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五章、眠れる火竜と獅子王の剣
94、ロザニイルの告白と、オメガバース
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白いローブ姿のステントスは、視ているだけで僕の記憶に訴えかけるものがある。
ぎゅっとノウファムにしがみついていると、端正な顔が眉を寄せてステントスに首を傾げた。
「弟が怖がっている。もっと可愛い恰好はできないのか」
「恰好の問題じゃないんですよ殿下!?」
僕が啞然としていると、ステントスは手乗りサイズのハリネズミ姿になった。
まるまるとしたフォームで、鼻がピンクで、目はつぶら。
「か、可愛い」
思わず呟いてしまう。でも、このハリネズミちょっと禍々しいオーラが出ている……。
「妖精っていろんな姿になれんのな! スゲー! ミルヒ飲む?」
ロザニイルはテンションが上がった様子でハリネズミ=ステントスを引っ掴み、裏返したり針をつまんだりした。
「オレがこいつに出会ったのは、薬の調合中だったんだ。こいつったらいきなり部屋の中に出てきてさ、分量間違ってるって教えてくれてさあ」
なんとも暢気な声だ。
気付けば、僕はハリネズミ=ステントスと一緒に食卓を囲んでいた。
「エーテル、あとで俺の部屋に来いよ」
ロザニイルがハリネズミ=ステントスをテーブルにちょこんと置いて目の前にミルヒ入りの小皿を並べながら言う。まるでペットみたい。あれぇ……。
「人間の王よ、この土地はどうだ?」
ピンクの鼻をふんふんさせながら、ハリネズミ=ステントスが怖いことを尋ねている。鼻先にミルヒがついている。可愛い。あれぇ……。
「ふうむ」
ノウファムは明答せずに僕が贈ったお茶を啜った。
そして、口元を軽く笑ませた。
「この土地のお茶は美味いし、弟が好む温泉もある」
僕はその世間話みたいなやり取りに背筋をさわさわさせながら、ロザニイルの部屋に引っ張られていった。
薬草の匂いが充満する部屋は、簡易調合台にロザニイルの努力の痕が窺える。
「いくつか薬を試してるんだ……」
ロザニイルはそう言って、何種類かの薬を並べた。
「いいか、これはお前が前くれた魔女家の秘薬をもとにオレ様が創った試験薬と実験結果だ」
ロザニイルは紙に書いた実験記録と薬を見せてくれる。
「狼のウルフパックって知ってるか?」
僕は頷いた。
狼は群れで生きている。その群れを「パック」と呼ぶのだ。
「狼の群れには、階級がある。アルファ、ベータ、オメガっていうんだ」
「ロザニイル、僕、それわかるよ」
「アルファが一番偉くて、群れの行先や行動を自由にできる。残りの狼はアルファに従うんだ。最下位のオメガは子供みたいに扱われたり搾取されたり苛められたりする。王国で言うと、アルファは現在、王族だけ……」
僕は何を言わんとしているかを理解して息を呑む。
ロザニイルは僕たちを狼の群れに例えようというのだ。
「いいかエーテル。アルファが王族ならオメガは誰だ? お前だ。聖杯だ」
語る声は、いつも陽気で溌剌としたロザニイルらしくない。
その悪夢を考えれば、当たり前だ。
「聖杯は変化する途中段階で、数年間の投薬中ずっと体調が不安定になりがちだったよな。よく寝込んでて、何もできずに何か月も経ってたりしただろ……あれは、身体の中に無理やり不自然な器官を生成されることに伴う不調と、変化した体質が齎す定期的発情症状の現れによるものだよな。ダブルで不調に苛まれたんじゃ、ほとんど寝たきりの病人になっちまっても仕方ねえよ」
それは確かにその通りで、聖杯化の進む僕は確かに定期的に発熱をしていたのだが、それが成長に応じて性欲の高まる症状へと変わる兆候をみせていたのだ。
――ロザニイルが前に作ってくれた【対抗薬】のおかげで、それを軽減できているけれど。
悪夢の中の自分を思い出すように、ロザニイルの声が苦々しくなる。
「獣みたいに、オメガは定期的に発情期を迎える生態なんだ。性的に未熟なうちは不自然な発育促進で身体をおかしくするのと、発熱したり朦朧となって単なる体調不良で寝込む……不公平だ。体質に足を引っ張られて、まともに人生が謳歌できない。奴隷だ。オメガ――聖杯って、要するにアルファである王族の奴隷なんだよ」
ロザニイルの鮮やかな緑色の瞳が、爛々としている。ちょっと怖い。
「お前は、ノウファムに抱かれたんだよな?」
「あっ……」
真っすぐな口調で確認するように言われれば、恥じらいが胸に湧く。
僕は真っ赤になって視線を逸らした。
「そ、そ、そ……」
声が震える。それ、言わないといけない? 恥ずかしい。恥ずかしい。
「視てればわかる」
追い打ちをかけるように言いながら、ロザニイルが顔を覗き込んでくる。
「は……恥ずかしいよ……っ、わかってるなら」
僕はあわあわと首を振った。ああ、恥ずかしいっ。
けれど、ロザニイルは真剣だ。真剣な話なのは、僕もわかる。
「お前、いいのかよ。聖杯でいいのかよ? 不自由で不便な人生で、いいのかよ? ノウファムもカジャ陛下も、お前のこと魔力増強の道具にしてるぜ、いいのかよ」
――魔力増強の道具にしてる。
「そんなの、知ってるよ。僕、それでいいんだ」
そうだ。
僕は頷いた。ぎゅっと目を瞑って頷いた。
「だって、ロザニイル。……」
僕は言葉を吐き捨てようとして、迷った。
ロザニイルには、あくまでも悪夢を悪夢として認識したままでいてほしいのだ。
「ねえ、ロザニイル。君の悪夢の中で僕はどんな僕だった?」
そうだ。
僕は、ずっとそれを問いたかった。
【僕、ロザニイルのことを魔力増強装置だと思えってノウファムやカジャに言った記憶があるんだ】
「僕は、前も言っただろ。自分が役に立てたら、嬉しいんだ。僕は世界の滅亡を回避したくて、カジャ陛下は世界の滅亡を回避しようとしていて、きっとノウファム殿下も……」
言い訳みたいな声だ。
そう自覚しながら、僕は眼を開けた。
「ううん。それは建前だ。僕は、ノウファム殿下が好きなんだ。だから、自分が堂々とノウファム殿下と番える聖杯なのが、嫌じゃないんだ」
「……使いたくなったら、薬使えよ。【対抗薬】は発情期を抑制できて、日常的に役に立つだろうし――オレ、作るから。レシピもほら、紙に書いておいたから」
ロザニイルは薬とレシピのメモを僕の手に押し付けて、自分の指を重ねるようにして握らせた。
「お前は、夢の中ではさ。ちょっといけ好かない感じだったけど、自分の想いを殺してて一生懸命なのは、笑っちゃうくらい、誰が見てもわかりやすい奴だったよ」
そして、奔放な野生の獣みたいに歯を剥いて笑った。
「オレはそんなお前が好きだったよ。お前は知らなかったかもしれないけどさ……」
その笑顔はとても綺麗で、ちょっと切なくて――作りたての薬を続いて紹介する声は、悪戯っ子のようだった。
「ちなみにこっちは【退行薬】を改良してつくったんだけど、【事故防止薬】」
「事故防止……?」
「うぉっほん。つまり、望まずに子ができる事故を防ぐ薬だな」
「……っ」
なんだか、生々しい。
「必要だろ? あると便利だろ? 恥ずかしいことじゃないぜ」
「う、うん……ありがとう。ロザニイルはすごいね」
僕は真っ赤になりながら、それを受け取ったのだった。
「んじゃ、真面目な話は切り上げて気分変えて温泉行くか、エーテル。ノウファムも引っ張っていくか? あのハリネズミ、まだいるかな? どうせならみんなで賑やかに入ろうぜっ!」
ロザニイルはちょっと恥ずかしい感じになった空気を換えるように明るく笑って、僕の手を引いて部屋の外に出た。
そして大声で「宣誓ー! オレたちー! お前たちはー! 温泉行くぞー! 行く奴全員ついてこーい!」などとハイテンションに騒いで窘められた。
「騒がしいぞロザニイル。それに、品がない」
「なんだよう。賑やかにしたっていいじゃんかぁ! ノウファム、温泉行くぞー!」
ケラケラと酔っ払いみたいに笑うロザニイルは頬が赤くて、僕にはそのハイテンションがロザニイル流の照れ隠しなのだとわかった。
ぎゅっとノウファムにしがみついていると、端正な顔が眉を寄せてステントスに首を傾げた。
「弟が怖がっている。もっと可愛い恰好はできないのか」
「恰好の問題じゃないんですよ殿下!?」
僕が啞然としていると、ステントスは手乗りサイズのハリネズミ姿になった。
まるまるとしたフォームで、鼻がピンクで、目はつぶら。
「か、可愛い」
思わず呟いてしまう。でも、このハリネズミちょっと禍々しいオーラが出ている……。
「妖精っていろんな姿になれんのな! スゲー! ミルヒ飲む?」
ロザニイルはテンションが上がった様子でハリネズミ=ステントスを引っ掴み、裏返したり針をつまんだりした。
「オレがこいつに出会ったのは、薬の調合中だったんだ。こいつったらいきなり部屋の中に出てきてさ、分量間違ってるって教えてくれてさあ」
なんとも暢気な声だ。
気付けば、僕はハリネズミ=ステントスと一緒に食卓を囲んでいた。
「エーテル、あとで俺の部屋に来いよ」
ロザニイルがハリネズミ=ステントスをテーブルにちょこんと置いて目の前にミルヒ入りの小皿を並べながら言う。まるでペットみたい。あれぇ……。
「人間の王よ、この土地はどうだ?」
ピンクの鼻をふんふんさせながら、ハリネズミ=ステントスが怖いことを尋ねている。鼻先にミルヒがついている。可愛い。あれぇ……。
「ふうむ」
ノウファムは明答せずに僕が贈ったお茶を啜った。
そして、口元を軽く笑ませた。
「この土地のお茶は美味いし、弟が好む温泉もある」
僕はその世間話みたいなやり取りに背筋をさわさわさせながら、ロザニイルの部屋に引っ張られていった。
薬草の匂いが充満する部屋は、簡易調合台にロザニイルの努力の痕が窺える。
「いくつか薬を試してるんだ……」
ロザニイルはそう言って、何種類かの薬を並べた。
「いいか、これはお前が前くれた魔女家の秘薬をもとにオレ様が創った試験薬と実験結果だ」
ロザニイルは紙に書いた実験記録と薬を見せてくれる。
「狼のウルフパックって知ってるか?」
僕は頷いた。
狼は群れで生きている。その群れを「パック」と呼ぶのだ。
「狼の群れには、階級がある。アルファ、ベータ、オメガっていうんだ」
「ロザニイル、僕、それわかるよ」
「アルファが一番偉くて、群れの行先や行動を自由にできる。残りの狼はアルファに従うんだ。最下位のオメガは子供みたいに扱われたり搾取されたり苛められたりする。王国で言うと、アルファは現在、王族だけ……」
僕は何を言わんとしているかを理解して息を呑む。
ロザニイルは僕たちを狼の群れに例えようというのだ。
「いいかエーテル。アルファが王族ならオメガは誰だ? お前だ。聖杯だ」
語る声は、いつも陽気で溌剌としたロザニイルらしくない。
その悪夢を考えれば、当たり前だ。
「聖杯は変化する途中段階で、数年間の投薬中ずっと体調が不安定になりがちだったよな。よく寝込んでて、何もできずに何か月も経ってたりしただろ……あれは、身体の中に無理やり不自然な器官を生成されることに伴う不調と、変化した体質が齎す定期的発情症状の現れによるものだよな。ダブルで不調に苛まれたんじゃ、ほとんど寝たきりの病人になっちまっても仕方ねえよ」
それは確かにその通りで、聖杯化の進む僕は確かに定期的に発熱をしていたのだが、それが成長に応じて性欲の高まる症状へと変わる兆候をみせていたのだ。
――ロザニイルが前に作ってくれた【対抗薬】のおかげで、それを軽減できているけれど。
悪夢の中の自分を思い出すように、ロザニイルの声が苦々しくなる。
「獣みたいに、オメガは定期的に発情期を迎える生態なんだ。性的に未熟なうちは不自然な発育促進で身体をおかしくするのと、発熱したり朦朧となって単なる体調不良で寝込む……不公平だ。体質に足を引っ張られて、まともに人生が謳歌できない。奴隷だ。オメガ――聖杯って、要するにアルファである王族の奴隷なんだよ」
ロザニイルの鮮やかな緑色の瞳が、爛々としている。ちょっと怖い。
「お前は、ノウファムに抱かれたんだよな?」
「あっ……」
真っすぐな口調で確認するように言われれば、恥じらいが胸に湧く。
僕は真っ赤になって視線を逸らした。
「そ、そ、そ……」
声が震える。それ、言わないといけない? 恥ずかしい。恥ずかしい。
「視てればわかる」
追い打ちをかけるように言いながら、ロザニイルが顔を覗き込んでくる。
「は……恥ずかしいよ……っ、わかってるなら」
僕はあわあわと首を振った。ああ、恥ずかしいっ。
けれど、ロザニイルは真剣だ。真剣な話なのは、僕もわかる。
「お前、いいのかよ。聖杯でいいのかよ? 不自由で不便な人生で、いいのかよ? ノウファムもカジャ陛下も、お前のこと魔力増強の道具にしてるぜ、いいのかよ」
――魔力増強の道具にしてる。
「そんなの、知ってるよ。僕、それでいいんだ」
そうだ。
僕は頷いた。ぎゅっと目を瞑って頷いた。
「だって、ロザニイル。……」
僕は言葉を吐き捨てようとして、迷った。
ロザニイルには、あくまでも悪夢を悪夢として認識したままでいてほしいのだ。
「ねえ、ロザニイル。君の悪夢の中で僕はどんな僕だった?」
そうだ。
僕は、ずっとそれを問いたかった。
【僕、ロザニイルのことを魔力増強装置だと思えってノウファムやカジャに言った記憶があるんだ】
「僕は、前も言っただろ。自分が役に立てたら、嬉しいんだ。僕は世界の滅亡を回避したくて、カジャ陛下は世界の滅亡を回避しようとしていて、きっとノウファム殿下も……」
言い訳みたいな声だ。
そう自覚しながら、僕は眼を開けた。
「ううん。それは建前だ。僕は、ノウファム殿下が好きなんだ。だから、自分が堂々とノウファム殿下と番える聖杯なのが、嫌じゃないんだ」
「……使いたくなったら、薬使えよ。【対抗薬】は発情期を抑制できて、日常的に役に立つだろうし――オレ、作るから。レシピもほら、紙に書いておいたから」
ロザニイルは薬とレシピのメモを僕の手に押し付けて、自分の指を重ねるようにして握らせた。
「お前は、夢の中ではさ。ちょっといけ好かない感じだったけど、自分の想いを殺してて一生懸命なのは、笑っちゃうくらい、誰が見てもわかりやすい奴だったよ」
そして、奔放な野生の獣みたいに歯を剥いて笑った。
「オレはそんなお前が好きだったよ。お前は知らなかったかもしれないけどさ……」
その笑顔はとても綺麗で、ちょっと切なくて――作りたての薬を続いて紹介する声は、悪戯っ子のようだった。
「ちなみにこっちは【退行薬】を改良してつくったんだけど、【事故防止薬】」
「事故防止……?」
「うぉっほん。つまり、望まずに子ができる事故を防ぐ薬だな」
「……っ」
なんだか、生々しい。
「必要だろ? あると便利だろ? 恥ずかしいことじゃないぜ」
「う、うん……ありがとう。ロザニイルはすごいね」
僕は真っ赤になりながら、それを受け取ったのだった。
「んじゃ、真面目な話は切り上げて気分変えて温泉行くか、エーテル。ノウファムも引っ張っていくか? あのハリネズミ、まだいるかな? どうせならみんなで賑やかに入ろうぜっ!」
ロザニイルはちょっと恥ずかしい感じになった空気を換えるように明るく笑って、僕の手を引いて部屋の外に出た。
そして大声で「宣誓ー! オレたちー! お前たちはー! 温泉行くぞー! 行く奴全員ついてこーい!」などとハイテンションに騒いで窘められた。
「騒がしいぞロザニイル。それに、品がない」
「なんだよう。賑やかにしたっていいじゃんかぁ! ノウファム、温泉行くぞー!」
ケラケラと酔っ払いみたいに笑うロザニイルは頬が赤くて、僕にはそのハイテンションがロザニイル流の照れ隠しなのだとわかった。
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