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一章 夕凪モラトリアム
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ファミレスで注文もせず無言の凪の前で、友哉は一切気にすることなくピザとパスタとドリアとフォカッチャを頼み、ついでにドリンクバーまで頼んで悠々長居の構えを取った。
「……炭水化物……多過ぎ」
見るに見かねたのか、凪が一言だけ突っ込んだのが妙におかしかった。
「俺の母親、キャバで働いてるんだよな」
友哉の食事が終わった頃に、ぽつりと凪が呟く。丁度ドリンクのお代わりを持って来ようかと腰を浮かせていた友哉は、とすりとソファに腰を落とした。流石に薄情だ無神経だと謗られることの多い友哉とて、ここで無視する程には人でなしではない、つもりだ。
「ふーん、何か東京で働いてたとか聞いたけど」
「ああ……東京で妊娠して、俺の父親に連れられて、こっちに祖父の家あるから……でも、上手く行かなくて」
「まあ自分の子供がキャバ嬢連れて来たらビビるよな、正直。父親のことは? 覚えてるのか?」
「殆ど記憶にない。何となく、母親と言い争ってたな、とか、酒浸りだったな、とか」
「ロクでもねー」
からから笑う友哉の前で、凪は俯いたままだ。机の上に置いた両手が、ぎゅうと強く握られている。凪にとっては酷く口にし辛い話なのだろう。溶けた氷の入ったグラスを口につけ、友哉は首を傾げた。
「そういや、父親出てったって聞いたけどさ。そん時に母親が凪連れて家出てくって案はなかったのか?」
「……祖父母が……体裁と、後、一応跡取りだからって」
「何それ、白瀬って名家か何か」
「いや全然」
「ほーん、アホらし」
「………………本当にな」
漸く凪が顔を上げる。青の瞳が揺らぐ、揺らぐ。深海の色を湛えたまま、凪が重く口を開く。
「あのさ……こんなこと言うとあんたを困らせるかも知れないし、別に一人でもいいんだけど……」
「何だよ、水臭いな」
「…………今日は帰りたくない」
咄嗟に叔父の忠告が頭を過り、噎せそうになる。まるで付き合いたての彼女のようなことを言い出す凪は、けれど何処までも真剣な顔をしていて、茶化すきっかけを見失った友哉は、只、強張ったその白い相貌を眺めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー、そうそう、そこのツインの部屋予約してもらって……いや違うって、そういうんじゃないから。そんで、保護者の同意書って奴、そうそう、それ書いてPDFで送って貰って、こっちでコンビニ印刷するから……だから違うって! 女じゃないから!」
しどろもどろに叔父に釈明し、ホテルの予約と宿泊の同意書を送って貰う。
電話の間、凪は所在なげに路傍に佇んでいた。沈む夕陽が凪の金色の髪を染めている。憂いを帯びた相貌は美しく、恐らく叔父の想像上の彼女とやらよりも余程麗しいことだろう。
(別に、変なことじゃないだろ。男同士で出掛けるのに、泊まりがけのことなんて普通だし……保護者の同意だってあるんだから、何のやましいこともない……はず……)
胸中沸いた思いはどうにも言い訳めいていて、どうにも困惑した友哉は電話を切って凪の横顔を眺める。
不意に、一眼レフを構えたくなった。凪きっと拒絶するだろうが。浜辺で佇む凪をレンズ越しに覗いたことを思い出す。
あの時と同じ、凪はいつまでも、友哉の前で綺麗なままだ。
「えっと、とりあえず伯父さんに同意書送って貰えれば泊まれそうだから。そこらの安いビジホだけど」
「いや、充分だ。半額渡せばいいか?」
「あー、いいっていいって。叔父さんから軍資金貰ったって言ったろ?」
「そういう訳には……」
「いいからいいから……それより、お前荷物そんだけだろ? 歯ブラシとか必要なもん、買いに行こうぜ」
友哉が軽い調子で言うも、凪は重苦しい表情のままだ。
面倒臭さと同情が入り交じり、友哉は後頭部を掻いた。凪の事情や感情や、そんなものを聞かされるのは酷く億劫なのに、凪が一人で憂いていると途端にちょっかいを掛けたくなるのだ。
自分でも厄介な癖を抱えつつ、友哉は肩を竦めて見せた。
「ま、金のこと気になるなら、今度埋め合わせして貰おうかな」
「……何をだ」
「そんな嫌そうな顔しなくても、大丈夫大丈夫、えっちなことはしないから」
「っはあ!? 馬鹿かあんたは?!」
凪の蹴りが飛んで来るのを、笑いながら避ける。白い頬は夕陽よりも朱く染まっている。
「……炭水化物……多過ぎ」
見るに見かねたのか、凪が一言だけ突っ込んだのが妙におかしかった。
「俺の母親、キャバで働いてるんだよな」
友哉の食事が終わった頃に、ぽつりと凪が呟く。丁度ドリンクのお代わりを持って来ようかと腰を浮かせていた友哉は、とすりとソファに腰を落とした。流石に薄情だ無神経だと謗られることの多い友哉とて、ここで無視する程には人でなしではない、つもりだ。
「ふーん、何か東京で働いてたとか聞いたけど」
「ああ……東京で妊娠して、俺の父親に連れられて、こっちに祖父の家あるから……でも、上手く行かなくて」
「まあ自分の子供がキャバ嬢連れて来たらビビるよな、正直。父親のことは? 覚えてるのか?」
「殆ど記憶にない。何となく、母親と言い争ってたな、とか、酒浸りだったな、とか」
「ロクでもねー」
からから笑う友哉の前で、凪は俯いたままだ。机の上に置いた両手が、ぎゅうと強く握られている。凪にとっては酷く口にし辛い話なのだろう。溶けた氷の入ったグラスを口につけ、友哉は首を傾げた。
「そういや、父親出てったって聞いたけどさ。そん時に母親が凪連れて家出てくって案はなかったのか?」
「……祖父母が……体裁と、後、一応跡取りだからって」
「何それ、白瀬って名家か何か」
「いや全然」
「ほーん、アホらし」
「………………本当にな」
漸く凪が顔を上げる。青の瞳が揺らぐ、揺らぐ。深海の色を湛えたまま、凪が重く口を開く。
「あのさ……こんなこと言うとあんたを困らせるかも知れないし、別に一人でもいいんだけど……」
「何だよ、水臭いな」
「…………今日は帰りたくない」
咄嗟に叔父の忠告が頭を過り、噎せそうになる。まるで付き合いたての彼女のようなことを言い出す凪は、けれど何処までも真剣な顔をしていて、茶化すきっかけを見失った友哉は、只、強張ったその白い相貌を眺めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー、そうそう、そこのツインの部屋予約してもらって……いや違うって、そういうんじゃないから。そんで、保護者の同意書って奴、そうそう、それ書いてPDFで送って貰って、こっちでコンビニ印刷するから……だから違うって! 女じゃないから!」
しどろもどろに叔父に釈明し、ホテルの予約と宿泊の同意書を送って貰う。
電話の間、凪は所在なげに路傍に佇んでいた。沈む夕陽が凪の金色の髪を染めている。憂いを帯びた相貌は美しく、恐らく叔父の想像上の彼女とやらよりも余程麗しいことだろう。
(別に、変なことじゃないだろ。男同士で出掛けるのに、泊まりがけのことなんて普通だし……保護者の同意だってあるんだから、何のやましいこともない……はず……)
胸中沸いた思いはどうにも言い訳めいていて、どうにも困惑した友哉は電話を切って凪の横顔を眺める。
不意に、一眼レフを構えたくなった。凪きっと拒絶するだろうが。浜辺で佇む凪をレンズ越しに覗いたことを思い出す。
あの時と同じ、凪はいつまでも、友哉の前で綺麗なままだ。
「えっと、とりあえず伯父さんに同意書送って貰えれば泊まれそうだから。そこらの安いビジホだけど」
「いや、充分だ。半額渡せばいいか?」
「あー、いいっていいって。叔父さんから軍資金貰ったって言ったろ?」
「そういう訳には……」
「いいからいいから……それより、お前荷物そんだけだろ? 歯ブラシとか必要なもん、買いに行こうぜ」
友哉が軽い調子で言うも、凪は重苦しい表情のままだ。
面倒臭さと同情が入り交じり、友哉は後頭部を掻いた。凪の事情や感情や、そんなものを聞かされるのは酷く億劫なのに、凪が一人で憂いていると途端にちょっかいを掛けたくなるのだ。
自分でも厄介な癖を抱えつつ、友哉は肩を竦めて見せた。
「ま、金のこと気になるなら、今度埋め合わせして貰おうかな」
「……何をだ」
「そんな嫌そうな顔しなくても、大丈夫大丈夫、えっちなことはしないから」
「っはあ!? 馬鹿かあんたは?!」
凪の蹴りが飛んで来るのを、笑いながら避ける。白い頬は夕陽よりも朱く染まっている。
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