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二章 黄昏インソムニア
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シラバスを繰る手が止まる。必修科目、選択科目、受けたい教授の科目、仮組みをして時間割を決めなければならないのに、授業内容が頭をすり抜けて行く。
机の上にボールペンを投げ出し、凪は深い溜め息を吐いた。とてもではないが集中出来る状況ではない。
「辛気臭いね」
机の向かいでスマホを弄っていた母が、ジト目で凪を見る。パラパラと分厚い名刺入れをめくり連絡先を確認していた母だが、向かいの凪のうじうじと思い悩む姿が、流石に看過できなかったらしい。うっそりと顔を上げる凪に、母は、ちっ、と舌打ちをした。
「全く、男の一人や二人に振られたくらいで」
「一人や二人じゃない、一人だし。おまけに振られた訳じゃ……いや、振られたようなものか」
言っていて気分が落ち込むのは抑えられず、凪はばたりと机に顔を伏せる。振られたのか。確かに、振られたと言っても過言ではない。
凪は友哉を追いかけて同じ大学を選んだ。それなのに友哉は、凪に会いたくなかったと言う。
――俺は凪に、会いたくなかった。
――もう、関わらないようにしてくれ。迷惑だ。
――大学で会っても話しかけんなよ。
友哉に掛けられた言葉が頭をぐるぐると巡り、いつまでも離れない。胸が苦しい。これが失恋か。はっきりとしないままの恋心は自覚をする間もなく消え、残ったのは胸の痛みばかりだ。
(こんなことなら、いっそちゃんと言ってやれば良かった)
あんたを追いかけて、会いたくて、ここまで来たのだと。あんたがいなくて寂しかったのだと。そう伝えれば良かった。
けれど、もう今更だ。明確な拒絶は凪の心を打ちのめした。初めての恋で、初めての失恋である。立ち直り方も忘れ方も分からないまま、ここ数日、凪はうじうじと燻り続けていた。
幸いにして不幸なことに、友哉は凪と学部が違うようだった。先日、凪の学部では新入生歓迎オリエンテーションキャンプが行われ、一泊二日の泊まりがけで大学説明と交流会が行われたばかりだった。そこに友哉の姿はなく、凪はもやもやした思いを抱えたまま、同じ学部の幾人かと連絡先を交換するなどして過ごした。
履修登録の期限は明日に迫っているのに、どうにもやる気が出ず、凪はだらだらとシラバスを無意味にめくった。登録はインターネットから出来るらしいが、一端手を動かしてみないとこの複雑なパズルを攻略出来る気がしない。それなのにさっぱり集中出来ず、ピースは頭の中でバラバラに霧散した。
「真壁も罪な男だね。こんなに顔のいい男振るだなんて」
「……それ、自画自賛含まれてない?」
「当たり前だろ。誰が男前に産んでやったと思っているんだ。本当、父親に似なくて良かったよ」
「…………何で母さんは結婚なんてしたんだよ」
机に顎をつけたまま、凪は上目で向かいの母親を眺める。確か四十は疾うに越えている筈だが、一向に衰える気配のない母の、美麗な横顔はいっそ怖い程だ。美魔女、という言葉が頭に浮かぶ。最近ではキャバクラの経営の方に回っているらしく、お得意様への連絡に忙しそうにしている母は、名刺入れを探りながら鬱陶しそうに凪を見た。
「失恋したての凪に、いいことを教えてやろうか」
「……傷を抉るなよ、何だよ」
「恋愛っていうのは、勢いだよ、勢い。それ以上でもそれ以下でもないね」
聞かなきゃ良かった。母と父の嫌な馴れ初めを思いながら、うんざりと目を眇める凪に、母は愉快そうに、からからと笑った。
机の上にボールペンを投げ出し、凪は深い溜め息を吐いた。とてもではないが集中出来る状況ではない。
「辛気臭いね」
机の向かいでスマホを弄っていた母が、ジト目で凪を見る。パラパラと分厚い名刺入れをめくり連絡先を確認していた母だが、向かいの凪のうじうじと思い悩む姿が、流石に看過できなかったらしい。うっそりと顔を上げる凪に、母は、ちっ、と舌打ちをした。
「全く、男の一人や二人に振られたくらいで」
「一人や二人じゃない、一人だし。おまけに振られた訳じゃ……いや、振られたようなものか」
言っていて気分が落ち込むのは抑えられず、凪はばたりと机に顔を伏せる。振られたのか。確かに、振られたと言っても過言ではない。
凪は友哉を追いかけて同じ大学を選んだ。それなのに友哉は、凪に会いたくなかったと言う。
――俺は凪に、会いたくなかった。
――もう、関わらないようにしてくれ。迷惑だ。
――大学で会っても話しかけんなよ。
友哉に掛けられた言葉が頭をぐるぐると巡り、いつまでも離れない。胸が苦しい。これが失恋か。はっきりとしないままの恋心は自覚をする間もなく消え、残ったのは胸の痛みばかりだ。
(こんなことなら、いっそちゃんと言ってやれば良かった)
あんたを追いかけて、会いたくて、ここまで来たのだと。あんたがいなくて寂しかったのだと。そう伝えれば良かった。
けれど、もう今更だ。明確な拒絶は凪の心を打ちのめした。初めての恋で、初めての失恋である。立ち直り方も忘れ方も分からないまま、ここ数日、凪はうじうじと燻り続けていた。
幸いにして不幸なことに、友哉は凪と学部が違うようだった。先日、凪の学部では新入生歓迎オリエンテーションキャンプが行われ、一泊二日の泊まりがけで大学説明と交流会が行われたばかりだった。そこに友哉の姿はなく、凪はもやもやした思いを抱えたまま、同じ学部の幾人かと連絡先を交換するなどして過ごした。
履修登録の期限は明日に迫っているのに、どうにもやる気が出ず、凪はだらだらとシラバスを無意味にめくった。登録はインターネットから出来るらしいが、一端手を動かしてみないとこの複雑なパズルを攻略出来る気がしない。それなのにさっぱり集中出来ず、ピースは頭の中でバラバラに霧散した。
「真壁も罪な男だね。こんなに顔のいい男振るだなんて」
「……それ、自画自賛含まれてない?」
「当たり前だろ。誰が男前に産んでやったと思っているんだ。本当、父親に似なくて良かったよ」
「…………何で母さんは結婚なんてしたんだよ」
机に顎をつけたまま、凪は上目で向かいの母親を眺める。確か四十は疾うに越えている筈だが、一向に衰える気配のない母の、美麗な横顔はいっそ怖い程だ。美魔女、という言葉が頭に浮かぶ。最近ではキャバクラの経営の方に回っているらしく、お得意様への連絡に忙しそうにしている母は、名刺入れを探りながら鬱陶しそうに凪を見た。
「失恋したての凪に、いいことを教えてやろうか」
「……傷を抉るなよ、何だよ」
「恋愛っていうのは、勢いだよ、勢い。それ以上でもそれ以下でもないね」
聞かなきゃ良かった。母と父の嫌な馴れ初めを思いながら、うんざりと目を眇める凪に、母は愉快そうに、からからと笑った。
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