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2章 「氷結晶」
私は誰?
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歪んだノイズ音が響く。ラドガストが、二人の関係が壊れた「きっかけ」を再生し始めた。カフェでの記憶。
『ごめ、並んでた』
『気にすんな。……ん?』
晶が、央の香りに一瞬違和感を覚える。
『なに?』
『なんでもね』
『ところでさ~。声の仕事、ずっとやってくの?』
『え? いきなり……どうした?』
『んー。そろそろ将来のことまじめに考えたいんだよね』
『そりゃ。まぁ、そだな』
『言葉じゃわかんないから、数字で示してほしい』
央がレシートの裏にペンで何か書き出す音。
『……わかったよ。で、さっきから何書いてんだ?』
『別に。なんでもない。今日は帰るね』
ノイズが途切れる。
『きっかけはこの一言です』
「え……? いつこんな話した?」
央は激しく取り乱す。記憶にない会話だった。
『二年前。晶さん、そうですね』
晶は静かに頷いた。
「え!? ちょっと待って……嘘でしょ?」
央は必死に記憶を辿り、ある可能性に思い当たる。彼女はマイクに向かった。
「【声の仕事続けたかった?】」
「【いや。やめてよかった】」
ブーッ! ブーッ!
警告音と振動。スクリーンに、あの「引き裂かれた台本」が再び映し出される。
歪んだノイズ。今度は晶の一人語りだった。
『……あ。こんなとこにあったのか』
収納の奥にしまい込んでいた台本を取り出す音。ページをめくる音。
『色んな人に迷惑かけたよな。せっかくオーディション通ったのに。好きな役だったし。……あっ。特にここ。……好きだったな』
晶が、台詞を読み上げようとする。
何度も、何度も、文字を追いかける。
言葉を音に変換しようとする。
『(声が、でない。)』
自嘲。そして。
ビリッ、ビリビリッ!
台本を引き裂く音が、ひたすら続く。
『何やってんだろ、俺』
ノイズが止まる。天井の赤ランプが点滅していた。
『晶さんの回答は【嘘】です』
「……もう。一緒に居られない」
央の声が震える。彼女は黄色の光の円に駆け込み、膝を抱えて座り込んだ。
その時、ポケットから一枚のレシートが落ちた。
「何が起きてんだ?」
「……あ」
遥がレシートに気付き、拾う。
「それ何?」
「カフェのレシート。裏に何か書いてある……けど……」
「ちょっと見せてくれ」
晶がレシートを受け取る。
「これ、あの日の」
裏返す。
「ん?」
スクリーンにレシートの裏面が投影される。
『だいじょうぶ ☻』という文字と、真剣な表情の晶の横顔が線画で描かれていた。
「央の字じゃないよ」
「……は? あれ、誰だ?」
ノイズ音。また別の記憶が再生される。央と、彼女の双子の妹・中(かなめ)の会話。
『央~、今度の彼氏。うまくいってんだって? ねー、どんな人?』
『えー。顔合わせまで、ダメ』
『なんで? 私が確かめてあげるよ』
『いい。ちょっと今日、出かけるから』
央が立ち去ろうとするのを、中が追いかける。
『結婚考えてんの?』
『うん』
『相手も本気どうか、ちゃんとわかる?』
『え……』
央が服を着替える手を止める。
『私が話した方がいいんじゃない? あの事、話してないんでしょ?』
『……。そうかな?』
『任せて。あ。ねぇ、こないだお揃いの服買ったよね?』
ノイズが止まる。
「だからあの時……」
晶は神殿内を歩き回り、壁に手をついた。あの日の違和感の正体。そして、自分が人生の選択を誤った原因。その全てを理解した。
「前も入れ替わってたことあった」
遥が呟く。
「ちょっと待って。……晶は?」
「俺、何のために……?」
晶の絶望が、神殿に満ちる。
光の円の中で号泣する央に、ラドガストが語りかける。その声は、外の三人には聞こえない。
『なぜ泣いているのですか?』
「巻き戻せる?時間。」
『嘘の対価です』
「絶対許してもらえない……」
『全て打ち明けてください』
「……え?」
『外へどうぞ』
光の円が消滅する。
央が立ち上がる。晶が彼女の向かいに立ち、目を合わせた。
「どうして入れ替わったりした?」
「怖かったの」
「何が?」
その問いに答えたのは、ラドガストだった。
『央さんのスマホロックを解除しました』
央がスマホを操作すると、彼女のデータベースがスクリーンに投影された。
『ごめ、並んでた』
『気にすんな。……ん?』
晶が、央の香りに一瞬違和感を覚える。
『なに?』
『なんでもね』
『ところでさ~。声の仕事、ずっとやってくの?』
『え? いきなり……どうした?』
『んー。そろそろ将来のことまじめに考えたいんだよね』
『そりゃ。まぁ、そだな』
『言葉じゃわかんないから、数字で示してほしい』
央がレシートの裏にペンで何か書き出す音。
『……わかったよ。で、さっきから何書いてんだ?』
『別に。なんでもない。今日は帰るね』
ノイズが途切れる。
『きっかけはこの一言です』
「え……? いつこんな話した?」
央は激しく取り乱す。記憶にない会話だった。
『二年前。晶さん、そうですね』
晶は静かに頷いた。
「え!? ちょっと待って……嘘でしょ?」
央は必死に記憶を辿り、ある可能性に思い当たる。彼女はマイクに向かった。
「【声の仕事続けたかった?】」
「【いや。やめてよかった】」
ブーッ! ブーッ!
警告音と振動。スクリーンに、あの「引き裂かれた台本」が再び映し出される。
歪んだノイズ。今度は晶の一人語りだった。
『……あ。こんなとこにあったのか』
収納の奥にしまい込んでいた台本を取り出す音。ページをめくる音。
『色んな人に迷惑かけたよな。せっかくオーディション通ったのに。好きな役だったし。……あっ。特にここ。……好きだったな』
晶が、台詞を読み上げようとする。
何度も、何度も、文字を追いかける。
言葉を音に変換しようとする。
『(声が、でない。)』
自嘲。そして。
ビリッ、ビリビリッ!
台本を引き裂く音が、ひたすら続く。
『何やってんだろ、俺』
ノイズが止まる。天井の赤ランプが点滅していた。
『晶さんの回答は【嘘】です』
「……もう。一緒に居られない」
央の声が震える。彼女は黄色の光の円に駆け込み、膝を抱えて座り込んだ。
その時、ポケットから一枚のレシートが落ちた。
「何が起きてんだ?」
「……あ」
遥がレシートに気付き、拾う。
「それ何?」
「カフェのレシート。裏に何か書いてある……けど……」
「ちょっと見せてくれ」
晶がレシートを受け取る。
「これ、あの日の」
裏返す。
「ん?」
スクリーンにレシートの裏面が投影される。
『だいじょうぶ ☻』という文字と、真剣な表情の晶の横顔が線画で描かれていた。
「央の字じゃないよ」
「……は? あれ、誰だ?」
ノイズ音。また別の記憶が再生される。央と、彼女の双子の妹・中(かなめ)の会話。
『央~、今度の彼氏。うまくいってんだって? ねー、どんな人?』
『えー。顔合わせまで、ダメ』
『なんで? 私が確かめてあげるよ』
『いい。ちょっと今日、出かけるから』
央が立ち去ろうとするのを、中が追いかける。
『結婚考えてんの?』
『うん』
『相手も本気どうか、ちゃんとわかる?』
『え……』
央が服を着替える手を止める。
『私が話した方がいいんじゃない? あの事、話してないんでしょ?』
『……。そうかな?』
『任せて。あ。ねぇ、こないだお揃いの服買ったよね?』
ノイズが止まる。
「だからあの時……」
晶は神殿内を歩き回り、壁に手をついた。あの日の違和感の正体。そして、自分が人生の選択を誤った原因。その全てを理解した。
「前も入れ替わってたことあった」
遥が呟く。
「ちょっと待って。……晶は?」
「俺、何のために……?」
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『なぜ泣いているのですか?』
「巻き戻せる?時間。」
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『全て打ち明けてください』
「……え?」
『外へどうぞ』
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央が立ち上がる。晶が彼女の向かいに立ち、目を合わせた。
「どうして入れ替わったりした?」
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