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終章・旅人の夜の詩
248、紅薔薇、カードを選んで踊りましょ
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紅薔薇の侯爵邸、ファーリズ中央貴族たちの紅薔薇集会では、ユージェニーに贈られた衣装を早速着用したクレイがミハイを伴い派閥貴族に囲まれていた。卓上にはカードが置かれている。纏う衣装は花びらめいてひらひらとした薄紗の袖口がなかなか美しくて、肌触りもよく、なんだか自分が綺麗な生き物になったような錯覚を覚えて着心地が良い。特に裾の長い後ろ側などは、歩いた時に風を孕んでふわふわ靡く感じが愉しいのだ。
(だいたいこの者たちが言う事はわかってるんだ)
お気に入りの席で黒竜を撫でていると、「おいたわしや」が聴覚をひっきりなしに騒がせる。
(この者たちは「おいたわしや」が大好きだ。僕の悲劇陶酔趣味の元ともいえよう――つまり僕もこいつらに「おいたわしや」と言われる心地よさを好んでしまう性向が若干……)
「我らが殿下が成り上がりの皇帝に……」
「洗脳されておられる」
(僕は常々思っていたが――『おいたわしい』のは、この者たちだ)
少年は彼らを理解していた。
アーサー王と玉座を争いしラーシャ姫の信奉者たち、支援者たちは、敗北者だ。
ラーシャ姫を守れず、幸せにできなかった無念が昇華できず、いつまでも引きずっているのだ。
大人たちはさておき、クレイはおっとりとカードを選びながら、ミハイに話を振った。
「ミハイ、人の首を斬るのってどんな気持ちがするの。僕は実はあれを観ていた。なかなか心を揺らされる鮮やかさだった。人はあのようにあっけなく死ぬのだと感じ入ったものだ。それで、僕がエリックから聞いた話だと、エリックは枕投げで『アレクセイを許す』と言ったのだね」
ミハイはぎくりとした顔で固まった。
「でも、エリックは『俺は』許すと言っただけで、僕が許すのとはまた別の話だね。エリックは『振る舞える権力がある』と言ったかもしれないけれど、その権力は僕にはもう関係ないね」
毒性を淡くにじませたような菫色の瞳がひたりとミハイを見つめている。
「ミハイは『騎士王』に妖精除けを差し入れた。アレクセイは、『騎士王』を裏切り、殺しかけた。僕が何も言わずに許すと思うの――あれが迂闊に死にかけるから、僕はついフィニックスとの夢を放棄してしまったのだ」
昂然とした瞳は、順に室内にいる貴族らを示した。
「あのお爺様は、権謀術数に長けて美しく情報を操り、真実を創られる。あのおじさまは、市場操作がお得意。あのお兄様は、鐵を贈るのが大好き。あちらの方は、離間を好む」
クレイはほわほわとした風情でカードを二枚見比べる顔をした。
「グリエルモは僕を油断させて、僕の黒竜アスライトと呪術師レネンを傷つけた。僕は、とても怖かった。死んでしまったらどうしようかと思った。……僕はグリエルモとの親交がほぼないので、ミハイやアレクセイとグリエルモを比べるならば後者への怒りがより強い」
――恋人が描かれたカードと戦車が描かれたカードを二枚並べてみせれば、ミハイは迷わず一枚を選んだ。
「そんなの、決まってる」
「ふふ、僕もそう思った!」
ミハイは選んだカードを両手で大切に包み込み、胸元で抱きしめるようにした。やわやわとした少年の声が続いている。
「僕は紅薔薇の皆に育てられたと申しても過言がない。この身、この魂は紅薔薇に染まっている……皆、いつも細々とした相談をきいてくれて、優しくしてくれた。よくしてくれた」
おっとりと声を紡ぎ、奇しく綺麗に微笑する少年は、思い出したように付け足した。
「そうだ。あと、ミハイにもうひとつお願いしたいことがあるんだ。いいかな?」
「なんだろう」
ミハイはドキドキした。此処は要するに敵陣の真ん中で、目の前の王甥は友人の温度で喋っているが、中身は不穏だ。
敵意をちらつかせている。今――はっきりとそう思った。
「『恋人』や『愛人』といったごっこ遊びももうやめようか」
「ああ、あれ」
今度はそんな事か、と息を吐くとクレイは「そんな事じゃない」と若干不満顔をした。
「迷惑じゃないか。相手は、少年趣味を否定しているのだ。名誉棄損というものだよ。もしも他にも言いふらしていたなら、丁寧に撤回して回ってほしいな」
ミハイはまじまじと少年の顔を見た。
「お、お前が言うの」
「それは全く、僕もそう思う。しかし、僕は言わなければならないよ――少なくとも僕と彼は清い仲であると」
「この前見せびらかした痕はなんだ」
「あれは、ミハイが自慢したからやり返そうと思って、痕だけ付けた」
神妙に言って、クレイは席を立った。
(あれも穢したうちに入るのだろうか?)
――こっそりとそんな事を思いながら。
「風流名士諸卿におかれましては、慰霊会にも当然参列なされるかと存じますが」
過去に好んでいたような幼い声を改めて、微妙に成長を思わせる風情で言葉を紡ぎ、クレイは儚く睫毛を伏せた。
「僕は『友人殺し』がその場にて友の霊に一言なり、謝罪をしてはいかがかと思うのです」
――つまり、ネクシを殺したのはグリエルモなのだ。
夜明けを忘れたような紫紺の瞳がミハイを一瞥する。
ミハイはどきりとしながら声を寄り添わせた。
「ボク、哀しいな。グリエルモは良いおじさんだとおもってたのに……ネクシと親友だったのに、どうしてあんなことをしたんだろうって、ボクは哀しくて、ずっと気になって仕方ない!」
ふわりと夜が微笑む気配がした。
「僕も、そう思う。友人を裏切るなんて、しちゃいけないことだ。僕も、その話をきいてたいそう胸が痛む。とても、哀しい……」
切々として聞く者の心を揺らすような声に、貴族たちは盛り上がった。
すなわち、国元を離れる我らが殿下のために、前線で無体を働いた敵将グリエルモの汚名『友人殺し』を贈ろうというのだ。
(なるほど、これがファーリズの中央貴族らか)
ミハイは手に守る恋人のカードをそっと懐にしまい込み、珍妙で優雅な紅薔薇の空気を楽しんだのだった。
(だいたいこの者たちが言う事はわかってるんだ)
お気に入りの席で黒竜を撫でていると、「おいたわしや」が聴覚をひっきりなしに騒がせる。
(この者たちは「おいたわしや」が大好きだ。僕の悲劇陶酔趣味の元ともいえよう――つまり僕もこいつらに「おいたわしや」と言われる心地よさを好んでしまう性向が若干……)
「我らが殿下が成り上がりの皇帝に……」
「洗脳されておられる」
(僕は常々思っていたが――『おいたわしい』のは、この者たちだ)
少年は彼らを理解していた。
アーサー王と玉座を争いしラーシャ姫の信奉者たち、支援者たちは、敗北者だ。
ラーシャ姫を守れず、幸せにできなかった無念が昇華できず、いつまでも引きずっているのだ。
大人たちはさておき、クレイはおっとりとカードを選びながら、ミハイに話を振った。
「ミハイ、人の首を斬るのってどんな気持ちがするの。僕は実はあれを観ていた。なかなか心を揺らされる鮮やかさだった。人はあのようにあっけなく死ぬのだと感じ入ったものだ。それで、僕がエリックから聞いた話だと、エリックは枕投げで『アレクセイを許す』と言ったのだね」
ミハイはぎくりとした顔で固まった。
「でも、エリックは『俺は』許すと言っただけで、僕が許すのとはまた別の話だね。エリックは『振る舞える権力がある』と言ったかもしれないけれど、その権力は僕にはもう関係ないね」
毒性を淡くにじませたような菫色の瞳がひたりとミハイを見つめている。
「ミハイは『騎士王』に妖精除けを差し入れた。アレクセイは、『騎士王』を裏切り、殺しかけた。僕が何も言わずに許すと思うの――あれが迂闊に死にかけるから、僕はついフィニックスとの夢を放棄してしまったのだ」
昂然とした瞳は、順に室内にいる貴族らを示した。
「あのお爺様は、権謀術数に長けて美しく情報を操り、真実を創られる。あのおじさまは、市場操作がお得意。あのお兄様は、鐵を贈るのが大好き。あちらの方は、離間を好む」
クレイはほわほわとした風情でカードを二枚見比べる顔をした。
「グリエルモは僕を油断させて、僕の黒竜アスライトと呪術師レネンを傷つけた。僕は、とても怖かった。死んでしまったらどうしようかと思った。……僕はグリエルモとの親交がほぼないので、ミハイやアレクセイとグリエルモを比べるならば後者への怒りがより強い」
――恋人が描かれたカードと戦車が描かれたカードを二枚並べてみせれば、ミハイは迷わず一枚を選んだ。
「そんなの、決まってる」
「ふふ、僕もそう思った!」
ミハイは選んだカードを両手で大切に包み込み、胸元で抱きしめるようにした。やわやわとした少年の声が続いている。
「僕は紅薔薇の皆に育てられたと申しても過言がない。この身、この魂は紅薔薇に染まっている……皆、いつも細々とした相談をきいてくれて、優しくしてくれた。よくしてくれた」
おっとりと声を紡ぎ、奇しく綺麗に微笑する少年は、思い出したように付け足した。
「そうだ。あと、ミハイにもうひとつお願いしたいことがあるんだ。いいかな?」
「なんだろう」
ミハイはドキドキした。此処は要するに敵陣の真ん中で、目の前の王甥は友人の温度で喋っているが、中身は不穏だ。
敵意をちらつかせている。今――はっきりとそう思った。
「『恋人』や『愛人』といったごっこ遊びももうやめようか」
「ああ、あれ」
今度はそんな事か、と息を吐くとクレイは「そんな事じゃない」と若干不満顔をした。
「迷惑じゃないか。相手は、少年趣味を否定しているのだ。名誉棄損というものだよ。もしも他にも言いふらしていたなら、丁寧に撤回して回ってほしいな」
ミハイはまじまじと少年の顔を見た。
「お、お前が言うの」
「それは全く、僕もそう思う。しかし、僕は言わなければならないよ――少なくとも僕と彼は清い仲であると」
「この前見せびらかした痕はなんだ」
「あれは、ミハイが自慢したからやり返そうと思って、痕だけ付けた」
神妙に言って、クレイは席を立った。
(あれも穢したうちに入るのだろうか?)
――こっそりとそんな事を思いながら。
「風流名士諸卿におかれましては、慰霊会にも当然参列なされるかと存じますが」
過去に好んでいたような幼い声を改めて、微妙に成長を思わせる風情で言葉を紡ぎ、クレイは儚く睫毛を伏せた。
「僕は『友人殺し』がその場にて友の霊に一言なり、謝罪をしてはいかがかと思うのです」
――つまり、ネクシを殺したのはグリエルモなのだ。
夜明けを忘れたような紫紺の瞳がミハイを一瞥する。
ミハイはどきりとしながら声を寄り添わせた。
「ボク、哀しいな。グリエルモは良いおじさんだとおもってたのに……ネクシと親友だったのに、どうしてあんなことをしたんだろうって、ボクは哀しくて、ずっと気になって仕方ない!」
ふわりと夜が微笑む気配がした。
「僕も、そう思う。友人を裏切るなんて、しちゃいけないことだ。僕も、その話をきいてたいそう胸が痛む。とても、哀しい……」
切々として聞く者の心を揺らすような声に、貴族たちは盛り上がった。
すなわち、国元を離れる我らが殿下のために、前線で無体を働いた敵将グリエルモの汚名『友人殺し』を贈ろうというのだ。
(なるほど、これがファーリズの中央貴族らか)
ミハイは手に守る恋人のカードをそっと懐にしまい込み、珍妙で優雅な紅薔薇の空気を楽しんだのだった。
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