【完結】夕凪モラトリアム

赤坂 明

文字の大きさ
11 / 37
一章 夕凪モラトリアム

3-3

しおりを挟む
 この辺りで一番大きな駅まで、乗り換え含めて一時間近く掛かる。がらがらの車両で、友哉と凪は並んで座り、だらだらとスマホを眺めていた。

「それで、遊びにって、何処に行くつもりなんだ?」
「んー、今調べてる」
「はあ? 計画性なさ過ぎだろ」
「だって俺、友達と休みに遊び行くとか碌にしたことないし。凪は?」
「……ない……けど」
「だろ? 何処行きたいとか希望あるか? てか何があんの? 都内住んでた時は、ゲーセンとかボーリングとかカラオケとか幾らでも時間潰す場所あったけどさ」
「それは、一人でか?」
「そ、一人で」

 中学に上がって、一人で外出しても咎められなくなってからは、休みの日は一人でぷらぷらと遊び歩くことが増えたように思う。何せ家にいても、叔父は延々とノーパソと睨めっこしていて暇だし、行き詰まっている時は極力静かにしようと気を遣うし。
 そうした一人外出も、こちらに越して来てからは中々出来ていない。何しろ遊ぶ場所がない。こうして気合いを入れて出掛ける程の気力はなく、だから、所謂都会的な暇つぶしをするのは久方ぶりだった。

「……映画を……」

 ぽつりと凪が呟く。

「昔、映画館に行ったことがある。母親に連れられて」
「へー、いいじゃん、映画」

 母親というのは、以前フランスの血を引いていると凪の言っていた母親だろう。そしてクラスメイトたちが口さがなく噂していた母親でもある。

――あいつの母親、昔キャバ嬢だったらしくて。
――いやソープ嬢だろ。
――ソープはヤバいって、ってかソープとか何すんのか良く知らねー。
――何ってナニだろ? てか、ソープじゃなくてデリヘルじゃなかった?

 下らないなあ、と級友たちが盛り上がる横で、勿論そんな感想はおくびにも出さず、友哉は適当な相槌を打ちながら聞いていた。
 どうやら凪の母親は昔某かの風俗で働いていて、妊娠して、最後に肉体関係を持ったからと白瀬の家の長男坊に結婚を迫り、だけどその後も男関係は絶えなくて、凪も本当の子かどうか疑われて、父親は出て行き、母親は風俗嬢に逆戻り、凪は祖父母の元で疎まれながら育てられていると。

 そんな噂話を、寄ってたかってするものだから、友哉は凪の口から聞かずとも大凡の事情は分かってしまった。だから凪はこんな田舎町は嫌いで、級友とも馴染めずに――でも、どうやら母親のことは嫌いではないらしい。

「何見たん?」
「確か、子供向けのアニメ映画で……俺は家でテレビとか見るの禁止されてたから、でも小学校で皆知ってるアニメなのにっって馬鹿にされた話をしたら……偶々家にいた母親が連れてってくれて」
「ほー、いいな。でもまあ、俺らなら……アクション映画とか?」
「俺は邦画が好きだ」
「やだよ何かじめじめしてるじゃん」
「……やるか?」
「あっは、ま、映画館着いたら決めよーぜ。意見分かれたらじゃんけんな」

 とりあえずの目的地が決まったので、友哉はスマホを置き座席で大きく伸びをした。学生にとっては夏休みだが、勤め人にとっては只の平日だ。朝と昼の中間の時間、電車内は同じような行楽客がちらほらいるだけで随分と空いている。

「それで……写真はどうするんだ」
「あー、表紙な。凪の話の雰囲気に合わせたいけど。どんな話?」
「……海の」
「海?」
「海が出て来る」
「…………俺ら行くの内陸だけど」
「海はないな」
「……え、何しに行くの? 本当に只遊ぶだけじゃね?」

 一応一眼レフは持って来ているが、建前とはいえ目的を大きく脱した外出になってしまったと、友哉は思わず噴き出す。
 く、と喉の奥が詰まったような音がした。ちらと横目で窺うと、端麗な顔が幼く歪んでいる。友哉に見せないようにか、手のひらで口元を覆う、それでも隠しきれない笑顔は、矢張り幼げで、妙に可愛らしいものだった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 じゃんけんの結果、見ることになったモキュメンタリー映画は、何かの二番煎じのような余りにも退屈なものだったので、友哉はずっと真剣にスクリーンを見つめる凪の横顔ばかりを眺めていた。

「何か半端な時間になっちまったなー。飯どうするか」
「俺は……ポップコーンが結構腹に溜まっている」
「嘘だろ、小食過ぎん? まあ、じゃ、軽くファミレスとかにするか」

 丁度昼飯時を過ぎて、飯屋も空いている頃だろう。巨大なショッピングモールに入っている映画館を出て、何処へ行こうかと館内図を眺めている友哉の背に、どん、と凪がぶつかって来た。

「何、どうし……」
「っ嘘、だろ……?」

 凪の青い目がフロアの向こうに釘付けになっている。視線を追ってみると、そこに、金髪の女性の姿があった。
 凪を女装させたみたいだ。瞬間的に友哉は思う。

 細身の女性は金の髪を緩く巻き、ニットのワンピースを着ていた。青い瞳は凪にそっくりな形で、傍らにいる男性に注がれている。年上のスーツ姿の男性と腕を組みながら、金髪の女性はフロアの中では比較的上品そうな、和食懐石の店に吸い込まれていった。

「っ母さん……」
「ほーん、凪の母親、美人だな」
「……っ何でそんな、……気にならないのか」
「気になるも何も、只の同伴だろ。それよりサイゼでいいか?」
「っそれよりって!」

 凪がきっ、とこちらを睨み上げるのを、友哉は平坦に見下ろした。凪がショックを受けているのは、分からなくもない。母親の仕事を知っていたとしても、実際にその生々しい現場を見るのとではまた違ったものだろう。
 だからといってそれは、友哉には関係のない話だ。だって友哉と凪は、友達ですらない。

「あんたは……何でそんな……」

 傷ついたような凪の顔は、母親を見たからだだろうか、それとも何処までも他人事な友哉の態度の所為だろうか。苦しげに歪む凪の顔は泣き出しそうな子供のようで、感情が発露すると幼くなるのだな、と場違いなことを、思った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜

なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」 男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。 ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。 冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。 しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。 「俺、後悔しないようにしてんだ」 その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。 笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。 一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。 青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。 本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。

今日は少し、遠回りして帰ろう【完】

新羽梅衣
BL
「どうしようもない」 そんな言葉がお似合いの、この感情。 捨ててしまいたいと何度も思って、 結局それができずに、 大事にだいじにしまいこんでいる。 だからどうかせめて、バレないで。 君さえも、気づかないでいてほしい。 ・ ・ 真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。 愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。

嫌いなあいつが気になって

水ノ瀬 あおい
BL
今しかない青春だから思いっきり楽しみたいだろ!? なのに、あいつはいつも勉強ばかりして教室でもどこでも常に教科書を開いている。 目に入るだけでムカつくあいつ。 そんなあいつが勉強ばかりをする理由は……。 同じクラスの優等生にイラつきを止められない貞操観念緩々に見えるチャラ男×真面目で人とも群れずいつも一人で勉強ばかりする優等生。 正反対な二人の初めての恋愛。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

処理中です...