竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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11、三国同盟と魔王の時代

178、再びの不思議な穴とネネツィカの拾い物

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 鱗粉が淡く光を帯びた夏色の蝶々がひらりと舞い、誘うように小道を飛んでいく。ラーフルトン伯爵家の庭園は彩り豊かな花を豊富に咲かせていて、ほのかな光の中で花弁の色がほんの少しだけ明るく照らされるのが、とても幻想的だった。
「蝶々に誘われてるみたいですわね」
 ネネツィカがワクワクと呟けば、ティミオスが頷いた。

しるべなる幻想蝶でございます――勇者伝説にも少し出ていましたでしょう?」
 『幻想蝶』は暗闇を彷徨う勇者と魔法使いのもとに現れ、その道を照らした蝶々の名だったから、ネネツィカは思わずはしゃいだ声を上げる。
「まあ、それではティミオスが勇者様で、わたくしは魔法使いね」
 言いながら本物の勇者、ネヴァーフィールを思い出す。最近はたまに風邪をひいて寝込んだりしつつ、相変わらず友人魔術教師には自分が勇者だと正体を告げることは無くへらへら誤魔化していて――けれど友人側はもうわかってる様子でいるのがネネツィカの目にもはっきりわかるほどなのだが――とにかく、そんなネネツィカの先生が勇者なのだった。

 ティミオスがのんびりと付き添っている体温がいつもとそれほど変わらないから、ネネツィカがこの夜道を恐れることはなかった。
 日常から抜け出して、2人で不思議な世界を歩く『今』が楽しくて、ずっとこうしていたいとさえ思うのだった。

「あら、幻想蝶たちがあそこに……」
 ふと蝶々が木陰に留まる。覗き込むと、夜天を見事に映す鏡のような水溜まりがあった。水周りには光を帯びた小さな蛍みたいな生き物がふわふわしている。

「妖精界に繋がる『穴』でございます」
 ティミオスがそう言ってぽちゃりと石を投げ込んだ。水に触れた瞬間に、石は影も形もなく消えてしまう。
「わたくし、これに似た『穴』に落ちた記憶が……あの時はティミオスは夢だと言い張っていましたわね」
「さて、そんな事を申しましたでしょうか」
 青年の瞳が笑っている。
「また落ちるのかしら……」
「さて、さて」
「ティミオスはもう魔法が使えないのね?」
「ええ、ええ。さようでございます」
 ふんわりとした気配が少し寂しそうなので、ネネツィカは優雅に手を差し伸べてあげた。
「ふふん。……わたくしがお前を守ってあげてもよろしくてよ!」
 
 水溜りに足をつければ、いつかと同じ落下の感覚。

 覚悟はしていましたわ。
 ティミオスも一緒ですわ。
 わたくしも成長しましたの。淑女らしく可憐に「キャァ」みたいな悲鳴を、可愛らしく……「ギャアアアアアアアアア!!」

 ――いざという時の悲鳴は飾ろうと思ってもそうそう取り繕う事ができない。

 ネネツィカはそう実感した。

「ハッ、着きましたのね」
 軽く気を失っていたネネツィカが正気を取り戻すと、ティミオスが安心させるようにふわりと微笑んでくれた。
「淑女らしい悲鳴でしたよ、お嬢様」
「そんな風に気を使われると逆に恥ずかしいですわ」
 二人は虹色の橋の上にいた。
 橋の下、絢爛の花を浮かべる透明な水に映像のようなものが浮かんでは消えて浮かんでは消えてを繰り返している。
 ほわりほわり、移ろう映像は、過去の時間。ネネツィカが知っている時間だったり、知らない時間だったり。
 

 野良竜が騒がれている朝。12歳のユージェニーとクレイが、馬車の中で会話している。
「私はエリック様とがっつり恋愛します」
「あ、うん……がんばって……? 良いと思うよ。応援するよ」
「お兄様は、私と距離を取りつつ男の子でも攻略するといいです」
 ユージェニーはクレイに、にこりとした。
「えっ、うん……うん?」
「ほっといても寄ってくる奴とか、落としやすいと思いますよ」
「ごめん、意味がわからない」
「ほら、あのこっちを見てる白頭。ご覧になって」
「え、どれ?」
 幼い二人が窓を覗く。
 白頭は、なんとなく南方アイザールの血を思わせる風貌で褐色の肌に赤い瞳が印象的の上級生、彼らより4歳年上、16歳のオスカーだ。
「あれを攻略するのよ、お兄さま」
「ユージェニー、攻略ってなに……?」
「ゲームみたいなものですよ。お好きでしょう、ゲーム」
「ゲームは好きだけど」

 14歳のエリック王子が配下に見守られて、白い竜を呼んでいる。
「ああ、来てくれたかティーリー! オレのあとでクレイがスピーチするんだ、負けられないよ」
 エリック王子は若干後ろめたそうに、しかし嬉しそうに白い竜に抱きついた。
「ネネツィカはスパダリを求めてるんだ。ワイルドになろうとしたけど、うまくいかなかったんだ……オレが本当はスパダリどころか大したことのない奴だとバレてしまったらどうしよう。いや、もうバレているかも」
 竜が優しく瞬くのが見える。
「王子。我はいつも王子の幸せを祈っている。そのためには……多少、世界のコードの書き換えくらいなら、してみせよう。ゆえに、心配をすることなくゆっくりと眠るといい。王子に要らぬ心配をかけるライバルなど、いない」

 惨めな顔をしたアッシュが顔を覆っている。
「どうしてあんなことをしたんだろ? ああ、終わった。もうだめだ」
 勇者が先生の顔をして、夜空の月を見ている。
「いやぁ~、刺激的な入学式だった……、なんでアッシュにあんな事をさせたのあいつ……、ありのままじゃないんかあい。あの子も可哀そうに。はー、しんどっ、あー、変な恰好で固まったから腰がいてえわぁ」

 12歳のクレイが、エリックの傍で曖昧な微笑を浮かべている。エリックはそれが空気か何かのように一瞥すらせず、ネネツィカに笑いかけていた。それではと少年の瞳がネネツィカに向く。けれど、少女にも少年の存在は認識されない様子で、全くいないみたいにエリックと笑っているのだ。
 
「コードがいじられてる……あいつティーリーだ」
 自称マスコットキャラだったクロが言って、それを戻した。その瞬間に少年は存在を取り戻したように、エリックとネネツィカに「そこにいる」と認識されたのだった。
 
「坊ちゃん、ユージェニー様がこんなことをお話なさってたんです。大変ですよ! とんでもないことですよ!」
 呪術師が大慌てで夏の海景色を煌めかせる室内でクレイにゲームの話をしている。
「ユージェニー、この兄に神々の話をきかせてほしい。交換条件だよ――、ぼくが盤面を整えて、お前が求める結果を……、エリック殿下の即位の未来を導いてあげる」
 兄と妹が白い紙を囲み、沢山の文字でそれを埋めていく。
 
「僕がティーリーを獲ったら、エリックはどれだけ悔しがるだろう!」
 チェス盤を前にクレイがにこにこしている。呪術師を傍に呼んで。
「勇者と妖精王とは、仲良くなれた。たぶん、彼らはティーリーを封印してくれるだろう。あとは、剣だ。勇者の剣を探さなければ――」

 橋の上を歩いていく。
 たくさんの景色を眺めながら、まるで人ではないものになったみたいに超然とした気分で歩いていく。
 時折ティミオスがあたたかに手を揺らしてくれて、現実に引き戻してくれるから、ネネツィカは自分を見失わずに済んだ。

「見て、あの綺麗な髪。ローズクォーツみたいに優しい色だ。オイラ、好きだなぁ。あの子と友達になりたいなぁ!」
 まるで、まるで、と冬妖精が叫んでいる。忘我の境地に、目を煌めかせ。
「春だ。春なんだね、君の血を感じるよ」
 
「俺は希少レアな竜の加護を見てみたい! あんなちんけな野良じゃなくて、歌劇に出てくる『ラーシャ姫』を守ったという、美しく神々しい『守護竜』、本物のアスライトを見てみたいんだ!」
 オスカーが上級生に囲まれて埋もれるようになりながらエリックやネネツィカに近寄っては空気のように無視されてしょんぼりとしている少年を見て、眉を寄せている。
「ラーシャの御子ともあろうお方が、なんだあれは。いいかお前たち、俺が目立てるように他の取り巻きを抑えておくんだぞ。ところで公爵令息の好物はなんだろうか」
 そして、ふと少年がオスカーに視線を移ろわせた事に気付いて顔を輝かせた。

「スライムをたくさん倒したから、アッシュはスライムハンターだね」
 デミルが笑っている。
 アッシュは愉しそうに剣を振り回していた。
「この剣、すごく使いやすい! 気に入ったよデミル!」
「オイラが魔法をかけたんだ。使いやすいだろ! アッシュ専用だよ」
 デミルはニコニコと語る。
「オイラは、あんまりこういうのはしないんだ。古馴染みの妖精の中にはこういうのが大好きで、指輪とかに魔法をこめて人の王様に加護を与えたりするようなのもいるんだけどね――『覇者の指輪』とか」
 
 歩く、歩く――、

「騎士道にあるまじきなさりよう」
 『鮮血』フィニックスが年下の伯爵公子に剣を突きつけている。
 無礼で騎士道を弁えぬ悪漢から主を守ろうというような、そんな気配があった。
 伯爵公子が苛々とそれを見返した。
「『鮮血』……おのれ、『鮮血』め」

 ふと橋が向こう岸について、視界が開ける。
 現実に帰った――そんな感覚の中、ネネツィカは目を見開いた。

 少し乾燥して、涼しい北国の風が吹いている。
(ここは、どこかしら?)
 緑はそよそよとしていて、風に血の匂いが混ざっていた。匂いに誘われるように視線を落とせば、草むらに青年が倒れていた。
「きゃっ……?」
 青い髪、青白い肌。痩身で、道化めいた官服めいたものを着ている――そこに倒れていたのは、エインヘリアの元外交官、ダスティン・フォン・ヘスだった。
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