魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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終章、御伽噺な恋をして

153、天と地が入れ替わるように(SIDEノウファム)

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   SIDE ノウファム
 
 初々しい声が懐かしく心を揺らす。
「ノウファム兄さん……」
 ――悪夢を押しやるようにして慕わしい記憶が蘇る。
 
 これは、四回目の人生の記憶。
 まだノウファムが第一王子だった頃。カジャに城を追われてスゥーム家に匿われていた頃の記憶。まだ過去三回分の人生を思い出す前のノウファムの思い出だ。

 少年のノウファムの前には、記憶を失くした公子がいた。5歳年下、実の弟カジャと同年齢のエーテル公子は、なぜかひと目見てノウファムを兄と呼んだ。

 スゥーム家の当主はそのときのノウファムを表向きは養子と偽り保護しようとしていたので、当主である実父から事前に言い含まれたことが記憶のない彼の根底に根ざして認知に影響を及ぼしたのかもしれない。
 実際のところ、理由は推測するしかないが、ノウファムを見かけるたびに橙色の瞳をきらきらと憧憬と慕わしさに輝かせたり、白皙の頬を薔薇に染める義弟エーテルは可愛いと思えた。自分を蔑み、殺意を向けてきた実の弟カジャとは大違いだ。

 ――後継争い。
 それがあるからカジャはあれほどノウファムを憎むのだろうか。存在自体が許せないと殺意を向けるのだろうか。

 自分はただ、5年ほど先に同じ親のもとに産まれただけなのに。

「お兄さま」
 病床のエーテルが火照った頬で懸命に自分を見上げる。この義弟がこんなに病弱になったのも、カジャのせいだ。
 成長期の身体をおかしくさせる薬を飲まされて、日常生活もままならない。一年の大半は寝込んでいる。体調が悪いのに、その原因を断つことが許されていない。
 哀れなのだ。憐れな姿が無性に心をざわつかせて、ノウファムの怒りを駆り立てるのだ。

 ――俺はこの理不尽をずっと前から知っている。
 これが許されてはならないとずっと以前から思っていた。

 自分の中に、そんな叫びがある。

「エーテル、熱が高いな」
 ただの事実を口にする。その症状を緩和させることもできないのに。
「薬を飲むとこうなるんだ……あれは人体を作り替える……」
 毒だ。
 毒を飲まされているのだ。
 ベッドの脇に置かれた小瓶に詰められた薬は、初めて見たときから異様に嫌な感じがする。ノウファムの心の奥深い部分がその薬がおぞましく、けがらわしく、許してはならぬと叫ぶのだ。
 
 身体を作り替えられたあとは、この哀れな義弟はカジャに娶られるのだ。カジャはこの義弟を思いのままに抱き、魔力を貪り、孕ませるのだろう――そう思うと足元から火が付いたようで、じっとしているのが困難になる。

 ――そんなことは、許さない。

 自分の中に、実の弟カジャに対する怒りが湧く。
 嫉妬よりなお暗く、憎悪より強烈で、自分でも恐ろしくなるほどの執着めいたどろどろとした感情は、制御するのが困難だ。

「可哀想に、エーテル」
 可哀想に。
 可哀想に、エーテル。

 ――王家の犠牲になって可哀想に。
 カジャに狙われて可哀想に。

 
 悪夢に記憶が蘇る。
 妄執が夜ごと膨らみ、それまでの自分の奥深い部分で淡く認識していたどろどろとした感情に納得をくれる。

 この感情はこれらの過去に裏付けされていたのだ。だから俺は嫉妬して、執着しているのだ。
 この狂気に似た激情は繰り返した人生により熟成され、合わさって、回を重ねるたびに歪んで拗れて手が付けられなくなっていく。

 もはや、生きているだけでは満足できない。
 カジャと手を繋ぎ俺に背を向ける現実が許せない。
 俺だけのものにしなければ、と思うのだ。

 俺のものだ。
 俺のものだ。
 他の者にはもう渡さないのだ。
 俺はそのために生きているのだ。
 そのために繰り返しているのだ。

 
 ――俺はおかしいのだ。
 自覚。困惑。
 ――俺は狂っているのかもしれない。
 そんな思いが夜ごとに積もる。

 赤い髪が視界に揺れるたび、橙色の瞳が自分を見るたび、狂おしい想いが高まって収まらなくなっていく。

 可愛い。愛しい。美しい。
 生きている。生きている。生きている。
 
 可哀想に。可哀想に。
 
 
 ……俺に執着されて可哀想に……。


 ◇◇◇
 

「僕は、子供がつくれまぁす……」

 現実世界で、酒気を漂わせながら義弟がすりすりと頬を寄せる。可愛い。熱い。
 酔っているのはもちろん、発熱もしている気がする。
 薬を飲んだと言っていたから、そのせいかもしれない。
 ところで、刺激的な発言が聞こえたが。

「こ、子供……」
 顔に血がのぼる。熱い。寄せられた体温も熱ければ、自分も熱い。
「つくれるように、なりまぁす」
「そなた、酔ってるな。それに熱もある……」

 動揺を胸に鎮めるようにして愛しい体温を抱き上げれば、甘えるように腕が首にまわされる。可愛い。

 ちらりと扉の端を見れば、扉を開けてくれる灰色のローブ姿の魔術師がとても気になった。とても。

 傭兵として雇われていたらしいが――?
 俺が指輪に飲まれかけた時に声をかけてくれていたの覚えているが……?

 ――カジャ?

「よそ見、……」
 小さな声が腕の中から生まれて、ぎくりとする。
「してない」

 寝室に運べば、白いシーツに散る赤い髪が美しい。
 丁寧に毛先の流れを整えると、自分の宝物がいっそう輝きを増すようだった。へろへろとした手つきでサイドテーブルに置く小瓶に例の薬が見えて、情緒が乱れる。複雑だ。
 毒に似た薬だ。
 よくない。
 義務感で飲ませてはいけない。

「こんなものを飲まなくても、俺の伴侶はそなただけ……」
「へいか」
 
 言いかけた声が遮られる。
 赤い魔術師の声に『陛下』と呼ばれるとむずむずする。
 ……自分の中の最初の王の部分が、震えて悦ぶのだ。
 
「何年かかるかわからないし、ちゃんとなれるかわからないけど……」
 むにゃむにゃとした声が懸命に何かを伝えようとしている。だいたいエーテルの言葉は胸に刺さる。いつも、いつも。
「うん」
 先を促すように相槌を打って頭を撫でれば、心を蕩けさせるような声が静謐な空気を震わせる。

「僕は、あなたの聖杯になりたい」

 夢見るような声がそれを望むのだとさえずり、そんな未来が幸せなのだと語る。

 それは不幸ではないのだと、この薬は毒ではなく望みを叶えるものなのだと愛しい声が呟けば、天と地が入れ替わるような心地がした。
 
 
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