竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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終章・旅人の夜の詩

245、空から来た者、頂きに

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 ファーリズ王国の第二王子エリックは夢を見ていた。竜が見せるのとは違う、平凡であたたかな、いつかの夢である。

 大陸中央部、ファーリズ王都ルーングラッドの王城、玉座の間にて、アーサー王の第二王子、この時はまだ6歳の少年エリックが学友となる4歳の公子との初対面を迎えていた。
「あれはエリックの臣下である。名をクレイといい、決して裏切らぬ忠臣コルトリッセンの家の公子である。よくよく親しくするように」
 アーサー王は優しく穏やかな口調にて、王子にそう言い含める。人の感情に敏感なエリックはこの時、父の心配するような気配と、居並ぶ臣下の緊張を読み取っていた。
 
(この子はつまり、扱い注意らしい)
 
 さて、大人に付き添われて目の前にて膝をつくのは、エリックの持たぬ色を纏う小さく弱々しい風情の幼子である。実際の年齢は二つ下だと言うが、外見的にはもっと小さく未熟に思える。例えるならひなであろうか。
 エリックは知っていた。
 この雛は、亡き王妹の子。エリックの従兄弟なのだ。
 兄シリルがいるのでエリックもこの雛も玉座にはほど遠いが、大衆演劇にもなり民にも臣下にも人気のある王妹の子がなにやら『特別』なのはエリックにも感じられた。そして、父はその『特別』をエリックの下に付けてくれると言うのだ。

『よくよく親しくするように』……、
 ――父は、この雛によくよく刷り込みインプリンティングをせよとでも言うのか。
 
 年齢の割に冷めた思考がゆるりと巡り、エリックは周囲の視線を意識しつつクレイに近寄った。笑顔を浮かべ、身分の上下など気にせぬとばかりにその前にしゃがみ込んで顔を覗きこめば、怯えるような気配があった。
(こいつ、怖がってる!)
 エリックはどきどきした。
 いきなり泣き出したりしないだろうか。これが『エリックにいじめられた』とか言い出したら、王妹を信奉する民や臣下が全員敵になったりするのだろうか。
 うっかりお漏らしとかしないだろうか。喋れるのだろうか。
「こほん……、エリックだ。クレイはおもてをあげよ」
 声をかけてみる。
 言葉は理解されたようで、そろそろとクレイが顔をあげた。自分や父とは異なる色の髪と瞳をしているあどけなく頼りない風情の顔は、やはり不安そうであった。
(何をそんなに怖がると言うのか)
 不思議に思いつつ、エリックはにっこりと笑ってクレイの手を取った。見守る臣下がエリックの一挙一動にはらはらと息を呑む気配が面白い。
「ぼくときみの間は、飾らぬ仲であれかし」
 よく晴れた青空めいた瞳をきらきらとさせてエリックが明るく親しくそう言えば、クレイの王妹譲りの紫の瞳が間近に瞬いた。
「すなわち、きみはぼくを呼び捨てで呼んで構わないし、敬語も使わなくてよろしい。仲良くしようじゃないか、我が友よ!」
 エリックが凛然と声を紡げば、見守るアーサー王は安心したように微笑むのだった。

 ◇◇◇

 紅茶の香りがする。
 エリックのお気に入りの香りだ。

「僕はハサミで、君が馬鹿なんだよ」
 夢の後の現実は、時の流れを感じさせた。
 王城にふらりと寄ったクレイが『ラーフルトン』のブランドティーが淹れられたティーカップを手に、変なことを言っている。
「ああ、うん。そうか、じゃあそう呼んでやるよハサミ」
「馬鹿」
 はしゃぐように返されて、エリックは軽く理不尽を感じた。
「ハサミと馬鹿って対等な呼び名に思えないな? 馬鹿は悪口じゃないか」
「僕は尊崇の念と親愛の情をたっぷりこめて呼んでいますが何か、馬鹿様」
「せめて阿呆にしない? 馬鹿より阿呆の方がなんかニュアンスが優しいと俺は思うんだ」
 壁際では、トラン医師と騎士オーガストが影に潜む魔王軍の配下たちと一緒にのほほんとした風情で見守っている。
 
「それでね、ユージェニーがすごいことを言うんだよ。聞いたらびっくりすると思うよ」
「へえ、へえ」
 こそこそとクレイが声をひそめて、誰かにその情報を共有したくて堪らないのだと感じさせた。
「よし、聞いてやる。話せ」
 エリックはニコニコとけしかけた。使用人に聞こえぬようにと顔を寄せ、ひそめた声が内緒の気配を濃く漂わせれば、幼子に戻ったような心地がする。
「『お前が産卵せよ』だって……」
「それはひどい。なかなか際どい感じで実際言うにはハードルが高いが、やっても許されそうな相手にはちょっとぶつけてみたいネタだな。オーガストとか」
「いいね!」
 
「……?」
 声が届かぬ壁際で騎士オーガストがぞくりと悪寒を感じて身を震わせている。魔王軍の配下たちはやり取りを知りつつ、知らんぷりをしてニヤニヤしていた。

「卵と言えば、エリック。本題なのだけど」
 クレイが思い出したように言って、エリックは驚いた。
「本題があったのか」
 てっきり、単に『王様の耳はロバの耳!』とあれこれ話して楽しむだけかと思っていたのだ。
「うん」
 実は本題はあったのだ、と呟いて、友人はティーカップを静かに置いた。
 そして、エリックをバルコニーへと誘った。

 ふわふわと雪が舞っている。
 風はひんやりとしていて、なんだか神聖な気配を感じさせた。
「空の国を見に行こう。僕、夢を見たんだ。夢で子供がお母さんにおねだりしたんだよ」
 寒々とした冬空を背景にして、クレイはそう言った。
 青空に黒竜が現れて、二人を背に乗せてくれる。

 ――以前は俺が白竜の背にクレイを乗せてやったものだが。
(なんか、色々変わっちゃったな)
 天翔ける視界にエリックはしんみりとした。

「勇者の剣をデミルに渡そうか」
 しんみりとした気配を悟ってか、ことさらに優しく励ますような口振りでクレイがそんなことを言っている。

 その背に揺れるリボンを眺めて、ふとエリックは気付いたのだった。
 ――こいつは、俺の臣下ではなくなるんだな。
 
 それはなんとなく寂しいような、安心するような、そんな不思議な感覚だった。

「エインヘリアってそんなに居心地が良いか」
 ぽつりと問いを零すのと、周囲に漂う雲群に隠れるようにして漂う浮き島に竜が着くのはそれほど時間差がなかった。
「良い」 
 ひょこりと竜から降りる耳には、友人の声が拾われていたけれど、エリックは小さく頷いてそれを流した。
 
 浮き島は、日の光に近い上辺に地上にある種より大きかったり色が濃い緑木や花を茂らせていた。半端に亀裂が入って離れかけ、けれど完全に離れることができずにくっついているような島と島、高度をちぐはぐとさせて階段みたいに点々と浮かぶ小さな島、広々としていてうっかり空の上だと忘れてしまいそうな大きな島、様々な島が寄り添ってぷかぷか、雲と一緒に空にある。
 水溜まりみたいな湖もあって、よく見れば小さな魚も身をくねらせて泳いでいた。
 朽ちた人工建築物の残骸のようなものが固まっている地帯もあって、亡びた生命を思わせた。
 この浮き島出身の竜である黒竜アスライトは無言を貫き、空気にでもなったみたいに存在感を消している。
 
 しばらく彷徨ううちに、少年たちは勇者の物語で『竜の巣』と呼ばれていた地に着いた。
 ごつごつした黒い岩と天を突く謎の七色結晶石、赤い土とくたびれたように歪み曲がりくねる木々の目立つ地域だ。
「勇者も竜の巣には行ったんだよな。となると、いよいよ俺も新勇者っぽいぞ」
 エリックは勇者の剣の鞘をぽんぽんと叩いてクレイを見た。
「クレイ――俺のワイストンには杖でも贈ろうか」
「ふふ、僕の勇者様、杖を貰っても僕は術なんて使えないよ。知ってるくせに」
「お前は本当に何も出来ないな……仕方ない奴め」 
 勇者ごっこでもするように探索をすれば、現実世界なのに夢に迷い込んだようだった。

『――卵だ』
 ふと、黒竜アスライトが驚いたような声をあげる。

 姿を現したアスライトが飛んでいく。
 少年たちは、それを追った。

『生きている……』
 アスライトが声を響かせる。

 見れば、大きくて古くて、ぼろぼろの――何時亡びたかもわからないような竜の骨が幾つも寄り添っていた。
 骨の下に守られるように竜の卵がある。

「卵だ! いっぱいある!」
 エリックが声をあげて駆け寄った。卵は普段アスライトが変身しているような、猫ほどの大きさと重さだった。
「これ、生きてるんだ? これから孵化するのか?」 
 きらきらと目を輝かせる声に、応えはなかった。
『わからない』
 アスライトは戸惑ったようにそう呟いて、卵を羽先で撫でたり鼻を寄せたりしていた。

「卵って、温めたほうがいいんじゃないの?」
 クレイが首をかしげている。
『そうかもしれない』
「持って帰る?」
『放置はできない』

 その声が人間味溢れる戸惑いに充ちていたから、クレイはにっこりとした。
「アスライト、僕たちはこれからティーリーの封印を解くから、この問題を仲良く一緒に考えたらいかが」
「いいじゃないか。そうしなよ」
 エリックは笑って、卵をひとつ抱きかかえる。
「その前に俺、オーガストに『俺はついに卵を産んだぞ』ってやってみてもいい? いつものやつ」
「エリックは人外道を究めていくね……ついに卵生になるのか」
 クレイは感心したように言ってくすくすと笑った。

 空の上、未知の島を彷徨っている間は永遠に思えた時間は、地上に帰還してから思い出すと短くて、あっと言う間のほんのちょっとした冒険だった。
 それは例えばいつか二人が初めて『バカとハサミ』と名付けられた日の、ラーフルトン邸の夜の庭でのちいさな冒険のように。

「そうだエリック」
 クレイがバルコニーにエリックを届けて、ふわふわと微笑む。
「エリックに『ざまぁ』するとしたら僕がするので、他の者には『ざまぁ』などをされないでね」

 いつの間にかすっかり日が暮れて、夕空が美しかった。
 雪は儚くちらちらと降っていて、幾つかは地上に着く前に空気に溶けるように消えていた。
 
 茜に染まる世界に、エリックの友人がいた。
「僕、今なら君の悪口をいっぱい言える――それって、すごく素敵だね。悪口のひとつも思いつかないなんて、おかしいんだ。薄っぺらい」
 綺麗な笑顔が嬉しそうに、楽しそうに、好意を湛えていた。
「僕、今ならドアマットじゃなくて踏み台になれる。踏まれたら『何するんだよ、お前も踏まれてみろよ』ってひっくり返って、君を転ばせてあげるよ」
 
 ――こいつ、言うようになって。

 エリックは去る気配に親しく微笑んだ。

「お前こそ、俺がいつでも『ざまぁ』してやるから、他の奴に『ざまぁ』されてはいけないぞ、我が友よ」
 夕空を黒竜が飛んでいく。
 この国を離れて異国へと帰るのだと、黒竜という存在はもはやファーリズの守護竜とは言えないのだと、見上げる皆が知っていた。
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