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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い

141、人のこころがわからない/オレはお前たちを裏切らない(軽★)

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 誰かが何か叫んでいる。
 戦いの音がする。鉄錆びた匂いがする。
 昨日まで『ハレムメンバー』というひとつの仲間だった美男子たちが二つに分かれて争っている。

「外に出よう」
 耳元で鮮明に声が聞こえて、腕が掴まれた。ロザニイルだ。
 背後で金属同士が衝突する音や怒号が響く中、手を取り合って階段を下り、外に出る。

 サアッと風が吹いて、巻き上げられた細かな砂が僕とロザニイルの頬を撫でた。
 寒い。
 今は夜という時間なのだと僕は改めて自覚した。

「結界が消えた……!」
 
 ロザニイルの声に、ああ、と思った。
 
 願いが叶ったから。もう彼がいなくなったから。
 結界は役目を終えたのかもしれない。

 
「妖精が、首都に入ってきてる……!」
 イナゴの群れが作物に襲いかかるように、小さな妖精の群れが首都に押し寄せていた。

「ドゥバイド様……」
 視界の端に、数人の美男子が庭の一箇所に走っていくのが見えた。
 
 そこにいるのだ。
 
 僕は頭の隅でそう思いつつ、くたりと膝を折った。
 意図してではない。力がふっと抜けたのだ。

「……っ」
「――エーテルっ?」

 ぞく、と背筋を悪寒が駆け上る。嫌な感覚がどうしようもなく自覚されて、僕の心を動揺させた。
 ぶわりと体温があがって、下半身に熱が集まっていく感覚。
 普通の男性にはない、聖杯器官が疼く感覚。
 ここにいない彼を求めて欲しがって、狂おしいほど高まる性衝動。
 
「あ、あ。そんな……だめだ。今――……っ?」
 
 立ちあがろうとしても、四肢にうまく力が入らない。
 自分の身体が自分のものではないみたいに震えている。身体の不調を意識すると、焦燥と恐怖が胸を占めた。
 
 ――熱い。
 耳に自分の心臓が脈打つ鼓動がどくどくと聞こえる。呼気が熱い。
 夜気は肌を刺すように冷たいのに、肌の内側がどんどん熱くなる――時間が経つほど、酷くなる。手も。足も。腰も。
 
「……、はっ……、はぁっ……」
 肌が敏感になって、ざわざわしている。軽く身じろぎして服が擦れただけの刺激でも、快感として拾ってしまう。腰が、腹が、震える。股座が熱い。
 ――発情している。
 
「エーテル……、お前、今」
 夜目にも鮮やかなロザニイルの緑の瞳が大きく見開かれる。
「発情期……?」
 
「ハァッ……」
 呼吸が乱れて、うまく答えられない。
 腰に熱が溜まっていて、じっとしていられない。

「あ、あ、だめ。いやだ、これ……っああっ……」
「エーテル!」
 抑えられない衝動に突き動かされるように、自分の手が気付いたら下に伸びている。
 何をしようというのか、こんな時に。こんなところで。僕はゾッとして自分の手をそこから離し、両腕で自分の身体を掻き抱いた。

「大丈夫か、つらいよな、苦しいよな……っ」
「ふぁっ……、あ、う、うごかさないでっ……だめ、だめ」 
 全身をガクガクさせて悶え苦しむ僕を抱き起こして、ロザニイルが目を見開く。
「ああ、……っ、これ、やべえな……っ、オレもあてられそ……」
 
 頬が上気したロザニイルの表情に、僕はびくりと危機感を抱いた。
 肌に降れる腕の感触、平たい胸板、こくりと上下する喉ぼとけ――、

「はぁっ……はぁっ……」
 
 体の奥が欲望を溢れさせて、準備ができたと泣いている。雄を欲しがっている。
 僕のおかしな体が自分の意思に反して欲情してうずうずしている。

「熱い……っ、熱いよ……っ」
「エーテル、エーテル……!」
 
 ぎゅっと抱きしめられると、体が反応を示してしまう。
 汗の臭いがする。
 ロザニイルの顔が近づいてくる。
 余裕がない顔で、情欲を滲ませた目で、僕と同じ色をした睫毛を震わせて。
 鼻先が軽く擦れて、切羽詰まった吐息が肌に降れる。
 
 汗に濡れた手が落ち着きなく震えて、目の前の身体にすがって目を閉じ掛けた僕は――脳裏に蘇る声に、動きを止めた。

 『許さない』

 ――ノウファム様。

 『俺はお前を誰にも触れさせたくない。俺以外に可愛い顔を見せてほしくない。俺だけを見ていてほしい……』

 ――ノウファム。

「ノウファム……ノウファム、さま……っ」
 唇が触れ合う寸前に、僕の口から名前が零れる。

 今、どこにいるんですか。
 今、どうしているんですか。無事なんですか。
 
 じわりと涙が溢れて、頬を伝って垂れていく。
 
「!!」 
 ロザニイルは雷に打たれたようにビクッと全身を震わせて、素早く身を離した。
 片手が口に当てられて、驚いたような顔をしている。
「……オ、オレ、今なにをしようと」

 僕たちは今、なにをしそうになったのか。
 気付いた瞬間、僕はロザニイルから視線を逸らしていた。

「……オレ、今どうかしてた。悪い」
「ううん……っ、聖杯は、おかしいから……っ」

 過去のロザニイルもそうだった。
 僕は知っている。覚えている。

「君も、こんな風に……っ、なってた。僕、君を……色っぽいと……いつも思ってた。どうしてノウファムは我慢できるんだろうって思ってた……っ」

「っ、……オレは、もう二度と惑わない。オレはノウファムとお前の親友だ。オレはお前たちを裏切らない。絶対だ。誓う。誓うから……うわっ!?」
 必死な声で呟いたロザニイルが、次の瞬間に悲鳴をあげたから僕は驚いた。

「――なんだ!?」

 手が伸びてくる。腕が掴まれる。服が引っ張られて、千切られる。
 なんだ、なんだ。怖い。
 周囲にいた美男子たちが鼻息を荒くして、正気を亡くした顔で襲ってくる。襲われている。

「やめろ! やめろよお前ら! どうしたんだよ!!」
 ロザニイルが杖を振り、慌てて美男子たちを引きはがした。
「ああっ、こいつらもお前のそれにあてられたのかっ? ……おい、全員止まれっ!」
  
「は……はぁっ……」
「ふー……っ」
 美男子たちとロザニイルが争う気配が恐ろしい。
 僕はガクガクと震えながら、這いずるように壁際に寄った。

「妖精だ! 妖精がくる!」
 美男子たちの一部が天を仰ぎ、騒いでいる。
 結界が消えて首都に入り込んだ小さな妖精の大群が家々を襲い、人々に食らいついて暴れていて――、その一部が争う僕たちに気付いた様子で向かってくる。

「ノ……ノウファム様……」
 無意識に助けを呼ぶように名を呟く僕の耳に、ふと光輝くような『特別』な声が聞こえた。


【人のこころが わからない】

 それは、幼い子供のような声だった。
 僕は聞いた瞬間、その正体を第六感めいたもので感じ取っていた。

 ――ランプの精だ。
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