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二章、未熟な聖杯と終末の予言
26、王兄と秘密の地下遺跡
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遺跡は、進むほど地下に潜り込んでいくような建築だった。
まず最初に僕の魔術光が照らしたのは、左右に二つ並んだ扉だった。
「ほほーぅっ! 絵が描いてあるな。なんだこれ、どっちか選べってか? 両方いっちゃう?」
ロザニイルがワクワクとはしゃぐような声で扉を探っている。楽しそうだ。
「なあ、エーテルぅ。お前どっちがいい? オレ様が右開けるからお前左開ける?」
「ロザニイル、危険じゃないかな? もうちょっと慎重にいこうよ」
僕は慌ててロザニイルを止めた。罠とかがあったらどうするんだ。
安易に触れないようにしつつ注意深く観察してみれば、左の扉には竜の絵が、右の扉には妖精が描かれていた。
「左だ」
「ふぇっ!?」
ノウファムは一秒も躊躇うことなく扉を開けた。ガチャっと。自室の扉でも開けるみたいに、呆気なく。
「えーっ、なんで左? 理由は? おい、警戒が足りねえよ!」
「ロザニイル、黙れ」
扉の先に全員が進むと、後ろでガチャリを音がして、悲鳴があがる。
「殿下! 扉が閉まりました! 開きません!」
「閉じ込められた!!」
退路が断たれた――全員が入ってきた扉に向かおうとする中、ノウファムは眉をあげて制止した。
「そのうち勝手に開く。先に進むぞ」
扉が閉まったからなんだって感じの堂々とした背中が、頼もしいようでもあり不安なようでもある。
大丈夫なんだろうか、この王兄殿下。
思えば彼は生まれてからこのかた、負け続きの人生――を挽回するように剣闘会では勝っているけれど。
「で、殿下ぁっ、勇気と無謀は違うのでござりまして!」
「無警戒はなりませぬ、殿下、殿下!」
モイセスを始めとした配下の人たちが慌てて忠言している。
ロザニイルが笑いながら肩を並べて、「んじゃ、後ろは気にせず進むかぁ!」とノウファムの背中をバシバシ叩いた。
「脳筋はいけません殿下! いけませんぞ殿下ぁっ」
「はは、帰ったらモイセス卿に胃薬プレゼントしてやろう――おっと」
ロザニイルがモイセスを揶揄うように大きな仕草で手を振った時、天井から一直線に凶器に似た氷柱が落ちてきて、僕はギクリとした。
「ロザニイル」
「おう」
眼にも止まらぬ速さで、ロザニイルの杖が振るわれる。
すると、全員の頭上に炎の膜が生まれて氷柱がじゅわっと蒸発した。
「ご苦労」
「偉そうだな、ノウファム」
「実は偉いんだ」
「そりゃ、初耳。どんな風に偉いんだ? 王族の身分以外で頼むぞ!」
「……」
あっ、ノウファムが困ってる。
僕は仲睦まじい軽口のやりとりを蚊帳の外みたいな気分で眺めて、口を挟んだ。
「ロザニイルは王兄殿下に不敬だと思います」
「おっ、エーテル。お前……さてはオレに構って欲しいんだな!」
「違うよ!」
ああ、ロザニイルがひっついてくる。
外套のおかげもあってか、ぽかぽかだ。あったかい。
「あっ、エーテル見ろよ。また扉があるぞ。今度こそ二人で開けるか? 共同作業やっちゃうかぁ?」
しばらく進んだ先に扉が二つ並んでいるのを見つけて、ロザニイルが手を引く。
「へへっ、ノウファムが脳筋しねえように足止めしてやろう」
パチンとロザニイルが指を鳴らすと、ノウファムの足元の地面からしゅるりと光の蔦が伸びて脚を捕まえている。
「ちょっと、何をしてるのさ。味方の足止めをしてどうするんだよロザニイル」
「アハハ!」
ロザニイルは奔放に笑い、扉を示した。
「左の扉が火、右の扉が水だ。この遺跡は氷に閉ざされてるから、火を選んだら氷が溶ける仕掛けだったりしねえかな? なあなあ、オレ、名推理じゃね!?」
その肩をぐいっと後ろに押して、光の蔦を引きちぎったノウファムが前に出る。
「右だ」
「あっ――」
がちゃっ。
ノウファムは一瞬も迷わず右の扉を開いて中に入った。
「お前~~! 反射で決めるなぁ~!?」
ロザニイルが大声で叫んで、「今から左開くかな?」と左の扉をぐいぐいと押したり引いたりしている。
「開かない。10秒以内に入れ。扉は閉まる」
「あ、開かねえっ……え、閉まるの? ウソ。待て!」
全員が慌てて扉に走り込む。
ちょうど10秒後、がちゃり、と右の扉が閉まると、全員が何ともいえない顔を見合わせた。
「後ろを気にするな。俺たちは先に進む。帰りの心配もいらない」
ノウファムの海めいた青い瞳が悠然と全員を見渡し、闊達な声が空間に響く。
その眼差しには迷いが微塵もなく、自信に溢れていて、まるでカジャのようだった。
血がつながっている――そう思わせる気配だった。
「汝らは俺に誓ったではないか? どんな苦難があろうとついていく、困難に立ち向かうと」
「殿下……っ」
モイセスの情けない声が、背中に聞こえる。
「慎重に行動することで回避できる苦難もございます。私が脳筋はいけませんと、幼少のころより散々申し上げたこと……後世にはちゃんと伝えて欲しいものです……」
……ノウファム、脳筋――全員の心の声が合わさって聞こえるようだった。
まず最初に僕の魔術光が照らしたのは、左右に二つ並んだ扉だった。
「ほほーぅっ! 絵が描いてあるな。なんだこれ、どっちか選べってか? 両方いっちゃう?」
ロザニイルがワクワクとはしゃぐような声で扉を探っている。楽しそうだ。
「なあ、エーテルぅ。お前どっちがいい? オレ様が右開けるからお前左開ける?」
「ロザニイル、危険じゃないかな? もうちょっと慎重にいこうよ」
僕は慌ててロザニイルを止めた。罠とかがあったらどうするんだ。
安易に触れないようにしつつ注意深く観察してみれば、左の扉には竜の絵が、右の扉には妖精が描かれていた。
「左だ」
「ふぇっ!?」
ノウファムは一秒も躊躇うことなく扉を開けた。ガチャっと。自室の扉でも開けるみたいに、呆気なく。
「えーっ、なんで左? 理由は? おい、警戒が足りねえよ!」
「ロザニイル、黙れ」
扉の先に全員が進むと、後ろでガチャリを音がして、悲鳴があがる。
「殿下! 扉が閉まりました! 開きません!」
「閉じ込められた!!」
退路が断たれた――全員が入ってきた扉に向かおうとする中、ノウファムは眉をあげて制止した。
「そのうち勝手に開く。先に進むぞ」
扉が閉まったからなんだって感じの堂々とした背中が、頼もしいようでもあり不安なようでもある。
大丈夫なんだろうか、この王兄殿下。
思えば彼は生まれてからこのかた、負け続きの人生――を挽回するように剣闘会では勝っているけれど。
「で、殿下ぁっ、勇気と無謀は違うのでござりまして!」
「無警戒はなりませぬ、殿下、殿下!」
モイセスを始めとした配下の人たちが慌てて忠言している。
ロザニイルが笑いながら肩を並べて、「んじゃ、後ろは気にせず進むかぁ!」とノウファムの背中をバシバシ叩いた。
「脳筋はいけません殿下! いけませんぞ殿下ぁっ」
「はは、帰ったらモイセス卿に胃薬プレゼントしてやろう――おっと」
ロザニイルがモイセスを揶揄うように大きな仕草で手を振った時、天井から一直線に凶器に似た氷柱が落ちてきて、僕はギクリとした。
「ロザニイル」
「おう」
眼にも止まらぬ速さで、ロザニイルの杖が振るわれる。
すると、全員の頭上に炎の膜が生まれて氷柱がじゅわっと蒸発した。
「ご苦労」
「偉そうだな、ノウファム」
「実は偉いんだ」
「そりゃ、初耳。どんな風に偉いんだ? 王族の身分以外で頼むぞ!」
「……」
あっ、ノウファムが困ってる。
僕は仲睦まじい軽口のやりとりを蚊帳の外みたいな気分で眺めて、口を挟んだ。
「ロザニイルは王兄殿下に不敬だと思います」
「おっ、エーテル。お前……さてはオレに構って欲しいんだな!」
「違うよ!」
ああ、ロザニイルがひっついてくる。
外套のおかげもあってか、ぽかぽかだ。あったかい。
「あっ、エーテル見ろよ。また扉があるぞ。今度こそ二人で開けるか? 共同作業やっちゃうかぁ?」
しばらく進んだ先に扉が二つ並んでいるのを見つけて、ロザニイルが手を引く。
「へへっ、ノウファムが脳筋しねえように足止めしてやろう」
パチンとロザニイルが指を鳴らすと、ノウファムの足元の地面からしゅるりと光の蔦が伸びて脚を捕まえている。
「ちょっと、何をしてるのさ。味方の足止めをしてどうするんだよロザニイル」
「アハハ!」
ロザニイルは奔放に笑い、扉を示した。
「左の扉が火、右の扉が水だ。この遺跡は氷に閉ざされてるから、火を選んだら氷が溶ける仕掛けだったりしねえかな? なあなあ、オレ、名推理じゃね!?」
その肩をぐいっと後ろに押して、光の蔦を引きちぎったノウファムが前に出る。
「右だ」
「あっ――」
がちゃっ。
ノウファムは一瞬も迷わず右の扉を開いて中に入った。
「お前~~! 反射で決めるなぁ~!?」
ロザニイルが大声で叫んで、「今から左開くかな?」と左の扉をぐいぐいと押したり引いたりしている。
「開かない。10秒以内に入れ。扉は閉まる」
「あ、開かねえっ……え、閉まるの? ウソ。待て!」
全員が慌てて扉に走り込む。
ちょうど10秒後、がちゃり、と右の扉が閉まると、全員が何ともいえない顔を見合わせた。
「後ろを気にするな。俺たちは先に進む。帰りの心配もいらない」
ノウファムの海めいた青い瞳が悠然と全員を見渡し、闊達な声が空間に響く。
その眼差しには迷いが微塵もなく、自信に溢れていて、まるでカジャのようだった。
血がつながっている――そう思わせる気配だった。
「汝らは俺に誓ったではないか? どんな苦難があろうとついていく、困難に立ち向かうと」
「殿下……っ」
モイセスの情けない声が、背中に聞こえる。
「慎重に行動することで回避できる苦難もございます。私が脳筋はいけませんと、幼少のころより散々申し上げたこと……後世にはちゃんと伝えて欲しいものです……」
……ノウファム、脳筋――全員の心の声が合わさって聞こえるようだった。
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