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終章・旅人の夜の詩
249、『鮮緑』、星の花、騎士の花
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晴れた空に、小さく薄く千切られたような細やかな雲が幾つも群れを成して漂っている。
隙間から覗く太陽はそのすべてを明るく等しく輝かせていた。
ファーリズの王都ルーングラッドでは、人々が少年冒険団『暇つぶしの剣』に明るい表情で手を振っていた。
鮮やかな緑髪のクランマスター、アッシュ・フィーリーは『鮮緑』という二つ名もある魔剣使いで、先の王都防衛戦での功績はアーサー王にも公に称賛されてその将来は明るい。
ファーリズは英雄騎士『鮮血』を失ったが、次世代の英雄騎士は彼であろう――二つ名にはそのような期待も籠められているのだ。
『暇つぶしの剣』に手を振っていた少女二人が、薄い本の店に入っていく。
「なんだか、こういうのも久しぶりね」
元異世界人にして悪役令嬢から逃れた平凡な令嬢ヘレナはニコニコとして友人令嬢と宝の海を楽しんだ。
「最近は、誰を取り扱ったのかを同志にしかわからないように暈すようになったみたい。そういえば、そういう配慮も必要だったね。リアルなのだもの」
「ええ、わたくしもそう思いますわ」
推しの本を手に、友人ネネツィカが嬉しそうに目を細めた。
「リアルといえば、リアルな同性恋愛も増えているみたいで」
「うん、うん」
薄い本の影響もあってか、比較的公然とした同性カップルが増えていた。
「世の中って、なんかいつの間にか変わっていくのね」
ヘレナは平穏の中でそっと呟いた。
艶やかな黒髪がさらりと流れて、風が毛先をくすぐるようにして通り過ぎて高い天にのぼっていく。
秘密結社ファーブラでは、人気の少ない雪地に皆を呼び、仮面の勇者騎士エーリッヒが同志に正体を明かしていた。
「俺は阿呆王子のエリックだったのだ。俺が気に食わん奴もいることだろう。そんな奴は、かかってこい。此処で存分に剣を戦わせ、語り合おうではないか!」
もう気付いてた、といった無言の気配が充ちて、全員が互いの出方をはかるように視線を巡らせた。
「よし、参ろうではないか」
真っ先にそう言ったのは呪術師レネンの首もとにマフラーを何枚巻けるか試す、という平和な遊戯を楽しんでいた名目上ファーブラの主であるクレイであった。
「来い!」
エリックが燥いだ声をあげると、クレイは雪原に手を伸ばして雪を丸め、雪玉をこさえて投げた。
「やー」
なんとも気が抜ける掛け声と一緒に、へろへろ、ぽすんと雪玉が緩い弧を描いて落ちる。
「クレイはもうちょっと頑張れよ、届いてないぞ」
「エリックがもうちょっと近くに来るべきなんだ」
文句を言いつつ雪玉を追加するクレイに、エリックが「俺が見本を見せてやるよ」と雪玉を投げる。
ヒュッと風を切る凄まじく鋭い音と共に、剛速球がクレイの耳の横を通過していった。
「あ、あ、危ないな。今の当たったら僕、死んでる」
「外しただろ」
「手加減をしなよ!」
言い争う二人を見比べて、ファーブラのメンバーが順に二手に分かれて雪玉をこさえたり投げ合ったりし始めた。
「カジミーユ、裏切ったな! そっちに付くとは。ヴラン、ブロワール、俺を守れ」
ひゅんひゅんと雪玉が行き交う冬景色に、笑い声が風と戯れるように溢れていく。
「レネン、レネンも術じゃなくて普通に雪玉を投げるんだよ」
無邪気に言って、クレイが笑っている。
「ほら、あそこに。アレクセイとミハイが隠れてるだろ、ぶつけておやり」
場所を示されて狙われたと気付いたミハイがぎくりとした。
「アレクセイ、あいつがこっちを狙ってるぞ」
「矢を射ますか」
「矢じゃなくて雪玉で! これは遊びなんだよ!」
飛んでくる雪玉から守ろうとアレクセイがミハイを抱きしめれば、あちらこちらから「いちゃつきやがって。あのカップルを狙え」といった独り身勢の声が零れる。
「カップルは爆発しろー!」
「俺たちの寂しさを受け止めろ!」
もはや何の集まりなのかもわからなくなった連中の雪合戦は、途中休戦を挟みつつ、日が沈むまでダラダラ、のんびりと続いたのだった。
◇◇◇
慰霊会を控えてエインヘリアに一度戻った『騎士王』ニュクスフォスは、可憐な星の花の花束を手にクレイの部屋を訪れていた。
「おお、陛下。いらっしゃいませ」
クレイの『拾い物』が慣れた様子で出迎えて訪問を報せに行くのを待たずに押し通れば、それにも慣れた様子で呆れた視線が諦めたように引き下がる。
部屋の主は部屋の隅に置かれた籠に収まる何かに布を被せて、少し慌てた様子であった。
(あの籠に何かまた隠しているらしい)
――とてもわかりやすい!
「俺は『ただいま』と申し上げましょう。そして、ぜひ『おかえり』と仰って欲しいものです。さあさあ仰い、高らかに!」
ニュクスフォスはニコニコと言い放った。
微妙にそわそわとするのは、少年の装いが普段と趣向を変えたデザインだからだろうか。
明るく淡く優しい色合いで、華やかながら清楚でもあり、所作にあわせて豊かな薄紗がひらひらとする様はまるで淑やかな深窓の姫君。背面の裾は長くドレスめいているが、前の方などは潔き短さでショートパンツのちょっと頼りない成長途中のいたいけなおみ足を見せている。姫のようであり王子のようでもある、どちらにせよ貴い。このデザインをした誰かは俺の好みを把握しているな――ニュクスフォスは感心した。
(本日は一段と愛らしい。これはまさに『ラーシャ姫』……と申すと間違いなく地雷を踏むであろうから、そうは申さぬが)
距離を保ち、そのまま戸口付近で膝をついて後ろ手に花を秘めれば、少年が近寄ってくる。
「おかえりなさい」
親愛の籠る声がそう告げる。脚を露出しすぎではあるまいか、と迫る視界にちらりと思うのだが。
(相手が俺でなければ襲われているところだぞ、なんと無防備なのだ。これは護衛を増やすべきなのではあるまいか)
「……クレイ様は本日は一段と凛々しく典雅な出で立ちでいらっしゃる。立派な貴公子ぶりに俺は惚れ惚れとしておりますぞ!」
花を差し出せば、クレイはふわふわと喜ぶ気配を見せた。
「この花はこの潔い型の花弁が星状に開き咲くのが清く、星の花とも騎士の花とも呼ばれているのです。花言葉は幾つかございますが、まずは『人望』と申しましょう。貴方様に相応しい――そして『幸せを作る』、『たくさんの小さな思い出』と続き、『貴方を守る』と」
花に添えたカードに綴られた母国語を見せながら言えば、クレイは目をキラキラさせて花を受け取り、純真そのものの声で礼を紡ぐのだ。
「とても佳いね。ありがとう、ニュクス!」
可憐なかんばせが花弁の先を掠めるように近付いて花をついばむように唇を落としたのが間近に視える。
毒性を底に沈めて上澄みの透き通った美しい層をキラキラさせるような瞳が花とカードの間を彷徨っていて、ニュクスフォスは咄嗟にサッと花とカードを上に掲げて視界から離した。
「ん?」
追いかけるように上を向く少年が可愛らしい。
「なに?」
「あ……、こほん」
つい意地悪をしてしまったではないか。花に嫉妬するなど、大人気ない――咳払いをして、ニュクスフォスは花をもう一度差し出した。
「花はこれで終わりません。俺は本日より毎日このように様々な花を献上致しますぞ。『もう飽きた、うざい』と仰ってもやめません」
両手で受け取る笑顔が「さっきのはなにかなぁ……」という思いをチラチラさせている。
「そういえば、慰霊会なるものに招待されておりますが」
ニュクスフォスはそっと話題を変えた。
「アイザールで行われますし、グリエルモもいるようですから、貴方は欠席がよろしいかと思ったのですが……どうせ勝手にもう招待状を入手なされているのでしょうね?」
「まさに、その通り。よくわかっているじゃないか」
クレイは機嫌良くレネンに花を渡して、頷いた。
「どうせ参加なさるなら、俺と参りませんか、と」
この坊ちゃんは、自由なのだ。うろちょろと昼でも夜でも何処かで何かして遊んでいるのだ。時には火遊びで済まないレベルの事に首を突っ込んで。
「えっ、いや、お前が今言った通り、『もう招待状を入手している』のだから、僕はそちらで遊ぶ。先約があるのだもの……」
夜を思わせる瞳がちらりと機嫌を窺うようにニュクスフォスを見た。
「ごめんね」
「……いえいえ」
(遊ぶということは、何かまたやらかしていらっしゃるらしい)
ゆるゆると首を振り、淡く微笑みを湛えていると少年はふわふわとした気配で体温を寄せ、花の香りで包み込むようにしてニュクスフォスを抱きしめた。
(これだ)
この感じだ。これが好きなのだ――ニュクスフォスは少年に釣られたようにふわふわとした顔になった。
そわそわと片手が少年の背から腰にまわる。体の線を確かめるように指を這わせると、壁際に控える呪術師が殺意めいた気配を浮かべるのを感じられた。
(ふっ、レネンよ。お前はもう俺に何も言えない立場なのだぞ。何と言っても俺はこうする権利が認められている恋人で、もうすぐ婚約者になる男なのだ)
従者に止められる理由などないのだ。
好きなだけ触れてよいのだ!
(脚まで触れるとアウトであろうな。セーフラインはこのあたりだ。俺はわかっているぞ)
「おお、クレイ様……俺に久しぶりに会えてうれしいんですな、俺が不在で寂しかったと……」
得意満面に語り掛けた唇に、掠めるようにして少年の唇が寄せられる。一瞬だけ、小鳥が軽く悪戯したように――そんな口付けがあっさりと、前触れもなく落とされた。
「……」
理解と共に頬に熱が燈る。
言葉を忘れて少年を見れば、どこか傲然とした瞳が真っすぐに自分を視ていた。
少しひんやりとした小さな手が獣を愛でるような温度感で慈しむように頬を撫でて、脳を蕩けさせるような甘やかな声が当然のように囁く。
「僕は花のお礼をこれにする。お前が花を贈るたびにこれをする。拒否権はない――いいね」
その瞳の奥に蜜棘がちらつく様が妖しく蠱惑的で、なんて綺麗なのだろう――ニュクスフォスはいそいそと首元を寛げて「なんなら痕もセットでくださっても構いませんぞ」などと言葉を連ねて、控えていた呪術師に冷然とした眼差しを向けられたのだった。
隙間から覗く太陽はそのすべてを明るく等しく輝かせていた。
ファーリズの王都ルーングラッドでは、人々が少年冒険団『暇つぶしの剣』に明るい表情で手を振っていた。
鮮やかな緑髪のクランマスター、アッシュ・フィーリーは『鮮緑』という二つ名もある魔剣使いで、先の王都防衛戦での功績はアーサー王にも公に称賛されてその将来は明るい。
ファーリズは英雄騎士『鮮血』を失ったが、次世代の英雄騎士は彼であろう――二つ名にはそのような期待も籠められているのだ。
『暇つぶしの剣』に手を振っていた少女二人が、薄い本の店に入っていく。
「なんだか、こういうのも久しぶりね」
元異世界人にして悪役令嬢から逃れた平凡な令嬢ヘレナはニコニコとして友人令嬢と宝の海を楽しんだ。
「最近は、誰を取り扱ったのかを同志にしかわからないように暈すようになったみたい。そういえば、そういう配慮も必要だったね。リアルなのだもの」
「ええ、わたくしもそう思いますわ」
推しの本を手に、友人ネネツィカが嬉しそうに目を細めた。
「リアルといえば、リアルな同性恋愛も増えているみたいで」
「うん、うん」
薄い本の影響もあってか、比較的公然とした同性カップルが増えていた。
「世の中って、なんかいつの間にか変わっていくのね」
ヘレナは平穏の中でそっと呟いた。
艶やかな黒髪がさらりと流れて、風が毛先をくすぐるようにして通り過ぎて高い天にのぼっていく。
秘密結社ファーブラでは、人気の少ない雪地に皆を呼び、仮面の勇者騎士エーリッヒが同志に正体を明かしていた。
「俺は阿呆王子のエリックだったのだ。俺が気に食わん奴もいることだろう。そんな奴は、かかってこい。此処で存分に剣を戦わせ、語り合おうではないか!」
もう気付いてた、といった無言の気配が充ちて、全員が互いの出方をはかるように視線を巡らせた。
「よし、参ろうではないか」
真っ先にそう言ったのは呪術師レネンの首もとにマフラーを何枚巻けるか試す、という平和な遊戯を楽しんでいた名目上ファーブラの主であるクレイであった。
「来い!」
エリックが燥いだ声をあげると、クレイは雪原に手を伸ばして雪を丸め、雪玉をこさえて投げた。
「やー」
なんとも気が抜ける掛け声と一緒に、へろへろ、ぽすんと雪玉が緩い弧を描いて落ちる。
「クレイはもうちょっと頑張れよ、届いてないぞ」
「エリックがもうちょっと近くに来るべきなんだ」
文句を言いつつ雪玉を追加するクレイに、エリックが「俺が見本を見せてやるよ」と雪玉を投げる。
ヒュッと風を切る凄まじく鋭い音と共に、剛速球がクレイの耳の横を通過していった。
「あ、あ、危ないな。今の当たったら僕、死んでる」
「外しただろ」
「手加減をしなよ!」
言い争う二人を見比べて、ファーブラのメンバーが順に二手に分かれて雪玉をこさえたり投げ合ったりし始めた。
「カジミーユ、裏切ったな! そっちに付くとは。ヴラン、ブロワール、俺を守れ」
ひゅんひゅんと雪玉が行き交う冬景色に、笑い声が風と戯れるように溢れていく。
「レネン、レネンも術じゃなくて普通に雪玉を投げるんだよ」
無邪気に言って、クレイが笑っている。
「ほら、あそこに。アレクセイとミハイが隠れてるだろ、ぶつけておやり」
場所を示されて狙われたと気付いたミハイがぎくりとした。
「アレクセイ、あいつがこっちを狙ってるぞ」
「矢を射ますか」
「矢じゃなくて雪玉で! これは遊びなんだよ!」
飛んでくる雪玉から守ろうとアレクセイがミハイを抱きしめれば、あちらこちらから「いちゃつきやがって。あのカップルを狙え」といった独り身勢の声が零れる。
「カップルは爆発しろー!」
「俺たちの寂しさを受け止めろ!」
もはや何の集まりなのかもわからなくなった連中の雪合戦は、途中休戦を挟みつつ、日が沈むまでダラダラ、のんびりと続いたのだった。
◇◇◇
慰霊会を控えてエインヘリアに一度戻った『騎士王』ニュクスフォスは、可憐な星の花の花束を手にクレイの部屋を訪れていた。
「おお、陛下。いらっしゃいませ」
クレイの『拾い物』が慣れた様子で出迎えて訪問を報せに行くのを待たずに押し通れば、それにも慣れた様子で呆れた視線が諦めたように引き下がる。
部屋の主は部屋の隅に置かれた籠に収まる何かに布を被せて、少し慌てた様子であった。
(あの籠に何かまた隠しているらしい)
――とてもわかりやすい!
「俺は『ただいま』と申し上げましょう。そして、ぜひ『おかえり』と仰って欲しいものです。さあさあ仰い、高らかに!」
ニュクスフォスはニコニコと言い放った。
微妙にそわそわとするのは、少年の装いが普段と趣向を変えたデザインだからだろうか。
明るく淡く優しい色合いで、華やかながら清楚でもあり、所作にあわせて豊かな薄紗がひらひらとする様はまるで淑やかな深窓の姫君。背面の裾は長くドレスめいているが、前の方などは潔き短さでショートパンツのちょっと頼りない成長途中のいたいけなおみ足を見せている。姫のようであり王子のようでもある、どちらにせよ貴い。このデザインをした誰かは俺の好みを把握しているな――ニュクスフォスは感心した。
(本日は一段と愛らしい。これはまさに『ラーシャ姫』……と申すと間違いなく地雷を踏むであろうから、そうは申さぬが)
距離を保ち、そのまま戸口付近で膝をついて後ろ手に花を秘めれば、少年が近寄ってくる。
「おかえりなさい」
親愛の籠る声がそう告げる。脚を露出しすぎではあるまいか、と迫る視界にちらりと思うのだが。
(相手が俺でなければ襲われているところだぞ、なんと無防備なのだ。これは護衛を増やすべきなのではあるまいか)
「……クレイ様は本日は一段と凛々しく典雅な出で立ちでいらっしゃる。立派な貴公子ぶりに俺は惚れ惚れとしておりますぞ!」
花を差し出せば、クレイはふわふわと喜ぶ気配を見せた。
「この花はこの潔い型の花弁が星状に開き咲くのが清く、星の花とも騎士の花とも呼ばれているのです。花言葉は幾つかございますが、まずは『人望』と申しましょう。貴方様に相応しい――そして『幸せを作る』、『たくさんの小さな思い出』と続き、『貴方を守る』と」
花に添えたカードに綴られた母国語を見せながら言えば、クレイは目をキラキラさせて花を受け取り、純真そのものの声で礼を紡ぐのだ。
「とても佳いね。ありがとう、ニュクス!」
可憐なかんばせが花弁の先を掠めるように近付いて花をついばむように唇を落としたのが間近に視える。
毒性を底に沈めて上澄みの透き通った美しい層をキラキラさせるような瞳が花とカードの間を彷徨っていて、ニュクスフォスは咄嗟にサッと花とカードを上に掲げて視界から離した。
「ん?」
追いかけるように上を向く少年が可愛らしい。
「なに?」
「あ……、こほん」
つい意地悪をしてしまったではないか。花に嫉妬するなど、大人気ない――咳払いをして、ニュクスフォスは花をもう一度差し出した。
「花はこれで終わりません。俺は本日より毎日このように様々な花を献上致しますぞ。『もう飽きた、うざい』と仰ってもやめません」
両手で受け取る笑顔が「さっきのはなにかなぁ……」という思いをチラチラさせている。
「そういえば、慰霊会なるものに招待されておりますが」
ニュクスフォスはそっと話題を変えた。
「アイザールで行われますし、グリエルモもいるようですから、貴方は欠席がよろしいかと思ったのですが……どうせ勝手にもう招待状を入手なされているのでしょうね?」
「まさに、その通り。よくわかっているじゃないか」
クレイは機嫌良くレネンに花を渡して、頷いた。
「どうせ参加なさるなら、俺と参りませんか、と」
この坊ちゃんは、自由なのだ。うろちょろと昼でも夜でも何処かで何かして遊んでいるのだ。時には火遊びで済まないレベルの事に首を突っ込んで。
「えっ、いや、お前が今言った通り、『もう招待状を入手している』のだから、僕はそちらで遊ぶ。先約があるのだもの……」
夜を思わせる瞳がちらりと機嫌を窺うようにニュクスフォスを見た。
「ごめんね」
「……いえいえ」
(遊ぶということは、何かまたやらかしていらっしゃるらしい)
ゆるゆると首を振り、淡く微笑みを湛えていると少年はふわふわとした気配で体温を寄せ、花の香りで包み込むようにしてニュクスフォスを抱きしめた。
(これだ)
この感じだ。これが好きなのだ――ニュクスフォスは少年に釣られたようにふわふわとした顔になった。
そわそわと片手が少年の背から腰にまわる。体の線を確かめるように指を這わせると、壁際に控える呪術師が殺意めいた気配を浮かべるのを感じられた。
(ふっ、レネンよ。お前はもう俺に何も言えない立場なのだぞ。何と言っても俺はこうする権利が認められている恋人で、もうすぐ婚約者になる男なのだ)
従者に止められる理由などないのだ。
好きなだけ触れてよいのだ!
(脚まで触れるとアウトであろうな。セーフラインはこのあたりだ。俺はわかっているぞ)
「おお、クレイ様……俺に久しぶりに会えてうれしいんですな、俺が不在で寂しかったと……」
得意満面に語り掛けた唇に、掠めるようにして少年の唇が寄せられる。一瞬だけ、小鳥が軽く悪戯したように――そんな口付けがあっさりと、前触れもなく落とされた。
「……」
理解と共に頬に熱が燈る。
言葉を忘れて少年を見れば、どこか傲然とした瞳が真っすぐに自分を視ていた。
少しひんやりとした小さな手が獣を愛でるような温度感で慈しむように頬を撫でて、脳を蕩けさせるような甘やかな声が当然のように囁く。
「僕は花のお礼をこれにする。お前が花を贈るたびにこれをする。拒否権はない――いいね」
その瞳の奥に蜜棘がちらつく様が妖しく蠱惑的で、なんて綺麗なのだろう――ニュクスフォスはいそいそと首元を寛げて「なんなら痕もセットでくださっても構いませんぞ」などと言葉を連ねて、控えていた呪術師に冷然とした眼差しを向けられたのだった。
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