竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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終章・旅人の夜の詩

243、僕の美人計構想をきいてほしい

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 ルーファス・ウェザーはコルトリッセン公爵家の黒門をぼんやりと見つめた。
(どうやら、謝ってもらえるらしい) 
 久しぶりに公爵家に帰るというクレイが実家の景観を懐かしむような顔で歩いていく。伽羅色の髪がさらさらと揺れて、うなじのあたりで軽く摘まむように髪先を結わえたリボンが揺れていた。婚約者になるエインヘリア皇帝が毎朝手ずから結んでいるとか、第二王子と結び合ったとか、様々な噂のあるリボンである。リボンだけでなく、それはもう様々な噂を耳にしたのを思い出して、ルーファスはそわそわと居心地の悪い感覚を覚えた。中には支配的に手懐けられているとか、玉座から遠ざけるための密約外交だとか、黒竜の加護をファーリズから取り上げる政略だとか、色々と物騒な噂もあったりするのだ。
 
 ルーファスは足取り軽く、その後に続いた。
 ルーファスもすっかり接し慣れたこの坊ちゃんは、現在の居所は北西にあるエインヘリアという国であった。そしてルーファスのウェザー商会は、かの国の皇帝により商売を邪魔されまくっている。それも完全に理由が私怨で――。
(おお、皇帝陛下。私怨の対象である『莫迦道楽貴族』とやらは貴方様の婚約者になるお方のようですが……?)
 一度言ってやりたいものだ。しかし、そうも行かないのだろう――ルーファスは異常な私怨関係に巻き込まれた不運を呪わずにはいられなかった。
 
 さて、私怨対象、あるいは婚約者のクレイは、異母妹であるユージェニーを呼んだ。
 ユージェニーが部屋を訪れると、室内の明度が数段上がったように明るく和やかな雰囲気が兄妹を取り巻いた。
 
「お兄様、もうやる気をなくされていて、お爺様に後始末してもらって終わりかと思ってましたわ」
「妹よ、兄は先日、微妙に探りを入れられた気がする。気のせいかな? 気のせいだといいなあ」
「何もしないでいるからですよ……」
「気のせいだよって言ってやろうね。そうしたら気のせいになるよね」
 ルーファス好みの珈琲を啜れば、懐かしい感じがした。
(このご兄妹は、仲が良い) 
 クレイは大人しく弁えた態度で居るルーファスを視て罪悪感を覚えた様子で、励ますように声をかけてくれた。
「ルーファス、安心して。僕はちゃんと『そろそろ終わりにしたらどうかな』と提案したよ。植物の花を買ってもらうことになったのだ……だからルーファスは『莫迦道楽貴族』を連れていって謝りつつ、植物の花を売って許してもらうのだ」
「花を」
「植物の花だよ」
 なにやら植物であることを念押しされている――ルーファスは神妙に頷いた。
「植物の花ですね、かしこまりました」
 クレイは安心した様子で息を吐き、言葉を続ける。
「……『莫迦道楽貴族』は、別人を立てたらどうかな? 僕に名案があるよ」
 妹とルーファスの視線を受け止めて、少年クレイは不敵に目を伏せた。
「これより僕が仕掛けるは美人計である。つまり――『騎士王』好みの女性を『莫迦道楽貴族』にして、愛嬌たっぷりに『ごめんなさい』して許してもらうのだ!」
 これはまさに名案――そんな風情で少年クレイはどや顔になって、早速配下らしき者に命じて『莫迦道楽貴族』候補の女性を探させるのだった。
「歳はそう離れていないほうが好いのではない? 品はあったほうが佳いかもしれぬ。ああ、でもあまり上品でなくとも、お莫迦で道楽趣味なのだと説得力が出て良いかもね……できればちゃんとした良家の者で、家に力があって繋がることでメリットがあると尚よい……僕という存在に好意的だと最高なのだけれど」
「何を仰るのお兄様。ご自分の婚約者に美人計を仕掛ける者が何処にいますか!」 
 目をキラキラさせてアイディアを詰めるクレイに、ユージェニーが驚いたようにツッコミを入れている。これはルーファスには出来ない事だった。

「此処に居る」
 少年クレイは悠然と頷いた。
 端正な顔立ちには、ルーファスには理解できない類の何かが宿っていた。強いて表現するなら『莫迦道楽貴族』らしい――そんな雰囲気だった。
 
「僕は今日、頼りになる我が妹に言わねばならないよ……」
 クレイはそう言って、妹に艶めかしいと表現される類の色が宿る流し目を送った。実年齢より幼く見えがちな、所謂いたいけな少年がちらりと覗かせる妖しい色香めいたものがその一瞬間違いなくルーファスには感じられた。危うく、何かこう道を踏み外しそうになるような。そんな蠱惑的な気配を感じさせる一瞬、この少年にまつわる様々な噂が脳内に蘇り、既婚者であり異性愛者のルーファスを妙にどきどきさせる。そんな魔性が目の前にあった。 
 自分は何を観ているのだろう――ルーファスは雲行きのあやしげな気配めいたものを感じ取り、退室するべきか迷った。
「お兄様、私を口説かないでくださいね」
「うん、うん」
 妹が一瞬でフラグを折る。ルーファスは安堵した。
(ああ、ユージェニー様がいてよかった!)
 あっさりと空気が和やかになるようで、落ち着くではないか。
 
「で、何を仰ると?」
 ユージェニーが促せば、クレイはふわふわとした様子で視線を逸らしてちょっと羞じらう気配を覗かせた。
「うん。では申そうか。すなわち、僕と『騎士王』はプラトニックであると――」
(俺はこの話を聞いていてよいものか)
 ルーファスは無難な笑顔を顔に張り付かせ、無言で気配を消した。

「それでなんで美人計になるんです」
 妹は動じないようだった。慣れている。そんな気配だ。
「まあ待てユージェニー、ちょっと兄の話を聞いてほしい」
 少年はそう言って、若干の気恥ずかしさを伴う様子を見せつつも話したのだった。

「いいかい、ユージェニー。そもそも、あの王様は騒乱に乗じた漁夫にて僕をファーリズの玉座に座らせて喜ぶなどという、なんか変な火遊びを楽しんでいたのだよ……、あの時彼は『アーサー王を殺してもいい』などとのたまった。それを拒絶してエインヘリアに帰りたいと所望したら、あいつ調子の良い事にアーサー王に『友好国として助けたのだ』と言って『ご褒美に王甥殿下を』と」
 ――なにやら衝撃的な話を聞かされている――ルーファスは背筋に汗が流れるのを感じつつ、無言の笑顔を保った。
「自分でアイザールを支援しておいて、アイザールから守ったとか言って友好国気取りでさ。まあ、そこはよいとして」
 ――そこは『よい』のだろうか? ルーファスはツッコミたくなるのを必死でこらえた。

「玉座に座らせる以前の言動とて、捉えようと思えばそのための策だったと思う事もできる。つまり、巷で囁かれるような『手懐けられて』『黒竜の加護をファーリズから取り上げていた』と――そう考える事も重々、できるのだが……」
 少年クレイがふわふわとした様子でユージェニーに視線を向ければ、妹は先を促すように頷いた。

 少年はちょっともじもじして珈琲入りのマグを取り、一度舌を潤した。
「こほん。しかし直接接する僕は――僕が特別ちょろいせいかもしれないが――それなりに好意を感じたので、……僕の側にも好意があるので、政略の意図があったとしても別によいかなと思ったりするのだ……」

 ルーファスはつられたように頬に朱をのぼらせた。
 これは、聞いているほうもなにやら照れるような類の話になっていやしないだろうか? それを、他ならぬこの少年が話しているのだ、なかなか刺激が強いではないか――。

「しかし、あちらの好意とはあくまでも『それなり』であり、彼は女好きであり、少年趣味を自ら否定していて、名誉を重んじるのである。『ご褒美』が玉座を拒否されて咄嗟に捻りだした次善策なのは、状況から考えるに間違いない。そして、レネンも言うのだ。あちらが『父のように兄のように純粋に好意で、お世話をしたい』と線引きをしたので、こちらも『子のように弟のようにお世話になりましょうね』と」
 軽く手で顔を仰ぐようにして落ち着かせるようにして、クレイはようやくといった顔で本題に触れた。

「つまり、つまり……嗾けた『莫迦道楽貴族』役の美姫がお好みに合えば、そのまま娶ってもらえばよいと僕は策定する。同時に僕が『子のように弟のようにお世話になっているのだ』と健全さをアピールするのだ。そうして美姫を娶れば彼の名誉は回復もできようし、家に力のあるお姫様だったらお迎えする事でメリットもあるだろう? その、……子だって作れるわけだよ……?」
 少年クレイはちらちらとユージェニーの顔色を窺うように、気弱な小声を紡いだ。
「僕は、義理の弟として邪魔だてすることなく、義理の兄一家の幸せを応援しようと……それが綺麗で奥ゆかしい『道』というものではないかと思うのだけれど、如何だろう?」

 なにやら面倒な話をしている――ルーファスは表情筋を叱咤しつつ、沈黙を貫くのであった。

「これが僕の美人計である」
 少年はそう締めくくり、妹の反応を若干及び腰で窺うのだった。
(このご兄妹は、力関係がわかりやすい)
 ルーファスはそっと感想を抱き、妹ユージェニーが首を振って立ち上がり、使用人を呼んで自室からあれこれと運ばせて運ばせた荷物で兄を埋めるのをおろおろと見守るのであった。
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