手を振る朝

サンズイモドル

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2章 「氷結晶」

文字が聞こえない

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スクリーンに映し出されたのは、異様なリストだった。
 買い物リスト、行きたい場所、おいしいお店。それら全てが、レビューサイトの情報をスクレイピングされ、点数化されている。

「私ね、文字が聞こえないの」

 央は自嘲するように言った。

「……おかしいでしょ? 見て聞こえるのは数字だけ」

 画面が切り替わる。連絡先。
 友人たちは、「最寄り駅」「勤務先」「フォロワー数」「リプライ頻度と文字数」でスコアがつけられ、[重要][その他][ブロック]に分類されている。

「聞こえない言葉に囲まれて、いつも、怖くて」

 最後のスライドは「婚活ログ」。マッチングアプリで出会った様々な男性のデータ。年齢、年収、身長、服装、趣味、家族構成、初デート場所。全てが点数化されていた。

「好きかどうかも、わかんなくなった。……気持ち悪いでしょ?」
「全員数値化されてんのか?」
「うん」

 晶はスライドをしばらく眺め、全員のスコアを計算する。そして、自分の点数が下位であることに気づいた。

「あれ、俺……」

 央は晶から視線も体も逃げ、部屋の隅に座り込む。

 スクリーンに、あのCT画像が映し出される。左脳側頭葉から後頭葉にかけての影。
 歪んだノイズと共に、病院での会話が再生される。

『先生、つまりもう治療が難しいということですか?』
『断定はできません』

 医師はCT画像を取り出す。

『残念ながら脳の損傷部位は、固定化してしまっています。事故当時に発見できれば、ある程度回復したかもしれません。しかし、現在の状態では……』
『私はもともと、文字を読むのが苦手で。だから、事故の後もあまり違和感がなくて』
『あなたのせいではありません。脳の症状は自覚が難しいものが多いのです。今後は、悪化を防ぐ方法を一緒に考えていきましょう。お仕事は問題なくできていますか?』
『はい。データ関係の仕事で、数字を扱うのがほとんどですし、話すのは問題ないので』
『それはよかったですね。では、悪化の防止に加えて、少しずつ症状を緩和する方法を探っていきましょう』

 ノイズが途切れる。
 神殿が暗転し、緑色の光の円が発生する。

『晶さん、こちらへどうぞ』
「……何だ?」

 晶が光の中に入る。

『体験してください。央さんが生きる世界を』

 スクリーンに、LINEやSNSのメッセージ画面が映し出される。しかし、文字はすべてぼやけ、歪み、判読できない。大量のぼやけた文字が、次々と晶に襲い掛かるように流れていく。

『どう感じますか?』
「こんな風に。いつも?」
『外へどうぞ』

 光の円が消滅する。
 晶は外に出て、央の隣で膝をつき、視線を合わせた。

「……どうして、俺を選んだ?」

 央は振り返って晶を見る。

「だって……」

 好きだったの。「声」が。

 そう言いかけた時だった。

 リリリリリン!

 突然、甲高いスマホの着信音が鳴り響き、二人の会話を遮った。
 晶と央は驚いて音のした方を見る。遥のスマホだ。
 しかし、遥は無反応だった。

 遥の奇妙な様子に、二人は顔を見合わせる。

「電話、鳴ってるよ」

 聡が促す。

「え?」

 遥は鳴り続けるスマホを見るが、気づいていないかのように振る舞う。

「鳴ってないよ?」
「音、聞こえない?」
「聞こえないよ? ……何も」

 遥は不自然なほど平静だった。

「出なくていいの?」
「どうやって出るの? 鳴ってないのに」

 遥は笑顔で答える。聡は悲痛な表情で下を向いた。央は遥を凝視し、晶は視線を逸らす。

「え……? 何? やめてよ。私だけ聞こえてないみたい」

 スクリーンに「AM 04:00」と表示される。

『時刻をお知らせします。午前四時になりました』

 夜明けまで、あと一時間を切っていた。
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