竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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12、騎士王と雨月の冠

233、騎士道、追いかけて、あにめみたい

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 市街地を馬が駆けている。プシュケーではない――現地で調達したのか平凡な馬が。
(プシュケーはお留守番なんだね。フィニックスを心配しているだろうか……美味しいニンジンを食べているといいな)
 空の色によく映える鮮やかな赤毛の騎士を見つけてクレイは深呼吸をした。そんなことをしても、全く落ち着く気はしなかったけれど。気を落ち着かせるように騎乗させてくれる栗毛の馬を撫でれば、生き物の感触がさらりとして熱く、愛しい。
 
 ――ああ、たくさん夢を見た気がする。
 『路傍の石』は楽しかった。何人もの人生を追体験させてもらえるみたいに、いろんな物語を――人生を見せて貰った。
 アスライトは、異世界の風景まで見せてくれた。たまに、楽しくない夢もあったけれど。ついつい、自分が自分ではなくて夢の主人公なのではないかと勘違いしてしまいそうになる時も、何度もあった。
 特に印象深かったのは、やっぱり同じ年ごろの男の子の夢だろうか。
(僕の現実は、こっち。僕は、この世界に生きる『クレイ』だ。他の誰にもできない、僕だけの人生を今、僕が生きているんだ)

 手綱を軽く引く。馬の頭が向きを変えてくれる。長い鬣を揺らして。
「風をきり馬で駆け行くのは誰? それは、騎士。フィニックス、フィニックス、何処へ行くの? 殺意をかかえ、道を往く――」
 これを、魔王の詩という。否。騎士の詩だ。
「騎士様、騎士様! あれが見えないの? 暗がりにおばけがいるよ――ああ、お姫様。確かに見えますよ、あれは灰色の古い柳ですね」
 舌の良く回る事――、自嘲がちに微笑み声を響かせ、馬体を進路脇の通路に晒せば彼は止まってくれた。
 現在の精神状態は把握しきれていないが、声は届いた様子だった。無視されなくてよかった――クレイは心から安堵した。
「クレイ殿下!」
 敵意を隠さぬ青年の声が名を呼ぶ。

 美しい大自然、深い森を思わせる緑の瞳が充血していて、目の下には濃い隈がある。整った顔だちは憔悴していて、痩せたようだった。
 その手が剣ではなく、配下に差し出された槍を取る。弓じゃなくてよかった――クレイは息を吐いた。
「騎士たる者は優れた戦闘能力PROWESSを有し、武勇COURAGEに優れ、弱者の味方DEFENSEたらん。高潔であれHONESTY
 憧憬混じりに、そっと呟く。
 風が首筋に涼しい――もうすぐ、雪が降るだろうか。そんな季節を想い、声は続いた。
誠実で、忠誠を違えることなくLOYALTY博愛精神CHARITYを持ち、信念を貫きFAITH礼節を知るCOURTESY……」
 もはや子どもを装う事はすまい。
 クレイは栗毛プネウマの手綱をしっかりと握り直した。
「親愛なる僕の友、フィニックス。その後、君の殿下の経過はいかが? 幻視は落ち着いた?」
 浅く呼吸する。
 唇が渇いていた。
「あれは僕が命じた。僕の呪術師がやった。見事だっただろう? 僕は歴史家を買収してでも『公爵家の呪術師は、世界一』と後世に記録を残したいと考えている……彼は、僕に忠実で。好みじゃない仕事も命令すれば仕方なく遂行してくれる。そこがいい――今回も、気乗りがしない様子だったのだけれど。僕は、無理やりやらせた。拒否権はないのだ」
 殺意が間合いを越えて刃のように首筋をひりひりとさせる。背筋をひやひやさせる。
 臓腑がきゅっと縮こまるみたいに、恐怖が身の内で暴れている。
 
 赤毛の騎士フィニックスは、淡々と口をひらいた。
「それは、嘘ですね」
 
 ふわりと一瞬、心に爽やかな風が吹いたような心地がした。
「かような嘘をもう必要とせぬようにして差し上げます」
 実直な声にクレイはいつかの言葉を思い出した。

『政治の揉め事と無縁の自然の中で、何のご心配もなくゆったりとした時間を過ごせば、そんな癖もなくなりますとも』
 
 現実、現在のフィニックスが槍を構え、馬を奔らせる。
「私は申さねばなりませぬ――このフィニックスが、殿下を弑し奉る、と」
 陽光にぎらりと槍の穂先が煌めいて、白く輝くその光はたいそう神秘的で厳かだった。
 
「ははっ……」 
 馬を走らせ、一目散に逃げ出しながらクレイは笑った。
「僕は、君のそういうところが、大好き!」
 
 追いかけっこだ。
 まるで世界に二人しかいないみたいに、非日常が此処にある。

 馬の蹄が大地を打ち、景色が流れていく。
 騎手の腕前の差は明らかで、距離はどんどん詰められる。配下が放ったらしき矢まで飛んでくる。
(速い、けれどプシュケーだったら、もっと速かったね!)
「そ、そうだ、そうだ。君にこの馬の名を教えないと、」
 槍の間合いが近づくのを感じつつ、少年はどきどきと頬を紅潮させた。
 生きている今、伝えるのだ。
 互いに生きて、今声が届く――それは奇跡のような瞬間なのだ、そう思いながら。
 
「プネウマ。プネウマと」
 わかる? フィニックス。
 僕は――プシュケーと対になる名をつけたんだ!
 僕は、プシュケーも君も、大好きなんだもの!
 
(やはり彼も冷静さを欠いてる、こんなミエミエの罠にかかって追いかけっこしてくれるのだから)
「――っうわ!」
 こそりと頭の隅で考えた瞬間、馬が悲鳴をあげてどうと倒れ込む。矢でも刺さったのだろうか、せっかく紹介したのに、『即オチ2コマ』じゃあるまいし、可哀そうに――投げ出されてしたたかに全身を打ちながら、クレイは地面をそのまま転がった。一瞬前にいた地面に槍が刺さるのがまったくもって非日常的だった。
 矢が交差する。
 逃げこもうとしていた方角からと、追いかけてきた方角から。ひゅんひゅんと空気を裂くみたいな音を立てて上のほうで奔り合って、ぶつかった何本かは落ちてきて、時折放物線を描いて地面に刺さったりもする。
「ひえっ」
 全く情けない悲鳴が喉から洩れる。どこかが痛い。全身が割と痛い気がする。どこか怪我をしている気がする――でも、一応まだ生きていた。
(生き死にの局面で格好良く振る舞える人はスゴイな!)
 少年は場違いにそんなことを思いながら、設置罠の端まで這いつくばるようにしてようやく逃げた。手足が棒のように感覚が鈍くて、なかなか言うことを聞かない。
 ――罠は、起動しないといけない。僕が罠から出て。……いや、巻き込まれても別に構わない。死にはしない。
(『実行』、実行だよ、実行)
 言葉がなかなか発語できない――焦っているとアーサー王がつけてくれて待機させていた呪術師が姿を隠したまま、それを起動してくれた。

「こちらに」
 引きずるようにして設置罠の外に出してくれる自国兵に縋る中、背後では設置罠が能力を発揮してくれていた。

 地面いっぱいに呪術の文字が密に浮かび上がり、地面から伸びた光の帯が馬の脚を取り、馬体に絡んで固定する。次いで、光の帯は騎手にもその先端を伸ばして絡め取ろうとする――、
「……やったかっ!」
 そんな声が自軍から零れる。
 クレイはぎくりとした。

 馬を絡め取られ、捕らえられるかと思われたフィニックスが光の帯を振り切り、馬の背から高くダイナミックに跳躍していた。
 足元に伸びる光の帯など知らぬとばかりに騎士の足が光の先端から逃れて、設置範囲をひとっとびに越える。太陽を背に、青空を背景に、よく映える赤毛を揺らしたフィニックスが槍持つ手を振り上げ、切っ先をこちらに向けて跳んでくる。

(あ……あ……)
 逆光で顔はわからないが、クレイは瞬きも忘れてそれをぽかんと見上げていた。
 スローモーションのように、死を齎す槍手が迫る。恐怖より先に、妙な感慨が湧く。

 あ――『』!!

 夢に染まった少年の心が、そんな叫びを胸中に湧かせていた。

「……なんでちょっと嬉しそうなんだ」
 横合いから低い声が割って入り、続いて視界の赤毛騎士が槍の切っ先を咄嗟に変えるのが見えた。鈍色の影が飛んでいる。騎士とぶつかるように、体当たりするように跳んでいる。それは、騎士兜をかぶった全身鎧の騎士だった。
 混沌騎士と呼ばれる配下を連れ――妖精の姿はないが、鮮やかな魔剣の閃く鋭さは、それが本物だと告げていた。
 ――それは、『騎士王』と呼ばれる騎士だった。

「……っ!!」
 鈍い金属音、重く硬い物質同士が衝突する音が響く。

 槍が穂先を斬り落とされ、着地と同時に穂先を失った槍を新手に投げて間合いを取るフィニックスが腰に佩いた剣を抜く。
 投擲軌道を読み切り獣めいて前傾に距離を詰めるのは、魔剣の輝きを白昼に魅せる『騎士王』であった。
 
 遠景に、エインヘリアの旗が揺れている。
 城――王城のあたりだ。幾つも、幾つも。

「あ――、あ、……あにめみたい」
 少年は自失した面持ちで、呟いた。
 ショックが強すぎたのだろうか、今この瞬間、少年は困惑していた。
 自分が何処にいて、何者で、何を観ているのか――それが一瞬、わからなくなったのだ。
「あにめとは?」
 つっこみを律儀にいれつつ、『騎士王』は魔剣を奮った。
 
 呆然と見守る視界で、金属同士の打ち合う音で聴覚を埋めるようにしながら剣手の戦いがしばし続いた。
 素人目にも技量の高い剣同士の戦いなのだと感じる中、現実感は薄れていった。だって人間離れした動きをしているし、観ていると段々二人の騎士が何をやってるのかわからなくなってくるのだもの。
(あにめじゃないな。あにめはもっとわかりやすい、もっとショーみたいで、痛そうなかんじがあんまりなくて、あんまり怖くない……)
 少年はぼんやりとそんなことを考え、『騎士王』が赤毛の騎士を追い詰め、地に打倒して剣を振り上げるまでを視た。
 『騎士王』はフィニックスの首の横に剣を突きつけ、しばし逡巡したのち、配下に捕縛を命じた。

「……殺さなかったですよ」
 騎士兜でくぐもった声でそんなことを呟いて、近づいてくる『騎士王』を、少年は不思議な心地で見つめた。
「大丈夫ですか」
 そんな風に問いかける声が優しかった。肩を抱く手には覚えがあった。
 
 騎士兜をぼんやりと見上げて、少年は瞬きをした。
「……」

「……大丈夫ですか?」
 軽く肩をゆらされる。
 呼吸を繰り返すと、土と血と汗のにおいがした。

 空気はすこし冷えていて、籠手に覆われた手は金属感を伝える。生々しく。
「……えっと、僕の名前を呼んでほしい」
 少年はそっと囁いた。

 『騎士王』が騎士兜を脱いで、眉を寄せる。見知った顔だ。心配そうな顔だ。
「クレイ」
 短く呼ばれると、名前はすとんと胸に落ち着くようだった。

「そ……それだ」
 クレイは頷いた。
 視界が鮮明さを増したようで、クレイはハッとして、追いかけっこが始まる前の気分を取り戻した。
(僕の現実は、こっち。僕は、この世界に生きる『クレイ』だ。他の誰にもできない、僕だけの人生を今、僕が生きているんだ)
 それだ。
「ちょっと、びっくりしていた……」
「どうも、そのようで。あんまりおかしな様子なので、俺も驚きましたぞ」
 『騎士王』の手が頭を撫でてくれると、日常が戻ってくるみたいな心地がした。

 ところで、王城を囲むエインヘリアの旗はなんだろう。あれは王手チェックメイトと呼ぶのではないだろうか? ――頭の片隅ではちょっとだけそんなことを思いつつ。
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