31 / 37
二章 黄昏インソムニア
2-4
しおりを挟む
酒臭い。喧しい。
居酒屋だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、頭上を飛び交う喧噪に、凪は辟易していた。
出来れば端の方に移動したいのだが、新入生歓迎を謳った宴会は、簡単には離脱の出来ない空気が出来上がっていた。
「白瀬君、飲んでるー?」
「……自分は未成年なんで」
「じゃウーロン茶で乾杯しましょーいぇーい!!」
何なんだろうこのノリは。赤ら顔でビールのジョッキを凪のウーロン茶の入ったグラスとかち合わせるのは、確か三年生の先輩だっただろうか。とても素面では着いていけない。
何の因果でこんな陽キャなノリの飲み会に参加しなければならないんだ。凪は恨めしく向かいの席を睨みつける。
居酒屋の座敷、それなりの広さのある座卓が並ぶ中、中央の座席を陣取った元凶たる佐々木亮が、左右に座る女子の先輩たちの間で一人、デレデレしていた。
『白瀬ー、頼むよー、一緒に新歓来てくれよー』
同じ学科の同期である佐々木に拝まれたのは、午前の授業が終わった直後のことだった。
金曜日は二限までしか入れておらず、昼飯前に帰宅しようとしていた凪を、佐々木が呼び止める。入学時のオリエンテーションで連絡先を交換して以来、佐々木は同じ授業の時に席を同じくしたり、昼飯のタイミングが合えば一緒に食べたりする仲だった。
これが友達というものなのだろうか。凪には良く分からない。偏見に満ちた田舎町では凪はまともな交友は築けなかったし、唯一心を許した相手は友達を通り越して捻くれた愛着と思慕の対象となり、そして見事に爆散したばかりだ。
だからごく自然に隣の席を取り、てか来週発表らしいんだけどめんどくねー、と普通に話しかけて来る佐々木に、凪は面食らってばかりだ。
その暫定友達である佐々木曰く。
『白瀬が来てくれたら絶対女の子たち隣座ってくれるから。女子ほいほいだから。その顔で女の子釣って俺にもご相伴に預からせてくれよーお願いだよー』
男子校出身で、おまけに野球部だった佐々木は、女子に縁のない学校生活を送って来たことが大変に心残りらしい。青春は今からでも取り戻せる。それをモットーに漸く伸びかけて来た坊主頭を明るい茶色に染め上げ、学内でも飲みサーだかヤリサーだか噂のテニスサークルに入ることにしたらしい。
真面目にテニスをしないことで有名なサークルのこと、それでいいのか佐々木、という気が凪にはしなくもないのだが、本人がそれで良いなら良いのだろう。問題なのは、凪を巻き込もうとするところだった。
『なー、本格的に入れとは言わないからさー』
『サークル入らない人間が新歓行ったら駄目だろう』
『そんなん誰も気にしないって、話題の新入生が来たらそれだけで皆盛り上がるんだから』
どうやら凪の容姿は至る所で噂になっているらしく、学内でも授業でもやたらと声を掛けられ辟易していた所だった。
客寄せパンダになるのはごめんだ。けれど、初めて出来た友達らしい友達の頼みとあらば断りづらい。
『なー、頼むって白瀬ー。昼飯奢るからさー。三日……いや、一週間!』
『……二週間』
『十日な、よし決まり! 時間と店LINEで送るわ!』
そうして断りきれずに、テニスサークルの新歓にやって来た凪は、激しく後悔しているという訳だ。
「ねー、白瀬君って彼女いないのー?」
その質問ももう何回目だ。横に無遠慮に座って来た先輩に適当なへんじをなしながら、凪はうんざりとグラスを握り締めた。
何だって皆、そんなに他人の色恋が気になるんだ。そんなもの何にもならないだろうに。
大体凪の恋は――恋ですらなかったのかも知れないが――他人に話せるような類のものではない。こうして気軽に人様の恋愛に首を突っ込んでくる奴らは、凪が男を好きになって、キスまでして、振られたという話をしたらどんな顔をするのだろうか。その滑稽な様は見てみたい気がするが、生憎凪もピエロになるつもりはない。
いません、作る気もありません、素気ない凪の返答はノリを重視するサークルの空気にそぐわなかったらしい。
些か面白くなさそうな先輩の一人が、凪の前にドンとジョッキを置いた。透明な液体の中、敷き詰められた氷とレモンの隙間からしゅわしゅわと泡が立ち上っていた。
明らかに、未成年が口にしたら駄目な奴だろうこれは。頬を引き攣らせる凪の前で、ウェーイ系の先輩たちが手を叩いてはやし立てる。
「男前な白瀬君のーちょっといいとこ見てみたい!」
「お前それ古過ぎんだろー」
「だいじょーぶ、潰れても女子たちが介抱してくれるって、寧ろお持ち帰りされちゃうかも?!」
「ちょっとやだー」
悪夢のようなノリを前に、ジョッキを押しつけられた凪は硬直する。数十名はいるだろう座敷のメンバーは、今や何だなんだとこちらを注目している。
とても断れる雰囲気ではない。否、以前の凪だったら、きっと誰にどう思われようが関係ないと、ばっさり断ってこの場を辞していただろう。小さな世界でうずくまっていた、かつての凪なら。
ちらと机の向かいに目をやると、無理に誘った上にこんなことになって、でも場を白けさせたくなくて、あわあわしている佐々木の百面相が見えた。
仕方がない。これもこの場に居合わせたのが運の尽きだ。ジョッキを握り凪はぐっと心を決める。
多少アルコールを摂取したところで死ぬことはない筈だ。多分。流石にこの人たちも急性アルコール中毒で亡くなる事件とか聞いたことあるだろうから、一気飲みだとか、そこまで無理強いされないと信じたいけれども。
心を決めた凪が、ジョッキに口を付けた時だった。
「経済学部経済学科、一年、真壁友哉! 一気、行かせて貰います!!」
群衆の中から突如として立ち上がった友哉の姿に、凪も周囲もぽかんとしてそちらを見る。何で友哉がここに。思う凪を余所に、遠くのテーブルで、友哉は手にしたジョッキを煽った。凪のと同じ、氷とレモンの沢山入った、透明な液体。
「っ真壁!!」
凪が叫ぶ同時に、友哉の身体が傾ぐ。凪の手から落ちたジョッキが、けたたましい音を立てて倒れた。
居酒屋だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、頭上を飛び交う喧噪に、凪は辟易していた。
出来れば端の方に移動したいのだが、新入生歓迎を謳った宴会は、簡単には離脱の出来ない空気が出来上がっていた。
「白瀬君、飲んでるー?」
「……自分は未成年なんで」
「じゃウーロン茶で乾杯しましょーいぇーい!!」
何なんだろうこのノリは。赤ら顔でビールのジョッキを凪のウーロン茶の入ったグラスとかち合わせるのは、確か三年生の先輩だっただろうか。とても素面では着いていけない。
何の因果でこんな陽キャなノリの飲み会に参加しなければならないんだ。凪は恨めしく向かいの席を睨みつける。
居酒屋の座敷、それなりの広さのある座卓が並ぶ中、中央の座席を陣取った元凶たる佐々木亮が、左右に座る女子の先輩たちの間で一人、デレデレしていた。
『白瀬ー、頼むよー、一緒に新歓来てくれよー』
同じ学科の同期である佐々木に拝まれたのは、午前の授業が終わった直後のことだった。
金曜日は二限までしか入れておらず、昼飯前に帰宅しようとしていた凪を、佐々木が呼び止める。入学時のオリエンテーションで連絡先を交換して以来、佐々木は同じ授業の時に席を同じくしたり、昼飯のタイミングが合えば一緒に食べたりする仲だった。
これが友達というものなのだろうか。凪には良く分からない。偏見に満ちた田舎町では凪はまともな交友は築けなかったし、唯一心を許した相手は友達を通り越して捻くれた愛着と思慕の対象となり、そして見事に爆散したばかりだ。
だからごく自然に隣の席を取り、てか来週発表らしいんだけどめんどくねー、と普通に話しかけて来る佐々木に、凪は面食らってばかりだ。
その暫定友達である佐々木曰く。
『白瀬が来てくれたら絶対女の子たち隣座ってくれるから。女子ほいほいだから。その顔で女の子釣って俺にもご相伴に預からせてくれよーお願いだよー』
男子校出身で、おまけに野球部だった佐々木は、女子に縁のない学校生活を送って来たことが大変に心残りらしい。青春は今からでも取り戻せる。それをモットーに漸く伸びかけて来た坊主頭を明るい茶色に染め上げ、学内でも飲みサーだかヤリサーだか噂のテニスサークルに入ることにしたらしい。
真面目にテニスをしないことで有名なサークルのこと、それでいいのか佐々木、という気が凪にはしなくもないのだが、本人がそれで良いなら良いのだろう。問題なのは、凪を巻き込もうとするところだった。
『なー、本格的に入れとは言わないからさー』
『サークル入らない人間が新歓行ったら駄目だろう』
『そんなん誰も気にしないって、話題の新入生が来たらそれだけで皆盛り上がるんだから』
どうやら凪の容姿は至る所で噂になっているらしく、学内でも授業でもやたらと声を掛けられ辟易していた所だった。
客寄せパンダになるのはごめんだ。けれど、初めて出来た友達らしい友達の頼みとあらば断りづらい。
『なー、頼むって白瀬ー。昼飯奢るからさー。三日……いや、一週間!』
『……二週間』
『十日な、よし決まり! 時間と店LINEで送るわ!』
そうして断りきれずに、テニスサークルの新歓にやって来た凪は、激しく後悔しているという訳だ。
「ねー、白瀬君って彼女いないのー?」
その質問ももう何回目だ。横に無遠慮に座って来た先輩に適当なへんじをなしながら、凪はうんざりとグラスを握り締めた。
何だって皆、そんなに他人の色恋が気になるんだ。そんなもの何にもならないだろうに。
大体凪の恋は――恋ですらなかったのかも知れないが――他人に話せるような類のものではない。こうして気軽に人様の恋愛に首を突っ込んでくる奴らは、凪が男を好きになって、キスまでして、振られたという話をしたらどんな顔をするのだろうか。その滑稽な様は見てみたい気がするが、生憎凪もピエロになるつもりはない。
いません、作る気もありません、素気ない凪の返答はノリを重視するサークルの空気にそぐわなかったらしい。
些か面白くなさそうな先輩の一人が、凪の前にドンとジョッキを置いた。透明な液体の中、敷き詰められた氷とレモンの隙間からしゅわしゅわと泡が立ち上っていた。
明らかに、未成年が口にしたら駄目な奴だろうこれは。頬を引き攣らせる凪の前で、ウェーイ系の先輩たちが手を叩いてはやし立てる。
「男前な白瀬君のーちょっといいとこ見てみたい!」
「お前それ古過ぎんだろー」
「だいじょーぶ、潰れても女子たちが介抱してくれるって、寧ろお持ち帰りされちゃうかも?!」
「ちょっとやだー」
悪夢のようなノリを前に、ジョッキを押しつけられた凪は硬直する。数十名はいるだろう座敷のメンバーは、今や何だなんだとこちらを注目している。
とても断れる雰囲気ではない。否、以前の凪だったら、きっと誰にどう思われようが関係ないと、ばっさり断ってこの場を辞していただろう。小さな世界でうずくまっていた、かつての凪なら。
ちらと机の向かいに目をやると、無理に誘った上にこんなことになって、でも場を白けさせたくなくて、あわあわしている佐々木の百面相が見えた。
仕方がない。これもこの場に居合わせたのが運の尽きだ。ジョッキを握り凪はぐっと心を決める。
多少アルコールを摂取したところで死ぬことはない筈だ。多分。流石にこの人たちも急性アルコール中毒で亡くなる事件とか聞いたことあるだろうから、一気飲みだとか、そこまで無理強いされないと信じたいけれども。
心を決めた凪が、ジョッキに口を付けた時だった。
「経済学部経済学科、一年、真壁友哉! 一気、行かせて貰います!!」
群衆の中から突如として立ち上がった友哉の姿に、凪も周囲もぽかんとしてそちらを見る。何で友哉がここに。思う凪を余所に、遠くのテーブルで、友哉は手にしたジョッキを煽った。凪のと同じ、氷とレモンの沢山入った、透明な液体。
「っ真壁!!」
凪が叫ぶ同時に、友哉の身体が傾ぐ。凪の手から落ちたジョッキが、けたたましい音を立てて倒れた。
10
あなたにおすすめの小説
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
嫌いなあいつが気になって
水ノ瀬 あおい
BL
今しかない青春だから思いっきり楽しみたいだろ!?
なのに、あいつはいつも勉強ばかりして教室でもどこでも常に教科書を開いている。
目に入るだけでムカつくあいつ。
そんなあいつが勉強ばかりをする理由は……。
同じクラスの優等生にイラつきを止められない貞操観念緩々に見えるチャラ男×真面目で人とも群れずいつも一人で勉強ばかりする優等生。
正反対な二人の初めての恋愛。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる