘリアは血統より能力な国だから、僕は将来故国を捨てて『騎士王』の幕僚を目指すのも良いかもしれない。だめかなあ?)
『鮮血』も誘って、一緒にファーリズを攻めるんだ。こんな国滅ぼしてしまおうって――。
そこまで考えて、クレイは自分の正気を疑った。
――なんでそんな事考えちゃうんだ!?
少し前なら、あり得ない考えなのに。
少年がふるふると頭を振り、気を取り直したようにまた歩き出す。エリックはめげずににこにこと会話をひとりで続けていた。
「ごきげんよう!」
ヘレナがぱたぱたとやってきて、「ネネツィカも見学しにきたのね」と微笑んだ。
「エインヘリアと学院が幻想馬車で繋がっているのって、大丈夫なんです?」
思わず首を傾げると、ヘレナも頷いて「危険だよね?」と眉を下げた。
「新聞でも幻想馬車の危険性は話題になってるよ。外交問題にもなってる」
「なりますよね」
ベスは頷きつつも、夏休み中の労働体験の時間だと告げて頭を下げた。
「ごきげんよう。また明日ですわ。……エインヘリアは怖いですけど、また明日も見に来ますわ」
「私も」
コーデリアも頷いた。
「やはり、同級生の退学は寂しいですもの」
「ええ、ええ。ここでいつもの友人を見るとどんな世界情勢でも日常を感じて、安心しますの」
「わかるわ」
微笑みを交わして、ネネツィカはヘレナと一緒に「わたくしたちも参りますか」と立ち上がった。
エリックやクレイが補講を受ける中、二人は夏休み中に体験学習として街中の妖精猫カフェでスタッフのバイトを体験中なのだ。
妖精猫カフェはレトロ可愛いデザインの看板がぷらぷらと風に揺れるおしゃれなお店で、中に入るといろんな匂いが混ざったようなあったかいにおいがする。のびのびと過ごす怠惰なる猫たちがいて、妖精たちがそれを世話したり自分たちもごろごろと寝そべって憩の時間を過ごしている。
壁は角をクッション素材で守っていて、本棚にはいろいろな本もある。簡単な料理やドリンクも注文できて、明るい色のソファには本やドリンクを手に妖精や猫と過ごす時間に癒される客の姿もあった。
全体的に客のマナーが良いのは、おいたをすると妖精が怒ってお仕置きされてしまうからだ。妖精に『お客様は神様』なんて通用しない――。
カラン、と入店を知らせる鐘が鳴り、また一人お客様がやってくる。
お揃いの制服エプロンを身につけたネネツィカとヘレナは、声を揃えて「いらっしゃいませ」と挨拶をしてから息を呑んだ。
そこにいたのは、金髪に緑目のおちびさんな少年――留学生でもあるアイザール皇子のミハイ・フロレスクと、褐色肌に肩ほどの長さの橙みのある金髪を靡かせた保護者然とした顔の『成り上がり』グリエルモだったので。
「おおお……おとうと」
ヘレナが慌てて店の奥に隠れる。
「ごめんね、あの人たちが帰るまで隠れてていいかしら」
ネネツィカは親友の事情――元お姫様、というのを知っていたので、そぉっと頷いて接客に向かった。
(一緒にいる人って有名人なのでは。迎賓館で惚気てた……)
アイザール語を習ってはいるものの、ネイティヴの会話はほとんど聞き取れない。
「いらっしゃいませー」
開き直ってファーリズ言葉で挨拶すれば、グリエルモが訛りのあるファーリズ語で「猫かーええな。ミハイ『で』遊ばせてもおーけー?」と何やら気さくなおじさま風に明るく笑ってくれるので、ネネツィカは緊張を解いた。
「ええ、どうぞ」
(ミハイ様で遊ばせる……ふふ、ミハイ様に遊ばせる、と仰りたいのですわね)
「よーしいけミハイ」
グリエルモおじさまはニカっと笑ってミハイ皇子を猫の群れの真ん中に押し倒し、猫の餌を上からぶっかけた。
「ワー、ニャオ、くる……?」
「来る!」
ミハイ皇子はワクワクと大人しく仰向けに倒れて餌まみれになっている。
「にゃあ~」
「みゃー」
猫たちが少しずつ集まって、餌に集ってくる。
「動くなよ、騒ぐのもダメだぞ、ネコチャン逃げるからな」
グリエルモはソファに落ち着いて珈琲を頼みつつ、猫に群がられる皇子をニヤニヤと鑑賞していた。
「あは、ニャオおぱい」
「いっぱいな」
「ニャオいぱい」
妖精たちはそんな二人を見て「まあセーフかな?」みたいな顔でふわふわ浮いている。
ミハイがそれを見て何かをアイザール語で呟いて、グリエルモがウンウンと頷く。
ネネツィカの耳には、妖精王とかリアとか弓とか、マジェスとかの断片的な単語が聞こえたのだった。
歴史教師のエイヴン・フィーリーなどは汗でベタつく前髪をかき分けて、その群れにうんざりしたものだ。
「まるで歩く紛争の種状態じゃないか」
噂を聞きつけて早朝に覗きに来たネネツィカは、ベスとコーデリアが「こちらですわ」と手招きするベンチに腰掛けてそれを見た。
リーン砦や他国へと住処を転々として長く休学してそのまま退学するかと思われていた公爵令息が幻想馬車からひょこりと降りてくる姿を。
幽閉解除された第二王子が当然みたいに手を上げて笑いかけ、つるりと無視されて――気にした様子もなく後をついていく。校舎に進むうち、少しずつ学生たちが声をかけて周りに集まっていく。
(意外にも僕は学院に居ても良いらしい)
最初に登校した時は石でも飛んでこないかと怖かったものだが、とクレイはホクホクと鞄を抱えて歩き、話しかけてくるエリックをガン無視し続けた。
「補講受けて足りない単位補うんだって」
「さっきの馬車に乗って送り出してたの『騎士王』らしいよ」
「機嫌損ねたらエインヘリアが攻めて来るかも」
そんな声が聞こえれば、なにやら面白かった。
(僕は故国に排除されようとして、元敵国に守られているみたい……)
『騎士王』はファーリズから文句を言われても断固として譲らずにこの通学を保持してくれて、送り迎えにもたまにだけど自ら同乗して姿をアピールし、「いじめたら戦争しますよ」みたいな保護者感溢れるオーラを発してくれるのだ。それがなんとも気持ちが良いものだから、クレイはとても機嫌がよかった。
(エインヘリアは血統より能力な国だから、僕は将来故国を捨てて『騎士王』の幕僚を目指すのも良いかもしれない。だめかなあ?)
『鮮血』も誘って、一緒にファーリズを攻めるんだ。こんな国滅ぼしてしまおうって――。
そこまで考えて、クレイは自分の正気を疑った。
――なんでそんな事考えちゃうんだ!?
少し前なら、あり得ない考えなのに。
少年がふるふると頭を振り、気を取り直したようにまた歩き出す。エリックはめげずににこにこと会話をひとりで続けていた。
「ごきげんよう!」
ヘレナがぱたぱたとやってきて、「ネネツィカも見学しにきたのね」と微笑んだ。
「エインヘリアと学院が幻想馬車で繋がっているのって、大丈夫なんです?」
思わず首を傾げると、ヘレナも頷いて「危険だよね?」と眉を下げた。
「新聞でも幻想馬車の危険性は話題になってるよ。外交問題にもなってる」
「なりますよね」
ベスは頷きつつも、夏休み中の労働体験の時間だと告げて頭を下げた。
「ごきげんよう。また明日ですわ。……エインヘリアは怖いですけど、また明日も見に来ますわ」
「私も」
コーデリアも頷いた。
「やはり、同級生の退学は寂しいですもの」
「ええ、ええ。ここでいつもの友人を見るとどんな世界情勢でも日常を感じて、安心しますの」
「わかるわ」
微笑みを交わして、ネネツィカはヘレナと一緒に「わたくしたちも参りますか」と立ち上がった。
エリックやクレイが補講を受ける中、二人は夏休み中に体験学習として街中の妖精猫カフェでスタッフのバイトを体験中なのだ。
妖精猫カフェはレトロ可愛いデザインの看板がぷらぷらと風に揺れるおしゃれなお店で、中に入るといろんな匂いが混ざったようなあったかいにおいがする。のびのびと過ごす怠惰なる猫たちがいて、妖精たちがそれを世話したり自分たちもごろごろと寝そべって憩の時間を過ごしている。
壁は角をクッション素材で守っていて、本棚にはいろいろな本もある。簡単な料理やドリンクも注文できて、明るい色のソファには本やドリンクを手に妖精や猫と過ごす時間に癒される客の姿もあった。
全体的に客のマナーが良いのは、おいたをすると妖精が怒ってお仕置きされてしまうからだ。妖精に『お客様は神様』なんて通用しない――。
カラン、と入店を知らせる鐘が鳴り、また一人お客様がやってくる。
お揃いの制服エプロンを身につけたネネツィカとヘレナは、声を揃えて「いらっしゃいませ」と挨拶をしてから息を呑んだ。
そこにいたのは、金髪に緑目のおちびさんな少年――留学生でもあるアイザール皇子のミハイ・フロレスクと、褐色肌に肩ほどの長さの橙みのある金髪を靡かせた保護者然とした顔の『成り上がり』グリエルモだったので。
「おおお……おとうと」
ヘレナが慌てて店の奥に隠れる。
「ごめんね、あの人たちが帰るまで隠れてていいかしら」
ネネツィカは親友の事情――元お姫様、というのを知っていたので、そぉっと頷いて接客に向かった。
(一緒にいる人って有名人なのでは。迎賓館で惚気てた……)
アイザール語を習ってはいるものの、ネイティヴの会話はほとんど聞き取れない。
「いらっしゃいませー」
開き直ってファーリズ言葉で挨拶すれば、グリエルモが訛りのあるファーリズ語で「猫かーええな。ミハイ『で』遊ばせてもおーけー?」と何やら気さくなおじさま風に明るく笑ってくれるので、ネネツィカは緊張を解いた。
「ええ、どうぞ」
(ミハイ様で遊ばせる……ふふ、ミハイ様に遊ばせる、と仰りたいのですわね)
「よーしいけミハイ」
グリエルモおじさまはニカっと笑ってミハイ皇子を猫の群れの真ん中に押し倒し、猫の餌を上からぶっかけた。
「ワー、ニャオ、くる……?」
「来る!」
ミハイ皇子はワクワクと大人しく仰向けに倒れて餌まみれになっている。
「にゃあ~」
「みゃー」
猫たちが少しずつ集まって、餌に集ってくる。
「動くなよ、騒ぐのもダメだぞ、ネコチャン逃げるからな」
グリエルモはソファに落ち着いて珈琲を頼みつつ、猫に群がられる皇子をニヤニヤと鑑賞していた。
「あは、ニャオおぱい」
「いっぱいな」
「ニャオいぱい」
妖精たちはそんな二人を見て「まあセーフかな?」みたいな顔でふわふわ浮いている。
ミハイがそれを見て何かをアイザール語で呟いて、グリエルモがウンウンと頷く。
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