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一章 夕凪モラトリアム
2-4
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先日家電と一緒に買ったばかりの自転車は、ごく一般的なシティサイクル型で、銀色のピカピカのボディが真新しい。
下校時刻になったので、気まずそうな凪と分かれた友哉は、さして気まずさもなく自転車に跨がった。自転車置き場から裏門へ続く道を、スムーズなペダルを踏みながら抜ける。
家までの道は未だ不案内なので、結局朝来たのと同じ国道をきこきこと進む。
遠く夕暮れに沈む道に、金髪の後ろ姿があるのも朝と同じだ。
「おっす、凪、さっきぶり」
「……何で平然と話しかけて来れるんだ、あんたは」
半眼で振り返った凪の隣で、友哉はブレーキを掛けた。頓着なく話しかける友哉に、凪はゲテモノを見るような目をする。
「や、朝も会ったからさ。凪んちってどこら辺? って聞いても分かんないかもだけど」
「……ギリギリ自転車通学の範囲外の辺りなんだが……微妙に遠くて困る」
「あー、丁目が一個違うだけで不可になる奴なー。お気の毒に」
朝とは違い、友哉は自転車から降りなかった。まだ不慣れな道のこと、暗くなるより前に帰りたい。だが、徒歩の凪を置いてチャリでさっさと行くのも感じが悪い。ならばどうするか。
「じゃ、後ろ乗って」
「……は?」
「二人乗りくらいやったことあんだろ?」
「っそんなものあるか! 大体、校則で禁止されてるだろ!?」
「やー、誰も見てないだろそんなもん」
「……見てるんだよ。ご親切なご近所の方々が、何かあるとわざわざ学校にご注進下さるんだ」
「ま、俺越して来たばっかだし。校則とか知んないし、平気へーき」
友哉がとんとんと後ろの荷台を叩いて見せると、凪は心底嫌そうに顔を歪めた。
「……あんたなあ」
「いいから、乗った乗った」
何事かをぶつぶつ呟いていた凪だったが、諦めたのか首を振ると、スクールバッグを乱暴に自転車の前カゴに突っ込んだ。
本当に二人乗りはしたことがないのか、おっかなびっくりリアキャリアに跨がる凪の重心を受け、自転車が僅か傾ぐ。
「しっかり掴まってろよ」
声を掛けると、慌てたように背後から腰に手が回された。けれど、まだ遠い。もっと密着しないと危ないだろうに、嫌そうに後ろから回した手で所在なさげに友哉のシャツを掴んで来るのが、妙におかしい。
「警告はしたからな?」
告げると、友哉は一気にペダルを踏み込んだ。
「っう、わ!?」
「落ちるなよー」
慌てふためく凪に呑気な声を掛け、友哉の漕ぐ自転車はぐんぐん進む。必死に腰に縋り付いて来る凪の腕は細かった。背中に当たる凪の体温をリアルに感じた。
二人乗りの自転車を危なげなく走らせながら、友哉は脇に目を遣る。眼下に広い砂浜が見えた。
夕暮れ時の海が、紫に揺蕩う。波はない。沈み掛けた夕陽が静かな地平線を橙に染め上げていた。
「っはは、絶景絶景!」
「っ何が、そんなに、楽しいんだ、この、脳天気が!」
思わず笑い声を上げる友哉に、凪が背後から悪態を吐く。それでも振り落とされまいと必死に腰にしがみついて来る様が愉快だった。
「あんた、本当に……覚えてろよ」
「覚えてられるかなあ、俺忘れっぽいし」
飄々と告げる友哉に、背後から舌打ちが飛んで来る。けれど、自分の嘘を友哉はもう分かっていた。
夕凪に沈む海が、グラデーションに彩られる。青から橙に、そして紫へと変わり、沈んでいく夕凪の海。背中に感じる柔らかな体温。首筋に掛かる密やかな吐息。
いつか友哉はこの光景を思い出す。けれど、きっとその時には、凪の存在は記憶の片隅に追いやられていることだろう。
下校時刻になったので、気まずそうな凪と分かれた友哉は、さして気まずさもなく自転車に跨がった。自転車置き場から裏門へ続く道を、スムーズなペダルを踏みながら抜ける。
家までの道は未だ不案内なので、結局朝来たのと同じ国道をきこきこと進む。
遠く夕暮れに沈む道に、金髪の後ろ姿があるのも朝と同じだ。
「おっす、凪、さっきぶり」
「……何で平然と話しかけて来れるんだ、あんたは」
半眼で振り返った凪の隣で、友哉はブレーキを掛けた。頓着なく話しかける友哉に、凪はゲテモノを見るような目をする。
「や、朝も会ったからさ。凪んちってどこら辺? って聞いても分かんないかもだけど」
「……ギリギリ自転車通学の範囲外の辺りなんだが……微妙に遠くて困る」
「あー、丁目が一個違うだけで不可になる奴なー。お気の毒に」
朝とは違い、友哉は自転車から降りなかった。まだ不慣れな道のこと、暗くなるより前に帰りたい。だが、徒歩の凪を置いてチャリでさっさと行くのも感じが悪い。ならばどうするか。
「じゃ、後ろ乗って」
「……は?」
「二人乗りくらいやったことあんだろ?」
「っそんなものあるか! 大体、校則で禁止されてるだろ!?」
「やー、誰も見てないだろそんなもん」
「……見てるんだよ。ご親切なご近所の方々が、何かあるとわざわざ学校にご注進下さるんだ」
「ま、俺越して来たばっかだし。校則とか知んないし、平気へーき」
友哉がとんとんと後ろの荷台を叩いて見せると、凪は心底嫌そうに顔を歪めた。
「……あんたなあ」
「いいから、乗った乗った」
何事かをぶつぶつ呟いていた凪だったが、諦めたのか首を振ると、スクールバッグを乱暴に自転車の前カゴに突っ込んだ。
本当に二人乗りはしたことがないのか、おっかなびっくりリアキャリアに跨がる凪の重心を受け、自転車が僅か傾ぐ。
「しっかり掴まってろよ」
声を掛けると、慌てたように背後から腰に手が回された。けれど、まだ遠い。もっと密着しないと危ないだろうに、嫌そうに後ろから回した手で所在なさげに友哉のシャツを掴んで来るのが、妙におかしい。
「警告はしたからな?」
告げると、友哉は一気にペダルを踏み込んだ。
「っう、わ!?」
「落ちるなよー」
慌てふためく凪に呑気な声を掛け、友哉の漕ぐ自転車はぐんぐん進む。必死に腰に縋り付いて来る凪の腕は細かった。背中に当たる凪の体温をリアルに感じた。
二人乗りの自転車を危なげなく走らせながら、友哉は脇に目を遣る。眼下に広い砂浜が見えた。
夕暮れ時の海が、紫に揺蕩う。波はない。沈み掛けた夕陽が静かな地平線を橙に染め上げていた。
「っはは、絶景絶景!」
「っ何が、そんなに、楽しいんだ、この、脳天気が!」
思わず笑い声を上げる友哉に、凪が背後から悪態を吐く。それでも振り落とされまいと必死に腰にしがみついて来る様が愉快だった。
「あんた、本当に……覚えてろよ」
「覚えてられるかなあ、俺忘れっぽいし」
飄々と告げる友哉に、背後から舌打ちが飛んで来る。けれど、自分の嘘を友哉はもう分かっていた。
夕凪に沈む海が、グラデーションに彩られる。青から橙に、そして紫へと変わり、沈んでいく夕凪の海。背中に感じる柔らかな体温。首筋に掛かる密やかな吐息。
いつか友哉はこの光景を思い出す。けれど、きっとその時には、凪の存在は記憶の片隅に追いやられていることだろう。
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