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第1話 憧憬

街角 Episode:03

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◇Imad

「そんなに泣くほど――何困ってんだ?」

 なるべくキツくならない調子で言ったのに、またこの子が泣き出しちまった。

「あ、いやその、悪りぃ。だからさ、なんか困ってるみたいだったから……」

「ごめんなさい!」

 俺が謝ったはずなのに、なんかこいつが謝ってまた泣いちまうし。
 ただ、俺以上にこの子のほうが戸惑ってるのが分かった。
 しょうがねぇから少し待って、また声をかけてみる。

「どこ行きたいんだ?」

 近づいてみるとこの子は俺より頭ひとつちっこくて、二つか三つ年下って感じだった。

 ――けどそれにしちゃ、妙にしっかりしてるよな?

 年齢が下になるほど伝わってくるものは漠然としてることが多いけど、この子の場合は年の割に、筋道だった考え方をしてる。
 まぁこんなのあくまでも目安だから、アテにはできねぇけど……。

「そのメモが行き先か?」

「え? あ、はい」

 そう答えて、この子があっさり俺にメモを差し出した。

 ――前言撤回。

 しっかりしてると思ったのは、俺の思い違いってやつだったらしい。
 困った顔で俺を上目遣いに見上げる様子ときたら、どう見たって迷子になったチビだ。

 可愛いけど。
 瞳の碧がすげーきれいだし。

「多分……この近くだと、思うんですけど……」

「えーと、ちょっと待てよ――って、何語だ、これ?」

 俺、普通に使われてる言葉なら、ほとんど読めるんだけどな……?

 けどここに書かれてる言葉ときたら、アヴァン語どころかロデスティオ語でもねぇし、ワサール語とも違う。
 で、俺が悩んでたら、この子がまた泣きそうになりながら説明した。

「ご、ごめんなさい!
 あの、ここに書いてある……バディエンの店っていう、改造屋さんなんです」

「あ、なんだ。その店か」

 相変わらず字は読めねぇけど、その店なら知ってる。
 この町じゃ腕がいいので有名な改造屋で、しかも店主は叔父さんの友達だから、知らないわけがない。
 もっともこの店、初めて行こうとした人間が必ず迷うのでも有名だった。

「あそこ、分かりづらいからな。
 えーとここからだと、まずこの通りをこのまま向こうへ行って……」

「え? それじゃここから……離れちゃうんじゃ……?」

「入り口がこの辺にないんだよ。んであそこの十字路を右へ曲がって三つ目の右手の路地を入って、今度は四つめで左、それから二つめを右へ行ってすぐもう一回右で……」

「――え? え?」

 案の定、こいつも混乱した。

 気持ちはわかる。
 俺だってこの街を知んなかったら、この説明じゃ絶対わかんねぇだろう。
 けどマジであそこ、これ以外に説明のしようがない。
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