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一章 夕凪モラトリアム
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この辺りで一番大きな駅まで、乗り換え含めて一時間近く掛かる。がらがらの車両で、友哉と凪は並んで座り、だらだらとスマホを眺めていた。
「それで、遊びにって、何処に行くつもりなんだ?」
「んー、今調べてる」
「はあ? 計画性なさ過ぎだろ」
「だって俺、友達と休みに遊び行くとか碌にしたことないし。凪は?」
「……ない……けど」
「だろ? 何処行きたいとか希望あるか? てか何があんの? 都内住んでた時は、ゲーセンとかボーリングとかカラオケとか幾らでも時間潰す場所あったけどさ」
「それは、一人でか?」
「そ、一人で」
中学に上がって、一人で外出しても咎められなくなってからは、休みの日は一人でぷらぷらと遊び歩くことが増えたように思う。何せ家にいても、叔父は延々とノーパソと睨めっこしていて暇だし、行き詰まっている時は極力静かにしようと気を遣うし。
そうした一人外出も、こちらに越して来てからは中々出来ていない。何しろ遊ぶ場所がない。こうして気合いを入れて出掛ける程の気力はなく、だから、所謂都会的な暇つぶしをするのは久方ぶりだった。
「……映画を……」
ぽつりと凪が呟く。
「昔、映画館に行ったことがある。母親に連れられて」
「へー、いいじゃん、映画」
母親というのは、以前フランスの血を引いていると凪の言っていた母親だろう。そしてクラスメイトたちが口さがなく噂していた母親でもある。
――あいつの母親、昔キャバ嬢だったらしくて。
――いやソープ嬢だろ。
――ソープはヤバいって、ってかソープとか何すんのか良く知らねー。
――何ってナニだろ? てか、ソープじゃなくてデリヘルじゃなかった?
下らないなあ、と級友たちが盛り上がる横で、勿論そんな感想はおくびにも出さず、友哉は適当な相槌を打ちながら聞いていた。
どうやら凪の母親は昔某かの風俗で働いていて、妊娠して、最後に肉体関係を持ったからと白瀬の家の長男坊に結婚を迫り、だけどその後も男関係は絶えなくて、凪も本当の子かどうか疑われて、父親は出て行き、母親は風俗嬢に逆戻り、凪は祖父母の元で疎まれながら育てられていると。
そんな噂話を、寄ってたかってするものだから、友哉は凪の口から聞かずとも大凡の事情は分かってしまった。だから凪はこんな田舎町は嫌いで、級友とも馴染めずに――でも、どうやら母親のことは嫌いではないらしい。
「何見たん?」
「確か、子供向けのアニメ映画で……俺は家でテレビとか見るの禁止されてたから、でも小学校で皆知ってるアニメなのにっって馬鹿にされた話をしたら……偶々家にいた母親が連れてってくれて」
「ほー、いいな。でもまあ、俺らなら……アクション映画とか?」
「俺は邦画が好きだ」
「やだよ何かじめじめしてるじゃん」
「……やるか?」
「あっは、ま、映画館着いたら決めよーぜ。意見分かれたらじゃんけんな」
とりあえずの目的地が決まったので、友哉はスマホを置き座席で大きく伸びをした。学生にとっては夏休みだが、勤め人にとっては只の平日だ。朝と昼の中間の時間、電車内は同じような行楽客がちらほらいるだけで随分と空いている。
「それで……写真はどうするんだ」
「あー、表紙な。凪の話の雰囲気に合わせたいけど。どんな話?」
「……海の」
「海?」
「海が出て来る」
「…………俺ら行くの内陸だけど」
「海はないな」
「……え、何しに行くの? 本当に只遊ぶだけじゃね?」
一応一眼レフは持って来ているが、建前とはいえ目的を大きく脱した外出になってしまったと、友哉は思わず噴き出す。
く、と喉の奥が詰まったような音がした。ちらと横目で窺うと、端麗な顔が幼く歪んでいる。友哉に見せないようにか、手のひらで口元を覆う、それでも隠しきれない笑顔は、矢張り幼げで、妙に可愛らしいものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
じゃんけんの結果、見ることになったモキュメンタリー映画は、何かの二番煎じのような余りにも退屈なものだったので、友哉はずっと真剣にスクリーンを見つめる凪の横顔ばかりを眺めていた。
「何か半端な時間になっちまったなー。飯どうするか」
「俺は……ポップコーンが結構腹に溜まっている」
「嘘だろ、小食過ぎん? まあ、じゃ、軽くファミレスとかにするか」
丁度昼飯時を過ぎて、飯屋も空いている頃だろう。巨大なショッピングモールに入っている映画館を出て、何処へ行こうかと館内図を眺めている友哉の背に、どん、と凪がぶつかって来た。
「何、どうし……」
「っ嘘、だろ……?」
凪の青い目がフロアの向こうに釘付けになっている。視線を追ってみると、そこに、金髪の女性の姿があった。
凪を女装させたみたいだ。瞬間的に友哉は思う。
細身の女性は金の髪を緩く巻き、ニットのワンピースを着ていた。青い瞳は凪にそっくりな形で、傍らにいる男性に注がれている。年上のスーツ姿の男性と腕を組みながら、金髪の女性はフロアの中では比較的上品そうな、和食懐石の店に吸い込まれていった。
「っ母さん……」
「ほーん、凪の母親、美人だな」
「……っ何でそんな、……気にならないのか」
「気になるも何も、只の同伴だろ。それよりサイゼでいいか?」
「っそれよりって!」
凪がきっ、とこちらを睨み上げるのを、友哉は平坦に見下ろした。凪がショックを受けているのは、分からなくもない。母親の仕事を知っていたとしても、実際にその生々しい現場を見るのとではまた違ったものだろう。
だからといってそれは、友哉には関係のない話だ。だって友哉と凪は、友達ですらない。
「あんたは……何でそんな……」
傷ついたような凪の顔は、母親を見たからだだろうか、それとも何処までも他人事な友哉の態度の所為だろうか。苦しげに歪む凪の顔は泣き出しそうな子供のようで、感情が発露すると幼くなるのだな、と場違いなことを、思った。
「それで、遊びにって、何処に行くつもりなんだ?」
「んー、今調べてる」
「はあ? 計画性なさ過ぎだろ」
「だって俺、友達と休みに遊び行くとか碌にしたことないし。凪は?」
「……ない……けど」
「だろ? 何処行きたいとか希望あるか? てか何があんの? 都内住んでた時は、ゲーセンとかボーリングとかカラオケとか幾らでも時間潰す場所あったけどさ」
「それは、一人でか?」
「そ、一人で」
中学に上がって、一人で外出しても咎められなくなってからは、休みの日は一人でぷらぷらと遊び歩くことが増えたように思う。何せ家にいても、叔父は延々とノーパソと睨めっこしていて暇だし、行き詰まっている時は極力静かにしようと気を遣うし。
そうした一人外出も、こちらに越して来てからは中々出来ていない。何しろ遊ぶ場所がない。こうして気合いを入れて出掛ける程の気力はなく、だから、所謂都会的な暇つぶしをするのは久方ぶりだった。
「……映画を……」
ぽつりと凪が呟く。
「昔、映画館に行ったことがある。母親に連れられて」
「へー、いいじゃん、映画」
母親というのは、以前フランスの血を引いていると凪の言っていた母親だろう。そしてクラスメイトたちが口さがなく噂していた母親でもある。
――あいつの母親、昔キャバ嬢だったらしくて。
――いやソープ嬢だろ。
――ソープはヤバいって、ってかソープとか何すんのか良く知らねー。
――何ってナニだろ? てか、ソープじゃなくてデリヘルじゃなかった?
下らないなあ、と級友たちが盛り上がる横で、勿論そんな感想はおくびにも出さず、友哉は適当な相槌を打ちながら聞いていた。
どうやら凪の母親は昔某かの風俗で働いていて、妊娠して、最後に肉体関係を持ったからと白瀬の家の長男坊に結婚を迫り、だけどその後も男関係は絶えなくて、凪も本当の子かどうか疑われて、父親は出て行き、母親は風俗嬢に逆戻り、凪は祖父母の元で疎まれながら育てられていると。
そんな噂話を、寄ってたかってするものだから、友哉は凪の口から聞かずとも大凡の事情は分かってしまった。だから凪はこんな田舎町は嫌いで、級友とも馴染めずに――でも、どうやら母親のことは嫌いではないらしい。
「何見たん?」
「確か、子供向けのアニメ映画で……俺は家でテレビとか見るの禁止されてたから、でも小学校で皆知ってるアニメなのにっって馬鹿にされた話をしたら……偶々家にいた母親が連れてってくれて」
「ほー、いいな。でもまあ、俺らなら……アクション映画とか?」
「俺は邦画が好きだ」
「やだよ何かじめじめしてるじゃん」
「……やるか?」
「あっは、ま、映画館着いたら決めよーぜ。意見分かれたらじゃんけんな」
とりあえずの目的地が決まったので、友哉はスマホを置き座席で大きく伸びをした。学生にとっては夏休みだが、勤め人にとっては只の平日だ。朝と昼の中間の時間、電車内は同じような行楽客がちらほらいるだけで随分と空いている。
「それで……写真はどうするんだ」
「あー、表紙な。凪の話の雰囲気に合わせたいけど。どんな話?」
「……海の」
「海?」
「海が出て来る」
「…………俺ら行くの内陸だけど」
「海はないな」
「……え、何しに行くの? 本当に只遊ぶだけじゃね?」
一応一眼レフは持って来ているが、建前とはいえ目的を大きく脱した外出になってしまったと、友哉は思わず噴き出す。
く、と喉の奥が詰まったような音がした。ちらと横目で窺うと、端麗な顔が幼く歪んでいる。友哉に見せないようにか、手のひらで口元を覆う、それでも隠しきれない笑顔は、矢張り幼げで、妙に可愛らしいものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
じゃんけんの結果、見ることになったモキュメンタリー映画は、何かの二番煎じのような余りにも退屈なものだったので、友哉はずっと真剣にスクリーンを見つめる凪の横顔ばかりを眺めていた。
「何か半端な時間になっちまったなー。飯どうするか」
「俺は……ポップコーンが結構腹に溜まっている」
「嘘だろ、小食過ぎん? まあ、じゃ、軽くファミレスとかにするか」
丁度昼飯時を過ぎて、飯屋も空いている頃だろう。巨大なショッピングモールに入っている映画館を出て、何処へ行こうかと館内図を眺めている友哉の背に、どん、と凪がぶつかって来た。
「何、どうし……」
「っ嘘、だろ……?」
凪の青い目がフロアの向こうに釘付けになっている。視線を追ってみると、そこに、金髪の女性の姿があった。
凪を女装させたみたいだ。瞬間的に友哉は思う。
細身の女性は金の髪を緩く巻き、ニットのワンピースを着ていた。青い瞳は凪にそっくりな形で、傍らにいる男性に注がれている。年上のスーツ姿の男性と腕を組みながら、金髪の女性はフロアの中では比較的上品そうな、和食懐石の店に吸い込まれていった。
「っ母さん……」
「ほーん、凪の母親、美人だな」
「……っ何でそんな、……気にならないのか」
「気になるも何も、只の同伴だろ。それよりサイゼでいいか?」
「っそれよりって!」
凪がきっ、とこちらを睨み上げるのを、友哉は平坦に見下ろした。凪がショックを受けているのは、分からなくもない。母親の仕事を知っていたとしても、実際にその生々しい現場を見るのとではまた違ったものだろう。
だからといってそれは、友哉には関係のない話だ。だって友哉と凪は、友達ですらない。
「あんたは……何でそんな……」
傷ついたような凪の顔は、母親を見たからだだろうか、それとも何処までも他人事な友哉の態度の所為だろうか。苦しげに歪む凪の顔は泣き出しそうな子供のようで、感情が発露すると幼くなるのだな、と場違いなことを、思った。
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