手を振る朝

サンズイモドル

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4章 「手を振る朝」

おはよ。おやすみ。

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「目が覚めたら。もう会えない?」
「いつでも会えるよ」

 遥は階段から離れ、聡の方へ戻ろうとする。

 だが、朝日はそれを許さない。
 光が神殿を満たし、影を奪っていく。聡は陽光に阻まれ、反対側に逃げるしかなかった。光の帯が、二人を分断する境界線となっていた。

「もう起きて。日が昇るから」

 更に遥との距離が拡がっていく。

「まだ真っ暗だよ」

 遥は否定する。しかし、太陽は容赦なく上っていく。

「だめだよ。もう行かなきゃ」

 聡は、わずかに残った闇に隠れる。

「ねぇ。どうして? 私のせいなのに!」

 結納金のために無理な深夜労働をさせた。私のわがままが、彼を事故に追いやった。

「違う! 遥のせいじゃない」

 聡は強く叫んだ。

「それだけ分かってほしくて、ここに来たんだ。ね、お願い」

 遥は、聡の告白の真の意味を悟る。彼が魂を対価にしてまでこの場所に留まった理由。それは、遥が自分を責めないようにするため。ただ、その一言を伝えるためだった。

「……ありがとう」

 遥は、泣きながら笑った。

「起きたら、カーテン開けてね」
「……うん」

 遥は下を向いて小さく頷く。

「……手」

 手を差し出す。

「はい」

 聡はもどかしさに涙が止まらなくなるが、そっと遥の手を握る動作をした。

「ひんやりする」

 遥は聡の手に触れる。感触はない。それでも、確かに彼の冷たさを感じた気がした。

「でしょ?」
「チョコ、二つとも食べた?」
「一つだけ。起きたら半分こしよ」

 叶わない約束が、優しく交わされる。

 ジリリリリリリ!

 目覚ましのアラームが鳴り響く。夢の終わりの合図。

「じゃあね」

 聡が手を放す。

「うん」

 遥は階段へ向かい、上り始める。
 聡は階段下で見送る。夜が明け、新しい朝が来た世界へ向かう彼女へ。

「おはよ」

 遥は振り返る。永遠の眠りにつく彼へ。

「おやすみ」

 手を振って階段を上り切り、遥は光の中へ消えた。

 聡は一人になり、神殿を見回す。
 静寂。

『時刻は午前四時五十七分。日が昇りました。約束のお時間です』

 「青の鍵」があった場所に、不吉な仄暗い群青の円が発生する。ラドガストが彼を回収するための場所。

『朝日に気を付けてください。さぁ、こちらへ』

 朝日が完全に昇り、神殿から全ての影が奪われていく。
 聡は、じりじりと失われつつある影に追い詰められていく。光への恐怖。逃げ惑う聡。
 壁際に追い詰められる。逃げ場はもう、ラドガストの円しかない。

『何を恐れているのですか? ……さぁ』

 その時。
 聡がふいに不敵な笑顔になった。

 彼はラドガストの用意した闇には向かわず、自ら眩い光の中に踏み出す。

 陽光を全身に浴び、まぶしさに顔を覆う。
 それは、彼が選んだ最後の自由だった。

 世界が、光に溶けて消えた。

(了)
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