ミルクティー依存症

高槻

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 裕也には会いたくなかった。
 まだ裕也に具体的に別れを切り出されたわけではないものの、それももう時間の問題なのかもしれない。会ったらきっと、その分だけ残り時間が少なくなっていく。
 けれど。
 櫂を裕也のマンションに行く気にさせたのは、そうしなければきっと、マンションで裕也と新海が二人きりになるということだった。新海は、覚悟が決まったらいらっしゃい、と言った。いらっしゃい、と言うからには自分もそこにいる予定なんだろう。そんなのには耐えられない。

「……あ、」

 六階でエレベーターを降りてすぐ、裕也の部屋のドアが目に入る。そしてドアが目に入った途端、櫂の動きが止まった。
 ドアの前に裕也と新海がいる。ここからでは聞こえないけれど二人は立ち話していて、それから裕也がなにかを新海に手渡した。それが指輪だということに気付いたのは、新海が受け取ってすぐに薬指にはめたから。

「なんで……?」

 頭の中が真っ白になる。
 どうして、裕也が新海に指輪を渡しているのか。指輪を渡すなんて、恋人同士みたいな。それはつまり、裕也が新海と付き合うことにしたということだろうか。

「……櫂?」

 声が聞こえたのか、櫂に気付いて裕也が驚いたような声を上げる。一瞬遅れてこちらに背を向けていた新海も振り返った。

「櫂、良かった、話したいことが――」

 昨日の裕也のメールの内容が櫂の頭に浮かぶ。直接話しがしたい。彼が何を言おうとしていたのかは確認しなかった。
 もしかして、と思う。裕也はとっくに櫂と別れるつもりでいて、昨日のことをきっかけに別れたいと言うつもりだったのかもしれない。別れて、新海と付き合うつもりだと。

「嫌だ……っ」

 涙なんてとっくに枯れたと思っていたのに、まだどこかに残っていたらしい。慌てたように近付いてきた裕也に縋り付くようにして抱きつく。何かが櫂の中で臨界に達した。

「嫌だ。絶対、許さない」

 くだらない我侭。子供みたいな独占欲。そのかたまりのようなものが櫂なのであって、今更非難されたところでどうにもできない。だから、そんな自分を受け入れられる人をずっと探していた。暖かくて、甘くて、優しい人。裕也以外にそんな人を櫂は知らない。

「裕也が俺以外の誰かと付き合うなんて絶対に許さない。俺が裕也の一番大切な人じゃなきゃ嫌。どうしたらこの我侭を聞いてくれる? どうしたら裕也を独り占めさせてくれる? そのためならなんでもするから……!」

 もう裕也なしには生きていけない。受け入れてもらえる幸せを知ってしまったら、もう昔のように一人でなんていられない。
 まるで依存症みたいだった。男相手になんて、と思うのに、それを理由に止められるようなものじゃなかった。言葉通り、本当に、そのためなら喜んでなんでもしてしまうだろう。

「ちょっと、櫂、どうしたの。自分が何言ってるか解ってる?」
「解ってるよ! だから、お願いだから、どうしたらいいか教えて!」
「……櫂」

 あーあ、というなんだか哀れむような声が聞こえて、裕也の腕が櫂の背中に回る。息もできなくなりそうなくらいにきつい抱擁だった。

「なんだか凶悪だな、その台詞。台無しだよ、全部」
「台無し……?」
「せっかく、櫂が櫂の支えになってくれる女の人に出会えるまで、その代わりになってあげようと思ってたっていうのに。そんなこと言われたら、後からやっぱり他に大切な人が見つかったなんて言っても、もう離してあげられないよ? その我侭だけは聞いてあげられない」
「――それ以外の我侭は聞いてくれるの?」

 声が震えた。
 まだ遅くなかったんだろうか。離してあげられない、というのは、裕也がこんな自分のことを手放したくないと思ってくれているということだと捉えていいんだろうか。次に裕也の言う言葉を聞き逃すまいと、全神経を耳に集中させる。
 なにかを考えるような短い間をとって、それから確かに、裕也は言った。

「そうだね、櫂の一番大切な人も僕にしていてくれるならね」

 顔を上げると、裕也は柔らかな眼差しでこちらを見ていた。しばらくそのまま視線が絡んで、そして裕也の顔が近付いてきて――

「――ちょっと」

 言ったのは新海だった。その声に櫂の体が強張る。存在をすっかり忘れてしまっていたけれど、彼女はまだそこにいる。おそらく裕也に好意を持っている、彼女が。

「あのね、エレベーターの前でそんなこと始められると邪魔なのよ」
「すみません、つい」
「だいたい、男同士でこんなところで抱き合ったりするものじゃないわ。他の人に見られたらどうするのよ」
「……新海先輩にそれを言われたくはないですけどね。僕、先輩が女の人と抱き合ってるところ見なかったら、先輩がバイだなんて気付きませんでしたし」
「そんなこと言ってないで早く部屋に入りなさいよ、すぐそこじゃない」
「確かにそれもそうですね」
「じゃあ、私はもう帰るから」
「………え?」

 驚きの声を上げたのは櫂だ。やけにあっさりしすぎていないだろうか。彼女は裕也のことが好きで、その目の前で自分が裕也と抱き合っているというのに。
 顔を見ると、新海はなぜか楽しそうに笑っていた。

「……それにしても、お互いに面倒なのに掴まったのね。可哀想に」
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