竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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12、騎士王と雨月の冠

204、星のリボンとラウ・イン・シェリ

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 幻想馬車の車窓に妖精界が映っている。
 『騎士王』ニュクスフォスが把握する限り、妖精界の中央――人間界でいうところのファーリズ地方は『冬の』妖精王デミルの支配圏だ。デミルが封印されている間、中央地帯はすこしずつ他の古妖精に端から削り取られて支配領域を狭めていった。復活したデミルはうばわれた領域を取り戻そうと眷属妖精を率いて方々に喧嘩をしかけている――というのが、最近の妖精界サイドの情勢だろう。
 では人間界サイドはといえば、アイザールは友人皇子の毒殺と寵臣『鮮血』への襲撃を受けてシリル王子がファーリズ王国への敵対心を強めているし、クレストフォレスは国際交流会でアイザールがファーリズを陥れようとしたのを見抜いてそちらに敵意を高めつつも、サリオンを襲った点と勇者を隠している点についてはファーリズを責めている。
 エインヘリア側はどちらかといえば巻き込まれただけなので、現在は他国とのいざこざよりも自国の安定を期す方針にある。なんといっても、留守狙いのクーデターもあったのだ。復興中だった帝都が帰ってみればまたボロボロになっていた時の腹立たしさといったら――。
(他国相手で気を使う部分といえば、ミハイ皇子と約束を交わしたのと、乱逆した混沌騎士のアレクセイについて親戚筋のサリオンに「殺さないでくれ、返してくれ」と言われている程度――)
 ふと思い出すのは先帝の忠臣ダスティンだった。
 あれも、頭がお花畑なお嬢様が「目の前で落ちてたから」と持って行ってしまったのだ。
(あまり裏切った奴や敵対する奴をホイホイ野放しにしてやるのもなあ。クレイじゃあるまいし)

 視線を移せば、見慣れた茶髪に揺れる赤リボンがある。
「おや」
 声を零せば、それを揺らして少年が首を傾け、瞳に『オスカー』を――あるいは『ニュクスフォス』を映した。
「リボンで髪をお飾りになるとは珍しい――これは如何なさいましたか?」
 指で掬うようにリボンを示せば、クレイは思い出したように鞄から別のリボンを取り出して、「これは『星のリボン』です、陛下」としおらしくも恭しい仕草で見せてくれるではないか。
「ああ、『星のリボン』……」
(ウェザー商会が扱う新商品ではないか。あの商会は好かんのだが)
「ご存じで?」
 少年が意外そうに目を丸くするので、ニュクスフォスは一瞬反応に迷った。
(貴方もご存じの商会産、俺に喧嘩を吹っ掛けた『莫迦道楽貴族』の商品ですよ、と)
 言ってやりたい気もするが、気に入ったらしき商品をわざわざ貶めてご気分を害する事もあるまい――そう考えて堪え「偶然、耳に入ったんですよ」と誤魔化せば、クレイはそれ以上気にしないようだった。
「お願い事をしながら結ぶのですな」
「そう」
 赤と紫を一瞬迷う眼を見せて紫を選んだクレイがそれを揺らす。なにやら、「お前はこっちの色が好きだろう」というような確信めいた顔をしている。
「ほう。結んでくださるのですかな」
「うん、うん」
 こくこくと首を縦にして、少年が髪に手を伸ばす。
「髪に」
「髪は難しいんじゃないですかね」
 するすると落ちる未来が目に浮かぶ――、一応、配下の目もあることだし。
「手首にしませんか」
 右手を差し出せば、少年はふるふると首を振って髪とリボンを合体させようと頑張っているようだった。
「後ろのほうをちょっと摘まんでぎゅって結べばいけるってエリックが言ってた。エリック相手にはできたんだよ」
「ははあ。呪術で留めてると思いますがね、それ」
「……手首で我慢するか……」
「諦めが早くてなにより」
 クレイは若干残念そうにしつつ、差し出した右手をスルーして左手の手首を取ろうとした。

「右に」
 さりげなく躱して右手を差し出せば、「怪我でもしているの」と呟く声が心配そうだ。
「いやいや。南方では、『左手は添えるだけ』という名言がありまして。アクセサリーなどで飾る時も右を飾り左は飾らぬのが漢気というものなのですよ」
「そんな名言、きいたことがない……」
「南方の名言ですから、中央には伝わっていないのでしょうねえ」
「ぜったい、そんな名言も風習もない」
 
(左指に填めた『覇者の指輪』をできるだけお見せしたくないんですよ、と申し上げたらどんな反応を返されるだろう)
 今のところ気付いてはいないご様子だが、とはらはらとして見守っていれば。
 
僕、はラウ・イル 望むウァン
 クレイが雨垂れめいてアイザール語でそんなことを言うので、ニュクスフォスの鼓動がどきりと跳ねた。
 声は健気な風情で、すこし慎重に続いた。
 
僕はライル 望むウァン あなたがエウ 怪我をエトワ しないようにディネッセ・エント
 それをきいたニュクスフォスの胸には、幼少のころにアイザール出身の母が伯爵邸の寝室のあたたかで素朴なぬくもりの中、母国語でそんなことを呟いた思い出が蘇るのだった。

 一瞬のうちに郷愁が湧きあがる。
 南方のからりとした暑気、涼風にそよぐ濃い緑に華やかな花々。
 生命が皆、各々の生を謳歌するように大地の上で鼓動を刻み、隙間が見当たらぬほど賑やかな雑踏の中を母と手をつないだ幼い公子は「あれはなに」「これはなに」と言いながら珍しい異国の品々をありったけ買い込んで、白色人種の中央貴族たちへの憧れとコンプレックス強き母が白粉を選んでいる間に劇の呼び込みを耳にする。パンフレットを貰って母のもとに行き、「おれはあれが観たいのだ」と駄々をこねる――、
 舞台で歌う麗しの姫君はまさに母が憧れる白皙に白銀の髪をした理想の姫君で、姿を現すことも加護を与えることも稀なるとされる黒竜と語り合う夜のシーンは神聖で、美しかった。

「できた」
 右手のリボンを誇らし気に見せる少年がにこにことしている。
「……ありがとうございます」
 ニュクスフォスははにかむように微笑み、少年の後ろ髪に指を滑らせた。
 そこに留められたリボンを解けば、少年が驚いたように目を見開く。毒性を秘めたような菫色の瞳が己を映すのが心地よい。

「これも、手首に結び直してあげましょうね」
 クレイは少し困った顔をした。
「それは、髪にしないと……」
「何かこだわりが?」
「いや……」
 言いにくそうな気配で、けれど明らかに不満を感じさせるからニュクスフォスは妥協して髪を結わえてやった。
 
「これはアレですかな、いつもやっておられる『エリック殿下に逆らわない』という臣従の証ごっこみたいなやつだったのですかな」
 ――また妙なことをやっているのだろうか。自分の目の届かないところで?
 紅の目を眇めるようにする視界で、さらさらとした髪がリボンを逃していく。これは無理だ――呪術を少し紡いで無理やり留めて、願いはアイザール語で返す事にした。
 
「ライル ウァン エウ ラウ・イン シェリ・イニエ」
 意地悪するように早口の小声で呟けば、「なんて?」と問いが返ってくる。
「途中から聞き取れなかった。母国語でもう一度……」
「俺がいつもそれ言っても、貴方は『もう一度』仰った試しがないじゃないですか」
 押し黙る少年の頬から耳にかけてが朱に染まっているから、実際は聞き取れていたのではないかとニュクスフォスはニヤニヤした。

 幻想馬車が人間界に渡って止まれば、非日常から日常に帰る時特有の空気が流れる。
 
 ユンク伯爵夫人はかつて、生まれながらの肌色を気にして、色白が貴婦人らしいだとか、中央が優れている、地方は劣っているなどと憧れるような声をミーハーに囀らせていた。

 ――けれど、今になってみればそんな囀りなど、もう全くどうでもよくて、無価値でくだらないものの代表に思えてならないのだ。
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