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終章・旅人の夜の詩
250、『友人殺し』、『俺は鮮血が嫌い』、アクセル
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街中で、人の手から離れた新聞が風に遊ばれるまま地面を転がっていく。
大陸中に広く普及するそれには、『友人殺し』という文字が大きく取り上げられていた。
南国アイザールの慰霊会は、平和を求める皇女ディアナの名を代表に、新元首が積極的にかかわって開催された。
冬季にも咲き誇る南国の華やかな花々を愛でる庭園会場と、絢爛豪華な邸内会場は1階がダンスフロアで2階が飲食と歓談を楽しむフロアとなっている。いずれも人で賑わうその中に、幼き外見のクレストフォレスの姫君、ララカがワクワクと視線を巡らせている。アナウンスらしきものが何度か流れて、人間たちが拍手をすると音の波が会場を満たすのが、楽しい。
傍には常に多忙なディドがいて、手を繋いでくれていた。
妖精の目は人の心の煌めくを見て、妖精の耳は人の声をよく聞き分ける。
ファーリズの陣営にて保護される形のアイザール皇子ミハイは友人アレクセイを伴い、カードゲームを楽しんでいた。
「ミハイ! 久しぶりだな、大きくなったか? 元気だったか!」
醜聞に名を汚されつつも健在のグリエルモが親戚のおじさんといった顔をしてそんなミハイに近付き、あれこれと声をかけている。
「グリエルモ、久しぶり」
ミハイは応えつつ、周囲を確認した。
クレストフォレスの『妖精射手』サリオンがアレクセイを案ずるような目でソワソワと見守っている。何かあればすぐにでも妖精界に連れ帰ってしまいそうだ。
その隣にはエインヘリアの『騎士王』ニュクスフォスがちいさな妖精フェアグリンを肩に乗せ、戦友を落ち着かせるように宥めつつグリエルモに敵意を注いでいた。連れている混沌騎士の一人が『俺は鮮血が嫌い』と書いたプラカードを時折アピールしているのが謎である。
視界の隅に黒ローブが一瞬覗く。
ファーリズの呪術師だ。
――監視されている。
ミハイは軽く唇を噛んでから、哀し気に首を振った。
「おじさん、どうして」
声が『偶然』拡声魔道具に拾われたようで、広範囲にありありと響いた。
「どうして、グリエルモおじさんはあの時、ネクシを殺したの。ボク、ずっと……ふたりは親友だとおもってたのに」
「ミハイ……!?」
驚いた顔のグリエルモから目を逸らし、ミハイはアレクセイの胸に抱き着いて顔を隠した。
(くそっ、ボクにこんな道化を演じさせて。この悔しさは忘れないぞ。この仕返しはいつかしてやるぞ)
――心にそう誓いながら。
「噂になっている『友人殺し』は、本当なんだ。ボク、見たんだもの! ああ、おじさん、ネクシに謝って。今日は慰霊会だもの……」
ざわめき、どよめき。
こちらでそれが上がる頃、離れた場所でもそれが生まれている。
「竜だ」
そんな声があがっていた。
「白竜だ、……ファーリズの守護竜だ!!」
◇◇◇
騒動の少し前、ファーリズのアーサー王は兄弟のような第二王子と王甥を連れて、ダンスフロアを眺めていた。傍には、最近すこしずつ心身を復調させつつある忠臣のアクセルもいる。そして、ファーリズ地方の妖精たちを統括する古妖精『冬の』デミルも一緒だった。
「あれはエリックの恋人ではないか?」
ダンスフロアにて、まだ幼さの残るラーフルトンの伯爵令嬢と見知らぬ貴公子が踊っている。
ぴったりと息を揃え、二人だけの世界を楽しむように、楽し気に、幸せそうに。
まるであらかじめ設えた一対の番めいて似合いの二人が両手を繋ぎ、同じ調子で体を揺らし、リズムの中を泳いでいる。
「そうですよ」
当然の温度でエリックは言って、彼女が愛しくて堪らないといった眼差しを注いでいた。
その横顔は以前より大人びていて、父はそれ以上何も言うまいと思ったものだ。
「我が甥には……」
視線を移せば、ラーシャ譲りの瞳が何かを求める色を隠さぬ。
それは必要なのだと思われた。
「すまなかったな。母子ともども」
自分はノリが軽くなっていけない。思いつつ、アーサー王はまずエリックを見た。
「白竜ティーリーをけしかけたのは、父である。父は言ったのだ、『エリックが望むなら、やっちゃって』と、まあまあ軽率にあんな大ごとになると思わず言っちゃっ、こほん、父が悪いのだ」
二人分の視線が痛い。
――だってパパは我が子がかわいかったものだからさ、すまんかった。
アーサー王は、言葉を続けた。
「ラーシャは、たいそう人気があった。いないのではないかと言われていた黒竜の加護を賜ってな、美しく聡明で、野心も強く権謀術数に長けて、それはもう腹が黒くてな。けれどそれを愛らしく砂糖菓子めいた姫君のかんばせと可憐なドレスで隠して御伽噺に出てくる理想の仁君のごとく麗しく綺麗に囀り人心を掌握して、我が妹はなんて恐ろしく手ごわい競争相手よと、戦々恐々としたものだ」
甥は、興味深々といった目を見せた。
「僕は、劇の造り物みたいな綺麗な姫よりそっちのほうが魅力的な母に思えます」
「はは、そうであるか」
アクセルがその隣で膝をつき、頭を垂れた。
「ああ、我がまことの忠臣アクセル。其方には……言葉も思いつかぬ」
恋愛の末に想い人と結ばれたばかりのアクセルはアーサー王が追い詰められいく盤面を見て、その時、ひとつの策を献じたのだった。
子どもの前で何を話すのか、と思う者は、その時いなかった。
アーサー王に呼ばれて顔を上げるアクセルは、何かを訴えるような目をしている。
頷けば、一度壊れた心が壊れる前の彼に近付くようにして、声を紡ぐ。
「お、お……お詫びせねば、と」
不調を窺わせるたどたどしい声に、視線が遠慮がちに集まれば、アクセルは倒れてしまいそうなほど萎縮して、はくはくと呼吸を繰り返して発作めいたものに耐えるようにし――けれど、拳を握って言葉を続けた。
「う、疑わせてしまいました。まことに、貴種の血を繋いだのかと……、そ、そ、そして、私は……妻を二人とも亡くし、娘も……」
少し驚いた様子で、事情を知る者たちがアクセルを見つめている。
「乱心し、御子に証拠をみせよと迫り、迫害いたした……」
声には理性の色が濃く、罪を理解し、償う気があるのだと伝えていた。
「復調いたしたからには、なかったことにはいたすまい」
アクセルはついにそこまでを言い切り、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。
辛そうではあったが、決して正気を手放し発作を起こしたり倒れたりはせぬといった意地のようなものがそこには視えた。
「それは、違いますねお父様」
王甥は動ぜぬ声で言って、父の前に膝をつき、ハンカチでその額から流れる汗をぬぐった。
「僕は知っています。『娘は生きています』、そうでしょう? それに、迫害なんてされたことがないなぁ」
未知の生き物をみるような父の目を不思議そうに見返して、子は稚く笑った。
「母は、父に大切にしてもらってる、幸せって笑ってました……ほんとうは、嫁ぐ前からの片思いだったって」
――そんなことを言って。
ラーシャがアクセルを好ましく思っていたなど、そんな話は、誰もきいたことがなかった。
アクセルとはアーサーの懐刀で、ラーシャの敵筆頭と言えた。
憎む事はあっても好むなど、あり得ぬと思われた。
――そういうことにしては、いかが。
少年の瞳がぐるりと居並ぶファーリズ勢を見て、夢見るように微笑んだ。
……真実は、誰も知らぬのだ。
「僕は、派閥の者らに挨拶をしてまいります」
ラーシャの子はそう言ってその場を離れていく。
見送り、エリックは声をあげた。
「父上、俺は今より、ティーリーの封印を解きます。俺やティーリーの暴走に巻き込まれ傷付いた民らも慰めたいと思うのです。……ティーリーはきっと、俺の話をきくでしょう」
勇者の剣をぽんぽんと叩くと、妖精王デミルがにっこりとしてダンスフロアの真ん中にコードを紡ぐ。
「ああ、エリック。パーティが台無しではないかっ、場所とタイミングは配慮せんと!」
また阿呆王子と呼ばれるぞ!! 父は心配したが、息子は止まらなかった。
そして、白竜は封印を解かれたのだ。
大陸中に広く普及するそれには、『友人殺し』という文字が大きく取り上げられていた。
南国アイザールの慰霊会は、平和を求める皇女ディアナの名を代表に、新元首が積極的にかかわって開催された。
冬季にも咲き誇る南国の華やかな花々を愛でる庭園会場と、絢爛豪華な邸内会場は1階がダンスフロアで2階が飲食と歓談を楽しむフロアとなっている。いずれも人で賑わうその中に、幼き外見のクレストフォレスの姫君、ララカがワクワクと視線を巡らせている。アナウンスらしきものが何度か流れて、人間たちが拍手をすると音の波が会場を満たすのが、楽しい。
傍には常に多忙なディドがいて、手を繋いでくれていた。
妖精の目は人の心の煌めくを見て、妖精の耳は人の声をよく聞き分ける。
ファーリズの陣営にて保護される形のアイザール皇子ミハイは友人アレクセイを伴い、カードゲームを楽しんでいた。
「ミハイ! 久しぶりだな、大きくなったか? 元気だったか!」
醜聞に名を汚されつつも健在のグリエルモが親戚のおじさんといった顔をしてそんなミハイに近付き、あれこれと声をかけている。
「グリエルモ、久しぶり」
ミハイは応えつつ、周囲を確認した。
クレストフォレスの『妖精射手』サリオンがアレクセイを案ずるような目でソワソワと見守っている。何かあればすぐにでも妖精界に連れ帰ってしまいそうだ。
その隣にはエインヘリアの『騎士王』ニュクスフォスがちいさな妖精フェアグリンを肩に乗せ、戦友を落ち着かせるように宥めつつグリエルモに敵意を注いでいた。連れている混沌騎士の一人が『俺は鮮血が嫌い』と書いたプラカードを時折アピールしているのが謎である。
視界の隅に黒ローブが一瞬覗く。
ファーリズの呪術師だ。
――監視されている。
ミハイは軽く唇を噛んでから、哀し気に首を振った。
「おじさん、どうして」
声が『偶然』拡声魔道具に拾われたようで、広範囲にありありと響いた。
「どうして、グリエルモおじさんはあの時、ネクシを殺したの。ボク、ずっと……ふたりは親友だとおもってたのに」
「ミハイ……!?」
驚いた顔のグリエルモから目を逸らし、ミハイはアレクセイの胸に抱き着いて顔を隠した。
(くそっ、ボクにこんな道化を演じさせて。この悔しさは忘れないぞ。この仕返しはいつかしてやるぞ)
――心にそう誓いながら。
「噂になっている『友人殺し』は、本当なんだ。ボク、見たんだもの! ああ、おじさん、ネクシに謝って。今日は慰霊会だもの……」
ざわめき、どよめき。
こちらでそれが上がる頃、離れた場所でもそれが生まれている。
「竜だ」
そんな声があがっていた。
「白竜だ、……ファーリズの守護竜だ!!」
◇◇◇
騒動の少し前、ファーリズのアーサー王は兄弟のような第二王子と王甥を連れて、ダンスフロアを眺めていた。傍には、最近すこしずつ心身を復調させつつある忠臣のアクセルもいる。そして、ファーリズ地方の妖精たちを統括する古妖精『冬の』デミルも一緒だった。
「あれはエリックの恋人ではないか?」
ダンスフロアにて、まだ幼さの残るラーフルトンの伯爵令嬢と見知らぬ貴公子が踊っている。
ぴったりと息を揃え、二人だけの世界を楽しむように、楽し気に、幸せそうに。
まるであらかじめ設えた一対の番めいて似合いの二人が両手を繋ぎ、同じ調子で体を揺らし、リズムの中を泳いでいる。
「そうですよ」
当然の温度でエリックは言って、彼女が愛しくて堪らないといった眼差しを注いでいた。
その横顔は以前より大人びていて、父はそれ以上何も言うまいと思ったものだ。
「我が甥には……」
視線を移せば、ラーシャ譲りの瞳が何かを求める色を隠さぬ。
それは必要なのだと思われた。
「すまなかったな。母子ともども」
自分はノリが軽くなっていけない。思いつつ、アーサー王はまずエリックを見た。
「白竜ティーリーをけしかけたのは、父である。父は言ったのだ、『エリックが望むなら、やっちゃって』と、まあまあ軽率にあんな大ごとになると思わず言っちゃっ、こほん、父が悪いのだ」
二人分の視線が痛い。
――だってパパは我が子がかわいかったものだからさ、すまんかった。
アーサー王は、言葉を続けた。
「ラーシャは、たいそう人気があった。いないのではないかと言われていた黒竜の加護を賜ってな、美しく聡明で、野心も強く権謀術数に長けて、それはもう腹が黒くてな。けれどそれを愛らしく砂糖菓子めいた姫君のかんばせと可憐なドレスで隠して御伽噺に出てくる理想の仁君のごとく麗しく綺麗に囀り人心を掌握して、我が妹はなんて恐ろしく手ごわい競争相手よと、戦々恐々としたものだ」
甥は、興味深々といった目を見せた。
「僕は、劇の造り物みたいな綺麗な姫よりそっちのほうが魅力的な母に思えます」
「はは、そうであるか」
アクセルがその隣で膝をつき、頭を垂れた。
「ああ、我がまことの忠臣アクセル。其方には……言葉も思いつかぬ」
恋愛の末に想い人と結ばれたばかりのアクセルはアーサー王が追い詰められいく盤面を見て、その時、ひとつの策を献じたのだった。
子どもの前で何を話すのか、と思う者は、その時いなかった。
アーサー王に呼ばれて顔を上げるアクセルは、何かを訴えるような目をしている。
頷けば、一度壊れた心が壊れる前の彼に近付くようにして、声を紡ぐ。
「お、お……お詫びせねば、と」
不調を窺わせるたどたどしい声に、視線が遠慮がちに集まれば、アクセルは倒れてしまいそうなほど萎縮して、はくはくと呼吸を繰り返して発作めいたものに耐えるようにし――けれど、拳を握って言葉を続けた。
「う、疑わせてしまいました。まことに、貴種の血を繋いだのかと……、そ、そ、そして、私は……妻を二人とも亡くし、娘も……」
少し驚いた様子で、事情を知る者たちがアクセルを見つめている。
「乱心し、御子に証拠をみせよと迫り、迫害いたした……」
声には理性の色が濃く、罪を理解し、償う気があるのだと伝えていた。
「復調いたしたからには、なかったことにはいたすまい」
アクセルはついにそこまでを言い切り、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。
辛そうではあったが、決して正気を手放し発作を起こしたり倒れたりはせぬといった意地のようなものがそこには視えた。
「それは、違いますねお父様」
王甥は動ぜぬ声で言って、父の前に膝をつき、ハンカチでその額から流れる汗をぬぐった。
「僕は知っています。『娘は生きています』、そうでしょう? それに、迫害なんてされたことがないなぁ」
未知の生き物をみるような父の目を不思議そうに見返して、子は稚く笑った。
「母は、父に大切にしてもらってる、幸せって笑ってました……ほんとうは、嫁ぐ前からの片思いだったって」
――そんなことを言って。
ラーシャがアクセルを好ましく思っていたなど、そんな話は、誰もきいたことがなかった。
アクセルとはアーサーの懐刀で、ラーシャの敵筆頭と言えた。
憎む事はあっても好むなど、あり得ぬと思われた。
――そういうことにしては、いかが。
少年の瞳がぐるりと居並ぶファーリズ勢を見て、夢見るように微笑んだ。
……真実は、誰も知らぬのだ。
「僕は、派閥の者らに挨拶をしてまいります」
ラーシャの子はそう言ってその場を離れていく。
見送り、エリックは声をあげた。
「父上、俺は今より、ティーリーの封印を解きます。俺やティーリーの暴走に巻き込まれ傷付いた民らも慰めたいと思うのです。……ティーリーはきっと、俺の話をきくでしょう」
勇者の剣をぽんぽんと叩くと、妖精王デミルがにっこりとしてダンスフロアの真ん中にコードを紡ぐ。
「ああ、エリック。パーティが台無しではないかっ、場所とタイミングは配慮せんと!」
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そして、白竜は封印を解かれたのだ。
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