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一章 夕凪モラトリアム
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「……ふざけんなよ何でここにいるんだよ茶化しに来たのかよ出てけ」
「まあ、そうつれないこと言うなって。凪は文芸同好会だったんだなー」
図書室の片隅、物憂げに本の頁を繰っていた凪は、友哉が近寄るとあからさまに嫌そうな顔をした。
「……何の用だ」
「文芸同好会が図書室で活動してるって聞いたけど。今日活動日?」
「いや……一応水曜日だけど、部としての活動は正直……」
「ほーん、部員何人」
「俺と、幽霊が四人」
「都合いいな、じゃ、俺も入部しよー」
「はあ?!」
凪の向かいの椅子を引き座る。苛立ったような凪が睨みつけて来るも、友哉には堪えることはなかった。
「……何でだよ」
潜めた声音で凪は険しく問う。鞄から出した入部届を机上に置きながら、友哉は肩を竦めた。
「や、どーしても部活入んないといけないらしいんだけど、変に相手の時間食って手間取らせんのもあれだろ? だから人も少なくて活動も少ない部活探しててさ」
「だからってうちに来られても……」
「文芸同好会って何すんの? 小説書いたりする?」
「……年に一回、文化祭で部誌を発行する。創作する奴もいるけど、感想文みたいのでお茶を濁す奴が大半だな」
「凪は?」
凪は渋い顔で黙り込んだ。その間に友哉は入部届に鉛筆を滑らせる。クラス、名前、部活名、保護者署名欄があるのが面倒臭いが、何とか叔父の意識がこっちにある時に目の前に出せば、きっとミミズののたくったような字で書いてくれることだろう。
沈黙したままの凪に、友哉は苦笑する。
「まあ、去年の部誌とか見れば分かるんだけどさ」
「…………小説を……書いている」
「へーすげぇ。俺、小説書く人っていっつも凄いなって思うんだよ。だって何もないとこから物語作り出すんだからさ」
「……いっつも?」
「あれ、言ってなかったっけ。叔父さん小説家なんだよ」
叔父のペンネーを告げると、凪はぎょっとしたように目を見開いた。著名な作家である叔父の名は、本を読まない人間でも流石にちらと聞いたことがある程度には有名である。ましてや本を読み、あまつさえ書く凪にとっては、その名は覿面だろう。
「あ、でも叔父さんあんま詮索とかされたくないみたいだから、他の人には内緒な」
「あ、ああ……」
「でも俺の友達っつったら会えるかもしんないけど。どうする?」
「…………ともだち?」
まるで聞き慣れない単語とでも言うように、凪は口の中で呟く。会ったばかりの無神経なクラスメイトを友達扱いしたくない気持ちと、著名な作家に会ってみたい気持ちと。
まるで波間のように、青い瞳が揺らいだ。
暫しの逡巡の後、凪は重々しく口を開いた。
「会わなくて、いい。俺は真壁の叔父さんの本は好きだけど、作家に興味がある訳じゃない」
「あっそ? ならいいけど。俺と友達扱いされんのが嫌なのかと思ったわ」
「……あんた、本当無神経だな! 折角濁してんのに」
一応こちらに気を使ってくれたらしい。凪は罰が悪そうに視線を反らした。
「……その内いなくなるなら……友達なんていらないだろう、あんたも」
友哉は口の端をシニカルに歪めた。それはそうである。そうだが、相手に言われると些か腹に据えかねるものがある。
けれど、機嫌を悪くする程ではない。元より他人とマイナスな感情のやり取りをするつもりもない。喧嘩など遠い世界のおままごとだ。
押し黙る凪に、友哉も敢えて何を言うでもない。二人の間で、記入済みの入部届が窓から入り込む潮風に揺らいでいた。
「まあ、そうつれないこと言うなって。凪は文芸同好会だったんだなー」
図書室の片隅、物憂げに本の頁を繰っていた凪は、友哉が近寄るとあからさまに嫌そうな顔をした。
「……何の用だ」
「文芸同好会が図書室で活動してるって聞いたけど。今日活動日?」
「いや……一応水曜日だけど、部としての活動は正直……」
「ほーん、部員何人」
「俺と、幽霊が四人」
「都合いいな、じゃ、俺も入部しよー」
「はあ?!」
凪の向かいの椅子を引き座る。苛立ったような凪が睨みつけて来るも、友哉には堪えることはなかった。
「……何でだよ」
潜めた声音で凪は険しく問う。鞄から出した入部届を机上に置きながら、友哉は肩を竦めた。
「や、どーしても部活入んないといけないらしいんだけど、変に相手の時間食って手間取らせんのもあれだろ? だから人も少なくて活動も少ない部活探しててさ」
「だからってうちに来られても……」
「文芸同好会って何すんの? 小説書いたりする?」
「……年に一回、文化祭で部誌を発行する。創作する奴もいるけど、感想文みたいのでお茶を濁す奴が大半だな」
「凪は?」
凪は渋い顔で黙り込んだ。その間に友哉は入部届に鉛筆を滑らせる。クラス、名前、部活名、保護者署名欄があるのが面倒臭いが、何とか叔父の意識がこっちにある時に目の前に出せば、きっとミミズののたくったような字で書いてくれることだろう。
沈黙したままの凪に、友哉は苦笑する。
「まあ、去年の部誌とか見れば分かるんだけどさ」
「…………小説を……書いている」
「へーすげぇ。俺、小説書く人っていっつも凄いなって思うんだよ。だって何もないとこから物語作り出すんだからさ」
「……いっつも?」
「あれ、言ってなかったっけ。叔父さん小説家なんだよ」
叔父のペンネーを告げると、凪はぎょっとしたように目を見開いた。著名な作家である叔父の名は、本を読まない人間でも流石にちらと聞いたことがある程度には有名である。ましてや本を読み、あまつさえ書く凪にとっては、その名は覿面だろう。
「あ、でも叔父さんあんま詮索とかされたくないみたいだから、他の人には内緒な」
「あ、ああ……」
「でも俺の友達っつったら会えるかもしんないけど。どうする?」
「…………ともだち?」
まるで聞き慣れない単語とでも言うように、凪は口の中で呟く。会ったばかりの無神経なクラスメイトを友達扱いしたくない気持ちと、著名な作家に会ってみたい気持ちと。
まるで波間のように、青い瞳が揺らいだ。
暫しの逡巡の後、凪は重々しく口を開いた。
「会わなくて、いい。俺は真壁の叔父さんの本は好きだけど、作家に興味がある訳じゃない」
「あっそ? ならいいけど。俺と友達扱いされんのが嫌なのかと思ったわ」
「……あんた、本当無神経だな! 折角濁してんのに」
一応こちらに気を使ってくれたらしい。凪は罰が悪そうに視線を反らした。
「……その内いなくなるなら……友達なんていらないだろう、あんたも」
友哉は口の端をシニカルに歪めた。それはそうである。そうだが、相手に言われると些か腹に据えかねるものがある。
けれど、機嫌を悪くする程ではない。元より他人とマイナスな感情のやり取りをするつもりもない。喧嘩など遠い世界のおままごとだ。
押し黙る凪に、友哉も敢えて何を言うでもない。二人の間で、記入済みの入部届が窓から入り込む潮風に揺らいでいた。
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