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第10話 空(うつほ)なる真実

そして、学院にて Episode:11

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「――まったく」

 ただ、タシュアのことだ。
 もし仮にそうなっても、辛さも傷も胸の奥にしまい込んで、何事もなかったの様に生きていくのだろう。

 銀色の髪をそっと撫でると、柔らかい感触が手のひらに伝わった。

 無防備な寝顔。
 戦場育ちの彼は眠っていても常に警戒状態で、僅かの気配で即座に目を覚ます。

 逆に言うなら、動かされても起きないほど、私を信頼しているのだ。

 これでいい、と思った。
 何も信じない、信じることの出来ないタシュアが、唯一安心していられる場所なのだから……。

 ――起きたら、なんと言おう?

 またそんなことを考える。

 きっかけをくれたことを、ありがとうと言えばいいのだろうか?
 それとももうちょっと言い方があるだろうと、怒ればいいのだろうか。

 タシュアは感謝してほしかったわけではない。
 だから、感謝を述べたところで、聞き流すだけだろう。

 かといって、怒るというのも少し違う気がするわけで……。

 また軽く、小突いてみる。

「そもそも……」

 口よりも先に手が出る、こんな私を受け止めてくれる相手なんて、タシュア以外にいない。
 そのことを、本人は分かっているのだろうか?

 そしてこうも思う。
 もしかしたら、私に他の道を選んで欲しかったのだろう、と。

 神経をすり減らして命のやり取りなんてする必要のない、平穏な道。
 戦場しかないと言った彼とは、異なる道。

 魅力がないと言えば、嘘になる。
 だがそれでも、私はタシュアのそばに居たい。彼と一緒に歩みたい。

 理由はとても単純で――好きだから、それだけだ。

 加えてもうひとつ、見つけた道がある。
 タシュアに戦場以外の道を、見つけてもらうことだ。

 彼がああいう経験をしたのは、けして彼のせいではない。周囲にいた大人の思惑だ。

 だがそれは間違いなく、彼の生き方に影を落としてしまった。
 親戚中をたらい回しにされて、トラウマを抱えてしまった私と同じように。

 そしてタシュアは、自分は戦場に戻って、屠った敵と同じように死ぬのが当然だ、と受け止めている。
 彼に責任など、欠片もないにもかかわらず、だ。

 私は今、前よりは前を向けた、と思う。だから彼にも同じように、今までと違うものを見つけてほしいと思った。
 出来るかどうか分からない。少なくとも容易な道ではないだろう。

 ――それでも。

 将来と問われて出した、これが私の答えだ。
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