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第10話 空(うつほ)なる真実

ルアノンにて Episode:12

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 ◇Rufeir

 森の中は、どこまでも静かだった。

 見上げても、空はほとんど見えない。
 厚い緑の隙間から、ちらちらと覗くだけだ。

 整備された遊歩道を歩く、走竜の足音だけが響く。

 昨日の大峡谷と違って急斜面はないけど、大森林というくらいだから、徒歩じゃ回りきれない。
 かといって人造の乗り物だと、森を傷めてしまう。

 そんな理由で、ここも走竜が使われていた。

 あれほど逃げ回ったのに、この森のようすを、あたしはほとんど覚えていなかった。
 遊歩道があることにさえ、気づかなかったくらいだ。

「まぁ歩道があるとこなんて、一部だしな」

 広い森だから通りかからなかったんだろうと、イマドは言う。
 いまあたしたちは、森の奥を目指してるところだった。

「この座標だと、途中からは道もねぇな」
「ごめん……」

 つい謝る。

 2年前敵に追われて、兄さんとあたしはこの森の奥深くに逃げ込んだ。
 だから、道なんてあるわけがない。

 ただそれでも、血の跡を辿られて見つかって……。

 どうしようもなかったと、わかっている。
 二人とも死ぬか、片方だけでも生き延びるか。そういう状況だった。

 でも、今も納得は出来ない。

 もしかしたらほかに、何か方法があったんじゃないか。
 もっと早い時点で違うルートを取ってたら、助かったんじゃないか。

 そんな思いが常にある。

「この先ははぐれないように、気をつけたほうがよさそうだな」
「まぁ、ひたすら北へ行きゃ、どうにかなりますけどね」

 先輩とイマドが、そんな会話をしている。

 行くべき場所は、わかっていた。

 あのとき停戦になってから、家のほうから兄さんの捜索隊が出された。
 彼らはとても頑張ってくれて……でも兄さんは、遺体で見つかった。

 その正確な位置が、夕べ峡谷から帰って来て問い合わせたら、わかったのだ。

 ――思っていたよりずっと、ルアノンの町に近かった。

 兄さんと別れてから町まで丸3日かかったから、もっと遠いと思ってたのだけど、日の出とともに出れば、徒歩でも午後には着くだろう。

 疲れて消耗していたのと、森のなかだったのと、敵の目を逃れながらだったのとで、時間がかかってしまったらしい。

「おい、あれじゃないか?」

 言ってイマドが走竜を止めた。
 あたしも、緑の間に目を凝らす。

「あの、泉……?」
「ほかにこの辺、泉はここだけって聞いたし。間違いねぇと思う」

 実家からの話だと、兄さんはこの森の中、泉に手を入れた格好で見つかったという。
 火傷が酷かったから……水を求めて、そこまで来て力尽きたんだろう。

 涙があふれるのを、止められなかった。

 走竜を泉に寄せて下りる。
 水の中に手を入れる。
 熱くて苦しくて、この冷たさにすがったんだろう。

「兄さん、ごめん……」

 自分も死んでしまいたかった。
 兄さんを死なせて、なのに生きている自分が許せなかった。
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