12 / 13
4章 「手を振る朝」
明日と昨日
しおりを挟む
光が迷いながらそっと差し込んで、神殿の空気が変わった。
暗闇の端が、わずかに白み始める。朝日が頭を出す前の、最も深く、最も静かな明るさ。仄かな光の帯が、床に差し込んだ。
「まだ明けないで」
遥は手で光を遮ろうとする。溢れた涙が、仄光にきらめいた。
「明日もいつか、昨日になるよ」
央が、光と闇の境界線に半歩入り、言った。
遥はこめかみに手を当て、小さく頷く。過去に囚われたままでは、朝は来ない。
遥と央が頷きあう。
遥は迷いを断ち切り、扉へ向かう。そして、思い切って最後の鍵を差し込んだ。
鍵を回す。ガチャリ、と重い音がした。
『全ての鍵が揃いました。扉が開かれます』
ラドガストの声が消えると、神殿は完全な静寂に包まれた。扉が音を立てて開く。
扉の奥は、出口へと続く階段だった。その先から、眩いばかりの朝焼けの光が差し込む。
「……ここを出よう」
「そうだね」
央が階段を上り始める。途中で振り返った。
「聡。またね」
「うん、またね」
それは、今生の別れを理解した上での挨拶だった。
「外で待ってる」
遥に笑顔を向けた後、央は悲痛な表情になり、一気に階段を上り、光の中へ消えた。
晶が央を追いかける。彼も途中で振り返った。
「ほんとに大丈夫か?」
「優しいって、最初からわかってたよ。……かばちゃんと幸せになってね」
「……またな」
「またね」
遥は笑って、立ち上がる。晶も笑顔を返し、階段を登り切り、神殿を出ていった。
神殿には、遥と聡だけが残された。
「遥」
聡が階段を上るように促す。
「……うん」
「夜が明けた」
差し込む朝日が強くなる。聡は光を避け、陽が届かない場所へ移動した。
「遥はもう、大丈夫」
遥が聡に駆け寄り、手を握ろうとする。
だが、その手は空を切った。聡の体をすり抜ける。
「え? どうしたの?」
触れられない。聡はそこにいるのに、感触がない。
「……っ」
昇り始めた朝日が聡の足元を照らす。彼は苦しみに顔を歪め、日陰へ逃げた。
「どうして触れないの?」
聡は何も言わずに笑顔を向け、更に遥から離れる。
「ラドガスト。何があったの? 黙秘権ないんでしょ? この神殿」
『聡さんは神殿から出られません』
「どうして?」
リリリリリン!
再び、スマホの着信音が鳴り響く。あの時、聞こえなかった音。現実に引き戻す、容赦のない音。
『応答すれば、全てがわかります』
遥はスマホを取り出す。
「音、聞こえる?」
聡が尋ねる。
「うん。聞こえる」
遥は聡の顔を見つめる。応答ボタンを押そうとするが、指が震えて押せない。このボタンを押せば、夢が終わる。
『覚悟はできましたか?』
遥は意を決して、応答ボタンを押した。
スピーカーから、事務的な男性の声が流れ出す。現実の声だった。
『守屋遥さんのお電話でしょうか。杉並警察署交通課の樋口と申します。夜分突然のお電話で失礼いたします』
樋口と名乗る警察官は、淡々と事実を告げる。
『本日未明、環八道路沿いにおいて交通事故が発生しました。ご同居人の相羽聡様が事故に巻き込まれ、お怪我をされたようです。現在救急搬送先の病院で処置が行われております。つきましては、大変お辛い状況で恐縮ですが、ご来署いただけますか?』
電話が切れる。
神殿の静寂が、耳に痛い。夢は現実を避けるための引き算だ。
暗闇の端が、わずかに白み始める。朝日が頭を出す前の、最も深く、最も静かな明るさ。仄かな光の帯が、床に差し込んだ。
「まだ明けないで」
遥は手で光を遮ろうとする。溢れた涙が、仄光にきらめいた。
「明日もいつか、昨日になるよ」
央が、光と闇の境界線に半歩入り、言った。
遥はこめかみに手を当て、小さく頷く。過去に囚われたままでは、朝は来ない。
遥と央が頷きあう。
遥は迷いを断ち切り、扉へ向かう。そして、思い切って最後の鍵を差し込んだ。
鍵を回す。ガチャリ、と重い音がした。
『全ての鍵が揃いました。扉が開かれます』
ラドガストの声が消えると、神殿は完全な静寂に包まれた。扉が音を立てて開く。
扉の奥は、出口へと続く階段だった。その先から、眩いばかりの朝焼けの光が差し込む。
「……ここを出よう」
「そうだね」
央が階段を上り始める。途中で振り返った。
「聡。またね」
「うん、またね」
それは、今生の別れを理解した上での挨拶だった。
「外で待ってる」
遥に笑顔を向けた後、央は悲痛な表情になり、一気に階段を上り、光の中へ消えた。
晶が央を追いかける。彼も途中で振り返った。
「ほんとに大丈夫か?」
「優しいって、最初からわかってたよ。……かばちゃんと幸せになってね」
「……またな」
「またね」
遥は笑って、立ち上がる。晶も笑顔を返し、階段を登り切り、神殿を出ていった。
神殿には、遥と聡だけが残された。
「遥」
聡が階段を上るように促す。
「……うん」
「夜が明けた」
差し込む朝日が強くなる。聡は光を避け、陽が届かない場所へ移動した。
「遥はもう、大丈夫」
遥が聡に駆け寄り、手を握ろうとする。
だが、その手は空を切った。聡の体をすり抜ける。
「え? どうしたの?」
触れられない。聡はそこにいるのに、感触がない。
「……っ」
昇り始めた朝日が聡の足元を照らす。彼は苦しみに顔を歪め、日陰へ逃げた。
「どうして触れないの?」
聡は何も言わずに笑顔を向け、更に遥から離れる。
「ラドガスト。何があったの? 黙秘権ないんでしょ? この神殿」
『聡さんは神殿から出られません』
「どうして?」
リリリリリン!
再び、スマホの着信音が鳴り響く。あの時、聞こえなかった音。現実に引き戻す、容赦のない音。
『応答すれば、全てがわかります』
遥はスマホを取り出す。
「音、聞こえる?」
聡が尋ねる。
「うん。聞こえる」
遥は聡の顔を見つめる。応答ボタンを押そうとするが、指が震えて押せない。このボタンを押せば、夢が終わる。
『覚悟はできましたか?』
遥は意を決して、応答ボタンを押した。
スピーカーから、事務的な男性の声が流れ出す。現実の声だった。
『守屋遥さんのお電話でしょうか。杉並警察署交通課の樋口と申します。夜分突然のお電話で失礼いたします』
樋口と名乗る警察官は、淡々と事実を告げる。
『本日未明、環八道路沿いにおいて交通事故が発生しました。ご同居人の相羽聡様が事故に巻き込まれ、お怪我をされたようです。現在救急搬送先の病院で処置が行われております。つきましては、大変お辛い状況で恐縮ですが、ご来署いただけますか?』
電話が切れる。
神殿の静寂が、耳に痛い。夢は現実を避けるための引き算だ。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる