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11、三国同盟と魔王の時代
176 、謙虚堅実なる傍観者と新生魔王軍とやら
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空気は少し湿気っていて、あたたかい。
アイザールの皇族が卓を囲み、家族の再会を喜んでいる。現地で用意されたドレスに身を包んだヘレナは、なるほど美しく可憐なお姫様だ。頭に小さなティアラまでつけて――そのように装いでここにいるのが当たり前、といった雰囲気で馴染んでいる。
一方のネネツィカといえば、完全に部外者のお客さまであった。フィニックスやグリエルモはシリルの所に留まったので、もはやたった一人の部外者状態である。
同席のネクシがあれこれと気を遣った様子で話しかけてくれるのが救いだろうか。
「いと聡明なる麗しの北の妖精におかれましては、魔王なる存在をいかがお考えでしょうか?」
ネクシは盲目なのか、両目が常に閉じられている。しかし、不自由さを感じさせない自然な所作でナイフやフォークを扱い、ドレスや装飾品も具体的に褒めてくれたので、視えているのかもしれない。不思議な人だった。
肌色はアイザールにはありふれた褐色の色で、髪色は銀。グリエルモと揃いのリボンでそれをうなじのあたりで結えて「私達は友人なのですよ」と言うものだから、うっかり口元が淑女らしからぬ緩みっぷりを披露してしまいそうになる。
しかも、迎賓館で暗殺を防ぎまくったのをきっかけに「この令嬢、ただものではない」的な認識をされたらしく、色々と考えを問われるのだ。怖い。
「まあ、わたくしの考えだなんて……。わたくし、確かに魔法が使えて、幼少の頃にはお勉強もできる天才とよく言われて育ったものですが……」
ネネツィカは謙虚な風情でまつ毛を伏せて、「わたくしむずかしいことわかんなぁい」といったオーラを出した。
「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人、とはよく言ったもの、……わたくしの『神童』など、その程度なのですわ。とかく親も周囲も、贔屓目で褒めちぎり、噂を広めるものですから……わたくしは調子に乗らぬよう、殿方をくれぐれも立てて出過ぎた真似をせぬようにと……謙虚堅実をモットーに生きておりますの」
切々と訴えれば、ネクシは大仰に驚いた顔をして、「なんと謙虚でいらっしゃる……ともすれば驕り高ぶり高笑いして非才なる物を見下しかねないお立場で、かくも控えめなお心のさまとは――このネクシ、いたく心を動かされました」などと返すのだ。
(たまに高笑いはしてますわね……)
自身の行いを振り返りつつ、ネネツィカはエリックの気持ちがわかる気がした。他者に自分を『このお嬢様はこんな方』と思わせる、或いは思われる――感覚。
「学院でもたいそう優秀と聞いておりますよ。乙女ゲームとやらも」
「あら、学院に入ってからはどんどん影が薄くなって単なる傍観者と言っても良いのですわよ。わたくし、乙女ゲームもよく分からぬうちに気づいたら終わって……」
「終わった……?」
「ええ、ええ。あれは本当に何故終わったのかもわからないのですけれど……わたくし、他の方が訊かれたという『望み』すら聞かれなかったし、神の声もスタッフロールとやらも観てないし聞いていない……やだ、わたくし傍観者以下ではなくて……?」
思わずぶつぶつと呟くと、ネクシが気遣わしげに優しい微笑みを添わせてくれる。このおじさまはなんでも受け止めてくれそうな包容力を感じさせるので、ネネツィカは何でも話したくなってしまった。
「よろしければ、その件をもう少し詳しく――」
「お嬢様」
そっとティミオスが声を挟み、会話を遮る。『ラーフルトンの騎士兼執事』なる混血妖精青年はいたく警戒されている人物のようで、ティミオスがやんわりと微笑むと、ネクシは言葉を続けることをやめて迎合するようにニコリとした。
「あら、わたくし、ぼんやりとおかしなお話をしてしまって……失礼しましたわ。それで、魔王のお話でしたか」
ネネツィカはお気に入りの扇で令嬢オーラを出して、「もう倒されたようですが、魔王は妖精王とどう違うのかしら。仲良くできるなら、仲良くするのも良いですわね、もう倒されたようですが」と言葉を紡ぐ。視線を魔道具に移せば、妙な映像が流れ始めていた。
映像の中に、黒を基調として衣装に身を纏う三人組がいる。ネネツィカの目にはそれはどう見ても真ん中が仮面をしたエリックで、左右は仮面をした騎士オーガストとトラン医師にしか見えないのだが。
『我は新生魔王である。かの騎士王が先代魔王ネスリンを討伐したのち、魔王の気の残滓からひょっこりとまた生まれたベイビー魔王! 言うならばネスリンと騎士王の子ども……』
『それはおかしいです魔王様』
『だって台本に書いてる。これ書いたの誰? オーガスト?』
『ちょっ……名前! 俺は魔王の右腕である魔将軍オガ男ですオガ男』
『トラン?』
『わ、私は魔王軍の参謀トラトラですトラトラ!』
謎のコントみたいなやりとりをした末に、どうやら魔王とその配下ということにしたいらしい彼らは――実際考えてみればその通りなのだけれど――『サバイバルマッチってあるだろ? あれと似たような感じで、俺は世界中のダンジョンに仮想空間を作った!』と語る。
『仮想空間には、皆生身ではなくアバターで挑む。中は罠があったり宝物があったり魔物が配置されている。ダンジョン攻略の様子は一部始終が俺の作った街角ライブ魔道放映場で生放送されるので、みんなで推しを応援して盛り上がろうぜ!』
ディナーを楽しんでいたアイザールの家族たちとネクシは食い入るようにそれを観て、「これはファーリズの王子なのでは?」とあっさりと正体を見抜いていた。
◇◇◇
晴れ空が少しずつ色を移ろわせて、茜に染まる夕暮れ時に、ファーリズの王子エリックは戦死者を弔う墓標の間を縫うように歩んでいた。
「……人はあっさりと死んでしまい、亡くなった人は決して帰ってこないのだ」
そっと呟く声は、近しい臣下のみぞ知る色で、エリックの白竜が飛翔することのなくなった空へと儚く溶けていくのだった。
アイザールの皇族が卓を囲み、家族の再会を喜んでいる。現地で用意されたドレスに身を包んだヘレナは、なるほど美しく可憐なお姫様だ。頭に小さなティアラまでつけて――そのように装いでここにいるのが当たり前、といった雰囲気で馴染んでいる。
一方のネネツィカといえば、完全に部外者のお客さまであった。フィニックスやグリエルモはシリルの所に留まったので、もはやたった一人の部外者状態である。
同席のネクシがあれこれと気を遣った様子で話しかけてくれるのが救いだろうか。
「いと聡明なる麗しの北の妖精におかれましては、魔王なる存在をいかがお考えでしょうか?」
ネクシは盲目なのか、両目が常に閉じられている。しかし、不自由さを感じさせない自然な所作でナイフやフォークを扱い、ドレスや装飾品も具体的に褒めてくれたので、視えているのかもしれない。不思議な人だった。
肌色はアイザールにはありふれた褐色の色で、髪色は銀。グリエルモと揃いのリボンでそれをうなじのあたりで結えて「私達は友人なのですよ」と言うものだから、うっかり口元が淑女らしからぬ緩みっぷりを披露してしまいそうになる。
しかも、迎賓館で暗殺を防ぎまくったのをきっかけに「この令嬢、ただものではない」的な認識をされたらしく、色々と考えを問われるのだ。怖い。
「まあ、わたくしの考えだなんて……。わたくし、確かに魔法が使えて、幼少の頃にはお勉強もできる天才とよく言われて育ったものですが……」
ネネツィカは謙虚な風情でまつ毛を伏せて、「わたくしむずかしいことわかんなぁい」といったオーラを出した。
「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人、とはよく言ったもの、……わたくしの『神童』など、その程度なのですわ。とかく親も周囲も、贔屓目で褒めちぎり、噂を広めるものですから……わたくしは調子に乗らぬよう、殿方をくれぐれも立てて出過ぎた真似をせぬようにと……謙虚堅実をモットーに生きておりますの」
切々と訴えれば、ネクシは大仰に驚いた顔をして、「なんと謙虚でいらっしゃる……ともすれば驕り高ぶり高笑いして非才なる物を見下しかねないお立場で、かくも控えめなお心のさまとは――このネクシ、いたく心を動かされました」などと返すのだ。
(たまに高笑いはしてますわね……)
自身の行いを振り返りつつ、ネネツィカはエリックの気持ちがわかる気がした。他者に自分を『このお嬢様はこんな方』と思わせる、或いは思われる――感覚。
「学院でもたいそう優秀と聞いておりますよ。乙女ゲームとやらも」
「あら、学院に入ってからはどんどん影が薄くなって単なる傍観者と言っても良いのですわよ。わたくし、乙女ゲームもよく分からぬうちに気づいたら終わって……」
「終わった……?」
「ええ、ええ。あれは本当に何故終わったのかもわからないのですけれど……わたくし、他の方が訊かれたという『望み』すら聞かれなかったし、神の声もスタッフロールとやらも観てないし聞いていない……やだ、わたくし傍観者以下ではなくて……?」
思わずぶつぶつと呟くと、ネクシが気遣わしげに優しい微笑みを添わせてくれる。このおじさまはなんでも受け止めてくれそうな包容力を感じさせるので、ネネツィカは何でも話したくなってしまった。
「よろしければ、その件をもう少し詳しく――」
「お嬢様」
そっとティミオスが声を挟み、会話を遮る。『ラーフルトンの騎士兼執事』なる混血妖精青年はいたく警戒されている人物のようで、ティミオスがやんわりと微笑むと、ネクシは言葉を続けることをやめて迎合するようにニコリとした。
「あら、わたくし、ぼんやりとおかしなお話をしてしまって……失礼しましたわ。それで、魔王のお話でしたか」
ネネツィカはお気に入りの扇で令嬢オーラを出して、「もう倒されたようですが、魔王は妖精王とどう違うのかしら。仲良くできるなら、仲良くするのも良いですわね、もう倒されたようですが」と言葉を紡ぐ。視線を魔道具に移せば、妙な映像が流れ始めていた。
映像の中に、黒を基調として衣装に身を纏う三人組がいる。ネネツィカの目にはそれはどう見ても真ん中が仮面をしたエリックで、左右は仮面をした騎士オーガストとトラン医師にしか見えないのだが。
『我は新生魔王である。かの騎士王が先代魔王ネスリンを討伐したのち、魔王の気の残滓からひょっこりとまた生まれたベイビー魔王! 言うならばネスリンと騎士王の子ども……』
『それはおかしいです魔王様』
『だって台本に書いてる。これ書いたの誰? オーガスト?』
『ちょっ……名前! 俺は魔王の右腕である魔将軍オガ男ですオガ男』
『トラン?』
『わ、私は魔王軍の参謀トラトラですトラトラ!』
謎のコントみたいなやりとりをした末に、どうやら魔王とその配下ということにしたいらしい彼らは――実際考えてみればその通りなのだけれど――『サバイバルマッチってあるだろ? あれと似たような感じで、俺は世界中のダンジョンに仮想空間を作った!』と語る。
『仮想空間には、皆生身ではなくアバターで挑む。中は罠があったり宝物があったり魔物が配置されている。ダンジョン攻略の様子は一部始終が俺の作った街角ライブ魔道放映場で生放送されるので、みんなで推しを応援して盛り上がろうぜ!』
ディナーを楽しんでいたアイザールの家族たちとネクシは食い入るようにそれを観て、「これはファーリズの王子なのでは?」とあっさりと正体を見抜いていた。
◇◇◇
晴れ空が少しずつ色を移ろわせて、茜に染まる夕暮れ時に、ファーリズの王子エリックは戦死者を弔う墓標の間を縫うように歩んでいた。
「……人はあっさりと死んでしまい、亡くなった人は決して帰ってこないのだ」
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