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一章 夕凪モラトリアム
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一週間もすれば、変人ではあるが特に害はないと、友哉は何だかんだクラスに溶け込んでいた。他人の悪意はへらへらやり過ごすことには慣れているし、それなりに人当たり良く振る舞うのは得意だ。
只、凪は別だった。凪は友哉が近付こうが、離れようが、クラスから浮いていた。その美しい見目以上に何か要因があるのだろうが、友哉にはそこまで踏み込むだけの理由がない。
『お前、あいつは近付かない方がいいって』
何度か、クラスメイトに忠告されたことがある。
『あいつの母親は――――だから』
聞くに耐えない暴言で凪の母親を貶す、そんな言葉を幾度か聞いた。
勿論、友哉はわざわざ正義感を奮いはしない。級友には、へーそうなのか、と無難な相槌を。だからといって、凪を遠ざけることもしない、のらりくらりとした友哉の態度は、級友たちを呆れさせはしたが変な反感を買うこともなかった。
良くある話だ。母親の商売で子が遠巻きにされる。凪の頑なさや地元に対する嫌悪感もきっと、その辺りから来ているのだろう。
良くある話だ。だから、友哉にとっては、至極どうでも良い話だ。
一ヶ月もすれば、凪は友哉の前で文章を綴るのを躊躇わなくなった。部誌が発行される文化祭は十月だから、準備をしないと間に合わないというのも大きいのだろう。
文芸同好会の活動日は水曜だが、凪は放課後いつも図書室にいた。下校時間ぎりぎりまで、執筆をするか、そうでない時は読書をしている。家に帰りたくないのかも知れない。
それで、友哉も凪に嫌な顔をされながらも、暇な時は図書室で過ごすことにしている。
「あんた……本も読まないのに何しに来てんだよ」
むすりと不機嫌さを隠そうともしない凪だったが、友哉を追い払うことはなかった。作家の叔父に育てられた割に活字を苦手とする友哉は、図書室に置いてある手塚治虫や日本の歴史などの漫画本を読んだり、鞄の奥にしまっていた一眼レフを弄くったりしていた。
「まあまあ、折角凪とゆっくり話が出来るんだから。教室だと外野が五月蠅いしなあ」
「……あれを聞いて良く俺と居ようなんて思えるな」
些か自虐気味に凪が言うのを、友哉は画面を覗いて黙殺した。慰めも同情も嫌悪も、友哉からは遠い感情だ。
大容量のSDカードにはこれまでの写真がつぶさに残っている。主な写真は、越してきたばかりの新居と、その周囲の風景だ。新宿の多国籍アパート、人でごった返す雑踏、今の家よりももっと古い家屋、鬱蒼を生い茂る木々。
古い写真はもう記憶が薄れているが、こうして見返すと朧気ながら思い出しはする。記録より記憶とは良く言ったものだが、友哉にとっては記憶よりも記録の方が余程正確で公平だった。
「……真壁は何で、写真部に入らなかったんだ?」
「んー?」
過去の写真を見返す友哉に、向かいの凪がぽつりと問う。ちらと片目で窺えば、困惑を浮かべた青い瞳が友哉の顔と手元を交互に彷徨っていた。
「まあ、俺の写真は趣味っていうか、只の癖だからなあ。ほら、ここの写真部って結構活動的らしいじゃん。わざわざ遠出して撮ったり、コンテスト応募したり。そういうの、ちょっとダルいし」
「癖なのか?」
「そそ、考えるより先に手が動くから、撮ろうと思って撮れるもんじゃないし」
「…………じゃあ、何で……」
口ごもる凪の様子は珍しい。何だよ、と友哉が身を乗り出して訊くと、凪の眇めた目が友哉を捉えた。
「じゃあ、何で、あんた俺を撮りたいなんて言ったんだよ」
今度は友哉が返事に窮した。そういえば初対面の時にそんなことを言った気がする。もごもごと歯切れ悪く視線を逸らす友哉に、凪が呆れたような溜め息を吐いた。
「理由ないのかよ、訳が分からない」
「いや、理由はある。ある……けども……」
言い辛い。非常に言い難い。まさか、海にいる凪が余りに綺麗だったから、撮りたくなったなどと。
告げる訳にもいかず、ぐうと押し黙る友哉に、凪は半眼だ。何かを言わなければならない。何かを。
「あ、……そだ。凪の小説の表紙、撮ろうかと思って」
「……何だそれは、答えになってない」
「いいからいいから、文化祭で部誌作るんだろ? 俺全然物語とか書けないし、感想文とか苦手だし」
「だからって、」
「まあまあ、俺が文化祭までいられることになったら、凪の小説の表紙撮る! はい決まり!」
「勝手に決めるなって……!」
何とか煙に巻けた、かどうかは甚だ怪しいが。一眼レフを片手に、友哉は更に言い募る。
「あ、じゃあさ、お前夏休みも暇だろ?」
「何で断言するんだ……まあ、特に予定はないが」
「おけ、じゃ、一緒出掛けようぜ」
「……はあ? だから何であんたは、そんな勝手に」
「いいじゃんいいじゃん、どうせこの付近じゃ碌な遊び場所もないんだろ? 大きい駅まで出掛けて、表紙の写真撮る。ついでに遊ぶ。完璧じゃね?」
「何が完璧なんだ……」
「駄目? そうでもないと俺退屈で死んじゃうかも」
「勝手に死んどけ」
軽口を言った後に、凪がはっとしたように唇を結んだ。まずった、と思っているのが分かるし、その後に更にまずったと友哉に気付かれたのがまずった、と思っているのさえ分かる。
友哉は皮肉げに口の端を上げる。きっと凪は、友哉の両親が亡くなっていることを気にしているのだろう。別段友哉は、一切何一つ、これっぽっちも、気にしていないというのに。
酷く人間的だ。そんな凪を前にすると、自分が酷く薄情で人間味が薄いように感じられる。実際そうなのだろう。友哉は自分が酷薄な人間だと知っている。
だって両親のことを思っても、今の友哉は、哀しいとは思えない。
肩を竦めて、友哉はスマホのカレンダーを開いた。
「電車混むのやだし、お盆前でいいよな。ちな凪はLINEやってる?」
「……ナンパかよ」
「ちなどこ住み? てかLINEやってる?」
「言い直さなくていい」
友哉の軽快な口調に、思わずと言った風に凪が喉の奥で笑い声を上げる。青い瞳が三日月を描く。色白の相貌は中性的で、黙っていれば作り物のように美しい。だが、一度笑うと、くしゃりと目元が緩み、不器用に上がる口角が幼さを醸し出す。
黙ってると人形みたいだけど、笑うと可愛いんだな。
心の中で思った感想は、とてもではないが同級の男子に抱くものではないので、そっと胸の内に、押し込めておいた。
只、凪は別だった。凪は友哉が近付こうが、離れようが、クラスから浮いていた。その美しい見目以上に何か要因があるのだろうが、友哉にはそこまで踏み込むだけの理由がない。
『お前、あいつは近付かない方がいいって』
何度か、クラスメイトに忠告されたことがある。
『あいつの母親は――――だから』
聞くに耐えない暴言で凪の母親を貶す、そんな言葉を幾度か聞いた。
勿論、友哉はわざわざ正義感を奮いはしない。級友には、へーそうなのか、と無難な相槌を。だからといって、凪を遠ざけることもしない、のらりくらりとした友哉の態度は、級友たちを呆れさせはしたが変な反感を買うこともなかった。
良くある話だ。母親の商売で子が遠巻きにされる。凪の頑なさや地元に対する嫌悪感もきっと、その辺りから来ているのだろう。
良くある話だ。だから、友哉にとっては、至極どうでも良い話だ。
一ヶ月もすれば、凪は友哉の前で文章を綴るのを躊躇わなくなった。部誌が発行される文化祭は十月だから、準備をしないと間に合わないというのも大きいのだろう。
文芸同好会の活動日は水曜だが、凪は放課後いつも図書室にいた。下校時間ぎりぎりまで、執筆をするか、そうでない時は読書をしている。家に帰りたくないのかも知れない。
それで、友哉も凪に嫌な顔をされながらも、暇な時は図書室で過ごすことにしている。
「あんた……本も読まないのに何しに来てんだよ」
むすりと不機嫌さを隠そうともしない凪だったが、友哉を追い払うことはなかった。作家の叔父に育てられた割に活字を苦手とする友哉は、図書室に置いてある手塚治虫や日本の歴史などの漫画本を読んだり、鞄の奥にしまっていた一眼レフを弄くったりしていた。
「まあまあ、折角凪とゆっくり話が出来るんだから。教室だと外野が五月蠅いしなあ」
「……あれを聞いて良く俺と居ようなんて思えるな」
些か自虐気味に凪が言うのを、友哉は画面を覗いて黙殺した。慰めも同情も嫌悪も、友哉からは遠い感情だ。
大容量のSDカードにはこれまでの写真がつぶさに残っている。主な写真は、越してきたばかりの新居と、その周囲の風景だ。新宿の多国籍アパート、人でごった返す雑踏、今の家よりももっと古い家屋、鬱蒼を生い茂る木々。
古い写真はもう記憶が薄れているが、こうして見返すと朧気ながら思い出しはする。記録より記憶とは良く言ったものだが、友哉にとっては記憶よりも記録の方が余程正確で公平だった。
「……真壁は何で、写真部に入らなかったんだ?」
「んー?」
過去の写真を見返す友哉に、向かいの凪がぽつりと問う。ちらと片目で窺えば、困惑を浮かべた青い瞳が友哉の顔と手元を交互に彷徨っていた。
「まあ、俺の写真は趣味っていうか、只の癖だからなあ。ほら、ここの写真部って結構活動的らしいじゃん。わざわざ遠出して撮ったり、コンテスト応募したり。そういうの、ちょっとダルいし」
「癖なのか?」
「そそ、考えるより先に手が動くから、撮ろうと思って撮れるもんじゃないし」
「…………じゃあ、何で……」
口ごもる凪の様子は珍しい。何だよ、と友哉が身を乗り出して訊くと、凪の眇めた目が友哉を捉えた。
「じゃあ、何で、あんた俺を撮りたいなんて言ったんだよ」
今度は友哉が返事に窮した。そういえば初対面の時にそんなことを言った気がする。もごもごと歯切れ悪く視線を逸らす友哉に、凪が呆れたような溜め息を吐いた。
「理由ないのかよ、訳が分からない」
「いや、理由はある。ある……けども……」
言い辛い。非常に言い難い。まさか、海にいる凪が余りに綺麗だったから、撮りたくなったなどと。
告げる訳にもいかず、ぐうと押し黙る友哉に、凪は半眼だ。何かを言わなければならない。何かを。
「あ、……そだ。凪の小説の表紙、撮ろうかと思って」
「……何だそれは、答えになってない」
「いいからいいから、文化祭で部誌作るんだろ? 俺全然物語とか書けないし、感想文とか苦手だし」
「だからって、」
「まあまあ、俺が文化祭までいられることになったら、凪の小説の表紙撮る! はい決まり!」
「勝手に決めるなって……!」
何とか煙に巻けた、かどうかは甚だ怪しいが。一眼レフを片手に、友哉は更に言い募る。
「あ、じゃあさ、お前夏休みも暇だろ?」
「何で断言するんだ……まあ、特に予定はないが」
「おけ、じゃ、一緒出掛けようぜ」
「……はあ? だから何であんたは、そんな勝手に」
「いいじゃんいいじゃん、どうせこの付近じゃ碌な遊び場所もないんだろ? 大きい駅まで出掛けて、表紙の写真撮る。ついでに遊ぶ。完璧じゃね?」
「何が完璧なんだ……」
「駄目? そうでもないと俺退屈で死んじゃうかも」
「勝手に死んどけ」
軽口を言った後に、凪がはっとしたように唇を結んだ。まずった、と思っているのが分かるし、その後に更にまずったと友哉に気付かれたのがまずった、と思っているのさえ分かる。
友哉は皮肉げに口の端を上げる。きっと凪は、友哉の両親が亡くなっていることを気にしているのだろう。別段友哉は、一切何一つ、これっぽっちも、気にしていないというのに。
酷く人間的だ。そんな凪を前にすると、自分が酷く薄情で人間味が薄いように感じられる。実際そうなのだろう。友哉は自分が酷薄な人間だと知っている。
だって両親のことを思っても、今の友哉は、哀しいとは思えない。
肩を竦めて、友哉はスマホのカレンダーを開いた。
「電車混むのやだし、お盆前でいいよな。ちな凪はLINEやってる?」
「……ナンパかよ」
「ちなどこ住み? てかLINEやってる?」
「言い直さなくていい」
友哉の軽快な口調に、思わずと言った風に凪が喉の奥で笑い声を上げる。青い瞳が三日月を描く。色白の相貌は中性的で、黙っていれば作り物のように美しい。だが、一度笑うと、くしゃりと目元が緩み、不器用に上がる口角が幼さを醸し出す。
黙ってると人形みたいだけど、笑うと可愛いんだな。
心の中で思った感想は、とてもではないが同級の男子に抱くものではないので、そっと胸の内に、押し込めておいた。
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